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こうして、メイの穏やかな学校生活はやっと訪れた。多少の噂はされるものの、陰口や嘲笑にあふれていた日々に比べたら何のことはなかった。

ある一部の界隈からのを除けば…


「あっ…」


一人で廊下を歩いていた時、急にメイは後ろからぶつかられた。ぱっと視線を移せば、三人組の5年生の女子たちがメイの方を見てくすくす笑いながら去っていくのが見えた。


「(…またか…)」


ごく一部だけ、まだメイに嫌がらせをする層が残っているのである。後ろからとたとたと駆けてくる音が聞こえ、メイが音の方を振り向けばハニーがいた。


「大丈夫ですの?」

「う、うん、ありがとう…」

「またリリア親衛隊ですわね…」


ハニーが、はあ、と呆れたような声を漏らす。メイは、苦笑いを返した。

どうやら、アーサーの新しい婚約者だと噂になっていたリリアを慕う5年生の女子生徒を中心とした人たちが、未だにメイにこういった嫌がらせをしてくるようなのである。彼女たちは決してメイへ嫌がらせをしているのが他の生徒にばれないように場所を見極めてやってくるところが徹底しているな、とメイは苦々しく思う。


「まあ、前までと比べたら可愛いものかな」

「ああいう方たちはとってもお心の持ちようが熱心でいらしてよ?お気をつけくださいませ?」

「うん、ありがとうハニー。ハニーは優しいね」


そうメイが言えば、ハニーは目を丸くして、頬をぽぽぽと赤く染める。ハニーは、ぷいっと顔を横にそむけると、そんなのんびりさんではお嬢様の世界でやっていけなくってよ!とメイに強く言った。メイは、は、はい、と返す。




そんなことがあるとはいえ、メイにとっては以前とは比べ物にならないくらい快適な学校生活を送ることができるようになってきた。

勉強にも手がつけられるようになってきたし、ハニー以外のクラスの人たちの顔も見られるようになってきた。

もとより毎日農村で体を動かして働いていたメイは他のお嬢様たちよりも体が身軽なようで、同じクラスの生徒が落とし物をしたら、メイがそれに気がつけばすぐに拾ってあげていた。

さらに、クラスにはそれぞれ当番というものが持ち回りである。当番とは、主に先生からの雑用をこなすもので、提出物を集めたり、先生の授業の道具を運ぶのを手伝ったりするというもので、学校を卒業すれば絶対に彼女たちが持つことのなさそうな重さの荷物を運ばされるのである(これも教育の一環らしい。)。

当番になるのはクラスで一人だけであるが、ほとんどの女子クラスの生徒たちは友人同士で助け合っているようである。だが、時に一人でしかできないクラスメイトがいるときもあり、そういうときはメイが気がついて、すすんで手伝っていた。彼女たちよりも力がある自負がメイにはあったからである。


ある時の休み時間、クラスの半分以上の女生徒たちがメイとハニーの前にやってきた。なんだろう、と思いながら彼女たちを見上げていたら、ごめんなさい、と彼女たちがすまなさそうに言った。メイは、え、と首をかしげる。


「え、えっと、何かあった?」

「いえ、私たちメイさんのこと、…アーサー様とご結婚なさるいけすかない人だと思っていましたの」

「い、いけすかな…」

「私たちの誤解でしたわ。これからはクラスメイトとして仲良くできるかしら…?」 


そんな彼女たちの言葉に、メイは目を輝かせる。嬉しい気持ちがはやるように、もちろん!と食い気味で答えた。そんなメイに、安心したように微笑み合う女生徒たちの顔を見ながら、メイもまた微笑む。



その日の最後の授業が終わると、メイは鞄に教科書やらを片付けた。すると、隣の席の女子生徒がメイに、明日は数学よね、とため息をつきながら話しかける。メイは彼女をみて、嫌だよね、と返す。そんな2人に、前の席の女子生徒たち2人が話しかける。


