社会の子供
「手を上げろ!」
一人は銃のようなモノを手にし、俺に狙いをつけている。俺と愛瑠が買おうとしている銃とはまた違ったものだった。
「待って待って、探しているのは、本当に俺?」
俺は手を上げてそう言った。
銃を構えてない方が、写真を撮るかのようにスマフォをかざした。
「違う。こいつじゃない」
「ちょっとお聞きしてもいいですか? 一体何があったんですか?」
「うるさい。こっちは急いんでるんだ」
俺は粘った。
「他人に手を上げさせて、何も説明しないんですか」
「うるさい。この麻酔銃を喰らいたいのか?」
再び銃を振り向けてきた。
俺は両手を上げる。
「おっかないな…… そいつ、凶悪犯か何かですか?」
「お前と同じ子供だ」
「子供」
俺がそう言うと、銃を向けている男は舌打ちした。
「どうでもいいだろう」
「君は目撃しなかった?」
「しばらく、ここに居ましたが、そんな人は見てませんよ」
二人はお互いに自分の考えを言い合って、さらに先に逃げたと結論付けて、行ってしまった。
俺は連中が戻ってこないか様子を見てから、レンタルしていた飛行体に戻ってきた。
「お前、やっぱり犯罪者だろう? 今、そこに居た、お前を追っていると思われる連中は銃を持った。ヤバいヤツに追っかけられるのは、やっぱりヤバいヤツに違いない」
「どういう理屈だよ。こっちはただ施設を抜けただけさ」
「施設って、どんな」
そいつは目を丸くして俺を見つめた。
「どこにでもある子供を養育する施設だよ。お前は金持ちだから、預けられるような子供ことは知らないってか」
「……すまん、俺が金持ちかはわからないが、どういうこと教えてくれ」
「あのな……」
そいつは床に腰を下ろし、飛行体に背中を預けると、話し始めた。
そもそもは人口減少に対する対策だった。
金のない男女は子供を作ると、親権を放棄して子供を施設に預ける。すると国から報奨金が出る。養育費がかからない上、金がもらえるため、妊娠中の手当も含めると高額になるため、やたら子供産むようになた。子供を生みさえすればよく、結婚していなくてもいいから、国民は子供を産み捨てるようになった。
施設側は国からのお金で運営されているが、育て上げた人数で金が出る。小さい年齢のうちに死んでしまうとペナルティがあるし、就職、あるいは進学が決まった状態で、中学卒業させればボーナスもある為、施設経営者は年頃の子供に逃げられるのが一番損をするという。
「お前、中学生なの?」
「そっちこそ幾つなんだよ」
「俺も中学三年だ。けど、なんで施設から逃げようとするんだよ」
そいつは『まだわからないのか』といった風に、深いため息をついた。
「進学すれば施設は養育を延長する必要がある。それはあまりおいしくないんだ。金が欲しい施設の場合は、就職させるんだよ。中学卒業のボーナス補助金と、就職後の五年間、就職先から支払われる給料の一部が、施設の取り分になって二度美味しいからな。こっちは施設の指示に逆らって高校、大学と進学したいから、施設を抜けようとしたんだ」
「施設を抜けたら学費と生活費は?」
「高校も大学も、学費は無償だ。公立だけだがな。生活費は学生用の生活保護を受ければいい」
施設側には損がないように思えた。
「そこまで聞いても、俺には施設出る必要がわからないけど」
「だから進学が出来ないんだって。金持ちの子には、『社会の子』のことなんて理解できるわけないか」
俺は首を横に振った。
「施設からすれば、進学されるより、逃げられる方が損だろ。なら、進学を認めてくれるだろう」
「進学されたら七年面倒をみる必要がある、その間、新しい子供を受け入れられない。就職すれば五年で放り出せるのさ。とにかく、施設側にメリットのない生き方は出来ないのさ。施設には自由もない。お前と違ってな。もううんざりなんだ、施設の生活は」
俺は…… 俺は自由なのだろうか。
「これでいいか。別に犯罪者とかじゃない。俺が逃げれば、施設側は管理責任を問われるけど」
「とにかく、どんな理由があるにせよ、勝手に他人の飛行体に乗り込んでどこかに行こうなんて言うのは犯罪だ」
「じゃあ、お前がこの飛行体で、施設の連中が追ってこないところまで乗せてくれれば解決する。頼む」
俺は悩んだ。
悩んだが、今叩き出すのではなく、愛留に相談してみてもいい、と思っていた。
「連れて行けるかはわからないが、とにかく、乗れ。まだ出発はしないぞ」
「奴らに見つからないだけでも助かる」
ドアを開け、俺が入り、そいつも入ってきた。
飛行体の窓を切り替えて、外から見えないように黒くした。
暗い飛行体の中で、そいつは言った。
「名前は?」
俺は『相模和男』と『五島醍醐』のどちらを名乗るべきか悩んだ。
「和男」
無難な方を答えてしまった。
「明菜、念のため、言っとくけど、女だから」
「えっ? そうなの? てっきり」
奇妙にひっくり返った声を上げてしまった。
「性別なんて、どっちでもいいだろう。お前に関係のないことだ」
「そりゃそうだけど」
この暗くて狭い空間で女と二人っきりとなると、男の俺としては少し状況が違ってくるのだ、とは言えなかった。
「こっちの境遇は言った通りだ。親はもうわからない。子供の親権を捨てているから、親は資産を残すことが出来ない。全額国に没収だ。だから、多分、稼いだ金は自分のことに使い切って死ぬんだろうな。さあ、お前のことを話せ」
いや、俺は…… 本当に話そうとすると、まず今さっき言った名前が転生後の名前であることを説明しなければならない。転生という概念がこの世界にあるかもわからないから、それを説明するのも大変だ。
「俺の親は『あるモノ』に殺された」
「……」
「残りの人生をかけて、『あるモノ』に復讐しようと考えている」
アキナは顔が緩んで吹き出しそうだった。
「嘘でしょ? 騙されないよ」
「……」
俺の顔を見ているうちに、考えが変わったのか、アキナも真剣な顔になった。
「それ、マジメ? フザケ?」
「真面目だけど」
アキナは親指の爪を噛むような仕草をしてから、それを我慢した。
「だって、そいつを『殺った』ら人生終わりじゃない? あなたも捕まって、刑務所行き。捕まらなくても、もう目標がなくなってしまうわけでしょ」
「……」
俺は返す言葉がなかった。
復讐を果たした後ののことはまだ考えられない。確かにこの世界でその目標を達成することが出来るかもしれない。だが、ヤツを倒すことでこの世界で『犯罪』になるかは、分からない。
そもそも、ヤツも俺も、この世界に転生してきたことを説明していない。
「そんなに悩むならやめなよ。人を恨んでも仕方ないよ。私も自分を捨てた親のことなんか恨まない」
ヤツは機械だ、と説明しても無駄だろう。余計にやめろと言われるに違いない。
まだ家の中で見た家族の遺体が忘れられない。
だから、ヤツは絶対に倒す。
さらなる不幸が、広がらないように。