葬式の弔問者
俺は友達の母親に引っ張られ外に出た。そのため、火傷もなく、家の火事に巻き込まれずに済んだ。
友達の母親が、俺の家族が既に殺されていたことに気づいたかはわからない。家ごと焼けてしまって何も証拠は残っていない。
親戚やら近所、周囲の大人が、様々工面してくれて公民館で簡単に家族の葬式を開いてくれた。
葬式といってもここに遺体はない。損傷が酷い状態だったため、遺体は先に遺骨になっていた。警察は死因と引火した場所に固まって遺体があったこと、遺体に外傷があったことから、心中したのではないかと推測している。
俺は扉のラッチボルトが切られていることを言ったが、警察も消防も、そのことは知らないようで、聞き入れてくれなかった。
俺は住むところがない為、家族を失ってから今まで、電車で四十分ほどかかるところに暮らしていた。
葬式には、サッカー部の友達も来てくれたが、話しかける言葉も、返す言葉も大して思い付かず、ただ肩を叩き合うだけだった。
この先どうやって生きていけばいいかわからなかった。
小学校の時、母が怒って家を出ていくと言ったことがあった。その時、俺は子供だったから、母がご飯を作らなかったら、そのまま死ぬのだと思っていた。
今も同じ程度の理解、と言う訳ではないものの、両親や妹がいない状況でどうやって暮らしていいか分からないのは同じだった。今寝泊まりさせてもらっている親戚は、親戚という関係だが、これまでも、今も、ほとんど口をきかなかった。
だから、すぐにでも働いて、出ていかなければならないだろう。
中学を出ただけの俺を雇ってくれる会社があるのか、働くというのはどういうことなのか、不安しかなかった。
そんなことを考えながら葬式が終わりかけた時、見知らぬ女性が入ってきた。
周りの人と同じで真っ黒な服を着た、その妙齢の女性は、尚香をすると俺を見て近づいてきた。
女性は夏とは思えない、フェイクファーで出来た黒のワンピースを着ていた。黒いブーツに、さらにケープを羽織っていて、それだけでも暑苦しいのに、ロシア帽をかぶっていて、さながら『メーテ○』のコスプレのようだった。
この格好を『喪服』と呼ぶのなら喪服なのかもしれない。
何しろ全身真っ黒で、晴々しい感じは一点もない。
女性が近づくと、例えようのない良い香りがして俺は家族の死とか、自分のこの先の人生などの不安が、一瞬だけ頭から消えていた。
「あなたの敵は私が討つわ。あなたは災害にあったと思って諦めなさい」
俺はその言葉を聞いて、漫画の中の鬼が同じようなセリフを言ったことを思い出した。
自らの都合の為、勝手に人を殺しておいて、災害だと思えというのはなんと身勝手な言い分だろう、俺は漫画を読んで憤ったその感情が蘇ってきた。
俺は、立ち去ろうとする女性の前に回り込んでいた。
「あんたが敵を討つだって? どうやって?」
「……」
女性は俺を避けて、どこかへ行こうとする。
「ダイゴくん!」
近所に住む友達の母親は、俺を呼び止めた。
俺はそれを無視して、女性を追いかけた。
「おい、答えろ、敵を討つってどういうことだよ」
誰もいない通りに出ると、女性は立ち止まって振り返った。
「この世界でそれをしたら、いろんな罪に問われるわよ。そして、あなたの人生はおしまい。忘れて大人しく前向きに生きるのが一番良い選択よ」
「あんたの人生は?」
「私はこの世界の人間ではないから、生きる方法は改めて考えるわ」
この世界の人間ではない? 言葉も通じるし、目に見えている。俺の親を殺した光学迷彩のヤツの方が、よっぽどこの世界の人間ではないように思える。
「あんたが復讐できるなら、俺に方法を教えてくれ」
「復讐の為に、私がどれだけの人生を費やしたか。その覚悟があるなら教えてあげるわ」
途中から女性の声が耳に入ってこなくなった。
いる。
ヤツだ。
光学迷彩を着た、ヤツが近くにいる。
「……」
喪服の女性も気づいたようだった。
赤いポインターが女性の額で光った。
「危ない!」
俺は言うと同時に、女性飛びついていた。
もう誰も死んで欲しくない。
俺はそう思っていた。
女性は、俺に倒されながら、手に持っていた何かを放った。
突然、背後で何か光った。
「大丈夫?」
「ええ」
女性は素早く立ち上がると、帽子を片手で整えた。
「何を投げたの?」
「ECM爆弾」
俺は女性の背後で立ち上がると、爆発してまだ光っている方に目を向けた。
光が弱ってくると、そこに黒い影が見え始めた。
「よくわからないかもしれないけど、ECM爆弾は、電子機器を壊したり、一時的に機能を止める爆弾よ」
影が見えると言うことは、例の『光学迷彩』が機能していないことになる。ECM爆弾が効いたのか。
「殺ったのか?」
女性は首を横に振る。
「まだよ。自己修復する時間を稼いだだけ」
女性は裾を持ち上げ、ブーツの上、太ももあたりまでがあらわになる。
そこから銃を引き抜くと、ヤツに向けて引き金を引いた。
当たったようだが、弾丸は跳ね飛んでしまった。
ようやく光が弱くなって、ヤツの姿がはっきり見える。
人のようだが、形がおかしい。頭部は綺麗な球体で、口のあたりには編み目状の金属が真横にあった。
目に当たる部分は、透明な部分に、内部にカメラと発光部が一体になったものが納められている。
「こいつ機械なのか」
「機械よ。頭はスピーカーとセンサー部分。胸の中に小型の発電装置と思考回路があるから、胸を撃ち抜くのよ」
女性は何度も引き金を引いた。
体が硬いのか、その微妙なカーブのせいか、ヤツの胸に当たっても、弾丸が跳ねてしまう。
「この世界の武器は貧弱すぎる」
近づきながら、最後の弾丸を撃ち切ってしまった。
頭の上部の透明な部分のカメラと発光部が上下、左右に動き、編み目になっているスピーカー部分から発声する。
「それだけか? こちらは修復完了したぞ」
人の手を模したようなアームが動くと、握っている銃をこっちに向けた。
レーザーサイトが光って、赤くポイントする。
「やばい、逃げないと!」
「……」
俺は額に赤くポイントされた女性の腕を引っ張るが、微動だにしない。
「ねぇ、どうしたの!」