転生
額に機械人間が持った銃のレーザーサイトが当たっている。
引き金を絞れば、高熱のレーザーが頭を撃ち抜いてしまう。
「動いて! 動いてよ」
「平気よ」
女性はそう言うと、額の赤いポインターが消えた。
「えっ?」
俺はヤツを見た。
頭のカメラは銃の方を向いて、レンズが激しく動いていた。
「さっきの爆弾で、少なくとも銃は壊れたってこと」
「けど、こっちも弾を撃ち切ってる」
再び真っ黒い裾をたくしあげると、左の太ももから別の銃を取り出した。
「とりあえず、これで動けなくしてやる」
銃を取り出すのに時間がかかりすぎたのだ。
二百メートルは離れてしまった。
「逃げられた!」
「そう遠くには行けないわ。状況は逆転してる。こっちが狩る番よ」
女性はヤツを追って走り始めた。
家族の葬儀をしていることを忘れ、俺も一緒になって追っていた。
四十分ほど走り続けている。
部活で走り続けていた俺より、女性の方がタフだった。
それとは別に気づいたことがある。
あの機械人間が、姿を晒したまま逃げているのに、通行人の反応が薄いのだ。この女性が手にしている大型の銃を見ても、何を恐れる風でもない。
もしかしたら、この国の人間は、これがコスプレか何かだと思っているのだろうか。
「あいつ、どこに行こうとしてるの」
「転生の扉を探しているんだわ」
「転生の扉?」
俺は女性の口から『転生』という『チュウニワード』が出てきて引いた。
「本気で言ってる?」
「あなたも、見ているはずよ」
大して日が経っているわけでもないのに、忘れていた。
いや、忘れようとしていたのかもしれない。
河原で見た、空間に開いた黒い四角形。
部活の後、あんなところで時間を潰していなければ、こんなことにはならなかったのに……
「そうだ…… それ、河原で見た」
「同じ場所に出現するとは限らないけどね」
小山になっている小さな森が見えてきた。
確か、この頂上付近には神社があるはずだ。
「……」
女性は立ち止まって、小山を見つめた。
「名前は?」
「自分から名乗るものじゃない? それに、今日が終われば二度と会わないでしょ」
俺はしつこく聞き返した。
「俺は五島醍醐テストの時、時間がかかるから名前はひらがなで書くよ」
「?」
女性はピンと来ないらしく、小山に向かって歩き出した。
「おい、名乗ったぜ。名前は?」
「愛瑠」
「メル?」
女性は振り返って、睨んだ。
慎重に小山を登っていく。
坂は途中から、神社の境内に行くための階段に変わった。
神社に着く前から、女性は銃を構えた。
この神社は誰か住んでいただろうか。
俺も慎重に境内の様子を伺いながら、階段を上がる。
いた。
ヤツは本坪鈴の下に立っている。
俺たちがゆっくりと近づくと、ヤツの頭部についた、発光部と一体化したカメラが動き、俺たちを見つけた。
銃口を向けながら、近づいていく。
引き金を引いた瞬間、銃弾をかわしヤツは賽銭箱に飛び乗った。
いや、違う。
これは賽銭箱ではない。
賽銭箱の口のあたりが、光り出したからだ。
その光を放つ賽銭箱に、ヤツの足が徐々に吸い込まれていく。
よく見ると、賽銭箱と光り出した部分の位置はずれていて、わずかに賽銭箱の上の空間にあった。
女性はヤツに向けて銃弾を放ったが、光に当たって弾は消えてしまった。
「転生の扉」
「これが?」
俺が見たのは黒かった。光を放ってはいなかった。
「私はヤツを追うわ。さようなら」
俺は愛瑠の腕をとって引き留めた。
「教えてくれ、ここに入れば、ヤツを追いかけられるのか?」
「……」
「俺はヤツの光学迷彩を見破れる。愛瑠一人だったら、さっきだって殺されかけてた。俺もヤツに恨みがある。俺も連れて行ってくれ」
愛瑠は俺の手を振り解いた。
「私はこの扉を『転生』の扉と言ったはずよ。転生というのはすなわち『死』と同じ意味よ。この世界に戻れない」
「なんだよ、愛瑠だって、ヤツを追って『転生』しているんじゃないのか」
そう言っている間に、ヤツは頭の先まで扉の中に入ってしまった。
「その通り。私は何度も転生した。けれど思い出してみるのね。部活の仲間とサッカーしたり、ゲームをしたり、そんな楽しい出来事を。この扉を潜ったら、もうこの世界は何もないのよ、友達もゲームも、何もかも失うの。それに、次の世界で命すら失う可能性がある」
「……」
「わかったら公民館に引き返すことね。ここまで手伝ってくれてありがとう、ダイゴ」
そう言うと愛瑠は賽銭箱の上、『転生の扉』に手を突っ込んだ。
時が止まったように動きが固まり、光を放つ扉に吸い込まれていく。
「愛瑠!」
固まった体が宙に浮き、腕が吸い込まれると肩、頭が入っていく。
「……」
俺は決断しなければならない。
このまま踵を返して葬式に戻るか。
この扉に足を踏み入れ、二度と帰らぬ人生を踏み出すか。
俺は中学生で何のスキルもない。転生先で何者になれる保証もない。
だが、それはこの世界のまま生きても同じことだ。
何者になれるかどうかなんて、わからない。
銃も戦争もない国に生まれた幸運を捨てて、転生する意味があるのだろうか。
平和な国に生まれた幸運? 俺だけ両親と妹を惨殺されて? いや、もっと不幸な人もいるだろう。そういう問題じゃない。
確かに友達とサッカーも、ゲームも出来ないだろう。
だが、この世界にとどまるのが幸せなのだろうか。
今、まさにそんな相談をしたい家族自体がいないのだ。
転生の扉だと教えてくれた人も、後は足が吸い込まれるのを待つばかりの状況で、何も語ってくれない。
河原で見ていたのと同じだとすれば、この扉が維持されている時間はあまり長くない。
石につまづいて倒れるとか、交通事故に遭うとか、そう言う偶然で転生するのではない。
俺は自分で決断しなければならなかった。