嘘
食事をして、片付けもせず俺は与えられた部屋に入った。
部屋には窓がなかった。ハナが点けてくれた灯りが、ゆらゆら揺れながら部屋を照らしている。
することもなく、俺はベッドに横になった。
自然と、食事の時、姉が話していた『村の掟』のことを思い出していた。
『どこかで監視しているんですよ』
じっと部屋の中を見渡してみる。
扉の横にある、壁になっている木の板から気配がする。そう思うと、板にあるフシが、実は開いていてそこから誰かが見ているような気がしてきた。
俺は立ち上がって、壁に近づいて、フシが閉じているのかどうか確認した。
その『フシ』はしっかり閉じていて、押しても動く訳ではない。
「……」
扉側から、微かに音が漏れている。
『ハナ、涙を拭うときに擦り上げてはダメよ』
普通の声が漏れ聞こえている為に小さい声ではなく、小さい声で話しているようだった。
『……分かってる。こうやってハンカチで抑えるのよ』
『そうしてないじゃない。だからあの時、アイツに指摘されたのよ』
俺はハナの頬のことを思い出した。
涙を拭って、肌の汚れが落ちたことを言っているのだろうか。
『何よ、ナツなんか泣けもしないくせに』
『仕方ないでしょ。私はハナみたいに嘘をつくのが上手くないんだから』
『ウソじゃないもん。演技が上手なだけだもん』
どういうことだ。もしかして、ハナは嘘泣きで、顔の汚れはメイクなのだろうか。
俺は扉から部屋の様子が見えないか、体を動かした。
部屋の床が軋んで、大きな音を立てた。
『しっ……』
足音が部屋に近づいてくる。
俺の部屋の鍵は、食事をした部屋側から鍵が掛けられるようになっている。
兵隊から村人を守るための掟の一つで、そう言う構造の部屋を貸すことになっているのだそうだ。
俺は慌てて、ベッドに入った。
「長吉さん、起きてますか?」
上体を起こして答えた。
「えっ、ええ。何かご用ですか?」
「ハナが兵隊さんが何時に出発するのかちゃんと聞いてなかったみたいで」
俺は小隊長の言葉を思い出した。
「日の出前に、村の広場で集合です」
「わかりました。準びが出来る時間には、私が起こしますから、安心してお休みください」
「ありがとう」
そう言うと、足音がまた遠ざかって行った。
俺は小さくため息をつくと、ベッドの上で体を伸ばした。
演技だから何だと言うのか。
村人の話からすると、二人は親を失っているのは間違いない。不幸や貧乏から身を守る為に、演技を、嘘を、覚えても仕方ないことはないか。
俺は彼女たちの言動に対して『モヤモヤした気持ち』を持つこと自体、いけないことだと思うように
し、目を閉じた。
俺は満腹だったこともあってか、気がつくと寝ていた。
部屋に食べ物の香りがして俺は目が覚めた。
ハナたちが食事を用意してくれたのだろう、と思い体を起こした。
扉には閂が通っていて、開かない。
「起きたよ、扉開けて?」
頼むが、反応がない。
寝ようとも思ったが、俺は確かめたいことがあった。兵として、与えられ、所持している短刀を取り出し、差し込んだ。短刀を使って、少しずつだが閂を動かす。
しばらく繰り返していると閂が床に落ちる音がした。
俺は扉を開け、昨日食事をした部屋にでる。
「……」
誰もいない暗い部屋。その部屋へ彼女たちの部屋の方から、光が差し込んでいた。
開けてはいけない二つの部屋の扉には、閂などない。だが、開かないように内側から鍵はかかっていた。
『ほら、動かないで!』
彼女たちの部屋から、姉の声が聞こえてきた。
言葉を掛けようとする間も無く、ハナの声がする。
『泥の匂いがして臭いのよ』
『私だって臭いの我慢して塗ってるんだから』
扉から大きく光が漏れているところへ、俺は顔を寄せた。
『我慢して。あの兵隊が出て行くまでの辛抱だから』
腰を落として覗き込むと、二人の部屋が見えた。
立派なベッドと机、しっかり造られた家具が置いてある。
部屋全体が、家の外見とは全く異なる、立派な作りだった。
この部屋だけ、貧乏とは隔絶した世界のようだ。
「な……」
そして部屋の中には、上半身の服をはだけ、真っ白な肌を晒した二人が立っていた。
ハナの体はともかく…… だ。俺は思った。姉の体は、胸も、腰回りも成熟しつつあり、いやらしい感じがする。
肌着のようなものは身につけておらず、二つの胸の膨らみを見てしまった。
俺の中で、見てはいけないものを見てしまった、と言う気持ちが湧き上がる。
しかし、イケナイと思う気持ちのせいで、さらに目を離せなくなってしまった。
部屋の中では、逃げようとするハナを、姉が捕まえた。
姉が、色の付いた粘性のある油か何かを指ですくうと、ハナの体に塗っていく。
ハナはその塗られるものが臭いのか、塗られるのが嫌なのか、目に皺を寄せて我慢の表情だった。
『ハナ。そのママ塗ると、シワのところが塗り残しになっちゃうから普通の顔して』
『できないよ、臭いもん』
『昨日だって、すぐ慣れたでしょ? お願い』
貧乏そうに見せる為に、化粧までしていたのか。
全ては芝居で、裾を掴んで泣いたのも、兵隊を家に泊めるための芝居。
仕方ないことだ、とは思いながらも、騙された、裏切られたと言う気持ち、自分の青臭さ、稚拙さを恥じる気持ち、それらが全て混じり合って、やり場のない怒りが湧き上がっていた。
「!」
俺は扉から顔を引いた。
ハナと目が合ってしまった。
姉も何か勘付いたらしく、部屋の明かりを吹き消した。
俺は慌てつつも、音を立てないよう静かに部屋に戻る。
しかし、閂を内側からかけることは難しい。変に失敗して物音を立てるよりマシと考えて、俺はそのままベッドに潜り込んだ。
頼むから気が付かないでくれと祈りながら。




