妙な雰囲気
建物の屋上から中に入り、愛瑠の部屋、いや、相模紀子の部屋に付いた。愛瑠は先に転生していたようだが、部屋の鍵を持っていないと思われた。
「どうするの?」
「こうよ」
愛瑠はそのままドアの握り玉に触れた。
すると、電磁石が軽く動く音がした。
「ほら、開いたんじゃない?」
そのまま回して押し込むと扉が開いた。
握り玉部分に生体認証装置があるようだった。
二人で部屋に入ると、愛瑠はいきなりシャワーを浴びると行って服を脱いだ。
俺は顔が熱くなったので、そのまま奥の部屋にあるソファーに座った。
部屋には窓がなく、ぼんやりとした蛍光で照らされていた。
その部屋の壁面には大きなディスプレイがあったが、電源の入れ方が分からなかった。触ったり、縁を探ったが電源を入れるところがない。リモコンがあるのかと思って周りを見てもない。
「ほら、電源入れ!」
音声入力でもない。
俺は既にディスプレイの電源を入れることから、興味を失っていた。
部屋の明かりをつけるスイッチが、端にあるのを見つけ、それに触れた。
床面からも光が広がり、部屋の真ん中に『操作メニュー』が浮いていた。そのメニューは立体映像だった。
取手のような部分がついていて、そこを握ると動かすことができた。
握っているのは何もない空間だったが、制御装置側が握ったという認識をしているのだろう。
手で触れるとメニューに書かれた機能が動くらしい。
俺は『窓を開ける』というメニューを選んだ。
するとディスプレイと、ディスプレイがない残りの三面に映像が映しだされた。
俺は思い出した。
この世界では、高層の建物に窓がなかったのだ。あったとしても低層階までで、それ以上の高さはのっぺらぼうのようにツルツルとした壁面でつくられていた。
俺は気がついた。本当に窓が開いていると、飛行体から覗かれてしまうのだろう。あるいは飛行体にぶつけられる、飛び乗ろう、盗みに入ろう、とするなど、事故が起こる。おおかた、そんな理由で、建物に窓やベランダを作らない法律があるに違いない。操作したのは『窓を開ける』というメニューだったが、実際には窓がないから、擬似的に窓を開けたように景色を見せるためのものなのだ。
窓のように仕切って表示されているため、本当の窓から見えているようだった。
この部屋はかなり高層階のようで、遮る建物もあまりなく、遠くまで見渡せている。
俺は一つ一つの窓について、何が見えるのかを見ていた。
「何か面白いもの見える?」
愛瑠がシャワーを終えて部屋にやってきた。
髪を後ろ纏め、タオルを巻いただけの格好だった。
妙齢の女性の裸、タオルを巻いているとは言え、生肌を見るのは初めてだった。
自らの鼓動が聞こえるくらい、意識が過剰になっていた。
やりたい。
いっそ狂ったようにやり続けたい。
俺は無造作に近づいてくる愛瑠に手を伸ばしかけた。
「聞こえてる?」
「……ふ、服着ろよ」
「ああ、意識しちゃった? 残念だけど、あなたとは姉弟らしいわよ」
愛瑠はスマフォのようなサイズのディスプレイを、俺に向けて見せた。
そして指でスクロールしていく。
少しだけ動く映像と、続けてタイトルのような文字が表れる。それが捲れていくたび、俺と愛瑠の映像が流れる。タイトルには『弟の学園祭』とか『弟の運動会にて』とある。
記憶のない古い時代の情景。
偽りの過去は、転生で捏造されるのだろうか。
転生というのは一体どれほどの力が必要なのだろう。東大に行くような奴はそんなエネルギー量が計算できるのだろうか。
考えているうち、俺は萎えていた。
「……」
「ほら、これ」
愛瑠は何かを放り投げた。
両手で受け取ってみると、それは身分証のようだった。
「相模和男、これが、俺?」
「親はいないみたいね。何故だかは分からないけど」
「……」
俺はその身分証の写真を見つめた。
「さて。情報を調べようじゃない。ヤツも来ているはずよ」
その『ヤツ』という言葉を聞いて、初めて自分が何のためにこの世界に転生してきたのかを思い出した。
よく知らない綺麗な女性と過すためにこの場にいるんじゃない。
「俺もシャワー浴びてくる」
「ああ、そうしてきたら」
俺はシャワールームの前室にくると、脱ぎ捨ててある愛瑠の下着を見て、再びヤツのことを忘れそうになった。
「俺は頭が変になったのか?」
そう独り言を言って、自分を戒めた。
わざと冷たい温度のシャワーを浴び、体をいじめた。
置いてあったタオルで体を拭うと、信じられないほど早く体が乾いた。
「何ていう素材なんだろう」
俺はシャワールームを出ると、服のタンスらしきものから着るものを取り出した。
どれもこれも分厚く繊維ではなくプラスチック素材のものだった。
「そういえば……」
俺は通りで道を尋ねた男の格好を思い出した。
この世界では生物由来や植物由来の繊維を、服としてそもそも使用しないのかもしれない。
とにかく体に合いそうなモノを身につけた。
着るものは空気の入った膨らみ、自分がいた世界でいう『プチプチ』したモノがついていて、熱が失われにくくなっているようだった。
服は厚みや見かけに反して、とても軽く、肌触りはとても奇妙だった。
着替え終わると、奥の部屋に行った。
愛瑠もこの世界の服に着替えていた。
「この事件。時期的考えても、やり口を考えても、ヤツの仕業っぽい」
窓は消されていて、壁面のディスプレイに情報が表示されていた。
次々と切り替わる映像。
関連記事を読み上げていく音声がスピーカーを通じて聞こえてくる。
遺体に残るレーザー銃で焼いたような傷跡、証拠隠滅の為か周囲も焼くやり方。
これがこの世界でのニュース映像なのか、と俺は思った。
「わたしたちより数日前に転生したっぽい」
「そんなに時間差が出来るの?」
「どうやって時間差が生まれるのか、理屈は分からないけど、全く同時に入っても転生先に現れる時間差はあるのよ」
移り変わっていく映像を見て、俺は言った。
「これ!」
何気ない現場の映像だったが、光学迷彩の乱れが映っていた。
映像を進めたり戻したりしながら、光学迷彩の乱れを指摘した。
「ヤツに違いない。ここでも現場を見に戻ってきて、楽しんでる」
俺は頭の中で怒りが増幅していくのがわかった。
「この銃じゃ、戦えない」
愛瑠は銃を置くと続ける。
「ECM爆弾は使い切ってしまったし、この世界で武器を手に入れましょう」
「……」
俺は黙って頷くと、愛瑠は空間に表示されたキーボードを使って情報を探し始めた。