誤認
愛瑠は『電子銃』と書かれた負電荷を高速で射出する銃の情報を見つけた。
ただ、即日発行可能ではあるが、簡単な免許が必要で、組み込まれた通信装置が安全装置となっていて、決められたエリア以外では撃てないようになっていた。
壁のディスプレイに表示されたエリアのマップを見て、俺は言った。
「山の中しか撃てないな」
「要するに停止する信号が届かなければ撃てるんだから、細工はできるってことね」
「電波を受けないように細工したら、正直撃てないよ。エリア内でも、銃を停止する信号を発するスマフォとか、専用の発信機とか、そう言う電波を受けたら止まるらしい。要するに人がいたら安全装置がかかって止まってしまう、わけだから」
信号の強度は射程より長いのだろう。
「逆をいえば、俺たちは撃たれても仕方ない状況だったってことになる」
「きっと、使用禁止エリアでは基地局からも信号を出しているわよ」
俺は考えた。
「ちょっと待って、この銃を使えるようにするには、自分達の持っているスマフォの電波をオフしないといけない」
「……そうね」
「つまり、それは他人の銃で撃たれるってことじゃないか」
愛瑠は言った。
「そんなの当たり前じゃない」
その銃の安全装置のことを考えている内、俺は聞いたことがあるセリフを思い出した。
「撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだ」
「何それ?」
「ハードボイルドなセリフ、として覚えてるだけで、誰のものかは覚えてない」
いや、うっすらとは覚えている。チャンドラーの作品だっただろうか。
「ヤツのレーザーは好きな時に撃てるわけだしね。不利は不利だけど」
「ECM爆弾で壊した銃をいつ直したんだろう」
「とにかく、銃を手に入れに行きましょう」
裕福な人間に転生できていて良かった。
各々個人のスマフォが置いてあったし、カードがあった。この世界のスマフォは、認証や使い方が直感的で分かりやすかった。
もし転生した先が、貧乏で、金を稼ぐところから始めなければならなかったら、ヤツをやれるようになるまでに次の世界に転生されてしまうか、こっちが見つかって殺されてしまっただろう。
まあ、俺たちは事件を起こしたりしない。だからヤツに気がつかれることはまずないだろうが、逃げれられることは十分に考えられた。
「ただ、これで仕留めようとするなら、銃を使わずに、銃が使える場所に誘き出さなければならないぞ」
「何も武器がないよりマシよ」
部屋の端末から、愛瑠は飛行体をレンタルした。
タクシーより割安で、操縦は自動だからデメリットはない。
レンタル飛行体にのり、俺たちは建物の屋上から出発した。
機体は最初に乗り掛けた無人タクシーと同じ、プロペラ型のドローンだった。
「この飛行体はオートパイロットだから、いざという時に、ヤツにぶつけることもできないんだね」
愛瑠は目の前の操縦桿に手を掛けてから、首を捻った。
「手動に切り替えれるか調べてみてよ」
俺は言われるまま調べ始めた。
だが、レンタル飛行体、ショップページを見るが、書いていない。普通はオートパイロットを外すことはないらしく、マニュアルを端から端まで読まないと、普通に探しても見つかりそうになかった。
そうしている間に、目的の場所着いたようだった。
建物の屋上は狭く、飛行体を止められない。
止めるなら、地上に停めて歩いてこいという事らしい。
「ここが銃を売ってくれるところ?」
「そうみたいね」
もっと悪いやつがうろうろしているイメージだったが、周りにいるのは素朴な感じの人間で、この人達が果たして銃を撃つのだろうかと思った。
俺は中に入ろうとしたが、年齢の制限に引っかかって外で待たされた。
待ち合わせるような場所もなかったので、俺は飛行体に戻っていることにした。
停止場に入ると、視界の隅で何かが動いた。
まさか……
俺は思った。しっかり見ていないから、目の隅の違和感がヤツかどうかわからなかった。しかし、可能性はある。俺は例のレーザーポインターが自身の胸にないか、確認したが、なかった。
