ヤツの存在
「だから危ないと言ったのに」
俺はセーターを着た男に、電子銃をむけていた。
「動いたら撃つぞ。これを撃つと、雷が走って、お前は死ぬ」
俺はじっと狙ったまま、小屋に届くよう声を張って言った。
「琴、この隙に逃げよう!」
愛瑠が小屋の外に出て来て、男の家の角を出た時だった。
「逃げられんぞ」
俺と愛瑠は、この世界の住人に囲まれていた。
馬が五頭、長い槍を持って木製の鎧を身につけたものが十数名。
その後ろには真っ黒いセーターを着た男たちが二十数名。
全員、簡単ではあるが兜を着けていた。
言葉を発したのは、鉄の鎧を着て、馬に乗っている男だった。
そいつは剣を抜いて、五頭の中央に位置している。
「撃てば、全員でお前を殺す」
俺は銃で狙いを付けたまま、言った。
周りの四人も剣を抜いた。
「見逃してくれれば何もしない」
鉄の鎧の男が言う。
「この状況が把握出来ないなら、殺す」
長い槍が、同時に俺に向けられた。
十数本の槍で、同時に突かれたら、どれだけ早撃ち出来ても逃げられず、俺は死ぬだろう。
鉄の鎧の男が言う。
「その武器をこちらによこせ」
「これは俺にしか使えない」
「……ハッタリだ。そうだろう?」
俺は鉄の鎧の男に銃口を向けた。
「……そう思うなら試すか?」
「いや。それならそれで、お前にやってもらうだけだ」
「何だ」
俺は撃てない。死ぬからではなく、銃が示している残弾を確認したからだった。
この世界でこの銃に充電することは出来ないだろう。だとすると、本当に必要な時しか撃てない。
「その銃で、赤い亡霊を倒してもらう」
赤いゴースト? まさか、赤いポインターのことを言っているのか。
「まさか、そいつは……」
馬上の男は、兜のバイザーを跳ね上げた。
「なんだ、言ってみろ」
「その赤いゴーストに殺られると、胸が焦げているのでは?」
「お前は『赤い亡霊』を知っている、と言うのか」
俺は頷いた。
「赤い亡霊は戦場に出る。出るとは言ったが、姿は見えない。どちらの軍の味方をするのでもない。ただ気まぐれに狙った者を殺す。お前は戦場に赴き、赤い亡霊を殺るのだ」
「……断ったら?」
気づいた時には、数人に後ろに回られていた。
抵抗も出来ず、俺は三人がかりで取り押さえられた。
後ろを振り返ると、愛瑠も同じように捕まっていた。
「断れないだろうが、断ったり、敵に寝返れば、その女を殺す」
愛瑠は馬に乗せられ、俺は手に縄をかけられ、家畜のように歩かされた。
しばらく雪の上を歩くと、丘が見えてきた。
さらに近づくと丘の上の建物が見えてくる。
俺の世界の常識から言うと、それは二階建ての洋館だった。
その辺りから、洋館に至るまでの道は、綺麗に雪がどけられていて、権力の強さが分かった。
洋館に着くと、ボタンがついた服を着た男が数人出てきた。
「サダが急いでこちらに来て、話をするのだが、全く要領を得ん。そいつがサダが言っていた『流れ者』だな。確かに奇妙な服を着ている」
「この女も同じと思われます」
「服は汚いな」
鉄の鎧を脱いだ男がやって来て、事情を言った。
「女はミスケが捉えていた者ので、ミスケが着替えさせたのだと思います」
「おお、カズマ。ご苦労だったな」
「ミチズナ様」
全員が頭を下げる。
俺は、足を引っ掛けられ、膝をついて倒れるようにしゃがんだ。
俯いた頭から、微かな視野の端で『ミチズナ』の顔を見た。
髭を蓄えた、ただの中年男としか思えなかった。
「カズマ、話を」
「この奇怪な服を着ている者と、この女は、突然、我が国の領地内に現れたとのことです。女は『琴』と言い、男は『長吉』と申します。女はミスケが捉え、男は女を助けようとミスケを襲いました」
「襲ってなんかいない」
諸刃の剣が、俺の頬の辺りに突き出された。やはり文化が違う、同じ国なら片刃のはずだ。
「モエギの守、ミチズナ様の前だぞ。勝手に口を挟むな」
「この男の武器は『雷』を放つとのこと。ただ何度も撃てない為、確認はできていません」
「カズマ、もしやこの男に例の亡霊を…… と考えているな」
カズマは頭を下げた。
「いえ、ミチズナ様のお考えのままに」
「儂もそう考えたところであった。異国の者が赤い亡霊と戦って、倒されても損はないわけだ」
ミチズナは笑った。
「長吉、顔を上げろ」
諸刃の剣が、俺の喉元に下がってきて、いやでも顔を上げなければならなかった。
「我に忠誠を誓い、赤い亡霊を倒して見せろ。倒せれば領地の隅に住まいをやろう」
俺は考えがまとまらなかった。
しかし、俺は横にいた男に頭を押さえつけられた。
「『従います』と言え」
押さえつけられると、反発したくなる。
一方で、ここで従わないと赤い亡霊に近づくこともできないだろうとも思った。
ミチズナはためを作ってから、言った。
「……どうじゃ」
「従います」
俺は自らの意思でそう言った。
どのみちこの世界でもヤツと戦わないわけにはいかない。それが運命なのだ。