「数学の先生、日付の数字で当てる席番をお決めになるから、明日はきっと私だわ…」

「大丈夫よ、あなたは優秀ですもの」


そんな他愛ない話をしながら、その場にいたみんなでくすくすと笑った。メイは、それじゃあさようなら、と3人に手を振る。3人は、ごきげんよう、とメイに笑顔で手を振る。

メイは、心が浮き上がるような気持ちと、軽やかな足で放課後の廊下を歩いた。なんか、学校って楽しい、と思いながら。




「なんか、学校って楽しいね…」


夜、お風呂を終えて、女子寮の部屋のソファに座ってメイがハニーに言うと、勉強スペースで本を読んでいたハニーが呆れたようにメイを見た。


「あなた、本当にのんびりしていらっしゃるのね?」

「え、なにが…?」

「あの方たちは、さんざん陰口と噂話で楽しんだかと思ったら、メイ・ターナーが思ったより普通のお方で、アーサー様も大事にされているお方だったから、次期ブラウン侯爵夫人と仲良くしておこうと考え直したゲンキンな方たちなんですわよ?」


ハニーはそんな器の容量が可愛いサイズなこといたしませんけれど、とハニーは鼻を鳴らす。メイは、少しショックを受けながら、そ、そうなんだ、と呟く。


「まあ、…でも、仲良くしてもらえるのは素直に嬉しい…かな」


メイはそう言って小さく笑う。そんなメイをみて、ハニーは呆れたように笑う。


「あなたのそういうおにぶちんなところ、なんとかしなくっては、お嬢様界ではやっていけなくってよ?」

「そ、そうだよね…」

「まあ、素直なところは可愛らしくってよろしいんじゃなくって?」


ハニーは、そう言ったあと、はっとして、は、ハニーがそう思うという話ではなくってよ!と慌てて付け足す。メイは、そんなハニーをみて、ありがとう、と笑った。

しかし内心メイは、アーサーと結婚する未来を選択していると思われているから、仲良くしてもらえるのか、という現実に少し傷ついていた。




学校に入って二ヶ月が経とうとしている頃、メイはようやく休みの日に家に帰ることにした。早朝から馬車を走らせたが、ついたのはもう夕方になっていた。

久しぶりのターナー家に足を踏み入れた時、初めてここに連れてこられた日を思い出した。


家に帰ると、オットーもリズも歓迎してくれた。学校はどうかとか、友だちはできたかとか、そんな質問が途切れなく続いて、メイはそれにすらすらと答えていく。とにかく、メイが元気そうなことに、二人とも安心していた。

ジュンは最後に会った時よりずっと大きくなっており、メイに抱っこをせがんできた彼はすっかり重くなっていた。ジュンはメイに抱っこされてご満悦な様子で、そんな弟を素直にメイは可愛いと思った。


「それで、アーサー君とはどうなんだ?」


オットーは、一番聞きたかったであろう質問を、たくさんの他の質問をしたあとに出してきた。メイは、うん、と頷く。


「とっても親切にしてもらってるよ。彼、本当にいい人だね」

「そ、そうだろ、そうなんだよ、彼はいい男なんだよ…!」

「…でもね、…2人には言えなかっ、」

「そうそう、式の予定!ずっとね、オットーと話し合ってるのよ?まあブラウン侯爵との相談もしないとなんだけど…」


リズが嬉しそうにメイに言う。オットーは、あと1年もないからなあ、と笑顔が溢れる様子で言う。


「メイの花嫁姿、楽しみだなあ」

「きっときれいに決まってるわ」

「俺、泣くなあ絶対に」

「それは仕方ないわよ」


そうやって笑い合う2人に、メイはそれ以上何も言えない。言わなくてはいけないのはわかっている。アーサーにあんな提案をしたということを。しかし、メイは言えない。アーサーとメイが結婚することが幸せだと信じて疑わない2人を前にしたら何も。それはそうだ。アーサーは素敵な人で、家も素晴らしくて、そして、メイさんが大好きだった人だ。


「(私はやっぱりメイさんとして生きたほうがいいのだろうか…)」


メイはそんなことを思いながら、服の裾を強く握る。そして、メイは2人に笑顔を作ってみせた。



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