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とうとう11月に入った。朝、あたたかい布団から出るのがだんだんつらくなっていくのを、メイは感じていた。

朝、目を覚まして、支度をして、メイは、宿舎内にある自分の郵便受けを確認しに行った。一昨日、清書した村への手紙を送ったばかりであるが、もしかしたら返事が来るかもしれないと、今から楽しみにしているのである。返事のない郵便受けを確認して、流石にまだだよね、とメイは苦笑いを漏らした。


宿舎から同室のハニーと一緒にメイは学校に向かっていた。なにやら、すれ違う生徒たちがみんなそわそわとしていて、色めき立っていた。いつもより念入りに身なりを整えて登校している生徒たちの数が大勢いる。メイは不思議そうにあたりを見渡した。


「…なんか、今日みんな楽しそうだね。授業が午前中で終わるのがそんなに嬉しいのかな」


メイのセリフを聞いたハニーが、信じられない、という顔をした。そして実際に、しんっじられませんわ、と声を漏らした。


「あなたご存知ないの?今日は花祭りですわよ!」

「…はなまつり?」

「今日は、放課後に好きな人や大切な友人に花を1輪渡すお祭りですわ!婚約者に渡す方もいらっしゃいますし、秘めた想いを打ち明ける方もいらっしゃる…!あなたこんなお祭りをどうしてご存知ないの?」

「えっと…のんびりしていらっしゃる、から?」

「その通りでしてよ!」


ハニーは、本当に何度呆れさせるのでしょう、と言いながら歩いている。そんな彼女に苦笑いをしながら、メイはこの浮足立つような空気の理由を理解した。


「今日は、人気のある生徒はたくさんのお花に囲まれますのよ。ハニーなんて、お花で埋もれてしまうかもしれませんわ」


ほほほ、と口元に手を当てて笑うハニーを見て、メイも、そうだね、と言って一緒に微笑んだ。





授業が終わると、待ちきれなかったとばかりに、クラスの生徒達は教室から出ていった。校庭に花屋のワゴンが並ぶらしく、皆そこで花を購入して、渡したい相手に渡すのだという。

メイは、どうしよう、と困惑してしまう。設定上はアーサーに渡すべきなのはわかっている。しかし、どんな顔をして渡せば良いのかわからない。

 

「あら、まだこんなところにいらしたの?」


ハニーがやってきた。手にはピンク色のかわいい花が1輪握られている。


「あ、うん、今出ていこうかと…。ハニーも今から渡しに行くの?」

「もちろん!誰に渡そうか考えたんですけれどね、ハニーにこのお花をもらってしまった殿方は、他の方にとっても妬まれてしまうと思いますの。それってとっても気の毒ではなくって?」

「な、なるほど…」

「ですから、あなたに差し上げるわ」


ハニーは、そう言って手に持っていた花をメイに渡した。メイは、いいの?と花を受け取った。


「うれしい…本当に良いの…?ありがとう!」


メイは満面の笑みを浮かべた。その笑顔に、ぽぽぽと頬を染めるハニー。


「(お、お姉様にそんなに喜んでいただけるなんて…ハニーは、幸せ者ですわ…!)」

「待ってて、今からお返しのお花持ってくるね」

「何をおっしゃいますの?そんなことよろしいですから、アーサー様に渡してきていらして」


ハニーは、それじゃあ、ごきげんよう、と言って、ハニーの髪をぱっと片手で払うと、教室から去っていった。そんなハニーの言葉に、やっぱりアーサーには渡さないといけないか、とプレッシャーを感じた。




メイは、校庭に向かい、花屋をのぞいた。みんなは花を準備して相手を探しに行っているのか、もうほとんど生徒はいなかった。花もほとんど残っていない中、メイは花を選んだ。


「(えっと、ハニーに返すでしょ、エドガーにも渡して、あとは、アーサーさん、だよね…)」


メイは、どれにしよう、と悩んだ。ハニーには、桃色の可愛い花、エドガーには青い花、それではアーサーには?メイは、アーサーに合う花が選べなかった。

すると、あれ、メイちゃん、と声がした。メイが振り向くと、ダニエルがいた。ダニエルは、花を1輪も持っていなかった。彼ならたくさん渡されてそうだったから、メイは、意外そうに彼を見た。


