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償いは、生か死か


俺は、みんなから嫌われていた。


みんな、この姿を恐れた。


だから、俺は人の目が届かないところでひっそりと暮らしていた。


そこに彼女が現れた。


彼女は俺を嫌わなかった、むしろ好いてくれた。


俺はそれがとても嬉しかった。恩を感じた。


俺には親が居ない、いや覚えていないというのが正しいか。


生きるために、この手を汚した。


寂滅以上に。


寂滅には未来がある、俺と違って家族が居る。


お前達は俺に希望をくれた。


お前達に会うまで、俺は全てに無関心だった。


お前達の演奏を聞いて、惚れたんだ。


俺の中の黄金郷が光を取り戻したのを感じた。


これは身勝手な恩返しだ。ただの自己満足だ。


そして、寂滅がやったことは大抵予想がついた。


人里が騒がしかった、なんでも人の子二人が行方不明になったんだと。


きっと、寂滅が殺してしまったんだろう。


己の体を狼へと変貌させて。


だが、まだ気づいていないはずだ。


狼の正体は誰も知らないはずだ。


よく見ると遠くに人間達が居る、どうやらここまで捜索範囲を広げてきたようだ。


捕まるのも時間の問題か。


ここから飛び去るのも、ありかもな。


生きる力はある、ずっと孤独で、嫌でも磨いてきた力。


俺はなんとしてでも寂滅を守り切る。


一人のファンとして、恩返しとして。


寂滅は私利私欲のために人殺しをするような奴じゃない、何か事情があったはずだ。


でも、人を殺すのは悪いことだ。そして、それを悪くないと思うことがいけないことだ。そういうやつは、害悪だ。


しかし、寂滅は言った。


『私の手は血に塗れている』と。


本当に罪悪感がないのなら、そんな言葉は吐き出さない。つまり、ちゃんと悪いことだと寂滅は認識しているのだ。


色々なことがあったのだろう、そして寂滅は己の罪を受け入れようとするだろう。


そういう奴だ、寂滅は。


でも、人間達に捕まったら俺は姉ちゃんに顔向けできない。


それは嫌だ。


でも、罪は償うものだ。


なら、何が正解だ?


単純だ、その罪を誰かが背負ってしまえばいい。


それは誰だ?俺は笑った。


まぁ、時が来るまで楽しむことにしよう。


「なぁ幻、お前もそう思うだろ?」


そう独り言を呟いて、俺は寂滅が待つほら穴に帰るのであった。







一人、それだけのことで私は恐怖していた。


何も起こりはしない、でも怖かった。


すぐ近くに誰かが居るような気がしてたまらなかった。


それが姉さんや幻だったら良かったんだけど。


精神が乱れていくのがわかる。


「あぁ…」


隅っこで丸まる。


早く帰ってきてと願う。


寂しい、辛い、涙が出そうで。


どうしてこうなった。


虐めは悪いことだ、でもそれ以上に殺人は害悪だ。


つまり、私は罪悪人…悪魔なんだ。


救いようのない底辺。


考えれば考えるほど壊れていく。


そこで私は考えてしまった。


私は生きていて良いのだろうか、と。


裁かれるべき生き物が、生きていて良いのだろうか、と。


私が噛み殺したあの二人はもう笑えない。


動けない、何をすることも許されない。


その原因を作ったのは、他でもないこの私だ。


ならば、私は死ぬべきなのか?


だって、私はそれほどのことをしたのだ。


だから、命を持って償うことこそが道理。


「だったら…死なないと…生きてちゃ…だめなんだ…」



「こら」



ぽかり、と頭を叩かれた。



「なにをぶつぶつ喋ってやがる。猪狩ってきたから食うぞ」


「エルドラド…」


「お前…まさか死のうだなんて思ってないよな?」


どうやら、聞かれていたらしい。


「ううん………大丈夫……なんでもない。ただ、一人でいるのが寂しくて」


「お前は一人で留守番もできない子供か。これからどうするんだよ」


「これ…から…?」


「どうせ行くところないんだろ?だったらここに住むしかないだろう。俺としても正直嬉しい。それでさ、俺思うんだよ。死んでなにになるんだ、ってな。たしかにお前は命を奪った、でも生きるためには命を奪うのは仕方のないことだ。ならそれ=死ぬしかないはおかしすぎる。心から償いたいと思うのなら、生きて償うべきだとは思わないか」


「でも…」


「お前の手は血に塗れた、でもその血はこれから長い時間をかけて落とせるはずだ。お前の手は人を幸せにする。せっかくのその手がもったいないだろ?」


「そう…なの?」


「そうなんだ、ほら早く飯食おうぜ。well doneで良いよな?」


「うん………ってもしかしてお肉ばっか食べてる?」


「だって美味いじゃん」


「だーめーだーよ!ちゃんとお魚やお野菜も食べなきゃ!」


「どこにあるんだよ」


「明日から探す!」


「へいへい」


お肉を口の中に入れる。誰かと一緒にご飯を食べたのはいつぶりだっけ。


暖かくて、嬉しいな。


私は心の中でそっと彼に感謝する。







「わりと何も起こらないもんだな」


「そうだね、身構えてたけど無意味だったよ」


まぁ、こんな所までやってくる物好きなんてそうそう居ないんだが。


あれから一ヶ月は経ったかな。人間達がここまでやってくるのかと思ってたがそうでもなかった。まぁ仮にそうだったとしても追い返すがね。


「これで、わりと自由に動けるようになったってわけだな」


「それじゃあ少しお散歩とかしたいな」


「そうだな、それもいいな」


もう少ししたら、みんなあの出来事を忘れているはずだ。もう少しの辛抱だ。


人里で行方不明者のうちの一人の遺体が見つかった。もう一人はわからないという。


「えーと、それじゃあ少しお外にお散歩してくるね」


「おう、あんまり遠くに行くんじゃねーぞ」


そうして寂滅は狼になって、散歩に出かける。



「…家族ってどんな感じなのかねぇ。幸せってことには間違いないんだろうなぁ…」






「ふんふーん♪」


お散歩していたその時だった。


気をつけろ!


