26
テスト前日の夜。とりあえずやれることはやったので、今日は早く寝よう、と共同のシャワールームから部屋に戻りながらメイは思った。
メイは今日も朝から図書館で、アーサーに教わりながら勉強をした。アーサーはいつもどおりで、それは当然なことなのに、メイはそれに傷つけられた。
ふと、そういえば今日はまだ郵便受けを見ていないと思い、広間へ向かって自分の郵便受けを確認すると、なんと、村の牧師からの手紙が入っていた。
メイは喜んで、それを部屋に持っていった。そして、ソファに座り、胸を高鳴らせながら封を切った。
「メイへ
わざわざ手紙をありがとう。牧師さんにお願いして、代わりに手紙を書いてもらっています。
動物たちは相変わらず元気です。メイが気にしていたミシェルは無事元気な子牛を産みました。残念ながらうちでは飼いきれず、隣のリサの家に引き取ってもらいました。
今年の秋野菜がとても甘くて美味しかったです。メイにも食べさせたかった。
あなたがこの家からいなくなってから、火が消えたようです。時折、あなたの笑い声が聞こえたような気がして振り返ったとき、誰もいないことがとても寂しくてたまりません。」
メイは、手紙を読みながら、胸が震える。自分は必要とされている。この村では、パパとママは、メイさんではなく、私自身を必要としてくれている。そのことがメイには嬉しくてたまらなかった。
「けれど、あなたの生きるべき場所はここではなかったのだと、2人で言い聞かせています。きっとメイはこれから、ターナー様の家で幸せに暮らすのでしょう。そのことを励みにこれから残り少ない人生を生きていきます。あなたが幸せでいてくれることだけが、私たちの幸いです。どうか健康で、元気でいてください。さようなら」
手紙を読み終わり、メイはまた気持ちが沈む。やっぱり、ここで生きていかなくてはいけない、そう改めて思わされた。ココはもういないんだよと、そう優しく跳ね返されたような気持ちになった。
風呂を終えたアーサーが、宿舎の中を歩いていると、廊下の窓を開けて夜空を眺めているエドガーが見えた。エドガーのピンクがかった髪は濡れていて、彼も風呂上がりなのだとわかった。
「…頭が濡れたまま夜風に当たると風邪をひくぞ」
アーサーがそう声を掛けると、エドガーがゆっくりアーサーの方を見た。廊下には他の生徒はおらず、やたら静かだった。
「そうだね。でも、星が綺麗だったから」
エドガーはそう言うと、また夜空に視線を戻した。アーサーは、ため息をついた。
「明日はいい天気になりそうだね」
「テストの日がいい天気でも、そこまでうれしくないな。どこかに出かけるわけでもなし」
「テスト…そっか、明日からテストか」
エドガーは、じゃあ早く寝なくちゃ、と言って窓を閉めた。アーサーは呆れたようにエドガーを見る。エドガーは、そう言えば、とアーサーの方を見る。
「メイが補習かもだって落ち込んでた。アーサーは助けてあげられそう?」
「…時間が許す限り、教えられることは教えた」
「なら、きっと大丈夫だね」
エドガーは、小さくあくびをこぼすと、それじゃあ明日に備えて寝ようかな、と言った。アーサーは、少し黙った後、聞いても良いか、と言った。
「なに?珍しいね」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…メイのこと、どう思っているんだ?」
アーサーの言葉に、エドガーは、え、と声を漏らす。
「何、一体どうしたの?」
「…真面目に聞いている」
「女の子として好き、って言ってもいいの?」
「…」
「…」
「…」
「良くなさそうだね」
「いや、良いんだ」
「え、そうなの?」
「…」
「…」
アーサーは、心の中で葛藤しながら固まる。エドガー、へー、と意外そうに呟く。
「メイのことは諦めるってこと?」
「…そういうことになる」
「へー」
「…」
アーサーは、エドガーの方を少し驚いたように見る。エドガーはアーサーの視線に気がつくと、なに、と尋ねる。
「いや…」
「なんで俺がメイを好きなことを知ってるんだ、って思ってる?」
「…」
「何年君たちと一緒にいると思ってるのさ」
エドガーは、また窓の外を見る。それから、視線は空を見たまま、エドガーは口を開く。
「ねえ、もしも花祭りのことを言ってるなら、あれはメイが花祭りのルールを知らなかっただけだよ」
「は…?」
「メイ、1人1輪だけっていうのを知らなかったみたいだよ。あの後、メイは君に渡そうと追いかけてたから、渡せたものだと思ってた」
エドガーはそう言うと、へー、アーサーでも勘違いとかするんだね、と意外そうに言った。アーサーは、軽く咳払いしたあと、それでも、と続けた。
「…結局、俺のエゴでしかない婚約だったんだ。記憶を無くして、それでも新しく生きていこうとしている彼女を縛り付けてしまっていた。彼女はもう新しい生活に根を張り始めている。ブラウン家の婚約者という肩書は、彼女にはもう不要なんだ」
エドガーは、そう言ったアーサーを見た。そして、アーサーがそう思うならそれでいいんじゃない、と返した。
アーサーは、時間を取らせた、と言ってエドガーの前から去った。その後ろ姿を、エドガーはちらりと見る。
「…花祭りのこと、黙ってたらよかったかな」
エドガーはそう呟いたあと、また夜空を見上げた。
そして、テストは終了した。メイの結果は、なんと補習回避だった。そんなわけ、と思い、メイは職員室を訪れて教師に尋ねると、あなたは事情が事情だから特別に赤点等の処置はしません、と言われた。補習を受けたかったら受けても良いけれど、結局まだその補習のレベルにも達していないから、これまで通り自主勉強したほうが良い、と最もなことを言われて、メイはしょんぼりして帰ることになった。
掲示板に張り出されたテスト結果によれば、想像通りであるが、6年生の中での一番はアーサーだった。ダニエルもエドガーも上位の方に名前があり、みんな頭が良いんだな、と感心した。
「やっとテストから解放されますわ」
清々しい顔をしたハニーがメイの隣にやってきた。ハニーは、補習になることを心配していたが、なんとか回避できたらしい。
「これで心置きなく、クリスマスパーティーに出られますわね」
「クリスマスパーティー?」
メイは、初耳の言葉を繰り返す。ハニーは呆れたように、はあ、とため息をつく。
「あなた本当に、」
「のんびりしていらっしゃる、んでしよ?ごめんってば」
「いいえ、のんびりを通り越しておにぶちんですわ」
「(…ランクアップした…)」
「クリスマスパーティーっていうのはね!」
ハニーが手と手を合わせて、目をきらきら輝かせながら話し出す。
「テスト終わりの後開催されるクリスマスパーティーですわ!ハニーは社交パーティーに何度もでていますから、慣れたものですけれど、やっぱり、学校の中で開かれるものはまた空気感が違って良いものですわ」
ハニーが、楽しみだというのが伝わってくるような様子でそう話す。そうなんだ、とメイは返す。
「そうそう、そのうちご実家からドレスが送られてくるはずですから、それを事前に試着する会が近いうちにありますわよ。ハニーのお母様とお父様ったら、毎年何十着も送ってくるものですから、試着だけでも一苦労なんですのよ」
ほほほ、と口元に手を当てるハニー。メイは、またそんな得体のしれないパーティーがあるのか、と思うと一気に不安になった。




