敵襲
俺たちは、与えられた兵舎の一角で寝た。
キダイ全体は、壁についている見張り台で監視されていたが、異変を知らせていることを小隊に教える人間が必要だという判断になった。今夜は、タスケと俺が交代で起きて、周囲の状況を把握し、何かあった場合に他の隊員を起こすことになった。
先に俺が起きていて、深夜を過ぎてころタスケに交代するため、部屋に入って起こした。
「……交代だ」
「あ、そうか、そうだったな。長吉、何かあったか?」
「特に何もなかった」
タスケと交代して俺は床についた。
この夜を狙って、アツミか、アツミの手下が俺の銃を狙ってくるだろうと思っていたが、全く何事もなくて拍子抜けした。
ミチズナとカズマが話していたように、俺と『赤い亡霊』を戦わせればどちらが倒れても損はないのだ。倒れた方の武器が手に入る可能性だってある。現時点、つまり俺と赤い亡霊が戦わないうちに武器を奪うと、さまざまな点でリスクが大きいと判断したのだろう。
そんなことを考えながら、いつの間にか俺は寝ていた。
どれくらい経ったか、分からなかった。
突然、遠く鐘が鳴り、タスケが騒ぐ声が聞こえてきた。
俺は体を揺さぶられて、目を覚ました。
小隊長はもう状況を把握していて、隊員に説明する。
「敵襲だ。しかも、いきなり中に入られている」
全員がそれぞれ、剣とクロスボウを用意して、兵舎出た。
陽は見えなかったが、朝焼けが、空を半分ほど明るく見せていた。
「敵の侵入場所を確認しつつ、キダイの中を移動するぞ。敵の位置がわかったら作戦を指示する」
小隊がしばらく歩くと、キダイ全体が混乱しているようだった。
少人数ではあったが、右にいくもの、左にいくもの、前にいくもの、後ろにいくもの、と、各々がバラバラ、出鱈目に動いていた。
移動する兵を呼び止めて、小隊長が話を聞いた。
小隊長は首を横に振ると、言った。
「だめだ、誰一人、正確な情報を知らない」
「見張り場の鐘も、あちこちで鳴っていますね」
タスクが言った。
「俺は外に出てたから、最初に鳴った鐘、見張り場の方向はわかります」
「よし。まずはそこに行ってみるか」
小隊長はタスクの示す方向へ進ことを決めた。
移動していると、朝焼けが広がっていき、空全体が明るく変わっていく。
すると、周りの山々から霧が流れ落ち始めた。
タスクは流れる霧を見て、言う。
「綺麗なもんだ」
「まずいぞ」
小隊長の言葉の意味は、すぐに分かった。
霧はキダイの壁を越えて、中に流れ込んで来たのだ。霧はあっという間に周囲を包み込んだ。
隊の連中がいる範囲までは見えるが、その先は霞んでいる。これではキダイの中の、どこにいるか分からない。
しばらく慎重に足を進めると、小隊は最初に鐘が鳴った見張り場についた。
一人が見張り場まで登って状況を聞いてくる。
「どうだ?」
「もう切ってしまったから、分からないですが、どうやら山の中腹からキダイの中まで綱を張られ、そこを何人かの山賊が滑り降りてきたようです」
「大胆だな」
小隊長は続けて言う。
「綱はどこだ?」
「ちょうど見張り場がない、中央付近らしいです」
あちこちに向かって兵が動き回っているのもわかる気がした。
おそらくこの霧も奴らの計算通りなのだろう。
下手をしたらこの霧に乗じて別の綱を張られ、さらに内部に侵入されているかも。
「その綱を張られた場所にいくぞ」
「先ほども言った通り、もう綱は切ったとのことです」
小隊長は綱を張られた方を指差す。
その先は霧で何も見えない。
「この霧の中だ。さらに侵入したい場合、どこに綱を張る?」
「確かに」
「小隊長、山賊の目的を考えると、ダイセイ側の門へ向かうべきでは? 中央が混乱している状態からダイセイ側の門を開けられたら……」
小隊長は言った。
「俺たちは小隊だ。開いた門からやってくる敵に対抗するには人数が足りない。中央を撹乱している山賊を対処すべきだ」
全員が顔を見合わせて、頷くと返事をする。
小隊長が指示しながら、全員が警戒しつつ綱の張られたというあたりへ向かう。
「綱を張りやすい、高い建物を探せ」
「この建物じゃないですか?」
