用水路に横たわって、こっち見てる
出会い橋という名前がついた小さな橋がある。
僕がよく使う帰り道だ。
そこには、雑草が生い茂った用水路がついていて、日替わりで、色んな人が横たわっている。
最初にそのことに気づいたのは、大学3年の梅雨の頃だった。
しとしと降り続く雨に、用水路の水かさは増えていた。いつもは、からからに乾いていて水が流れるような様子はないのだが、珍しく水が溜まっていたため、僕は用水路に目がいった。
そこで、髭面のおっさんと目が合った。おっさんは、水に流されながら、仰向けに横たわり、胸の上にアイドルのフィギュアを乗せていた。
僕は、心臓が止まりそうになり、尻もちをついた。
水に流されていたおっさんは、雑草の塊にひっかかり、プカプカと浮きながら、僕の方を見て、手で、しっしっと、追い払った。
僕は、もつれそうになる足を必死に動かして橋を渡りきり、コンビニに入った。
コンビニの店員に事情を説明し、警察に連絡をしてもらった。
警察がかけつけると、アイドルのフィギュアだけが、雑草にひっかかったまま浮いているのが発見された。
次に見たのは、夏休みに入ってすぐ、大学の友達と海に行くのに、バスを待っている時だ。出会い橋には、ちょうど橋の真ん中にバス停があった。
用水路には、蜂やトンボなどが飛び交っている。
バスに乗り込み、ふと目をやると、裸の女の人が僕に手招きをしていた。居た堪れなくなり、目をそらすと、耳元で、待ってるから、また、会いにきて、と囁く声がした。
海水浴場で遊んでいる間も、水着の女性を見ると、用水路の裸婦を思い出してしまい、鳥肌が止まらなかった。
秋が過ぎて、ようやく忘れかけた頃、雑草が枯れ、寂しくなった用水路から視線を感じるようになった。
僕は足早に通り過ぎるようにしていたのだが、ある時、橋を渡っていた車が僕に気付かず、ギリギリのところで回避した弾みで、バランスを崩した僕は、手に握っていたスマホを用水路に落としてしまった。
必要に迫られた僕は、意を決して用水路に降りた。
スマホが落ちた方向に向かって歩き出した時、耳元で、会いに来てくれたの、嬉しいと囁く声がして、下を見ると、横たわる裸の女の人が僕の足首を掴んでいた。
よく見ると目から涙が溢れていて、どうにも怖がらせようとしているようには見えなかったため、僕は、どうしたら、足首を離してくれますか、と静かに聞いた。
すると、女の人は優しく抱いてほしい、そして、私を満たしてほしいと言った。
僕は、こくりと頷いて、彼女を抱いた。冬の初めの用水路で、そこに横たわる謎の女性が満たされるまで何度も抱いた。
気づくと、僕のスマホだけが、ブルーライトを煌々と放っていた。
大学4年の春、新歓で出会った後輩の女の子を自宅に招いた。彼女を見送るため、バス停までやってきた時、用水路から、また視線を感じたが、彼女にバレる訳にはいかないと思った僕は、平静を装って彼女をバスに乗せた。
そして、車に注意しながら、猛スピードでかけぬけた。