解放と逃走、その訳
牢の中で、俺はその雑な鉄格子を調べていた。
やり方によって抜けれないかと思ったからだ。
しかし、思ったより作りが良く出来ていて、人の力でなんとかなるものではなかった。
自分はマット、愛瑠はアリス、だとするとレーザー殺人魔であるヤツはこの世界でどう転生しているのだろうか。ゾンビを殺す側にいるのか、人を倒す側にいるのか。
ヤツのことだ。この状況でも人を殺すのだろう。
レーザー銃を持っているヤツにとって、ゾンビを倒すのは造作もない。ならばやはりこの状況で武装して、生き残ろうと必死になっている人間をハンティングしているに違いない。
俺がこの牢に入れられている間にも、何人もの人を焼き殺しているだろう。
一通り、牢を抜けられないか試した後、俺は仰向けに横になって、寝てしまった。
「……起きなさい」
俺は愛瑠の声で起こされた。
その横でジョニーが鍵を外している。
「な、何があったんだ」
「いいから。私たち三人で村を抜けるわよ」
村を抜ける? 規則を守るか試されてもいないのに?
どれくらいの時間寝ていたのかもはっきりしない。
「スノーモビルみたいな乗り物あったでしょ? あれでいくから」
「どこに?」
「外れたよ。早く出てきて、手錠も外すから」
俺はジョニーと愛瑠が何をしたのか分からないまま、二人の後について行動していた。
陽は沈んで、夜になっていた。
ジョニーが砂上車を運転し、愛瑠はジョニーにしがみついて後ろに乗った。
俺は相変わらずロープで繋がれた板に乗ると、砂上車は走り出す。
村を抜けると、砂漠ではないが、延々と草木のない荒野を走っていた。
俺は時折板が跳ねて落ちそうになるのを堪えながら、愛瑠とジョニーの間に何かあったか、ぼんやりと想像していた。
何時間走ったか分からなかったが、俺の生まれた世界と同じようなビルが立っている街に入った。
ビルを見ると一階のガラスはほぼ割れていて、草木が生えてコンクリートやアスファルトも割れてしまっていた。
しかも、一部のビルがそうなっているわけではなく、目に入る建物が全てそうなっている。人が住むことを放棄して、何年か経っているようだった。
大きな通りを曲がって、草が生え放題の小道に入った。
草は立ち枯れていて、一面茶色に見える。
砂上車は草を踏み倒しながら進んでいく。草は人の背丈ほどあって、誰かがそこに立っていたら気づかずに轢き殺してしまうかもしれない。
ジョニーはしばらくすると減速して建物の前で止まった。
「そろそろ説明してくれないか」
「今日はここで寝よう」
「なぁ、なんで村を出ることになったんだ」
ジョニーは砂上車と建物の前の草を刈った。そして俺と愛瑠に、その草を集めさせた。
次に長いパイプに接続されたタンクのようなもの背負い、慎重に建物の中を捜索した。
何もないことがわかると、小さな手のひら大のひかる機械を壁と壁を直線で結ぶように取り付けた。
俺は不用意に手を近づけてしまった。
大きな音が鳴り始めて、ジョニーに止められた。
「これは互いに赤外光を出して、遮られた時に警報する装置だ。外敵が入ってきたことを知らせるためだ」
「わかった。その背負っているタンクと手にしているパイプはなんだ?」
「これは火炎放射器だ。胸や頭を狙わなくても殺せるから、ゾンビには一番効果的なんだ」
センサーを設置し、火炎放射器で建物を探索している。両方ともゾンビ対策というわけか。
「分からない? この世界はゾンビで崩壊したのよ」
愛瑠が言った。
「そんな気はするけど、誰に確認したんだ」
「ジョニーにこの世界になったことを聞いても無駄よ」
「すまない」
愛瑠はジョニーの手を両手で握って言う。
「あなたが謝る必要ないわ。世界がこうなってから生まれたんだから」
「どうしてここに逃げてきたのかを教えてくれ」
「……」
建物の一階を全部確認した後、広い部屋の中央に戻った。
途中にあった木材でできた椅子を壊し、集めた草を少し分けてその上に置いた。
草から火をつけ、椅子の木材が燃え始めた。
「火が絶えないよう、少しずつ燃やそう」
腹が減ったようで全員、腹を鳴らした。
「ほら、草の上に横になれば体も痛くない」
「そろそろなぜ、牢から出されて、ここに来たのか教えてくれ」
「くだらないことを聞きたがるのね」
俺は無言で、焚き火を見つめている愛瑠を睨んだ。
俺の視線に気づいて愛瑠は言った。
「わかったわよ」
簡単に顛末を話してくれた。
首輪をされた愛瑠は、村長に裸にされた。
体を触られ、舐めまわされた。
ただ、村長は『たたなかった』。
そこでジョニーが呼ばれた。
『ジョニーよ、この女とヤッて見せろ』
自分は出来ないが、しているのを見ることで興奮するようだった。
ジョニーはその命令をどうしても受け入れられなかった、らしい。
村長の命令に逆らうほど強い衝動が湧き上がった。
そして、ジョニーが村長の首を絞めて殺した。
村長を殺したことがバレれば、村には居続けられない。
だから逃げてきたという訳だった。
「なんで?」
「私に聞かないでよ」
焚き火をいじりながら俯いているジョニーは言った。
「……母さんだから」
「はぁ?」
「アリスは母さんなんだ」
俺には何を言ってるのか分からなかった。
「わかるんだ。俺に父親はいない。けれど母親とは似ていない」
「いきなり何を言ってるんだ」
ジョニーは焚き火に草を投げつけた。
一瞬にして草が燃え上がり、辺りを明るく照らした。
「俺の母は処女懐妊したんだ。わかるか? セックスしていないんだ。俺に父はいない。それなのに、母の面影が全くない。母の子でもないんだ。けど、アリスを見てわかった。俺はアリスの子なんだ」
「だから、全然意味が分からない」
「……」
アリス、つまり愛瑠が神妙な表情でジョニーの顔を見つめていた。
「愛瑠、いや、アリス? どうした?」
「私、転生した時、お腹に子供がいたらどうなるか、考えたことがあるの」
いや、転生自体がよく分かっていないのに、そこで妊娠中だとか言われると余計に混乱した。つまり、愛瑠にはどこかの世界で、妊娠した心当たりがあるということだ。
「大前提として転生を信じてくれる分けないだろう」
「処女懐妊だって信じられない」
「処女懐妊は本当だ。母から直接聞いたんだ」
ジョニーは焚き火を見たまま言った。
「それは本当のお母さんじゃない。遺伝的な繋がりがないってことは、育ての親ってやつだよ」
「妊娠中の転生が何を引き起こすか、誰も分からないのよ」
処女懐妊なんてあり得ない。だが、因果はあるはずだ。通常の行為ではない、なんらか別の手段で、精子がお腹に届いたに違いない。例えば人工授精のような。
それは見ようによっては、処女懐妊と同じなのだ。
「ジョニーには『私の面影』があるわ」
愛瑠とジョニーは、結論ありきで話をしているようだった。
決めつけで話されたことを、論理的に覆すのは骨が折れる。
相手は、感覚や、決めつけた内容から離れてくれないからだ。
俺は突然、科学的に否定するのが、面倒くさくなった。
「……分かったよ」
ジョニーが愛瑠を母だと思うから、村長は殺され、俺は牢から出られた。
結果的オーライというヤツだ。
親子じゃないとか、俺は、そんなことに文句をいう筋合いではない。




