戦場へ向かう道のり
俺はカズマというミチズナの腹心に連れられて、その家に行き、兵の訓練を受けることになった。
小さな庭のある家で、隅にある小さな部屋を与えられた。
琴は…… いや、愛瑠はミチズナの家に住むことになった。
俺が赤い亡霊を退治できれば、自由にしてやるということだった。
兵としての訓練は、様々な場所から集められた若者と一緒に実施された。若者と言っても、俺と同じ歳か、それより少々上だった。こんな歳で、戦場に行く訓練をさせられている訳で、この世界の子どももあまり良い環境で育っているとは言えなさそうだった。
剣の持ち方、突き方、クロスボウの扱い方、実践的な戦いのノウハウ。
短期間で戦場に出なければならない為、俺は三班に分かれている他の若者の訓練を跨ぎ、休む間もなく体を、頭を働かせ続けた。
夜は力尽きるようにして、寝ていた。
三日目の訓練が終わる頃、カズマがやって来て俺に木の剣を、投げて渡してきた。
「さあ、どこまで戦場で役に立つか、俺と戦ってみろ」
朝から筋肉痛が、ようやく軽くなってきた時だった。
自信はなかったが、やるしかないことはわかっていた。
それに早く戦場に出たかった。何故だか分からないが、戦場に出て、早く赤い亡霊を倒さないと、二度と愛瑠と会えないような気がしていた。
「目つきが変わったな」
「……」
自分の中で何か変わったことはなかった。
変わったことと言えば『早く家に帰ってTPSゲームがやりたい』そういう夢を見なくなったことぐらいだ。
「さあ、どうした」
カズマの動きは一緒に訓練していた若者たちとは、全く違った。
こちら小さな動きを見て、ひとつひとつそれに対応してくる。
お前の動きは見えているぞ、とアピールしているようだ。
対応した動きを見て、さらに俺が剣の位置を変えれば、滑らかに、そして最小限の動きで、対抗してくる。振り出せば、弾かれ、返り打ちにあうだろう。
「こないならこちらから行くぞ」
カズマの突きは軽いが、素早い。
長い腕を伸ばして突かれたら、返す俺の剣は届かない。
突いてくるのを、ぎりぎりで避けて、間合いを詰めなければならない。
下がりながらだが、突いてくる軌道とタイミングを計った。
「こうもできるぞ」
突いてくるのを見切って、間合いを詰めようとすると、カズマの剣先が円を描くように動き、俺の鼻先を掠めていった。
「!」
突ききった状態から、剣で円を描けるということは、まだ余裕があるということの裏返しだ。殺しにくる全力の突きなら、避けられないかもしれない。
「!」
「お前の負けだ」
気がつくと、俺の鼻にカズマの木の剣が触れていた。
「お前は勝てる方法があるのに、それをしなかった」
「?」
もっと体が大きくなってからならともかく、俺に勝てる方法があるだろうか。
それとも、渡されたこの木の剣ではなく、そこに立てかけてある槍を持って戦えば良かったということか。
「勝手にルールを決めつけて、剣だけで戦おうとしている。逃げることも一つの手段だし、腰の武器を使うこともできるだろう」
確かに戦場ではそうするしかないだろう。
だが、ここでそんなズルをしていいとは、一つも言っていなかった。
「まあ、いい。動きはわかった。長吉、お前は明日、南西のキダイへ向かう小隊に参加して戦場へ向かえ」
「……」
「わかったのか?」
俺は「はい」と返事をして、頭を下げた。
次の日の早朝、俺は小隊長に呼び出されて支度をした。
俺を含めて六名の兵がいた。ざっと見た感じ、訓練をしていた若者より、全員歳が上だった。
「キダイに向かう。キダイが山賊の集団に狙われておる。何も得るものがないのに、山賊がキダイを狙うことはない。だから、山賊はダイセイ国に雇われて、キダイを襲っていると踏んでいる。キダイは戦の要所だ。可能ならダイセイに雇われた証拠を見つけ、それを突きつける」
「はっ!」
他の五人がそう言う中、俺だけが『はい』と答えてしまい、変な感じになった。
小隊長がやってきて、俺の肩を叩いた。
小さい声で言う。
「お前は赤い亡霊のことを考えておけ」
「出るんですか?」
「知らん。それが、お前の仕事だからだ」
俺は頷いた。
とにかく歩いた。
南に進んでいる為か、雪がないところを歩くのが救いだった。
丸一日、歩き詰めでようやく、キダイ近くの麓の村まできた。
キダイはここから山を二つ登り降りした高台だそうだ。
「明日は山に入る。今日は早く寝ろ。日の出前に集合だ」
小隊長はそういうと、村長と一緒に家に戻っていった。
他の隊員は知り合いなのか、集まっていた村人の中から、各々一人見つけると、その村人と共に家に向かって歩いていく。
俺はどうしていいか分からず、一人の隊員に訊ねた。
「寝ろってどうすれば」
「そこらにいた村人に声をかけて横になる場所を貸してもらえ。金は小隊長から出る」
民宿のようなものだろうか。部屋を貸して、金をもらう。
「知らない人に声をかけるの?」
「……いやなら野宿でもしろ」
俺たちが村に入ると、何故村人が集まってきたのか、ようやくわかった。
何か、商売になると思っていたのだ。
「お兄さん兵隊だろ、泊まってきなよ」
「どこもあてがないんだろ、ほら、こっちきな」
俺の宿が決まっていない、と分かると一転して、村人の方から積極的に話しかけてくる。
「ほらほら、こっちの方がいいよ。色々おまけしてあげるから」
「ブスがほざくんじゃ無いよ」
「女がいたら落ち着けないだろ。家は男だけだし、部屋も広いぞ」
女性同士で掴みあったり、罵り合いが始まった。
彼や彼女達には、何かルールがあるようで、近づいてはくるものの、絶対に俺の体に触れてこなかった。
「泊まって」
それを破るものがいた。
俺は彼らと同じセーターを着ていたのだが、袖を引っ張る者がいた。
「ウチに泊まって」
袖を引っ張る者は、子供だった。この時代に小学校があるのか、分からなかったが、小学校に入るか、入らないかとい年頃だ。
この世界の人間は大抵薄汚いセーターを着ていたが、特に汚い感じがした。顔にも汚れが付いたままで、髪も同じく洗っていないのか、ゴワゴワしていて左右に広がっている。
「こら、ルールを破るんじゃない。兵隊さんに触るんじゃないよガキ」
やっぱりルールがあったのか、と俺は思った。
「手を離せって言ってんだろ、兵隊さんが困ってる!」
「タロウのところの子だよ」
「タロウは死んだんじゃないのかい?」
「先月死んだよ、娘二人残して。タロウと同じように、娘も村の掟を無視するね。ほら、いい加減、手を離しなよ!」
子供は手を離すと、震えながら泣き、言った。
「ウチに泊まってよ」
大人達は、子供が泣いているのはお構いなしといった様子だ。
「見た通り、この子の家は汚いよ。やめときな」
「そうだよ、その点ウチは、私同様綺麗だから」
「私同様、というのが嘘じゃないか」
大人同士がやり合うのは止まることはなかった。
状況から俺は『この子のところに行くしかない』と考えた。
働き手である父親が死んで、金がないだろう。俺が泊まったぐらいで、生活が良くなるかはわからないが、それぐらいしかしてやれることはない。
俺は腰を落とし、目線を子供の高さにして言った。
「君のところに泊まることにするよ」
子供は泣き止み、ニッコリ笑った。




