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メイがこの学校に来てそろそろ一か月と半月になろうというころ、まだまだメイは噂の渦中にきた。

休み明けの月曜日、ただでさえ体はぐったりと疲れるというのに、クラスの唯一の友人ハニーが土日に実家へ帰り、月曜日もそのまま休むことにするらしく、今日は欠席である。会話ができる人がいないという状況になったメイは、また精神がより削られる感覚に耐えねばならない状況になった。


なんとか昼休みになり、少し張っていた気をリラックスさせて、昼食をとるために校内にあるカフェテリアへメイは向かった。今日のランチは何だろう、と思いながらカフェテリアの中を歩くメイを、2年生らしき女生徒2人がすれ違いざまにみて、くすっと笑った。


「あの方、記憶がないらしいわよ」

「スプーンの持ち方も覚えてらっしゃらないんじゃない?」


いつもならこれくらい耐えられるはずなのに、朝から削られまくった精神のメイには耐えられず、一気に食欲がなくなったメイは、逃げるようにその場から去った。そんなメイの後ろ姿を、他の生徒たちが密かに笑う声もしっかりメイには聞こえていた。




昼休み真っ只中、いつもの中庭にメイは逃げ込んだ。荒くなった呼吸を整えながら、相変わらず人のいないこの中庭にやっと安心して、メイは木の下でしゃがみ込む。はあ、と大きな息を吐いたとき、メイ?という聞き覚えのある声がした。顔を上げると、本を持ったアーサーがいた。


「アーサーさん、どうしてこんなところに…」

「ここはほとんど人が来ないから、いつも昼休みはここで読書をしているんだ」

「そ、そうなんですか…」


メイの顔を見たアーサーは、彼女の様子がおかしいことに気が付き、どうしたんだ、と彼女と視線を合わせるようにしゃがんだ。


「なにかあったのか?」

「え、えっと…」 


何も無いといっても無駄なことはメイにもわかっていた。しかし、なんと説明したらいいかわからない。困惑していると、木の上からまた聞き覚えのある声がした。


「アーサーの婚約者だもの、色々あるんじゃない?」


メイとアーサーが声の方を見上げると、木の上で昼寝をしているエドガーがいた。


「エドガー、なんでこんなところに?」

「俺、いつもここで昼寝してるから。アーサーが昼休みに本を読んでるのもここから見てたよ」

「…そんなこと、入学してから初めて知ったが…」

「そんなことより、」


エドガーが、よっ、と言って木の上から下に降りてきた。そして、眠そうに目を擦った後、アーサーとメイを順番に見た。


「人の口に戸は立てられないし、メイに何かアドバイスくらいしてあげたら?貴族界隈で常に噂の餌食にされてる者としてさ」

「アドバイス?」

「メイ、学校中で噂の的になってるみたいだよ。記憶もなくしてるし。なによりアーサーの婚約者だし。君って有名人だから」

「……」


アーサーが口を噤む。メイの方を見て、そんなに辛かったのか、とメイに聞いた。するとエドガーが、メイが答えるより前に、それはそうでしょ、と言った。


「アーサーが麻痺してるんだよ。普通の人は耐えられないんじゃない?」


アーサーは、額に手をやり、そうか、と呟いた。そして、メイの方を見た。


「…周りは好き勝手言うけれど、結局そんなものに自分自身の価値は傷つけられない。もし傷つけられたと思うことがあったとしても、」


アーサーはそう言って少し言葉が止まる。メイの方を見つめながら、彼女から昔の彼女の面影をアーサーは見た。


ーー大丈夫です。私はわかっています。そばにいますから……


昔の記憶がアーサーの脳裏によぎって、消えていく。その言葉にどれだけ救われたか、とアーサーは思うけれど、彼女はそんなこと覚えていない。彼女の中ではそんなことはなかったことになっている。アーサーは少し目を伏せた後、またメイの方を見た。


「俺は、君が噂にあるような人間じゃないとわかっているから。大丈夫だ」


アーサーにそう言われて、メイは少し心が軽くなるのがわかった。お礼をメイが言うよりも先に、アーサーは、悩むように額に手を当てた。


「…そもそもの元凶は俺なんだが…」

「あ、アーサーさんは悪くないですよ、色々言ってくる周りが悪いだけで…」

「ねえ、おなかすいちゃった。昼ごはん食べに行こうよ」


エドガーが、ねえ、といつもの調子で話しだした。アーサーは、少し呆れたようにエドガーを見たあと、俺はもう済ませた、と言った。


「ああ、そう。メイは食べた?」

「ううん、まだ」

「じゃあ一緒に行こうか」

「…俺も行く」




昼休みも半分以上過ぎていたため、カフェテリアの混雑はだいぶ緩和されていた。メイとエドガーは普通のランチセットを頼み、アーサーはコーヒーだけを頼んだ。3人で空いているテーブルを探し、メイはアーサーとエドガーの向かいに座った。メイは、2人といるとなんだか安心してきて、そのおかげか美味しそうなパスタとスープとパンを眺めていたら、なんだかお腹が空いた、と思えた。

