キダイへ向かう道
何事もなかったように俺はハナに起こされ、朝食を済ませた。
俺は余計なことは一切話さなかった。
部屋を出ていく間際、姉のナツが近づいてきた。
「私たちが貧乏な家の芝居をしたって、知ってしまったのね」
俺は頷いた。
「お願い」
姉が背後から抱きついてきた。
暖かくて柔らかい体の感触が伝わってくる。
「誰にも言わないで。昨日言ってた、三倍食べたことにはしませんから。だけど、貧乏のフリをしていたと隊長に言わないで下さい。兵隊を泊める家には、基準があるの。お金がある者は参加できないのよ。私たちはお金があるけれど、親がいない。親が残してくれたお金を使い切ったらおしまいなの。だから……」
俺も親のいない身だ。どれだけ不安で苦しいかはよくわかる。
「分かってる…… このことを他の人に言う気はない。けど、それこそ、村人に監視されているんじゃないのかい?」
「心配してくれてありがとう」
俺は前に出て、体を離した。
「昨日の約束の通り、三倍食べたことにして」
俺はそう言って家を出た。
村の中を歩いて、広場につくと、ちょうど同じ頃、四人も各々が泊まった家から集まってきていた。
小隊長が来ると、一人が言った。
「俺はウメの家に泊まった。夕食、朝食と、枕を共にした」
俺は近くにいた別の兵に聞いた。
「枕を共に…… って?」
その兵は笑った。
腰だけを突き上げるように何度か振るが、俺は何がしたいのか分からなかった。
「これでもピンとこないのか? 家の女と寝たんだ。男と寝るやつもいるが」
「申告するのか?」
「横に村長がいるだろう。小隊長が村長に申告した内容に合わせて金を渡すんだ」
俺が何と申告しようか戸惑っていると、男が言った。
「俺がやるのを真似すればいい」
四人目の申告として、そいつが小隊長の前に出た。
「朝飯、夕飯は多めに食べたな。あとは普通にベッドで寝ただけだ」
「タスケの申告について了解した。次」
俺はまだ戸惑っていたので、別の兵士が報告した。
「最後に長吉」
俺は呼ばれると小隊長に言った。
「夕飯は普通の三倍食べた増した。あとは朝食を普通です。ベッドも一人で使いました」
小隊長の横で村長が羽ペンで書き留めていた。
「合計で金貨二枚ですな」
小隊長は村長の持っている板を引き寄せ、乗せた紙に書かれた数値に目を走らせる。
「ほら」
袋から金貨を二枚、紙の上に載せた。
「ありがとうございます」
村長は小隊長ではなく、金貨に頭を下げたように見えた。
俺たちは出発する為、村の外れに進んでいった。
小隊長が、突然で合図すると、立ち止まった。
隊は止まって警戒する。
剣を抜き、クロスボウをセットする。
「!」
「……子供だ」
小隊長が指をさす。
「子供?」
隊全員の視線が向けられた先にいたのは、ハナだった。
「なぜついてくる」
小隊長は脅すように強い口調で言う。
「そこの兵隊さんに用があるの」
ハナは俺を指差した。
「早くしろ」
小隊長が言うと、全員が剣やクロスボウをしまい始めた。
俺はハナのところにいくと、腰を屈めて目線を合わせた。
小さなハナは、俺たちを追いかけるので必死だったようで、呼吸が乱れていた。
「ナツ姉、ちゃんが、帰りに、家に、寄って欲しいって」
俺は少し考えた。
帰り? そもそも生きているだろうか。あるいは、転生しているかもしれない。ここから先のことで、保証できることは何もない。
だが、約束ぐらいしていいだろう。
「……生きていたら寄ることにするよ」
「それだけ」
目と鼻の先にいるのに、ハナは遠くにいる人間にするように大きく手を振った。
俺も手を振りかえした。
そして前を向くと振り返らなかった。
小隊が山に入り、しばらくすると村で話した兵士、タスケが近づいてきた。
「長吉、枕を共にしたと申告してなかったよな」
「ああ。一人で寝たからな」
「じゃあ、あの子は何しに追いかけてきた?」
ニヤニヤ笑うタスケに、俺は本当のことを言うことが出来なかった。
「それはどうだっていいだろう」
「子供と寝たんだろ」
「そんなの異常だ。犯罪だ。気持ち悪い」
急に小隊の進行が止まった。
タスケが俺の口に手を当ててきて言う。
「(ばか、なんてこと言うんだ)」
人の多様性を受け入れろ、と言うことか? それとも、この世界では下品なことを話してはいけないのか? 何が悪くて俺は今、小隊全員から睨まれているのかがわからなかった。
先頭を歩いていた小隊長が後方の俺のところへやってきて、拳を握った。
タスケが両手を上げた瞬間、俺の頬に小隊長の拳が入った。
「……」
一瞬のことで、俺には何が起こったか理解できなかった。
俺が倒れると、小隊長が踵を返して先を急いだ。
隊も小隊長に続いて無言のまま移動を始めた。
なぜ殴られたかわからないまま、俺は置いて行かれた。
とにかく立ち上がって、荷物をまとめて背負い直すと、隊を追いかけた。
キダイへ向かう道は、厳しい山道で、離された距離を追いつくのには時間がかかった。
昼を食べる時、タスケを連れて小便するついでに俺が殴られた理由を訊いた。
「知らなかったのか?」
タスケは周囲を気にしながら、そう言った。
「何のことだ」
「小隊長にはそういう病気があって」
「病気? 性的嗜好じゃなくて、小児性愛って意味?」
タスケはまだキョロキョロと周囲を見ている。
「小便が飛び散るから、キョロキョロ見回すのやめろよ」
「とにかく、隊長は以前そう言う感じのお泊りをしちゃって」
「えっ」
もしかして、彼女達が言っていたのはこれか。
「村長がミチズナ様に訴えて、小隊長に降格したのさ」
タスケは静かに目を伏せた。
「カズマと肩を並べるお人だったのに」
「けど、殴られたのは俺のせいか? 全部本人の問題じゃないか?」
「そこは単に気に食わなかったんだろ。とにかく俺たちはそのことを知っているから、その手の話題は口にしないのさ…… 殴ったのは、あの娘が小隊長の好みで、嫉妬、という線もあるかもな」
理不尽な暴力であることは変わりがない。
この世界にどれくらい居続けるかわからないが、こんなことでトラブっても仕方ない。発言に注意するしかない。
ふと俺は気づいた。
「おい、タスケ。いつまで小便してんだよ。もういくぞ」




