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会場の中に入ると、中は夢のような世界が広がっていた。眩しいシャンデリアの光、オーケストラによる演奏、豪華な食事。綺麗な服を着た生徒たちは、今日はより、貴族の子女たちなのだと感じさせられた。

メイは、感じたことのない雰囲気に、目が回りそうになる。ただでさえ、履き慣れないヒールを履いて歩くのだから、頭がパンクしそうになる。しかも、周りは社交パーティーモードのアーサーに視線が集まり、メイはその視線にも緊張した。

混乱しているメイの前に、手が差し出された。アーサーが、いつもの無表情でそこにいた。


「…?」

「掴まれ。…君さえよければ」


メイは、ふと周りを見れば、女子生徒は男子生徒の腕をつかみ、エスコートされている姿がちらほら視界に入った。メイは少しだけ迷ったあと、おずおずとアーサーの手を取った。見上げたアーサーの金色の髪が、シャンデリアのライトに照らされて、きらきらと光っている。アーサーの赤い宝石のような瞳が、メイを映す。メイは、初めてアーサーを見た時を思い出した。彼を見て、メイは、こんなにきれいな人が、この世界にはいたのだと思った。そしてそれは今も変わらない。


「(…この人は、本当にきれいだ)」


メイは、アーサーの瞳を見つめながらそんなことを考える。最初は、彼が本当に美しいからだと思っていた。でも今は、それだけが理由なのではなくなっていっていることに気が付き始めている。

それでも。

メイは目を伏せる。彼女は、自分にはもうそんな価値はないのだとわかってしまったのだ。どんなに彼のことを、好きだとしても、もう自分はメイさんではないのだから。


「…綺麗だ」


アーサーの言葉に、メイは瞬きをして、目線を上げた。すると、そこにはメイが映るアーサーの瞳が見えた。


「(…なにが?)」


メイは視線を動かして、アーサーが綺麗だと言ったものを探した。窓から見える夜になる寸前の外の様子のことか、それとも、輝くシャンデリアのことか。

メイがきょろきょろと辺りを探していたら、メイを掴むアーサーの手に、少しだけ力が入った。メイは、その力に驚いて、またアーサーの方を見た。アーサーは、顔を少しだけしかめる。彼の白い頬が少しずつ赤く染まる。


「…君が、」


アーサーは、そうつぶやく。メイは、え、と声を漏らす。しかしメイは、いや、私なわけ、と考えを改める。そんなわけがない、今までもそうだった。アーサーは今までも、そう思わせて、実は違った、というようなことを言ってきた。メイは、そう思った。

しかし、アーサーはまた手に力がこもった。そんないつもと違うアーサーに、メイは思考が止まる。


「君が、…綺麗だ。本当に、何よりも…」


アーサーの言葉に、メイは固まる。メイは、今、確かに自分に向けて言われた言葉の処理が追いつかない。

目をパチパチと瞬きさせながら、メイは自分の頬が紅潮していくのを感じた。おそらく耳まで赤くなっているだろう。


「(勘違いしちゃいけない…)」


メイは自分に言い聞かせる。ドレスアップした女性を前に何も感想を言わないほど、彼は気が利かない人物ではない。社交辞令だ、それだけだ。メイはそう、何度も何度も頭の中で繰り返して、はち切れそうなほど速く脈打つ心臓を落ち着かせようとする。


すると、ダンスの曲が始まった。生徒たちがそれぞれ男女手を取って、ホールの中心に集まっていく。

アーサーがメイの目を見つめる。メイは、小さく頷く。すると、アーサーはメイの手を引いて、ダンスを踊る人たちの中に向かった。

曲に合わせて皆が踊りだす。メイは、ハニーに習ったことを頭の中でフル回転させながら体を動かす。本番はやはり練習とは勝手が違う。さらには、アーサーと近すぎて、緊張して、頭が真っ白になるのだ。


「…大丈夫か?」


アーサーはメイに小声で尋ねる。メイは、ま、まあ、と曖昧に返して苦笑いする。そんなメイを見て、アーサーが小さく笑う。そんなアーサーに、メイは時間が止まったような感覚になる。