「ダニエルさん」

「アーサーに渡しに行くの?楽しそうだね」


そう言って微笑むダニエル。すると、あの、と女子生徒がダニエルに声をかけた。メイとダニエルが振り向くと、そこには2人の女子生徒がいた。リボンの色から、五年生だろう。2人のうち1人の手には紫色の花が握られている。もう1人は付き添いのようだ。彼女は顔を真っ赤にして、花を持つ手をダニエルに差し出した。その手は震えていて、本当にダニエルが好きなんだということがメイにも伝わってきた。


「あの、これ…」

「ごめんね、誰のも受け取ってないんだ」


ダニエルは、彼女にもう一度ごめんね、と伝えた。女子生徒は、肩を落とし、付き添いの女子生徒と一緒に去っていった。


「やっぱり、今年は受け取ってもらえないっていう噂本当だったんだね…」

「なんか変わっちゃったよね…」


2人のそんな話が聞こえてきて、メイはダニエルを見上げる。メイの視線に気がついたダニエルは、あー、と髪をかいた。


「今年はこのお祭りに乗らないでおこうかなと。今からランチを食べてとっとと部屋に帰ろうとしてたんだ」

「そうなんですか」


メイは、少しだけ微笑んで、ダニエルさんってセンス良いですか?と聞いた。


「悪くはないと思うよ。なぜ?」

「渡すお花を選んでもらえたらと思って。私、こういうの考えられなくって」

「駄目だよ。自分で選ばないと」

「…そうですよね。ありがとうございました」


メイはまた考え出してしまった。そんなメイを見てダニエルは小さく笑った。そして、花の中から黄色い花を1輪取った。そして、花屋の店員にお金を払った。


「あれ、お花買うんですか?」

「うん。やっぱりイベントに参加しないとつまらないから。…というわけで、友情のお花をどうぞ」


ダニエルはそう言ってメイに渡した。メイは驚いて目を見開いたあと、ありがとうございます、と微笑んだ。


「嬉しいです。部屋に飾りますね」

「どういたしまして。じゃあね」

「あっ、待ってください、私もダニエルさんに渡します!」 


えっと、とメイがダニエルに渡す花を探すと、いいよいいよ、とダニエルが慌てて言った。


「僕になんて渡さずに、アーサーに渡しておいで」

「えっ、でも、お返ししないと」

「そんなのいいから。ほら、がんばって」


ダニエルはそう言うと、ひらひらと片手を振ってメイの前から去っていった。





アーサーは、昼食をさっさと取り終えると、いつものように中庭に向かった。今日は花祭りのため、午前で授業は終わりだが、なんとなくそわそわと心が落ち着かず、いつものルーティンとして、中庭で本を読まないと気がすまなかったからである。

本を片手に歩きながら、アーサーはいつもよりぐったりとした体を感じていた。そう、今日は花祭りである。彼は毎年この日になると彼に花を渡したい生徒たちに引っ切り無しに声をかけられていた。彼は毎年その申し出に全て断り続けていたが、彼に花を渡したい生徒はいなくならなかった。今年はメイが入学したから、さすがに数が減るだろうと思っていたが、そんなことはなく、彼は今年もこの日、断り疲れでぐったりすることになった。意を決して渡す方も疲れるだろうが、断ることにも体力がいるのだ。その思いが熱心であるほど、アーサーは疲弊した。

いつもなら、花を渡そうとしてくれる生徒から逃れるためにさっさと授業が終われば部屋に戻ってしまうのだが、今年の彼はそういうわけにはいかなかった。

アーサーは、落ち着かない気持ちで中庭までの道を歩く。

花祭りとは、学校だけの行事ではなく、この国で行われる催しである。そのため、アーサーはメイがいたころはお互いで送り合っていた。熱心な思いで花を渡してくれていたメイに対して、アーサーはいつもの感情の伝わらない様子でしか渡したことがなかった。しかし今年は、今年こそは、伝えなくてはいけない、とアーサーは思っていた。普段から、メイに想いを伝える機会などいくらでもあったが、彼の性格的に不可能であった。でも、今日ならば、花祭りという、想い人に花を渡すという日であれば、伝えられるのではないかと、アーサーは思っていた。


