2話 自転車もイイね
作品内で登場する名称や地名は、一部ぼかして書いてあります。
◇
この機会に四国を旅してみてはどうか。
友人の高橋幸貴に言われ、紗月は考えた。
月が変わり最後の給料も振り込まれたし、貯金もあるから旅費の心配もない。
大学は春休みだし、単位もとりあえず問題はない。
時間と金があり、後は本人のやる気次第となれば――
「行くしかない」
そうと決まれば、次は旅の手段である。
「徒歩……は今回はパスかな」
四国と言えば遍路で、中でも徒歩による歩き遍路は遍路の醍醐味ではあるのだが、如何せん一日で進める距離が短すぎる。それが良いという人もいるが、普段から自転車やバイクで一日に百キロや二百キロを移動するのに慣れた紗月には少なすぎる。それに徒歩は遅すぎて景色が変わらないからすぐに飽きるのだ。
「だったらバイク……いや、自転車?」
ただ単に四国を一周するというのは、かつて四国に来たばかりの頃にバイクでやったことがある。
あの時はアルバイトの休みが三日しか取れず、旅行というよりは朝から晩までただひたすらバイクを走らせて距離を稼ぐ弾丸旅行だった。そのせいで観光らしきものはほとんどできず、日が暮れてキャンプ場に着いたら後はただ寝るだけの三日間。今思い返してもこれといった思い出がほとんどない、ただ一周しただけの旅であった。
しかし今回は時間に余裕がある。ありまくると言ってもよいだろう。
となると、自転車という選択肢が出てくる。徒歩より速く距離も走れ、バイクよりは遅いから景色をゆっくり見る余裕がある。時間に追われずのんびりと旅をするには向いているのではなかろうか。
「うん、自転車もイイね」
よし、今度の旅は自転車にしよう。
次に決めるのは、自転車の種類だ。
紗月はバイクの他に自転車を二台所有している。
一台は玄関先に大事に保管してある、自転車漫画に影響されて買ったロードバイク。紗月はこれで一日百㎞を走ったことがある。
走るのに特化したロードバイクだが、旅をするとなると問題が二つある。
まず一つは、荷物が乗らない。
荷台もカゴもないロードバイクには、荷物を載せる場所がまったくない。載せようと思うと荷台を装着したり、サイドバッグなど専用のものが必要になる。
それ以外の方法となると、紗月自身がリュックなどの鞄を背負って走るしかないのだが、重い荷物を背負って長時間走ると肩が凝ったり背骨や腰や尻が痛んだりとなかなか大変なのである。
そして二つ目の問題は、ロードバイクを雨に濡らしたくないという点だ。
自転車で四国一周するとなれば、何日もかかる。当然、晴れの日ばかりではないだろう。紗月は自分のロードバイクを雨に濡らしたくないし、汚したくないのだ。
紗月は普段から、ロードバイクに乗る時は天気を気にかけていた。少しでも雨が降りそうなら乗らないという徹底ぶりだ。
だから雨の中を走る可能性がある今回の旅に、ロードバイクは使えない。
「となると、アレしかない」
紗月の持つ二台目の自転車。
それは婦人車――いわゆるママチャリである。
ママチャリは大学への通学からアルバイト先への通勤、日々の買い出しと毎日大活躍している。
アレなら前カゴだけでなく荷台もついているので、荷物の問題はクリアだ。
そしてママチャリは雨に濡らしても何の罪悪感がないのがいい。むしろ雨の日専用と言っても過言ではない。どうしても雨の日に出かけなければならない時は、多少距離があってもママチャリに乗って行ったぐらいだ。(ちなみに紗月はバイクもできれば雨に濡らしたくないので雨の日には乗らない)
「よし、行くのはママチャリで決まり」
移動手段が決まったら、今度は経路を決めよう。
と言っても、ママチャリで行くとなると極端な山道は選べない。となれば自然と海岸沿いの平坦な道が多い国道を走るルートになる。紗月のアパートからだと、北に向かって進む反時計回りか南に向かって進む時計回りのルートだ。
紗月は地図を見ながら考える。
自宅から時計回りに行くと、しばらくは海沿いの緩やかな勾配の道が続く。だがその分民家や店が少なくなり、食料や水の確保が難しくなるかもしれない。
続いて反時計回りのルートを見る。これも海沿いの道から始まるのだが、すぐに隣の県の市街地に入る。勾配も緩やかで走りやすそうだが、交通量も増えて危険だし景色も面白くない。
どちらを選んでも一長一短である。
「う~ん、朝三暮四だな……」
先にしんどい道を行くか、最後にしんどい道を残しておくか。そう考えると、堪えはすぐに出た。
「時計回りだな」
しんどいことはさっさと終わらせるに限る。これでルートは決まった。