並んで止まっている飛行体に隠れながら、注意して進む。
何を持って俺たちが転生したのがわかったのか。
俺があの川に落ちた時、誰か見ていただろうか。見ている者がいたとしたら、愛瑠が、そいつを見ていたはずだ。
いや、今それを確認している時間はない。
ここで銃を買っても、ここでは撃てない。
しかしヤツは撃てる。
こっちは見える、ヤツは光学迷彩で見えない。
別の方法で俺たちに気づいたとして、それはなんだろう。
家の端末からアクセスして飛行体をレンタルしたからだろうか。そんな事が出来るなら、情報を検索しようとしたところで分かっていたのかもしれない。
もしその手の方法で分かったとしたら、今度は居場所だ。
ヤツがこの世界の情報アクセスから、転生者を探し出せるとして、なぜここに来た。それこそレンタル飛行体に入れた目的地をハッキングして手に入れたに違いない。
真っ先に俺たちが借りた飛行体を確認しにくるだろう。
俺は逃げなければならない、という気持ちと、本当に目の隅に映った何かがヤツだったかを確かめねばならないという気持ちがせめぎ合っていた。だが、不確かな状態で不安に追い詰められるより、確かめる方が先だと考えた。
ジグザグに飛行体を縫うように動き、止めた場所に近づく。すると何か、近くで物音が聞こえる。
より慎重に前後、左右を確認して物陰から物陰へ移動する。
「!」
飛行体は、停止状態でも場所を移動できるようにタイヤがついている。
つまりべったり床面に接していないのだ。もっと早く気づくべきだった、と俺は思った。
顔を地面につけるように低くした。
ヤツの光学迷彩を見分けるにも、その低さはちょうどいい。
俺は見渡せる範囲をみたが、光学迷彩に見られる処理の乱れを見つけることが出来なかった。
何人か、飛行体に乗り込む人間の靴や足を見た。
ようやくレンタルした飛行体につくと、そこでも人の足が見えた。
俺は足の見える方へ回り込んだ。
「あんた誰? そこで何してるの」
見知らぬ人が、レンタルした飛行体のドアセンサーに、小型の機械を当てている。
「盗もうとしてる?」
「違います、点検ですよ、点検。飛行中に動かなくなったら即死ですからね。親切心からこの停止場にある飛行体を調べて回っているんです」
「嘘つけ。故障を見つけるのに、なんでドアに機械を当てる」
しゃがんでいるそいつの手を取って引っ張り上げる。
「いい事をしているつもりなら、しゃがんで、隠れてする必要ないだろう」
「ふん、そうだよ」
掴んでいた手を振り切られた。
「お前も子供じゃないか…… そうか、金持ちなんだな」
「?」
「こいつは見逃してやるよ。だから邪魔するな」
そいつはレンタル飛行体を指差し、そう言うと別の飛行体のところへ移動しようとする。
俺はただそれを見ていたが、遠くで声がした。
「おい、見つかったか!」
「いや、いない。見えた時は、このあたりを曲がったはずだ」
誰かを探しているのだろうか。
足を叩かれ、振り向くとさっきの者が、戻ってきてしゃがんでいた。
「助けて」
「?」
「迷惑かけないから、この飛行体に隠れさせて」
俺は全く事情がわからなかったが、探している人達が悪い者で、飛行体に機械を当てたものが良い者だとは判断出来なかった。
俺は下に人がいることを意識しないよう、正面を見たまま言った。
「だって飛行体を盗もうとしてたよね」
「違うんだ、それは」
「飛行体を盗もうとしたから終われてるんじゃないの」
視野の片隅で、そいつが震えているのが分かった。
そいつは足にしがみついてきた。
「お願いだ。しばらくの間、この中に入れてもらえるだけでいい」
やっぱり判断ができない。
こいつは逮捕を恐れているだけの悪人で、捕まえようとしている人が正しいような気がする。
「ちょっとここで待ってて」
「窓を不透明にして、この中に入れさせて」
「黙って待ってろ!」
俺は停止場の前をうろうろしている者に近づいていった。
「いたぞ!」
「手を上げろ!」