16
久しぶりのターナー家への帰宅が楽しみだったはずなのに、メイはどっと疲れて帰ってきた。前に少し感じていた家族という感情も、まだ根本的には芽生えていなかったことをメイは思い知る。そんなに頑なにならなくてもいい、もっと柔軟に受け入れたほうがいい。そうはメイだってわかってはいるけれど、そうすることで、ココだった自分が消え去ってしまうような怖さもあるのだ。
学校に入ってから一番長く感じた休みが終わり、月曜日がやってきた。メイにはなんだか久しぶりに学校に来たように感じてしまう。メイは、もやもやする気持ちで一人、廊下を歩いていた。
すると、すれ違う女子生徒に足を引っかけられた。メイは気を抜いていたのでバランスを崩し、持っていた教科書を数冊床に落としてしまった。体を立て直し、ぶつかった相手を見れば、どうやらいつものリリア親衛隊の女子生徒たちだった。疲れ切った休み明けにはヘビーな嫌がらせだ、と思っていたら、向こうからハニーが凄い剣幕でやってきた。
「お待ちになって!レディとは思えないずいぶん元気のいいお姿で歩いていらしたけれど、一体どちらでご指導いただいた歩き方ですの?」
ハニーはそういうと、親衛隊の女生徒たちの前に立った。3人の女生徒は、リリアを見ながらむっとした表情をする。
「あら失礼。偶然ぶつかってしまっただけですのよ」
「偶然がずいぶん頻繁に起こりますのね?そろそろご自分でご注意なさってはいかがかしら?」
「は、ハニー、大丈夫だから」
「大変呆れましてよ!お姉様がそういう態度でいらっしゃるから、いつまでもこういうことをされるのですわよ?」
ハニーが、もう許せない、と言いたげにまくしたてる。廊下を歩く他の生徒たちの視線がこちらに集まる。メイは、大事にしたくない、しかしハニーに感謝もしながらハニーを止める。すると、鈴の転がるような声が聞こえてきた。
「失礼いたします」
親衛隊の3人がはっと動きを止める。メイとハニーが視線の方を見ると、リリア・スミスがそこに立っていた。その凛とした美しい佇まいに、メイははっと息を呑む。リリアは、こちらへ近づいてきて、メイとハニーの方を見た。人形のように綺麗な彼女の姿に、メイは目が離せない。他の生徒たちも、彼女に釘付けのようである。
「メイ・ターナーさんと、ハニースイートキャンディ・ルイスさん、ですね。私のご友人が何か…?」
「こちらの方たちが、わざと彼女に子供のような意地悪をいたしますのよ」
「まあ…」
リリアは、親衛隊の3人の方を見て、そうなんですか、と尋ねる。3人は、無言の肯定をする。リリアは、3人の空気を読み取ると、そうでしたの、と小さく息を吐きながら言った。
「大変不快にさせることをしてしまい、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
リリアは心配そうにメイを見つめる。メイは、だ、大丈夫です、と手を振る。それだけが救いです、とリリアは胸をなでおろした。
「言い訳と思って気を悪くしないでいただきたいのですが…、彼女たちは、私を思ってそんなことをしていたんだと思いますの。アーサー様と真実かのように噂が流れていたところ、メイさんがあらわれて、周りからまるで婚約破棄されたかのような扱いを私がされてしまいましたので、それを不憫に思ってくれて、彼女たちはこんなことをしてしまったんだと思います。どうかお許しを」
リリアはそう言うと、メイとハニーに頭を下げた。そんな彼女を見た3人は、リリア様…、と言った後、彼女に続くように頭を下げた。メイは、い、いいんです、と言った。
「大したケガもしていませんし。…噂に振り回されて、リリアさんも大変でしたね、心中お察しします…」
「まあ、なんて寛大な方でしょう」
リリアは、目を細めて微笑み、ありがとうございます、とお礼を言った。花が咲いたような笑顔に、メイもつられて笑みがこぼれる。リリアは、さあ行きましょう、と3人に言うと、一緒に去っていった。
見ていた周りの生徒たちは、さすがリリア様…、と感嘆の声を漏らしている。
この一件から、親衛隊からのメイへの嫌がらせはピタッと止んだ。
宿舎の部屋でメイとハニーは各々寛ぎながらいたときに、メイが、はあ、とため息をついた。
「親衛隊の件は落ち着いたし、リリアさんのおかげかな」
「いますわよね、ああいう、相手への思いが強すぎて、よかれと思って出過ぎたことをして、相手に迷惑をかける方って」
ハニーは、紅茶の入ったティーカップを優雅に持ちながら、ハニーのことを慕っている多くの方たちの中にはそんな方一人もいませんから、統率力が足らないんですわね、と言って得意げにふふんと鼻を鳴らした。メイはそんなハニーを微笑ましい気持ちで見つめる。
「…でも、なんていうかオーラがすごかったよね…。周りの空気まで変えちゃうっていうかさ…」
リリアのあの不思議な佇まいは、彼女の外見が美しいからだけではないだろう。メイは、ハニーが入れてくれた紅茶を飲みながら一息ついた。
「(ああいう人がアーサーさんに似合うと思うんだけどな…)」
周りの人たちが熱心に、リリアがアーサーの次の婚約者だと噂していたのも納得がいく。2人が横に並んで歩く姿を想像すれば、絵になりそうである。
そう思った時、メイは胸が少し痛むのを感じた。
「(…まあ、似合う人と好みの人は違うけども)」
メイは、なぜか少し不貞腐れた気持ちで呟く。メイはアーサーの好みのタイプを知らないし、そもそも好きな人もいないらしいので、想像で終わるしかない。メイは、考えてもわかんないや、とこの話を投げ出した。
「(…なんで拗ねてるんだ私は)」
メイは頬を少しだけつねり、自分のことなのに半信半疑になる。なぜアーサーの新しい婚約者のことを想像したら胸が痛むのか。それは、それは私が…
「(…アーサーさんのことが良い人だとわかっているから、絶対に良い人を見つけないとと世話焼きの気分になっているからか…)」
前に住んでいた村にもそういう世話焼きのおばさんがいた。自分もそういう立場になっているのかと妙な納得感がして、メイはうんうん、と心の中で頷いた。