中庭について、さあ本を読もうか、と思ったときアーサーは、何やら男女が揉めているところが見えた。アーサーは、何だ、と目を凝らすと、そこにはリリアがいた。もう一人の男子生徒はどうやら彼女と同じ5年生のようである。男子生徒はかなり感情が荒ぶっており、リリアは困っているようだった。


「なんで僕の花を受け取らないんだ!!」


激昂した男子生徒は、リリアの肩を乱暴に掴んだ。その拍子に、リリアの腕にたくさんある花のうちの何本かが下に落ちる。リリアは、きゃあ、と悲鳴を上げて、怯えた瞳で男子生徒をみあげた。アーサーは、本を閉じて、そちらに向かった。


「やめろ」


アーサーは、男子生徒の腕をつかみ、リリアから離した。男子生徒は非常に興奮しており、顔には怒りがにじんでいた。男子生徒は、止めた相手がアーサーだとわかると、少しずつ冷静になり、顔が青ざめていくのがわかった。リリアが、アーサーに気がつくと、アーサー様…!と声を上げて、アーサーの後ろに隠れた。


「あ、あなたは…」

「…理由はわからないが、暴力はよくない」

「……」


男子生徒は無言で走り去っていった。リリアは、安心して力が抜けたのか、はあ、と息を吐いたあと、その場にしゃがみこんでしまった。アーサーもしゃがみ、大丈夫か、とリリアに尋ねた。リリアの顔は青白くなっており、ずいぶんな恐怖の中耐えていたのが感じられた。


「申し訳ありません、こんなところ…」

「構わない。怪我はないか?」

「ありませんわ…。ありがとうございます。アーサー様が来られなかったら、どうなっていたか…」


リリアは、そう言うと自分の肩を自分で抱きしめた。華奢な体が小刻みに震えていた。彼女の手にはたくさんの花があり、さっきの男は彼女に花を渡そうとした1人か、とアーサーは思った。


「花を受け取れと…受け取って交際をしろとせまられたんです…私怖くって…」

「はやく、人の多いところに行ったほうがいい。俺ももうここから出るところだから、ひと気のあるところまで送ろう」

「ありがとうございます…」


そう言ったリリアは、ふと、アーサーの内ポケットに花が1輪ささっているのがみえた。リリアは、そのお花、と声を漏らした。アーサーは、リリアの視線に気がつくと、ああ…、と言って小さく咳払いをした。


「メイさんに、ですか?」

「…まあ…」

「…婚約者ですものね」


リリアはそう言うと、大丈夫です、と言って立ち上がった。アーサーは、そんなリリアを見上げる。


「これ以上お手間を取らせられませんわ。私、あちらへゆきますから」


リリアはそう言うと、それでは、ありがとうございました、と言ってアーサーに背を向けた。アーサーは、そうか、と言うと、彼女に背を向けて歩き出した。




リリアは、アーサーがいなくなったのを見ると、表情のない顔で、彼女が今日受け取った花たちを地面に落とした。そして、靴でその花を踏みにじった。花弁がちぎれて、泥にまみれてしまう。汚くなった花を、感情のない瞳でリリアは見下ろす。


「手の込んだことするよね」


リリアは、はっとして、声の方を見た。するとそこには、ダニエルがいた。ダニエルはポケットに手を入れたまま、ゆっくりとリリアの方へ歩いていく。


「コルド・ハン、だっけ。5年生の、大人しそうな、少し女子と会話するのが苦手そうな男の子だよね。彼、うれしかっただろうね、あのリリア・スミスが数日前から自分に優しく話しかけてくれるんだもの。自分と付き合いたいような素振りを見せてくるんだもの。勘違いするよね、花祭りの日に君が自分に告白されたいと思ってる、ってね」