全員で建物の前に立つ。
「タスケ、中を上がって確認してこい」
タスケが、建物の中に入る。
そしてしばらくすると、大声を上げた。
「小隊長! 敵です! 中に敵がいます」
「やはり、もう一度、綱を張られたな。よし、これより建物の中にいる敵と戦う」
小隊は剣を抜いて、タスケに加勢する為、次々建物に入っていく。
「長吉、お前は建物の外で敵を見張れ。挟み撃ちにされてしまうから、敵を見つけたらすぐに呼ぶんだ」
「はい」
小隊長も建物に入っていく。
俺はクロスボウを準備して構え、周囲を警戒した。
建物の中から、剣と剣がぶつかり合う金属音が聞こえてくる。
俺はまだ敵を見ていない。どんな格好をしているのかすら分からない。味方の兵は見ているから、それと違う格好のものは敵とみなすしかない。
俺の周囲には、誰も現れないまま、遠くから声が聞こえてきた。
「火事だ!」
「山賊に火をつけられた」
炎…… それは赤い亡霊かもしれない。いや、炎だけでは分からない。しかし……
指の震えがはじまった。
そして俺は、腰にさした電子銃を意識した。
そもそも霧で見えないところに、ヤツの光学迷彩が加わる。
位置を把握するのは、赤い亡霊の方が早いはずだ。
加えて俺には赤い亡霊じゃない敵もいるのだ。
そいつを相手にしている間に亡霊にやられるかも知れない。
状況が不利だと思えば思うほど、俺の震えは酷くなっていく。
動くものを見たら、敵か味方か判断する前に、クロスボウを放とう。俺は半ばそう考えていた。
判断を入れていたら間に合わない。
「……」
霧が晴れないキダイの内部で、俺は赤いレーザーポインターが光るのを見た。
奴が近いという恐怖と同時に、俺は一縷の希望を見つけた。
そうか。この霧が、狙いをつける為のレーザーポインターを目視することを可能にしたのだ。
霧がない時には、どこかにレーザーポインターが当たった時しか分からなかった。
だが今なら、直線上に光の筋が見える。
そこを辿れば奴の位置が分かるのだ。
ゆらゆらと、レーザーポインターが獲物を探している。
そうか、この世界の連中がヤツを『赤い亡霊』と呼んでいるのは、この霧の中に見たレーザーポインターの光に違いない。
俺はレーザーポインターの動きを追いながら、フラフラと持ち場を離れた。
「!」
俺はそこで小隊長からの指示を思い出した。
俺が持ち場を離れて、敵が建物に入られたら、中にいる小隊は挟み撃ちだ。
しかしレーザーポインターが目で見える今が、赤い亡霊を倒す絶好の機会なのだ。
霧が晴れたら、こっちから確認できる方法は、ヤツの光学迷彩の歪みしかない。
どちらも上手く切り抜けるような技術はない。俺は決断した。
俺は『赤い亡霊』を追った。
この霧の中、赤いレーザーポインターは位置をバラしているようなものだ。
赤い亡霊は、中心を、人を避けるように静かな方へと移動していく。
角を二つ、通りを三つほど渡った辺りで『赤い亡霊』は立ち止まった。
俺は建物の角に隠れ、銃を抜いた。
角から顔を出し、狙いを定め、電子銃のトリガーに指を置く。
その瞬間だった。
ポインターの赤い軌跡が消えた。
霧が濃くて、光学迷彩の歪みなのか、風で霧が流れているのかはっきりしない。
突然、形勢が逆転された。
追跡がバレていた。
罠だったのだ。
俺は踵を返して、角に隠れ、元来た道を戻るように走った。
なるべく、人が多い通りを選んで動く方がいい。
霧の中、大勢の人がウロウロしている場所では、姿の見えないヤツは不利だった。
なぜなら、ヤツは霧の中から突然現れる者を避けれないからだ。
お互いが見えていれば、相手が避けてくれるのだが、ヤツは光学迷彩を使っている。
霧の中から突然現れる人間を、自ら認識して、一方的に避ける必要があるのだ。
ある程度人が混んで来れば、安心だった。
霧の中、これ以上は追ってはこないだろう。
俺は走り疲れたことと、逃げ切ったという安心感で、建物に背中を預けて座り込んでしまった。
「……」
その時、別の問題が発生していることに気づいた。
俺は霧のキダイで、迷子になっていたのだ。




