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「メイ…」


驚きで震えた声でそうつぶやく少年。ココは目を丸くしたが、いえ、と愛想笑いをして返す。


「違います、私はメイって人じゃない」

「いいや、メイだ」


そう言って、早足で近づく少年。朝のひざしに照らされた彼の金髪が、透き通るように綺麗だ。近くで見ることで更にわかる少年の美しさに、ココは、一瞬彼に目を奪われたあと、い、いや、だから、と続けながら後退る。少年は、ココから人一人分空けた距離まで近づくと立ち止まり、真っ直ぐにココを見つめた。その瞳に心臓がはねて、声がうわずってしまう。


「わ、私はメイじゃな…」

「生きていたんだ…本当に…」


そう振り絞るように声を出したあと、彼は自分の首にかけられたペンダントを左手で強く握りしめた。ココは、だから、と困惑しながら声を出す。すると、坊ちゃま!と別の男の人の声がした。声の方を見ると、黒髪の穏やかな見た目の青年がいた。この青年も、村では見たことのない綺麗な格好をしていて、ココは、まぶしくて目眩がした。


「(この人も貴族の人、だろうか?違う世界に来たみたい…)」

「トーマ。メイが生きていた」

「メイ様が?」


そんなわけ、と少し呆れたように言いながら、トーマと呼ばれた青年はココの方を見た。そして、はっと目を丸くした。


「本当に、本当にメイ様が…」

「誰か呼んでこい、ターナー家に急いで連絡するんだ」

「ちょっと待ってください!ち、違うと思います。生まれてからずっと、わたし、ココって呼ばれて来たし…」

「本当に?君がずっと幼い頃からか?」

「はい、もちろ…」

 

そう言いかけて、はたとココは言葉が止まる。そうだ、自分には幼い頃の記憶がない。両親に自分の小さい頃のことを聞いても、曖昧に返されるだけで、でもそれを深く考えて、おかしいと思ったことは特になかった。


「何か、思い当たることはないか?探している人物がいなくなったのは5年前だ」

「5年前…」


ココにはその記憶がない。目を泳がせるココを見てアーサーが口を開く。


「君、年はいくつだ?」

「とし、って…」


そう聞かれて、ココは自分の年齢を知らないことに気がつく。周りに具体的な年齢を言われたこともないし、自分でも深く考えたことはなかった。


「君は自分の年がわからないのか?」

「…記憶が、ないんです。昔の記憶が…」


混乱するココに、トーマが優しく微笑みかける。


「突然このようなお話をしてしまい、困惑させてしまいましたね、大変申し訳ありません。申し遅れました、私達は、ブラウン家の者です。こちらはアーサー様、私は使用人のトーマと申します。…実は、約5年前に、ターナー家のご令嬢が、ハイキング中に崖から転落して行方不明になった事故がありまして。その女性が、あなたではないかと思っているんです」

「は、はあ…」 

「君はここで暮らしていると言ったな。君を養育した者がいるんだろ?」

「よういく…パパとママがいますけど…」

「会わせてくれ。話が聞きたい」


アーサーという少年の、会わせなければ絶対に帰らない、そんな強い意志を感じたココ。トーマの、表情は笑顔だが絶対に引かない圧を感じさせる、申し訳ありません、が聞こえた。



ココが家にアーサーとトーマを連れて行くと、突然の貴族の登場に、ココの両親は腰が抜けていた。トーマは、大変な失礼を申し訳ありません、と低姿勢で詫びた。そんなトーマに、とんでもない…、と逆に申し訳無さそうに謝る両親。トーマは謝りながらも、10代後半くらいであろう少女の親だという、70歳は超えている老夫婦を見て何かを察したのか、アーサーに目配せした。アーサーは、ココの親の方を向いて話しだした。


「行方不明の少女を捜している。彼女が俺たちの探している人ととてもよく似ている。何か知らないか?」


そう言ったアーサーに、老夫婦は顔を見合わせた。そして、ココを見たあと、寂しそうに目を細めた。ココは、何も知りません、とすぐに言うだろうと予想していたのに、それと違う親の反応に動揺した。

