村での宿泊
子供に手を引かれて行った家は、村の外れだった。
鎧戸がある洋風の建物で、外観はあちこちに破損があり、その修繕用なのか建材が乱雑に置かれていた。
確かに、村の中心にあった家々と比較すると、汚い感じがする。
中に入ると、座ったら壊れそうな椅子が四つに、角が欠けた机が置いてあった。
「ここで食事をするの」
部屋には右側に二つ扉があり、その扉の先にも部屋があるようだった。
「その二つの扉は絶対に開けたらダメ。私たちの部屋だから」
子供はさらに部屋の奥へと進んだ。
そこに扉があり、開けると小さなベッドと薄汚い毛布と枕が置いてあった。
「この部屋を使って」
俺は頷いた。
子供が灯りをつけると、部屋全体が見えた。
簡単で小さな机と椅子が、ベッドの横に置いてあった。
「お兄さん、お腹すいた?」
「ああ」
「ご飯、すぐ作るから、出来たら呼ぶわ。そしたらこっちの部屋に出てきて」
そう言って出て行こうとする子供を、俺は呼び止めた。
「待って。俺は『長吉』、君の名前は?」
この名を名乗るのには抵抗があったが、この世界ではこの名のだから、仕方ない。
「私は『ハナ』よ」
ハナの顔に、涙がつたった跡が見えた。
俺は訊ねた。
「俺が泊まると、いくらお金がもらえるの?」
「知らない」
こんな小さい子に聞くだけ無駄だった。
「君がご飯作るの?」
首を横に振る。
「お姉ちゃんが作るの。もういい?」
俺は頷くと子供は急いだ様子で部屋を出て行った。
もしかしたら兵隊とあまり喋ってはいけないと言われているのかもしれない。
あの子の言う『お姉ちゃん』が話ができる年齢だといいのだが、と考えたすぐ後には、俺はベッドで寝てしまっていた。
「……ですよ」
しばらくして、扉が叩かれる音がした。
「……さん、ご飯ですよ」
さっきより声が大きい。だが、聞いたことがない声だった。
俺は今どこに居て、どういう立場なのかを思い出し始めた。
激しく扉を叩く音がしてから、声がした。
「長吉さん、ご飯ですよ」
扉越しに聞こえてきた、かなりの大声に、俺は目を覚ますと同時にそれなりの時間、起きなかったのだと悟った。
「今行きます」
サッカー部に所属していて走ったりするのは慣れているつもりだったが、思ったより疲労していたようだ。腕や足に筋肉痛のような痛みがある。
俺は扉を開けると、同時に夕飯の香りを吸い込んだ。
体が反応して、お腹が鳴った。
「すごく疲れているようですね」
さっきハナが言っていたお姉ちゃんのようだ。
俺よりは背が高いが、愛瑠よりずっと若い。どちらかというと俺の年齢に近いのではないか、と思った。
その娘は髪を後ろで縛っていて、家事をする為にか、頭頂あたりを白い布で縛って抑えていた。
外でハナを見た時と同じように、姉の肌も薄汚れていた。
生活に余裕がないと、綺麗にしていられないのだろう。俺はそう感じた。
「自分でも思っていなかったですが、疲れていたみたいです」
それを聞いて姉が少し笑った。
「さあ、召し上がれ」
俺の前にだけ皿が用意されていが、姉の前には、お代わり用なのか、余っているのか、シチューの鍋が置かれていた。しかし、小さなハナの前には何もなかった。
「えっと、お二人はもう食べられたんですか?」
「えっ、ええ……」
そうは言うものの、明らかに食べてない雰囲気だった。
「俺だけ食べるのは……」
ハナのお姉ちゃんは笑顔を見せて、言った。
「気にしないでください。その為にお金をいただくのですから」
「一体いくらもらえるんですか?」
視線を逸らすような仕草をした。
「気にしなくていいんですよ」
「少ないんですね。俺が食べる分ぐらいしか出ないんだ」
それ以外考えられない。だからこんな風な光景になるのだ。
「ほら、冷めてしまいますよ」
俺は良いことを思いついた。
「そうだ。俺が普通の人の三倍食べたことにしてください。そしたら三倍お金をもらえるでしょう?」
「お気になさらず」
「言い辛かったら、俺からそう言っておきますよ」
そうだ、これで良いはずだ。
「……ありがとうございます」
そうか、だが、明日のお金では、今、二人のお腹を満たすことが出来ない。
「ほら、これ、みんなで分けて食べれば」
「あの、本当に大丈夫ですから」
「長吉さん食べないと、ハナたち困るの」
ハナがそう言うと、姉は何かハナに向かってサインを出したように見えた。
「そうなんです。とにかく食べてください」
「それはもちろん、いただきますよ。けれど、君たちも……」
ハナが泣き始めた。
涙が頬を伝い、床に落ちる。
「お兄ちゃんが食べなかったり、お兄ちゃんの食べ物に手をつけると、私たち折檻されるのよ」
「折檻? そんなこと誰がするんです」
姉が言う。
「……村の掟なんです。どこかで監視しているんですよ」
「本当ですか」
俺は辺りを見回すように首を振った。
「探さないでください。それが知れても問題になります」
俺は謝った。
そして大人しく用意されたご飯を食べ始めた。
肉と野菜が入ったシチューのようなものと、硬いバゲットを交互に食べすすめた。
「美味しいよ」
「ありがとうございます。お代わりもありますよ」
「ああ、いただこうかな」
どうせ残しても彼女たちの口に入ることはないのだ。俺は自分が腹一杯になることを優先した。
そんな風に、二人と会話をしながら食事をした。
食事が終わると、俺は少し心の余裕が出来た。
ハナは泣き止んでいた。涙の跡を擦った跡は、真っ白く美しい肌だった。涙を拭っていない肌の色とは全く違う。貧しくて働き詰めの為、日焼けをした肌なのだと、勝手に思っていたが、あの肌の色は汚れなのだろうか。それにしても……
「ハナちゃん、ちょっとお顔を見せてくれるかな?」
俺の言葉に重ねてくるように姉が言う。
「……あの、私たちは片付けてから寝ますので、どうぞお部屋に戻ってください」
「いや、その前にハナちゃんの…。」
姉はハナの方に回り込み、守るように抱きしめた。
「あなた、もしかして変態ですか?」
「いきなり何を言い出すんです」
「たまにいるんです。兵隊の中には小さい女の子しか愛せない異常性愛の人が。そういう方はお断りしているんですが」
俺は両手を振った。
「誤解、誤解だよ、そう言うことじゃないんだ」
「では、お部屋に戻ってください。私たち、お部屋の片付けしますので」
俺はそれ以上言葉をかけられず、部屋に引き下がった。