はたとメイが視線を上げると、ものすごく注目されていたことに気がついた。自分だけでなくアーサーやエドガーもいるものだから、いつもの数倍生徒の目を感じて萎縮しそうになるが、アーサーもエドガーも慣れているのか全くそんなもの気にしていない様子なのを見ると、少し気持ちが落ち着いた。


「エドガーはいつもあの時間から昼寝して、昼食をどうしているんだ?」

「食べないよ。眠気が勝つんだよね」

「…君のそのぼんやりしてるのは、栄養が足りてないからじゃないのか?」


アーサーの言葉に、なるほど目から鱗だよ、と返すエドガー。そんな2人を見て、メイはクスクスと笑う。すると、メイは2人が自分の顔を見ていることに気がついた。


「え、えっと、なに?」

「…いや…」

「メイがやっと笑ってくれたって思ってたんだよ。ね、アーサー」


エドガーがアーサーに同調を求めると、アーサーは少しだけ顔を赤くして、誤魔化すように咳払いをした。メイは、2人に心配をかけていたことに改めて気が付き、ごめんなさい、と謝った。


「でも、ありがとうございます。心強いです」

「これからはアーサーが怖い顔して校内を見回ったらいいんじゃない?威圧感あるし、効果ありそう」

「それで噂がなくなるならやってもいいが」

「いや、別の問題が起こりそうなので大丈夫です」


メイのツッコミに、エドガーが良い案だと思うんだけどな、と呟く。アーサーは、とにかく、とメイの方を見た。


「一人では思いつめないでくれ。頼ってほしい」


アーサーの言葉に、メイはありがとうございます、と言って微笑む。そんなメイに、少しだけ安心したような顔をするアーサー。


「まあ、そのうちこんな噂なくなるよ」


大丈夫大丈夫、と言うエドガーに、メイは、ありがとう、と笑った。






そしてその翌日の火曜の朝。

メイは、朝教室へ向かう途中、歩いているの同じクラスの女生徒が気づかないうちにペンを落としたところを見かけて、それを拾い、彼女を呼びとめた。彼女は、メイに気がつくと、あ、と呟いた。その彼女は、初日に少しだけ会話をした、メガネでくせ毛の女生徒だった。


「(…またあのメイ・ターナーって思われてるのかな…)あの、落とし物…」

「ああ、ありがとうございます…」

「…」

「…」

「あの、それじゃあ…」

「…あなたって、本当にアーサー様の婚約者だったのね」

「え?」

「あんなに優しそうなアーサー様、初めて見たから…」


彼女はそういうと、それでは、と言って、どこか寂しそうな表情で去っていった。メイは、頭の上にクエスチョンが浮かんでいた。


「(…どういうこと?)」

「あら、おはようございます」


ハニーがメイに駆け寄り、朝の挨拶をした。メイはハニーの方を見ると、あ、ハニーと言った。


「おはよう」

「聞きましたわよ。昨日食堂でアーサー様と仲睦まじくいらっしゃったみたいじゃない」


ハニーが、そう言って、口元に手を当てて、ふふふ、と何か言いたげにメイを見た。メイは、え、と呟く。


「学校中が荒れていますわよ。アーサー様が婚約者のことを大事にされてるって。もしかしてと一縷の希望を求めていた生徒たちが、涙をのんでアーサー様を諦めているようですわ」

「え、えっとどういう…」

「皆様、あなたのことを見下していたんでしょうけれど、アーサー様のお墨付きということで、もう無下にはできなくなったんじゃなくて?」


それはそれでむかつくけどっ、とハニーはむっと眉を吊り上げる。しかしすぐにハニーは、まあよろしかったんじゃなくて?と言った。


「今までのようには、心無い言葉を投げかけられるようなことはなくなるんじゃないですの?なんだかんだ皆さんアーサー・ブラウンを敵にはしたくないでしょうし」


ハニーはそういうと、さあ行きましょ、とメイの腕を引っ張った。超展開についていけないメイだったが、ふと、エドガーの言っていたこともあながち冗談の案ではなかったんだな、と思った。


そうして、メイは今までのようには陰口を叩かれることはほとんどなくなった。こそこそと噂はされるが、ほとんど、あれがアーサーの婚約者か、くらいのものになった。メイは、なんとか普通の学校生活を送れるようになりそうだと、ほっと胸をなでおろした。

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