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アーサーに図書館で勉強を教えてもらう約束をした日の放課後、メイは荷物を鞄にしまって、自分の席を立った。クラスメイトたちが、また明日とメイに手を振るので、それにメイは笑顔で返す。
メイの勉強は、毎日の授業、それに放課後の図書館での自習、それと週に一回、図書館でアーサーにわからないところを教えてもらう、というサイクルが出来上がっていた。メイは、周りの生徒と比べて自分が特段頭が良い方だとは思えなかったし、自分のもともとの学力はちっとも足りていないけれど、それでもただ純粋に学ぶことを楽しいと思えるようになっていた。将来はここで学んだことを生かせることで生活できたらいいな、ともメイは思う。今よりもっともっと知識を蓄えた自分が、誰かに勉強を教えるのでも良い。そんな未来を空想したら、メイはわくわくした。
図書館までの道のりを歩いていたら、エドガーの背中が見えた。メイは、エドガー、と名前を呼んだ。振り向いたエドガーは、本を何冊も持っていた。
「ああ、メイ」
「どうしたの?その荷物」
「今日当番なんだ。これを運んだら帰れる」
「そうなんだ。私、今から図書館に行くの。途中まで一緒に歩かない?」
「うん」
エドガーはそう言うと、メイの隣を歩き始める。メイは、エドガーから発せられるなんとなく居心地のいい空気を吸い込みながら小さく微笑む。
エドガーと他愛のない話をしながら廊下を歩いた。学校のカフェテリアの美味しいランチの話、中庭にたまにやってくる猫の話、昨日の激しい雨で、長い間観察していた蜘蛛の巣が流れてしまった話。多分、一度寝てしまったら忘れてしまいそうな内容だけれど、メイには心の底から楽しい話だった。
図書館のそばまで来たとき、そういえばエドガーはどこまで行く予定だったのかとメイはふと思った。そもそもエドガーの目的地を聞いていなかったことに気が付き、メイは隣を歩いていたエドガーをみあげた。エドガーはそんなメイに気がついて、小さく首を傾げる。そのときに揺れるエドガーの髪が夕日に反射してきらきらとしていた。纏う雰囲気が柔らかいから忘れそうになるけれど、この人もものすごく格好いいんだったと、メイはふいに思い出させられた。
「…そういえばエドガーって、婚約者とかいないの?」
そんなことを考えていたら、最初に聞きたかったこととは違う質問がメイの口から出てしまった。エドガーは、いないよ、と言った。
「四男坊だから、後回しにされてるよ」
「そうなんた…。なら、私が婚約者になってっていったらなってくれるの?」
そう尋ねてから、メイははっとして、ごめん、今のは冗談、と手を振る。メイが、一体自分は何を言っているのだ、エドガーはアーサーの友だちじゃないか、と慌てていると、エドガーは何でもないような声で、いいよ、と言った。
「…え?」
「もちろんいいよ」
エドガーがメイを見つめる瞳は普段と変わらなくって、メイには彼の本当の気持ちがわからない。メイが、自分から始めた話なのに戸惑っていると、エドガーが、まあ、と口を開いた。
「アーサーの説得からはじまるけどね」
エドガーの言葉に、メイは、なんだ冗談か、と受け取る。メイは小さく笑って、ごめんね、変なこと言って、ともう一度謝った。エドガーが立ち止まる。メイもそれにつられて立ち止まると、図書館の目の前についたことに気がついた。
「(もう着いちゃったや)」
「それじゃ、俺あっちだから」
エドガーはそういうと、メイに背中を向けて、いま来た道を戻っていく。メイは、彼が目的地とは反対方向を歩いてきてくれたのだと気が付き、ごめん、と彼の背中に言った。エドガーは、メイの声に、彼女の方を振り返る。
「ごめんね、遠回りさせちゃって」
エドガーは、そう言うメイの方を見て口元を緩める。
「ありがとう、話してくれて。楽しかったよ」
勉強頑張ってね、とエドガーは言うと、また歩き出した。そんなエドガーの背中を見つめたまま、メイは少し長い間動き出せなかった。
「(…っと、アーサーさんと約束の時間があるんだった)」
メイは頭を軽く左右に振り、図書館の中に入っていった。そんなメイの姿を、図書館から少しだけ離れたところで、アーサーが見つめていたことを彼女は知らずに。
11/3 メイの台詞訂正