もう一人の私がそう叫ぶ。


「………誰?」


突然目の前に現れた人間にそう言った。


「どうしてお前が生きている」


「え…」


その人間の言葉が理解できなかった。


「どういう…」


「どうして私の娘が死んで、お前みたいな化け物が生きているんだ!」


………そうか、私が殺したどちらかの父親だ。どうにかして情報を手に入れてここまで来たってわけか。まぁ、そういう経験は無くはない。


その目は狂気に囚われている、あの時の私のように。


そして、片手には大きなナイフが握られていた。


「どうしてお前が生きているんだ!殺人鬼のお前がどうしてのうのうと生きてやがる!!理不尽じゃないか!!!」


相手はナイフを振り回す。


「殺すつもり、なの」


返事はない。無言の肯定、ってやつか。


「そう」


私は笑った。


「なら抵抗しないよ。いや、出来ないか。償わないといけないから。でも、覚えておいて。こんなことしても意味はないよ。最後に残るのは後悔だけだから。それは私が一番理解している。でも、貴方の言いたいこともわかる。イラついて、つい殺したくなる。だから言える。そんなことに意味はないんだって。それでも殺したいというのなら、私は抵抗しない、止めもしない」


私はゴロリとお腹を見せて


「さぁ、好きなようにやればいいよ」


「う…うああああああああ!!!」


ナイフを持って突っ込んでくる。



しばらくして、私は意識を失った………




「ああ、うん。大丈夫、怪我はしてない。うん、うん、安心しろ策はあるから。これからはもう会うことはないだろうから、さよならを言っておくよ。大丈夫、無事に返すから」


「…ん」


私はそこで目を覚ました。


「起きたか」


「私、生きて……?」


「お前を死なせるものか、あの人間は気絶させといた」


あの時の人間が、地面で伸びていた。


「でも、これからどうしよう……」


すると、彼は薄く笑った。


「何をするか…か。そんなの当たり前じゃないか」


軽くその言葉をポンと出す。



          「お別れだ」




「おわ…かれ?どういうこと?」


「そのままの意味だ」


「ど、どうして?お別れだなんてそんな…」


「さっきこの人間がお前を殺そうとしただろ?その時の声がまぁデカくてさ。きっと他の人間達も何人か聞いただろうな。まもなく、この周辺まで人間がやってくる」


「そんな…」


何事もなく終わるはずだった。こんな形で終わりを迎えるのは流石の俺でも想定外だった。


「それじゃあ…私はついに…」


「違う。捕まるのは俺だ」


「え!?」


「お前は拉致されていたんだ、この俺にな。そして、ずっと監禁されていたのさ」


「え?へ?」


「お前は罪を犯していないし、なんなら人も殺していない。そういうことさ」


「ち、違う!私は…私が!」


俺は寂滅の腕を深く咬んだ。


「痛いっ!!」


「…ほら、これで俺の牙に血がついた。これは俺が人間を咬み殺したという証拠だ。お前は抵抗に成功したから生き延びたんだ」


「違う!咬み殺したのは!」


「お前は拉致されたせいか混乱状態。わけのわからないことばかり並べているってことにしておけば大丈夫か。俺の体の傷もお前が抵抗した時にできたものにしておけば好都合」


「貴方は何を考えてるのさ!!?」


「何って…ただの恩返しさ」


「恩返し…?」


「なぁ、覚えてないのか。いや、だいぶ時間が過ぎているのだから無理もない。この俺に、見覚えはないのか」


「……………!!!」


寂滅の目が丸くなる、それと同時に涙が溢れ出す。


「あ…あ…エルドラド…」


「思い出してくれたか、嬉しいよ。幻が死んだことは俺も信じられないよ。だから、お前はこんなことをしたんだろう?お前が捕まらないように、俺はお前達に恩返しをする。俺にアンサンブルを奏でてくれたお礼に。俺に優しさをくれたお礼に。俺を…家族にしてくれたお礼に」


「そんな恩返しなんていらない!!どうして貴方が私の代わりに…!!」


「さぁ…どうしてだろう…?」


などと話していると、足音が聞こえてきた。


「時間がなくなってきたな」


突き放さなきゃ。最後に一曲聞きたかったけど、叶わなかったか。


俺は下の姉ちゃんの襟を掴んで言う。


「うあっ」


「いいか、向こうで姉ちゃんがお前を待ってる。向こうに向かって走れ、振り返るな」


「でも、貴方は…」


「いいから早く行け!!!」


「!」


下の姉ちゃんは走った。


「振り返るな!!足を止めるな!!俺のことは忘れるんだ、俺とお前は出会わなかったんだ!!」


…下の姉ちゃんは今、どんな表情をしているんだろう。それは、上の姉ちゃんだけが知ることなんだろうな。


さぁ、これから大仕事だ。お得意の嘘で人間を欺かなければならない。火炙りの刑とか串刺しの刑とかにされても構わない。


俺は……家族を守りたいんだよ……


俺は吼えた、吼えて人間達の注意を引き、下の姉ちゃんとは逆方向に走った。


怯むな、貫き通せ。自分を悪に染め上げろ、その輝く黄金郷を穢すんだ!




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