その時、ドレスの裾を自分で踏んでしまい、メイは躓きかける。しかし、アーサーが支えるように抱きとめた。メイは、今までで一番アーサーに近づいたことに、顔から火が出そうになる。

アーサーは、すっとメイの体勢を整えると、大丈夫か?と改めて聞いた。メイは、ご、ごめんなさい、とアーサーの目を見られないまま答える。アーサーは、ふ、とまた小さく笑った。


「十分踊れている。心配するな」


アーサーの言葉に、メイは目線を上げる。優しいアーサーの瞳と目が合い、アーサーは目を丸くする。そして、アーサーは気まずそうに目をそらす。しかしすぐに、アーサーはメイの目を見つめた。そんな彼から、メイは目が離せなくなる。


今だけは。


メイは、心の中でつぶやく。今だけはこの人の婚約者になりたい。自分にはそんな権利はない。それはわかってはいる。だから、この瞬間だけは。


心臓がもう止まるかもしれない、というときに、ダンスの曲が終わった。

周りの生徒たちが、ペアの相手と動きを止めて、手を離してお辞儀をし合う。メイとアーサーも動きを止めて、周りと同じようにした。なんとなくお互い気恥ずかしいような空気の中、ダンスの場所から2人は離れていった。




一曲踊っただけだけれど、メイは体中の体温が上昇して、真っ赤になっていた。少し涼しいところに行こう、ということになり、2人はバルコニーに出た。空はすっかり暗くなっており、星が綺麗に輝いていた。バルコニーにはメイとアーサー以外には数人しかいなかった。

少し遠くから、ダンスの音楽や、生徒たちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「冬は星が綺麗に見えるな」


アーサーが、バルコニーから空を見上げる。メイも、彼につられるように上を見上げた。そこには満天の星空が広がっていた。メイは、本当に、と声を漏らす。

メイは、ちらりとアーサーの横顔を見た。そして、すぐに目を伏せた。音楽が遠くから鳴り続けている。さっきまで自分たちはあそこにいたはずだけれど、なんだかずいぶん遠くのことのような気がメイはしていた。まるで夢の場所から醒めて、現実の場所に来たみたいな気分に、メイはなってしまう。

いつまでも夢の中にはいられない。メイはアーサーに言わなくてはいけない。自分には、良家に嫁ぐには差し支えがあるような傷があって、だからそれを理由に婚約破棄して欲しいんだと。メイは、何度も言わなくては、という思いが頭に浮かんでは、勇気が萎む。本当は言いたくないのだ。アーサーの婚約者でいたいから。アーサーのことが、好きだから。それでも、好きだからこそ、言わなくてはいけない。


「君に聞いてほしい話があるんだ」  


アーサーの言葉に、メイは、え、と漏らして彼の顔を見上げた。アーサーは真剣な表情でメイの方を見つめていた。


「…久しぶりに再会したとき、君はとても心許なく見えた。それでも、この学校に来て、君はとても、地に足が着いたような、そんな風に変わったように見える。友人ができて、よく笑うようになった。目的を持って、勉学に励んでいる。…君が言っていた、俺が心配するような状況に、君はもういないんだと思う。新しく生きようとしている君を、昔の婚約で縛り付けて、すまなかった」


アーサーの言葉に、メイは何も返せない。アーサーは少し目を伏せたあと、またメイの方をまっすぐに見た。


「君が望むなら、この婚約は今晩で解消しようと思う」


室内から、生徒たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。メイは、しっかり足で立つのも難しく思えた。メイは目を伏せる。アーサーは、まっすぐにメイを見つめたまま、でも、と続ける。