「…」

「そして君は、アーサーがいつも昼食後にここで読書をしていることを知っていた」

「…先ほどから何を仰っているのかわかりませんわ」 

「メイちゃんの悪い噂を取り巻きに流させていたのも君かな?」

「身に覚えがありません。気分が悪いので、失礼いたします」


リリアはダニエルに背中を向けて歩きだす。ダニエルは、無駄だよそんなの、と彼女の背中に話しかける。


「どんなに手の込んだ事をしたって、相手に花の1輪も渡せないようじゃ、何にも伝わらないよ」


ダニエルの声が聞こえているのかいないのか、わからないままリリアは姿を消した。


「(これだけ釘を差したら、しばらくはメイちゃんに何もしないでしょう)」


ダニエルは、リリアの姿が見えなくなったら、自分もとっとと部屋に戻ろうと踵を返した。


「意外と熱い男なんだね」


木の上から声がして、ダニエルは目を丸くした後、声の方を見上げた。するとそこには、木の上で昼寝をするエドガーがいた。


「…え、エドガー、なんでそんなところで…」


ダニエルが驚いていると、エドガーは木の上から降りてきた。彼の手にはたくさんの花があった。彼の髪にも花がついており、ダニエルはそれを取って、エドガーに渡した。エドガーは、ありがとう、と礼を言った。


「ずいぶんたくさんの花をもらったね。花祭りで君も忙しそうだ」

「はなまつり…ああ、だからみんな花をくれたのか」


ぼんやりとしたエドガーの様子に、ダニエルは呆れたようにため息をついた。







なんとかアーサーの花も選び終えたメイは、校内を歩いていた。アーサーを探して入るものの、見つかっても困る、と思っていた。

校内では花を渡して、渡され、思いが実って、くだけての悲喜交交であった。メイはそんな空気にくすぐったいような、むず痒いような気持ちになる。

メイは、見覚えのある金髪が目に入った。あ、と思ったとき、アーサーがこちらを振り向いた。


「アーサーさん…」

「メイ」


アーサーは、やっと見つけた、と言ってメイの方に近づいてきた。そして、胸の内ポケットから花を取り出した。オレンジ色の綺麗な花だった。それを、メイの方に差し出す。


「…」

「…」

「…」

「あっ、私、に?ですか…?」

「そう、だ…」


メイは、花を大事に受け取った。オレンジ色の花がきらきらと光って見える。嬉しい気持ちは湧き出るのに、喜んで良いのかわからない。形式上、婚約者だから、アーサーはメイに渡しているだけ。婚約者に花をもらえなかったら気の毒だから渡しているだけ。それだけ。


「…ありがとうございます、わざわざ用意していただいて。婚約者には渡さないと、ですよね」


メイの言葉に、アーサーは目を丸くする。アーサーは、いや、と言葉を漏らしたあと、意を決したように真っ直ぐにメイを見た。アーサーの真剣な瞳に、メイは視線をそらせなくなる。


「君だから、俺は渡したいんだ」

「はい、私が婚約者だからですよね」

「…」


アーサーが固まる。メイは、そういえば準備した花をアーサーに渡さなくては、と思う。

ふとメイは、アーサーに義務でもらった花に、自分の用意した花を渡すのが、なんだか悲しくなってきた。最近自分は一体どうしてしまったんだろう、とメイは思う。アーサーのことを考えると、自分で自分がわからなくなってしまうのだ。


「…エドガー?」


アーサーの声がして、アーサーの視線の先を見ると、たくさんの花を腕に抱えたエドガーがいた。


「ん、その声はアーサーかな」

「…前が見えてるか?」


アーサーが聞くと、たぶんね、とエドガーが返す。


「そろそろ退散しようかと思って。これ以上もらうと、花を飾る花瓶がないんだ」

「断ればいいだろ」

「花祭りだってさっき知ったんだ。なんでみんな俺に花をくれるのか不思議で不思議で…」


そんなエドガーに、メイは吹き出す。メイはエドガーの側に行き、彼に用意した花を彼に差し出した。エドガーは、え、と声を漏らす。


「私からも。どうぞ」


メイの手にある青い花が、エドガーの方に向けられた拍子に小さく揺れたのをアーサーが見たとき、アーサーは目を伏せた。そして、それじゃあ、俺はこれで、と言って足早にその場を去ってしまった。アーサーの背中を見て、メイは、あ、と声を漏らす。


「(アーサーさんに渡せなかった…。後でまた渡せるかな…)」

「嬉しいけど、俺でいいの?」

「え?うん」

「花祭りって、1人にしか渡せない決まりなんだけど、それでも俺がもらってもいいの?」

「え」


メイにはそんなこと初耳であった。目を丸くするメイを見て、ほら、渡してきたら、とエドガーが促す。メイは、う、うん、と言ってアーサーを追いかけた。しかし、メイはアーサーを見つけることはできなかった。

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