4話 準備も大詰め
◇準備も大詰め
翌日。
紗月はアパートの駐輪場に来ていた。
「さて、やるか」
そう言って、部屋から持って来た工具箱をドスンと地面に置いた。隣には、以前ホームセンターで買った灯油タンク保存箱がある。
今日は、ママチャリの台車にこの箱を取り付けるのだ。
「しかし大きいわね。こりゃ取り付けるだけでも手間がかかるぞ……」
四国に来た当初、紗月は冬の寒さを灯油ストーブで乗り切るつもりだった。
その昔、幼い紗月が冬休みに祖母の家に遊びに行くと必ず石油ストーブが置いてあり、祖母は紗月のためにストーブで餅を焼いたりおでんを煮たりしてくれた。紗月は祖母と、ストーブで作られた料理が大好きだった。
紗月にとって冬と言えば石油ストーブ、と言うほど思い出の品だ。
なので一人暮らしをする時になって、祖母から受け継いだ石油ストーブをようやく使えると嬉しく思ったものだ。
そして灯油タンクを二つと、それを外に保管するための保管ボックスを近所のホームセンターで購入したのだが、いざ冬が来て石油ストーブを使うと、意外な欠点が見つかった。
ワンルームアパートの狭い部屋に、石油ストーブはオーバースペック過ぎたのだ。着けるとすぐに暑くなるし、おまけに一酸化炭素中毒が怖いから換気もまめにしなければならない。さらに灯油の補充も地味に手間だし、メリットに対してデメリットがあまりにも大き過ぎた。
あれは祖母の家が広い木造家屋だから良かったのであって、紗月のアパート程度なら備え付けのエアコンで充分だった。
今では、石油ストーブはクローゼットで眠っている。いつか紗月が広い家か、もっと寒い土地に引っ越すまで。
ともあれ、紗月はこのデカい箱を自転車に取り付けることにした。この箱の中に入れておけば突然の雨にも困らないし、鍵がかけられるから防犯にもなるからだ。
問題は、どうやって取り付けるかだ。専用品ではないので、マウントや治具など当然無い。なので自分でどうにか工夫して取り付けるしかない。
では紗月はどうするかと言うと――
「今回もこれでいくか」
そう言って工具箱から取り出したのは、結束バンドだった。
結束バンド。インシュロック。タイラップ。呼び方は様々あるが、要は物を縛ったりまとめたりするためのプラスチックの紐である。これとダクトテープは、持っていれば大体の事は何とかなる便利なアイテムだ。
紗月はまず箱を自転車の荷台に乗せ、位置とバランスを見る。
どう置くかが決まったら、箱をなるべく動かさないように下から覗き、箱の底に百円ショップで買ったドリルビットで穴を開けていく。そして開いた穴に結束バンドを通し、荷台に括りつけていく作業を繰り返した。
作業すること三十分。
「よし、できた」
箱の四隅と中心に一箇所ずつ、計五か所を結束バンドで固定して作業は完了した。
紗月が箱を両手で持ち、力を入れて何度も押したり引いたりして強度を確認すると、箱と一緒に自転車が引っ張られる。思った以上に頑丈に取り付けられたようだ。
それから念のために適当に荷物を詰めて重しにし、軽くアパートの周りを一周してみた。さすがに荷物を詰めると重さでバランスが取りにくい。しかしこれはすぐに慣れる。
これだけやれば完璧だ。ちょっとやそっとじゃ箱が取れることはないだろう。
――と、この時は思っていた。
こうして荷物も決まり、詰める箱の準備も完了した。残るはいつ出発するかだが、こればかりはお天道様に訊いてみないとわからない。
「どれどれ、週間天気予報はと……」
紗月はスマートフォンで天気予報をチェックする。すると間が悪く、明日から天気が下り坂で、天気が続くのは水曜以降となっていた。
「とりあえず出発予定を水曜日に決めて、それを目指して準備するか」
暫定だが予定も決まり、これで粗方の準備は整った。後は水曜日までに細かいところを詰めるだけだ。紗月は思いついたことをメモし、着々と準備を進める。
自転車旅行で怖いのは、自転車が壊れることだ。その中で最も多いのがパンクである。紗月は百円ショップに行き、パンク修理に必要なパッチや糊を買った。ついでにネジを締めたりちょっとした修理ができる工具をいくつか買っておく。パンク修理の仕方はスマートフォンで動画を見て覚えた。タイヤを外せるロードバイクよりは手間だが、基本は同じだったので何とかなるだろう。
次に本屋に行って、最新版の地図を買った。地図はスマートフォンでも見られるのだが、圏外だと使えないので紙の地図があると便利だ。小まめに見る方を紙にして、スマートフォンは現在位置を確認するぐらいにしておくとバッテリーの節約にもなる。
それからインターネットでスマートフォンの充電器を買った。充電はどこでもできるわけではないので、乾電池で充電できるものを買った。電池なら、全国どこでもコンビニで買えるからだ。
そうこうしているうちに、待ちに待った水曜日がやって来た。