「でも、これだけは聞いてほしい」


アーサーは、メイの右手を握る。メイは、アーサーの方を見る。アーサーの、不安そうな、しかしはっきりした意思を示す瞳に目がそらせない。

アーサーが何かを言いかけたとき、アーサーはメイの背後に視線を移した。そして、メイの手を自分の方へ引き寄せ、何かから庇おうとした。メイが、え、と声を漏らしたとき、背中が夜の風にあらわになるのを感じた。アーサーの驚いた顔が見えたのと同時に、バルコニーにいた数人の生徒達の悲鳴が聞こえた。メイが振り向くと、ドレスを着た知らない女子生徒がそこに立っており、彼女は小さなナイフが握られた手を震わせながら口を開いた。


「傷物のくせに…」


騒ぎによって、他の生徒達がこちらに集まってきた。生徒たちは、刃物を持った人物がいることと、ナイフによってドレスが裂かれたことで出てきたメイの背中を見て、悲鳴をあげた。


「はやく!あの刃物をもった女を抑えろ!」

「見て…あれ…」

「あの背中…!」

「あんな人が、アーサー様の婚約者なの?」

「信じられない…」

「警備員が来た!」


生徒達がそれぞれ声をあげる。メイは、頭の中が真っ白になる。アーサーは、メイを周囲から庇おうとするが、メイはそんなアーサーの手を振り払って、その場から逃げ出した。


「メイ!」


メイは、アーサーの声に振り向くこともしなかった。そして、群衆の中、ほくそ笑むリリアのことに気が付きもせず。






慣れないハイヒールに何度も躓きながら、メイは逃げた。どこへ逃げたらいいかも考えられずに。夜の中、ただひたすらに走った。息が切れて、疲れた足がもつれても、ただ走り続けた。ヒールが折れて、メイは地面に倒れ込んだ。しかし、ヒールを脱ぎ捨てて、また立ち上がって走り出す。

しかし、腕を強い力で掴まれた。メイが振り返ると、そこには肩で呼吸をするアーサーがいた。


「あ、アーサー、さん…」

「待ってくれ」

「…離して、離してください…」

「こんな、時間に、一人で、出歩くなと、前にも言ったはずだ」


呼吸を整えてきたアーサーが、もう一度深呼吸をして、メイの方を見た。そして、自分の上着を脱ぐと、メイに渡した。しかし、メイは受け取らない。


「…メイさんなら、こんなことしない、ですよね」


メイは力なく笑う。アーサーは、え、と声を漏らす。メイは、込み上げてくる涙を引っ込められず、頬に零してしまった。


「メイさんなら、記憶をなくす前のメイなら、夜出歩かないし、こんな裸足で走ったりしない。虫もさわれないし、野菜も食べられない。…背中に傷もない」


ぼたぼたと、涙の粒がメイの頬に伝う。こんなふうにみっともなく泣いたりもしなかっただろう、記憶をなくす前の自分ならば。そう思えば思うほど、自分自身が惨めになる。


「背中の傷のことはごめんなさい…。崖から落ちたときの傷だと思うんです。…知ってはいたけれど、そんなに重大なことだって、わかっていなかった。…アーサーさんまで、変なふうに言われてしまったら…」

「そんなことは良いから」


アーサーが、メイに自分の上着を着せる。そして、そのままメイのことを抱きしめた。


「…そんなこと、……いいんだ」


アーサーは、メイの肩に顔を埋めながらそう言った。メイは、そんなアーサーに、この人はこんな時まで優しいのか、と思った。そんな優しさは時には残酷だ、とも。メイはアーサーから体を離した。そして、着せてもらった上着を脱いだ。


「ずっと、自分が何者なのかわからなかった。記憶をなくす前の自分が眩しくて。でも、あなたが、私は私だと、そう言ってくれたことが嬉しかった。…でも、今日わかった。あなたと婚約者でいられるのは、傷のないメイだって」


冬の夜風が、裂かれた背中に入り込む。メイはアーサーに上着を返し、目を伏せたあと、まっすぐにアーサーを見る。さようなら。そう心の中でつぶやきながら。


「そして、そのメイに私はなれない。可哀想じゃなくなる以前の問題だった。……私と、婚約解消してください」


メイはそう言って、立ち尽くすアーサーを置いてその場から去った。



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