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放課後、メイは図書館へ向かっていた。アーサーに勉強を教えてもらうわけではないが、メイは頻繁に図書館へ行き、そこで勉強をしていた。周りの生徒たちからずいぶん学力が劣っているから、ということもあるが、それ以上に、勉強が楽しいと思えるようになってきたからである。まだ文字の読み書きの段階ではあるが、メイには勉強をすることがとても自分を充足させられるものの一つになっていた。


教室から校内の廊下を歩き、図書館へ向かっていたところ、なにやら女生徒のヒステリックな声が聞こえてきた。メイの進行方向にある教室からである。なにごとかと、メイは足音をひそめ、教室の中をこっそりとのぞいた。するとそこには、涙をこぼして怒る女子生徒と、冷めた表情で窓枠にもたれかかるダニエルの2人だけがいた。


「ひどすぎる、あんまりだわ…信じていたのに…!」


女子生徒はそうダニエルに言うと、涙を指で拭い、何も言わないダニエルを置いて教室から走り去っていった。


「(わ、別れ話だろうか…)」


メイはさっと体を教室の中から見えない位置に戻し、見てはいけないものを見てしまった罪悪感に心臓がドキドキするのを感じた。


「メーイちゃん」


ダニエルの声がして、メイはびくりとしたあと顔を上げると、いつもの笑顔のダニエルがいた。メイは、あ、あはは、と苦笑いをもらした。


「あの、私…」

「聞いてたんでしょ?」

「…わざとじゃありません、ごめんなさい…」

「別に謝ることじゃないよ」


ダニエルはそう言って、ズボンのポケットに手を突っ込み、少しだけ息を吐いた。何でもないような顔をしているダニエルだったが、メイには少し傷ついているように見えた。恋人と不本意にも別れてしまったのだろうか。メイは、片足をつっこんでしまった手前、何も言わないわけにはいかない気がして、あの、とダニエルに話しかけた。


「えっと、恋人、だったんですよね、あの、元気出してくださ、」

「違うよ」

「えっ、え?」

「あの子は僕の遊び相手の一人だったんだけど、向こうが本気になりそうだったから、さよならしましょって言っただけ。彼女、婚約者いるし。僕も面倒事は御免だから」


メイは、開いた口がふさがらないままダニエルを見上げる。メイは顔をしかめてダニエルを見つめる。


「…前は、勝手に遊び人の噂をされて迷惑してるって言ってませんでしたっけ?」

「それはメイちゃんと遊びたかったからそう言っただけだよ。噂で困ってるって聞いたら僕にシンパシー感じたでしょ?」


ダニエルは悪びれずににこにこ微笑む。メイは呆れたようにため息をつく。そんなメイを見ながら、そうそう、とダニエルが口を開く。


「アーサーに断られて泣いてた女の子を慰めたこともあるよ。本当にゲンキンだよね、泣くほどアーサーが好きだったって言ってたのに、僕にちょっと優しくされたらすぐに僕が好きだって言い出しちゃってさ」


ダニエルは、そう言って嘲笑する。メイは、そんなダニエルの瞳をただ見つめる。


「みんなそうだよね、愛だ恋だ簡単に言っちゃって。僕はそんなもの信じてないけれど」


メイは、そんなダニエルの言葉が、新しい好きな人を探している自分に刺さる。しかし、見つめるダニエルの瞳がどうしても傷ついているように見えて、メイは気になってしまう。


「…アーサーも僕と一緒だと思ってた」


ダニエルがそう呟く。メイは、え、と声を漏らす。


「初めてアーサーを見たとき、僕と同じ心が死んでる人がいるって思ったんだ。他人に興味がなさそうで、そんな人僕以外にいたんだって、嬉しかった。…嬉しかったのにな…」

「…アーサーさんの昔のことはわかりませんが、」


メイはダニエルを見つめる。


「私は、あなたのこと、心が死んでるなんて思ったことありませんよ。むしろあなたは、女性を傷つけることで、自分自身の心も一緒に傷つけて殺そうとしているふうに見えます。…すごくしんどそうです。…なにかあったんですか?」


メイの言葉に、ダニエルは笑顔と呼吸が止まった。自分の顔に貼り付けていた作り笑顔が、ひくひくと痙攣するのが彼にはわかった。


ーーお前なんかいらない


ダニエルの頭の中で、昔の記憶が蘇る。冷めた目をした、自分を引き取った父と義母が、目の前に幼いダニエルがいることを知っていて、ダニエルが耳を塞ぎたくなるような言葉を吐き捨て続ける。


ーー妾のこどもなんか引き取らなければよかった

ーーお前がすぐに男を産まないから悪いんだ

ーーまさかこいつを引き取ってからジェームズが産まれるなんて…

ーー引き取った以上どうしようもない…

ーーこんな邪魔な奴どうするっていうのよ



記憶の中の幼いダニエルがようやく固く耳を塞ぐ。どんなに力をいれて耳をふさいでも、2人の暴言は幼いダニエルに聞こえてくる。

愛なんて信じない。

ダニエルは心の中で繰り返す。愛なんて自分の前には存在しない。それでも、誰からも愛されない現実が苦しい。息ができないほど。まるで、自分なんかいらないと何度も何度もわからされているようだから。だから、誰かに愛してもらいたい。それでも、誰かから好きだと、愛していると言われても信じられずに拒絶してしまう。水に溺れて苦しいのに、陸に上がることができない臆病者だと、ダニエルは自分のことを滑稽に思った。


「私でよければ話を聞きますよ。これで、傷つけられる女の子がいなくなるなら」


メイはダニエルの方を見てそう言った。ダニエルは、いつもの笑顔が作れないままでいる。


「…カウンセリングみたいなことやめて」

「ダニエルさんって、女の子は遊びだって言いながら、実は繊細なんじゃないですか?本当は愛されたくてたまらなかったりして…」

「……分析みたいなこともやめて」


ダニエルの言葉に、出過ぎたことをごめんなさい、とメイは謝った。そしてまたダニエルと視線を合わせて、小さく微笑んだ。


「まあ、女性の敵だっていう噂は本当みたいなので、今後は気をつけます」

「…君みたいな可愛げのない子に何にもしないよ」


ダニエルの言葉に、あっ、言いましたね!とメイは少し怒ったように言った。ダニエルとメイは少しの間目線を合わせると、2人同時に少しだけ吹き出した。


「それでは」


メイはそうダニエルに言うと彼に背を向けた。少し歩き出したあと、あ、と言ってダニエルの方を振り向いた。


「アーサーさんも、心、死んでませんから!今も、多分昔も!」


メイはそういうと、今度こそ本当にそれでは、と言ってダニエルの前から去った。

ダニエルはそんなメイの後ろ姿を見つめて立ち尽くす。


「…アーサーは本当にあの子が好きなんだね」


ダニエルはそうつぶやいて、小さく吹き出す。ダニエルは目を細めて、なんか僕だけ取り残されちゃったな、と言葉を漏らした。


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