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河原の野球

 空に開いた漆黒の扉から落ちてきたのは、光学迷彩で全体のシルエットが見えた訳ではないが、人のように見えた。

 ワクワクしていたが、同時に恐怖もあった。

 空に穴を開けて降りてくる相手だ。強力な武器を持っているかもしれない。知らない魔術を使えるかもしれない。ひょっとしたら超能力を持っているのかも。何しろ何も見えていないのだ、相手は大きな牙を備えた獣人で、俺は『ひと噛み』で死んでしまうかもしれない。

 ただ、草を押し開くから進行方向が分かったから、近づかずに後ろを進めば安全だと思った。

 俺は草が不自然に倒れたり、曲がったりするのを目で追い、歩いてつけた。

 そいつは、野球のグランドに近づくと止まった。

 俺は振り返っているかもしれない、と考え、身を低くした。

 野球のグランドは、打撃練習をしているらしくマウンドに保護用の柵が立っていて、投手役がテンポ良くバッターボックスに投げ込んでいた。小気味良い音が響き、打球が飛んでいた。

 しばらくすると、高い弾道を描いてボールが飛んできた。

 打球は大きかった。

 ボールは軽々とフェンスを超えて来た。

「!」

 耳障りな音と共に、上空でボールが二つに割れた。

 俺の方へとボールの片割れが転がってきた。ボールは硬式のもので、中が詰まったいたが、物凄い切れ味の何かで、歪まず切られていた。ボールと共に焦げたような匂いが流れてくる。

 片割れのボールが俺の手が届きそうな場所で止まると、炎が上がった。

 思わず声をあげかけ、反射的に手で口を抑えた。

 光学迷彩を着た、ヤツがボールをぶった切ったのだ。

 レーザーか何か。物凄い高温の熱線かと思われた。 

 今の声で、後ろに俺がいることがバレただろうか。

 それとも自らの光学迷彩の性能を過信して、無視してくれるだろうか。

 振り返って、俺をそのレーザーで撃ち抜くだろうか。

 動いたら勘付かれるという恐怖を抑え、必死に息を潜めていた。

 草の隙間から見ているうちに、俺はヤツの位置が見えた。

 それは足元だった。

 光学迷彩が服のようになっているのか、マントのような上着なのかわからないが、ヤツが地面と接するあたりの迷彩がどこか不自然なのだ。

 ヤツはボールを追ってきた野球部員を嫌ってか、土手へ動き出した。

「なんか燃えてる」

 もう一つのボールの片割れを見つけて部員が騒ぎ出した。

 俺はヤツを追って土手へ向かった。

 登りきる直前、俺は考えた。

 堤は見通しが良すぎる。

 ヤツに後ろを振り返られたらどうする。光学迷彩を着ているヤツと違って、俺は丸見えだ。中学生の浅はかさなのか、瞬間で考えが回らなかったせいか、立ち止まったらそいつが見えてないフリをすればいいのだと安易に考えてしまった。

 ヤツをそれとなく気にしながら、堤を後ろからつけるように歩いた。

 ヤツと俺の間には一方的に緊張感があったが、全体的には土手は呑気で平和なものだった。

 JKたちが喋りながら集団で通り過ぎていくし、老夫婦は支え合いながらゆっくりと散歩を楽しんでいた。

 光学迷彩を着たヤツは素早く土手を外れたりしながら、通行人達と綺麗にすれ違っていた。

 このまま歩くだけなのだろうか。

 そう思った時だった。

 突然、堤の脇で立った。

 もしかして、気付かれたかもしれない。様子が見えないが、後ろを振り返って俺の様子を確かめているのかもしれない。そう思った。

 だから、俺は気づかぬフリをしてヤツを抜かして前に行くしかない、そう考えた。

 全くそこに視線を合わせないように自分で出来る最大限の演技をして、ヤツの前に歩き出た。

 これなら、気付かれないはずだ。

 俺は根拠もなく、そう思っていた。その時、俺のさらに前を歩く老人の背中に赤いポインターが現れた。

 レーザーサイトのそれと同じだ。

 一瞬のうちに河原の野球場で真っ二つになったボールを思い出した。

 俺は迷わずヤツと反対側の土手の斜面に飛び込んでいた。

「あっ…… ああ……」

 老人は背中から心臓を貫かれていた。

 手をつくことも出来ず、顔から倒れる。

 当たった背中の部分の服が燃え始めた。

「お巡りさん!」

 俺はヤツの後ろからくる自転車に向かって叫んだ。

「そこにレーザーガンを持ったヤツが!」

 お巡りさんは、倒れているおじいさんに気づき、それどころではないという勢いで、ヤツの横を通り過ぎる。

 自転車を急いで停めるとおじいさんの状況を見る。

「おじいさん、大丈夫ですか?」

「お巡りさん、おじいさんを撃ったヤツがあそこに」

 一応、振り返ってくれたが、光学迷彩で見えないヤツを認識できるわけがなかった。

「捕まえて、早く!」

「それよりおじいさんのことを救急に連絡して」

「けど、ヤツをほっておくとまた誰かやられます」

 警官は救急に電話をかけながら、俺に言った。

「君に何が見えている?」

 ヤツは立ち上がって、土手の上の道、真ん中に立っている。

 捕まえて、光学迷彩を剥がしてやる。そうすれば警察だって事態がわかるはずだ。

 俺はジグザグに走って進んだ。

 ヤツは全く動く気配がない。

 じっくり狙いをつけているに違いない。

 俺は土手の傾斜側に足をついた瞬間、滑ってしまった。

 体勢を崩しながら足元の草を見ると、そこに赤いポインターが光っていた。

「!」

 レーザーが貫かれた。

 水気のある、生きた草が、一瞬にして黒く焦げると、その後で炎が上がった。

 俺は体を投げるように炎を飛び越した。勢いがありすぎて、そのまま土手の下まで転がり落ちてしまった。

 体がどう回転したのかわからず、俺は方向も、並行感覚も失い、背の高い草の中で混乱していた。




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