生ける屍
金属片を挟んで開けっぱなしにしていたはずだ。
屋上だし風で開く方向に動けば、挟んでいた金属片が落ちて、風がやめば扉は閉まる。
ただ『それだけのこと』かも知れない。
あるいは、何者かが不用意に扉を押し開けてしまったのかも知れない。
俺は遠くから扉の周囲を確認した。
扉を開けた時に後ろから襲われたらたまらない。
「……」
視野の隅に何かが見えた。
止まっているものではない。動くモノだ。
しっかりと顔を向けて、その視野の隅にあったモノを確認する。
乾いて変色した人の体。立って歩き回る死体。
ゾンビだった。
俺は鉄パイプを握り直し、逃げる方向を考えた。
扉の方へ向かう場合、ここから死角になっているところに、別の死体がいた場合に挟み撃ちになってしまう。こっちに向かってくるゾンビと戦うように対面する方向に進むか、今来た道へ下がるしかない。
俺は、ゾンビと対面する方向へ進んだ。
少なくともその一体を倒せば、その方向の道は安全だ、俺はそう考えた。下がってそっちにも回り込んできたゾンビが隠れていた場合、今、向かってきているゾンビと挟み撃ちになる。
「倒せばいいんだ、倒せば」
俺は恐怖を抑え込む様に、自分自身に言い聞かせる様に、そう言った。
ジョニーが火炎放射器の利点を言う時、ゾンビを倒すには胸か頭を狙えと言っていた。火炎放射器なら、全身を焼いてしまうから、そんなことをせずに済むということだ。
胸を貫くか、頭を吹っ飛ばせばいい。
俺はゾンビに近づきながら、鉄パイプを振ってみた。
振りが弱い。鉄パイプは、振り回すには重すぎた。そして、自分が遊びでも野球や剣道と言ったスポーツや武術に触れて来なかったことを後悔した。
振って頭を飛ばすことは無理だ。
とすると、胸を突くしかない。
俺は鉄パイプを突き出して、ゾンビの胸を狙って走った。
ゾンビの動きは鈍く、俺の鉄パイプはしっかりと胸に当たった。
しかし、予想と違い、鉄パイプが胸を突き破ることはなかった。
ゾンビはバランスを崩して後退したが、見かけ上のダメージは、胸の辺りの服が少し破けた程度だった。
心臓を守っている肋骨を折り、鉄パイプを突き通すことが並の人間には無理だと感じた。
後ろを壁にして、体重を掛ければ、あるいは出来るかもしれない。
とにかく、噛みつかれないように距離をとり、逃げ回れば助かるのだ。
俺は、何度も同じように鉄パイプでゾンビを後退させてから、今度は鉄パイプで足を払った。
足を放り出す様に上げ、ゾンビはあっさりとひっくり返った。
「よし、時間が稼げる」
俺はもう一度、ビルに入るための扉に近づいた。
居ない。俺はさらに扉に近づいた。
「!」
扉の正面にある、太陽光発電のパネル下に、ゾンビが二体、佇んでいた。
ゾンビは、俺たち人間を目で見ているのかそれとも他の感覚で捉えているのか、分からなかったが、どうやら気づかれた様だった。
今度は二体だ。一体を後退させるより、さらに力が必要だ。
俺は鉄パイプを正面に向けて伸ばしながら、出したり、引っ込めたりして、間合いをはかった。
そして、背後に気配を感じ、後悔した。
せっかく床に倒したのだから、とどめを刺すべきだった。
一番恐れていた挟み撃ちにされてしまう。
俺は振り返り、背後からくるゾンビの胸に鉄パイプを突き立て、押し続けた。
ゾンビは辿々しく後退し、最後には背中を屋上のフェンスにつけてしまった。
嫌な手応えと共に、鉄パイプにかかる力が抜けた。ゾンビの胸を貫いたのだ。
初め、ゾンビはバタバタと動いていたが、胸が貫かれたことに気づいたように、急に動きが止まった。
俺は、背後から近づいてくる二体のゾンビのために、鉄パイプを急いで引き抜かねばならなかった。
肋骨が思ったより硬いのと同様、一旦刺さった鉄パイプは容易には抜けない。
ゾンビの身体に足を付けて、踏ん張ることでようやく鉄パイプを抜いた。勢い余って下がってしまうと、後ろから来たゾンビの手が触れた。
「!」
慌てて前に進もうとしても、しっかり襟を握っていて離れない。
もっと簡単な敵ではないのか。俺は思った。実際のゾンビは、数で勝負のやられ役、という訳ではないようだ。それとも、この世界のゾンビの特性なのかもしれない。とにかく、俺は全力でようやくその手を振り切った。
俺は考えた。
ゾンビが俺についてくるのを利用して、階下に向かう扉からなるべく引き離したところで、ゾンビを出し抜いて先に扉につけば、逃げられる。閉まった扉から次々にゾンビが現れないことから、この世界のゾンビも扉を簡単には開けれないのが明らかだ。
俺は鉄パイプについた血を飛ばすように、鉄パイプを何度も振り、床に叩きつけた。
音に反応して、ゾンビは寄って来た。
頃合いだ、俺はそう判断すると、ゾンビを振り切って扉へ走った。
予想通り、ゾンビより充分早く扉にたどり着いて、俺はレバーに手をかけた。
「熱っ!」
慌てて手を離した。
階下に下りる扉のレバーが、加熱されているかのように熱かったのだ。
屋外で陽の光をずっと長い間浴びているせいだろう。俺はそう判断し、我慢して開けよう、そう考えた。
レバーを握り、一気に押し下げて開ける。
「!」
扉から炎が出てきた。
これのせいでレバーハンドルが熱くなっていたのだ。
そう思って、俺は慌てて飛び退いた。
飛び出してきたのは、炎ではなく、火がついたゾンビだった。自身が焼けているという自覚がないのか、ゾンビは燃えていない他のゾンビと変わらない調子で近づいてくる。
その時、俺は致命的な失敗に気づいた。
再び、挟み撃ちされるような方向に避けていたのだ。
咄嗟の行動とはいえ、救いようがない失敗だ。
以前遊んでいたFPSでは、こんなミスをした事なかったのに…… 現実のプレッシャー下では、ゲームの冷静さが発揮出来ない自分の程度の低さを嘆いた。
燃えているゾンビと戦う場合、俺がゾンビ化する前に焼け死んでしまう可能性がある。数は倍とは言え、燃えていないゾンビを相手にする方がマシだと俺は考えた。
燃えていないゾンビは、さっき倒したゾンビと同じように、フェンスに押し付けて胸を抜くしかない。一体なら同じことだが、二体いる為、パイプが抜けないと二体目にやられておしまいなのだ。
一体を倒す前に、二体目に襲われないように予め何か手を打っておく必要がある。
あれこれ考えている時間もない。正しい答えを、短い時間で捻り出さなければ死に至るゲームだった。
「とにかくやるしかない」