ココの父は、ゆっくりアーサーの方を見た。


「その女の子の名前は何ていうんですか?」

「…メイ・ターナー」

「メイ…あなたは、そういう名前だったのね」


ココの母は、そう言ってココの方を見て目を潤ませた。ココは、動揺からか、何も声が出なかった。ココの父は静かに口を開いた。


「…もう5年前、くらいになるでしょうか…私たちは、少し遠出をしていたんです。畑も動物もありますから、そんな中で半日だけ、息抜きに、と。ずいぶんと遠くまで来てしまったとき、喉が渇いたと思って川を探しました。そうしたら、川辺に女の子が倒れていたんです。ひどい傷を負っていて、でも息があったものですから、私たちで手当てをしました。そうしたら奇跡的に意識を取り戻したんです。でも、話しているとその子はなんだかおかしくて、どうやら記憶がなにもないみたいでした。着ていた服から、良い家のお子さんだとは思ったのですが、お返ししようにもどこに返したらいいかわからない。だから、自分たちの子供として育てようと決めたんです。私たちには子どもがいませんでしたから、それはもう、この子がかわいくて…。村の大人たちはみんな、子どもを欲しがっていた私たちのことを知っていましたから、この子が拾われた子だということも特に触れないで、普通に接してくれました。だから、本当の親子のように今日まで一緒に生活できた。…本当に本当に幸せな時間でした。」


ココの父は、アーサーとトーマに頭を下げた。倣うように母も頭を下げる。


「ブラウン様、どうかこの子を、元の家族のところへ戻していただけませんでしょうか?」

「ああ。今日、朝食を済ませたら家に戻るところだった。俺達が彼女を元の家族のところへ送ろう」


アーサーの言葉に、ありがとうございます、と深々と頭を下げる両親。ココは、ま、まって、と言う。


「パパ、ママ、わたし、…」


ここから出ていかなくてはいけないの?いやだよ、離れたくない、と言いかけたココを、彼女を育てた女性が抱きしめた。


「ごめんね、ジョセフとの結婚、嫌だったんでしょう?なんとなくわかってはいたんだけれど、私たちも老い先短いのに、あなたを一人にさせるのが怖かったから慌ててしまったの。でも、あなたに本当の家族がいたならそれ以上のことはない。私たちはあなたのお陰で本当に本当に幸せだった。今度はあなたが幸せにおなり」


涙で言葉を詰まらせる目の前の女性に、ココは言いたい本心を何も言えなくなった。少女は自分の服の裾を強く強く握ったあと、力を緩め、笑顔を作った。


「今までありがとう。必ず幸せになるね」


その彼女の笑顔に、年老いた女性と男性は安心した笑顔を見せた。




「…そういえば、ジョセフとの結婚はどうなるの?」

「まあ、あなたが元の家に戻るのなら、なかったことにはなる、わよねえ…ねえパパ?」

「まあ、そうなるわなあ…」


ジョセフの家は、この村を纒める役割を担う家の一つなので、このことで2人が何かひどい扱いを村で受けるのではないかと、メイは心配になった。

アーサーは、すまない、と話に入ってきた。


「先ほどから聞こえてきた、結婚とか、ジョセフ、というのは…」

「ジョセフっていう村の人と結婚することが決まっていたんです、私」


メイの言葉に、アーサーの纏う空気がピリッと張り詰める。トーマがそんなアーサーを見て、まあまあ、と和やかな笑顔と声で話し出す。


「そのあたりの解決は、ブラウン家とターナー家でなんとかいたします。仕方のないことですし、ジョセフさんのお家もわかっていただけると思いますよ。メイ様達がご心配することはなにもありません」


トーマの言葉に、安心したあと、そっか、とメイはつぶやく。


「その、新しい家族、に変わるわけだから、やっぱり婚約できなくなるのね…」


とにかく、2人に何もなければそれでよかった、とメイは思う。しかし、自分の新しい家がターナー家ならば、なぜ問題解決のためにブラウン家も話に入ってくるのだろうか?この村の新しい領主だから?メイは少し不思議に思うが、彼女にはよくわからない。


「まあ、それもありますけど、メイ様には先約がありますから」

「先約?」


トーマの言葉に首を傾げたとき、外から馬の足音や、人の声がして、騒がしくなってきた。迎えが来ましたね、とトーマが言う。するとドアが開き、きちっとした身なりの男性2人が礼儀正しくアーサーを迎える。目の前には、見たこともないような大きな馬車。前に、本が好きな牧師が聞かせてくれた夢のような物語に出てきたようなものだ。今から、今までと全く違う世界に連れて行かれる。そんな期待と不安がメイの中で溢れる。慣れない馬車に乗ろうとしたとき、メイよりも大きな手が目の前に差し出される。白くて長い綺麗な指の持ち主は、アーサーだった。


「つかまれ」


無愛想だけれど、突き放すような感じのない、不思議な感覚を与えるアーサーに、メイは戸惑いながらもその手を取る。これから何が始まるのか、わけがからないままのメイを馬車にのせると、扉は閉められて、走り出してしまった。




10/23脱字訂正

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