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本当にアーサーに勉強を教えてもらえるのだろうか、と半信半疑のまま、メイは放課後になったあと、図書館に向かった。学校には、教室などがたる建物とは分かれて、図書館がある。本を読むための場所でももちろんあるが、生徒たちが勉強するスペースも用意されており、テスト前などはとても混み合うようだ。勉強スペースには、会話をしてもいいところもあり、そこで集合するようである。

そこに到着すると、メイは本棚の影から様子をうかがった。すると確かに、アーサーがそこにいた。アーサーは本を読んでおり、机には他にも何冊か本が積んである。アーサー以外に人はいないようである。

メイは、ゆっくりそちらに向かい、あの、とアーサーに声をかけた。アーサーは顔を上げて、メイの方を見た。メイは頭を下げた。


「今日はどうぞお願いします」

「構わない。どうぞ」 


アーサーは、自分の隣の椅子を後ろに引いた。メイはそこに座る。アーサーは開いていた本を閉じて、積んであった本ごと端にどけた。


「さて、どこが疑問なのかな」

「えっと、まずは文字から…」

「もじ…」


アーサーが一瞬固まった。メイは、しまった、心の中でつぶやき、ご、ごめんなさい、と頭を下げた。


「やっぱり、こんなことから教わるなんてどうかしてますよね、出直してきます…」

「いや、すまない、俺の想像力が足らなかった。記憶がないということは、そういうことだよな」


アーサーは、わかった、と言って、自分の鞄から紙を取り出した。メイは、や、やっぱりいいです、と断った。すると、アーサーは、なぜだ、と聞いた。


「なぜって、申し訳ないから…です」

「申し訳ないことはない。…エドガーに頼めて俺に頼めないことじゃないはずだ」


アーサーはそう言うと、始めるぞ、と少し急かすようにメイに言った。メイは、見えたアーサーの横顔が少し怒っているようで、やっぱりこんな簡単な勉強を教えさせられて怒っているんだ、と思った。アーサーはメイの視線に気が付き、どうした、と聞いた。


「なにかわからないことでも?」

「いや、…怒ってるのかな、と、…思って」

「え…」 


アーサーは目を少し丸くしたあと、少し黙った。短い間の後、すまない、と謝った。


「君を責めているつもりはないんだ…。…大人げない態度で悪かった」

「違うんです、私が悪いんです、…私があんまりにも初歩的だから…」

「…初歩的?」

「文字からということに怒ってるんですよね?」

「……」


アーサーはまた固まってしまった。メイは、あれ、と思いながらアーサーの目を見た。アーサーは、少し黙った後、…始めるか、と言った。




一時間ほどの勉強会が終わった。アーサーの教え方はわかりやすく、メイは紙にまとめると、これで自分でも勉強します、と言った。


「アーサーさんの教え方、わかりやすかったです、ありがとうございました」 

「構わない。来週も同じ時間、同じ場所で大丈夫だな?」

「えっ、またいいんですか?」


エドガーの、アーサー忙しいじゃん、という言葉が脳裏によぎる。しかし当の本人は、当たり前だ、勉強は継続だからな、と言っており、教えてくれる気でいるようである。ここはお言葉に甘えよう、と思い、メイは、ありがとうございます、と言った。


「字が読めるようになったら、君が好きな本も…」


言いかけて、アーサーは止めた。アーサーは、すまない、と言ったあと、本も読めるようになるから、知識も増える、とアーサーは続けた。メイは、えっと、と口を開く。


「メイさんは本が好きだった、ってことですよね。ごめんなさい、そういうことも、ぜんぜん思い出せなくって…」

「いや、…すまない、君に対して配慮がなかった。ところで、メイ゛さん゛とは?」

「えっと、記憶のある本当のメイのことを、メイさんって、私の中で区別して呼んでるんです」


メイは、自分でそう言いながらもむなしくなってくる。自分として生きたいけれど、メイさんはどうしてもついて回る。前に街であんなふうにアーサーに啖呵を切ったものの、きちんと過去に向き合い、昔のメイに戻ったほうが良いこともわかっている。それでも、記憶は一向に戻りそうにないのだから、今の自分として生きていくしかない。

メイは、心配そうなアーサーの視線に気が付き、笑顔を見せた。口角が震えそうになり、メイは制服のスカートの裾を少しだけ手で握る。


「あはは、なんて…」

「…無理に笑わなくて良い」


アーサーの言葉に、え、とメイは声が漏れる。アーサーはメイの方をまっすぐに見つめる。


「記憶がないことが不安なのは当然なんだ。それを笑って誤魔化す必要はない。なにも恥ずかしいことじゃない」


アーサーはそう言うと、もう部屋に帰るなら、宿舎まで送る、と言う。メイは、ありがとうございます、と言って、アーサーの後を追う。アーサーの隣を歩きながら、なぜ、この人は私が無理に笑っているとわかるのだろう、と不思議に思う。なぜ、自分の不安を見抜いてしまうのだろう、と。いつのまにか隠していた記憶がないことの恐怖を、アーサーに優しく触れられたような気がして、なんだかメイは嬉しいような恥ずかしいような、もどかしい気持ちになる。

メイはアーサーの横顔を見つめる。アーサーは、メイに気がつくと、どうした、と尋ねる。メイは、あの、と口を開く。


「ありがとうございます」

「礼を言われるようなことじゃない」


アーサーは相変わらず感情がわからない様子だった。それでも、初めて出会った頃とは違い、彼の底にある優しさを知ってからは、メイには彼のそんな様子が可愛らしいとすら思えるようになっていた。


図書館をでると、辺りはすっかり夕暮れに染まっていた。メイは、わー、綺麗、と呟く。アーサーは、そうだな、と返す。メイはまた、アーサーの横顔を見上げる。茜色に染まるアーサーの様子が綺麗で、本当にこんな人いるんだな、という何度目かの感嘆を漏らしてしまう。


「あの、アーサーさん、質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「アーサーさんって、好きな人はいるんですか?」


メイの質問に、アーサーは固まる。


「…どうしてそんな質問を?」

「アーサーさんみたいな人に好かれる人は幸せ者だなあと思って」


優しいし、頭もいいし、親切だし、格好いいし、とアーサーの良いところをあげるメイ。アーサーは、何とも言えない表情で固まる。


「(……なぜこの人は自分を除外するんだ…いや、否定したのは俺か…)」

「その感じは居ないんですね?そっか、アーサーさんはいない派かあ。もし好きな人ができたら教えてくださいね」


無邪気に、友だちと話すように笑って言うメイに、アーサーはつられるように少しだけ口角が上がる。メイはそんなアーサーの笑顔を見て、彼女の中で一瞬時が止まる。


「…そうだな」

「(あれ、この感じはいそう…?いや、どっち…?!)」


メイは、高鳴る心臓に気が付きながら、アーサーと一緒に宿舎までの道を歩いた。



11/4 誤字修正

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