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花祭りの後の宿舎に、メイは重い足取りで戻ってきた。結局、アーサーは見つけられず、花は渡せないままだった。それどころか、1人だけにしか渡せないというルールの中、メイはアーサーの目の前でエドガーに花をわたそうとしてしまった。
「(何か、誤解されてしまっただろうか…)」
メイは、花瓶にもらった花を飾りながら、ぼんやりそんな事を考える。もらった花の隣に、アーサーとエドガーに渡す予定だった花も飾る。青色の花と、赤色の花。アーサーの瞳が綺麗で、それが忘れられなくて選んだ花。メイは、アーサーからもらったオレンジ色の花を見つめながら、アーサーは何を考えてこの花をくれたのだろう、と思う。少しだけ考えて、いや、義理にそこまで思い入れなんてない、と悲しくなる。
「(誤解を、明日、ときにいこう)」
メイは、赤い花を見つめてそう意気込む。明日も綺麗に咲いていて欲しい、そう願いながら。
翌朝、朝の会が始まる前にメイはアーサーの教室に向かった。当然だけれど男子生徒ばかりで、なんだか自分の異物感がすごくてメイは萎縮してしまった。しかも、アーサーの婚約者がきたということで、皆好奇の目でメイをみた。その視線に耐えながらアーサーの教室をこっそり覗き込んだ。片手には、赤い花を持ちながら。教室を探すけれど、そこにアーサーの姿はない。
「(まだ来てないのかな…)」
「あれ?メイちゃん」
声がして、振り向くとダニエルがいた。ダニエルは、おはよう、とメイに挨拶をする。メイも、おはようございます、と返す。いつもより元気のないメイに、ダニエルは不思議そうな顔をする。
「アーサーに用かな?」
「あ、はい…でも、まだ来ていないみたいで」
「アーサーなら、今日から1週間くらい学校を休むみたいだよ。実家の用事だって、ずいぶん前から決まってたみたいだけど」
「えっ…」
メイは目を丸くして、そして、そうなんですか、と目を伏せた。ダニエルは、ふと、メイの手に赤い花が握られているのに気がつくと、何かを察したのか、大丈夫だよ、と優しく言った。
「またアーサーが来たら僕が連れてくるから。お兄さんに任せて」
「…ダニエルさん」
「君がしおらしくしてると、なんだか変な感じするね」
少しだけからかうように笑うダニエルに、メイもつられて少しだけ笑う。
「テスト休みには帰ってくるから、大丈夫だよ」
じゃあね、とダニエルはメイに手を振る。メイは、ありがとうございます、と言って、教室を後にした。
あと1週間。メイは、頭がずんと重くなるのを感じた。1週間もこんなにもやもやしなくてはいけないのかと思うと、なんだか身体中が凝りそうだ、とメイは思う。
「(アーサーさん、私に花をくれたのに、私が自分以外の人に渡そうとして、気を悪くしたかなあ)」
メイは、気を悪くしたアーサーの事を思うと胸が痛むが、しかし、アーサーはそんなこと気にしないか、とすぐに思い直す。なぜなら、アーサーはメイのことが好きじゃないし、義理での花を渡しただけだから。そんな当たり前のことが、メイには息ぐるしくなる。
メイは、なるべく早くこの1週間が終わることを願うだけだった。
アーサーは、実家に帰って1日目の夜、久しぶりの父親との晩餐を終えて部屋に戻ってきた。明日からは、アーサーは怒涛の1週間となる。ブラウン家の領地の視察、有力な商人との会食、ブラウン家が懇意にしている公爵家が開くパーティーの出席。本来、学生の身分であるアーサーは無理には出なくてもいいものばかりであるが、父親の跡継ぎとしての教育の一環として参加することを言い渡されていた。そしてもちろん、勉学もそれを言い訳におろそかにはできないので、僅かな空き時間にもうすぐ始まるテストの準備もしなくてはいけない。
アーサーの世話係のトーマは、アーサーの寝る準備を手伝いながら、ワクワクした様子でアーサーを見ていたが、アーサーの浮かない表情にトーマは何かを察した。トーマは、しかし何も聞かないわけにはいかず、坊ちゃま、と声をかけた。
「昨日は花祭りでしたね?学校でもさぞ賑わったのでしょうね」
「ああ…」
「坊ちゃまはたくさん花を頂いたのですか?」
「いや…」
「……メイ様には渡されたんですか?」
「……ああ」
「それで、どうだったんですか?」
「………」
無言のアーサーに、察するトーマ。トーマは、またどうせ想いを言えなかったのだろう、と思いながら、坊ちゃま、と口を開く。しかし、アーサーの声にそれが遮られる。
「彼女には、他に好きな人がいるようだ」
「えっ」
トーマは、予想外のアーサーの言葉に絶句する。アーサーは、着替えをしながら言葉を続ける。
「俺は、彼女を手放したくなかったから、記憶のない彼女とでも結婚しようと思った。俺の気持ち以外にも、それが、彼女にとっても、彼女の家にとってもいいことだと思っていた。…それでも、彼女の気持ちを考えず結婚することは、正しいことなのだろうか」
アーサーは、そう呟く。トーマはアーサーを見つめる。
「俺は、彼女には幸せになってもらいたい。…そのためには、俺との婚約は彼女にとって邪魔なことなのかもしれない」
「…坊ちゃま」
トーマは、気が沈んでいるアーサーを見つめる。
トーマは、む、と顔をしかめて、腕を組み、坊ちゃま?といつもの小言を言う体勢に入った。
「坊ちゃま!メイ様には他に好きな方がいらっしゃるとして、何もせず引き下がってしまっては坊ちゃまのお気持ちはどうなるのですか?メイ様に幸せになって欲しいから自分が身を引く?坊ちゃまが幸せにしてさしあげればよろしいじゃないですか。俺様がお前を誰よりも幸せにしてやるよという気概をお見せになったらいかがですか?俺様系はもう流行らない?そんなの知りませんよ。っていうかそもそも、好きだってちゃんと伝えたんですか??」
……ということを言いたい気持ちを、トーマはぐっとこらえる。意気消沈しているアーサーの死体蹴りをするわけにはいかないと思ったからだ。
アーサーは、就寝の準備を終えると、トーマにおやすみの挨拶を告げた。トーマは終始何か言いたげだったが、何も言わずに部屋から出ていった。
アーサーは、寝る前に少しだけ、と勉強の準備をした。明日は勉強する時間をとることが難しいかもしれない。だから、少しでも余裕があるときにしなければ。
「(それに、暇な時間はない方が良い)」
アーサーは、ペンを走らせながらそんな事を考える。何もしていない時間があれば、メイの事を考えてしまいそうだからだ。
自分はちゃんと、彼女のことを諦められるだろうか。
花の色を、彼女は気に入ってくれたのだろうか。昔、彼女が好きだった色なのだけれど。
「……」
アーサーは、額に手を当てる。結局、メイの事を考えている自分に気が付き、今日はもう駄目だ、と思い、アーサーは明かりを消して、ベッドに横になった。




