医者
俺はハナを背負ってモエギの街への道のりを歩いていた。
ハナが小隊の連中と同じスピードで歩くのは無理なので、ずっと背負っていた。
モエギが近づくにつれ、雪が残っている道も増えてきて、これまでの疲労の蓄積が重なって、俺が歩く速度だけが遅くなっていた。
小隊長が言った。
「休憩をとるか」
全員がゆっくり道の端によると思い思い、休みを取った。
ハナを置いた荷物の上におろし、俺は腰掛けれそうな大きさの石を見つけて腰掛けた。
休んでいると、小隊長が近づいてきた。
「長吉、俺が代わりにハナを背負うか?」
「……」
小隊全員の視線が小隊長に集まった。
「依頼されたの俺なんで、小隊長にお願いするのは申し訳ないです」
「正直、お前の歩く速度だけが異常に低下している。帰りの道だからといって、のんびりして行く訳にはいかないんだ。今日中にカズマに会って話もしたい」
小隊長は小さな子供と問題を起こしていると聞いた。
そんな人物に背負うだけとはいえ、子供を預けられるだろうか。
「休憩後は、頑張りますから」
「何か誤解しているかもしれんが、背負うだけだ。何もしない」
そういう言い訳めいた物言いが、返って怪しく聞こえる。
「ハナが起きたらびっくりしてしまうので…… 本当にすみません。歩く速度は頑張ります」
「……歩く速度が伴わない場合は、強制的に俺が背負う」
「強引ですね」
言い方なのか、口調が気に入らないのか、小隊長が顔を真っ赤にして怒りを示した。
「おい! 小隊長に従わないというなら、この場でお前をタスケの死に関する緊急の軍法会議にかける事だってできるんだぞ」
「……」
休憩していた隊員が立ち上がって集まってくる。
「小隊長」
「小隊長、落ち着いて」
小隊長は余計にイライラし始めて、言う。
「なんだ、みんな立ち上がって。休憩は十分なようだな。では出発する」
小隊長は帰りの道を進み始めた。
小隊の連中は急いで支度して、後を追う。
俺も荷物と共にハナを背負い、小走りに後を追いかけた。
そんな風に、小隊の歩くペースが上がった為、夕方になる前にモエギの街についてしまった。
小隊長はカズマの元に行った。
俺には小隊の一人が見張りとして着いた。
「ハナを医者に届けてきます」
小隊の一人と一緒にモエギの街を歩き、ナツに手渡された紙に書かれた家を訪ねた。
家に着いた頃、陽は落ちて街は暗くなっていた。
大きな家だったが、外観はかなり痛んでいて古い感じがした。
中から出てきたのは、白髪を肩まで伸ばしている高齢の男だった。
「ああ。その娘がハナか。話は聞いている」
話すと、男の前歯が一部かけているのが分かった。それと、すごく息が臭い。アルコールと口臭、内臓系の病気、それらが混じっているように思える。
男の声を聞いた途端、ハナは俺の背後に隠れた。
ハナが何を感じて男を恐れたのかわからないが、俺には、男の身なりからとても医者とは思えなかった。
俺を見張っている小隊の人にハナを預け、俺はその男にだけ聞こえる声の大きさで訊ねた。
「あなたは本当に医者…… なんですか?」
「……ナツからこの住所だと聞いていたろう」
「ハナが怖がってる」
男は俺を睨んできた。
「だから? ハナの命に関わる問題だぞ。そもそも医者なんて、子供から好かれた試しがない」
俺は言い返せなかった。
この世界でこの男しかハナを救う可能性が無いのだとしたら、どれだけ怪しくても預けるしかない。医学の発達した世界から来た人間としては、この医者にかかる選択肢はないが……
俺はハナを連れ、男のところに戻った。
「ハナ、このおじさんのところでしばらく暮らすんだ」
「嫌」
あっさりとそう言った。
「お兄ちゃん、ナツ姉ちゃんから頼まれたんだ。ハナをこの人のところに連れて行くって」
「嫌なものは嫌。私は村に帰るの」
「ハナ、お願いだ。ワガママ言わないで」
男は鶏を捕まえるかのようにハナを捕まえ、抱えた。
「お兄ちゃん、助けて!」
「何をする!」
俺は怒った。
白髪の男は、必死に手足を動かすハナを力ずくで抑え込んでいる。
「あんた、まどろっこしいんだよ。俺が預かるしか道はないんだ。この娘が納得するかどうかは問題じゃない」
「そうじゃないだろ!」
ハナを取り返そうと手を伸ばした時、俺は小隊の人間に腕を取られた。
「こっちも小隊長と合流する時間だ」
「待て、話は終わってない」
「ほら、もう話は済んだ。早くこい」
ハナの鳴き声は、男と共に家の中に消えていった。
俺はこうするしかなかったと自分に言い聞かせてその場を離れた。
小隊の人間に手を引かれながら、俺はモエギの街を歩いた。
待ち合わせの場所に着くと、小隊長は先に来て待っていた。
「お前の軍法会議は明日になった」
つまり、それまではさっきから一人俺に着いて回っているように、小隊の監視下に置かれると言うことだった。
俺は寝れるが、見張り役は交代で起きて監視するのだろう。
うんざりと言う感じのため息が漏れた。
小隊長はハナがいないことに気づいた。
「ハナは無事、医者に引き渡したのか」
俺は頷いた。
「なんだ、何かあったのか?」
「いえ」
小隊長は監視していた男にも声をかけた。
「長吉、ハナを預けた先の住所を教えろ」
俺はナツから渡された紙を見せた。
小隊長はより厳しい顔つきになった。
「医者は届出がいる。記憶する限りこのあたりに医者はいないが……」
「!」
俺は走った。
すぐに監視している男と小隊長が追ってきた。
記憶している限りの道を辿っていたが、道に迷った。すると、小隊長が俺を追い抜いた。
「ほら、この先だ。道案内は俺がする」
小隊長の後をついていくとさっきハナを引き渡した家に着いた。
「ここだ」
小隊長が家の扉を叩いて呼び出す。
扉が開いたが、家側は暗くて見えない。
「誰だ……」
小隊長は家の中に腕を突っ込んだ。
そして監視の者が持っていた灯りの下に、襟を締め、暴れる住人を引きづり出した。
暗くてよくわからないが、白髪の髪からして、さっきハナを預けた白髪の男に違いない。
足をかけて床に転ばせると、小隊長は男を押さえ込んだ。
小隊長は明かりを近づけるように指示し、男の顔を確認した。
「こいつは……」




