虐められっ子の下剋上
「さて、まずはどうしようかな。それから考えなきゃ」
いや、ここじゃ落ち着いて考えられないな。家に帰ろう、そうしよう。
そうして私は帰路につく、妙に清々しかった。
あれだけ害悪に思っていた周りもなんとも思わなくなった。
「グググ…ググググ」
獣のように笑う私を訝しげに周りは覗く。
どうでもいい、私は歩を進めた。
ああ、楽しみだな。
どんな風に泣くのかな?
どんな風に恐怖するのかな?
考えただけで楽しみなんだ。
さて、虐めっ子達をどう殺そう。
人間っていうのは雑魚な分群れてるからね、その分タチが悪いんだ。
一気に相手しても良いのだが、それじゃ面白くない。
一人一人ゆっくり絶望を味あわせよう。
隠したところでバレるのは時間の問題だ。
まぁ最悪死体を喰っちまえばいいか。
まずは……虐めっ子のリーダー格を殺してやろう。
そいつが死ねば、きっと下っ端どもは畏むはずだ。
早く見たい、その恐怖した顔を。
「さぁ、早くお家に帰らなきゃ」
そう零して私は四足歩行で地面を駆け巡った。
忘れただなんて言わせないからね………
さて、始めようか。
お家に着くと、すでに夜になっていた。
でもその方が都合が良い。この身を闇の中に溶け込ますことができるから
「ふふ…」
不気味な笑みを浮かべる。そうして私は月を見て、人狼になる。
深く根付いた記憶から、その嗅覚を使って居場所を掴む。
「へぇ………そこに居るんだ……」
ぴくぴくと耳を動かして、何をしているのかを探る。
「……やっぱり、やめてないんだ」
イラッとした。虐められっ子が自殺したというのに神経の図太い奴。
懲りてないのか、まぁ虐めることの出来る側だからそうなんだろうな。
なら教えてあげるよ、虐められるっていうのがどれほど苦痛なのかってのを……
私は口を開いてその牙に月の光を反射させる。
こいつは知らない、自分の居場所が、行動が私に筒抜けだってことを……
「ふふ…ふふふ」
ああ、一体どんな顔をするのかな。
「楽しみだなぁ……」
そこに虐めっ子は居た。これから殺されるというのに、のんびり帰路についていた。
周囲には誰も居ない。
バカだな、夜遅くに一人で外にいちゃいけないってパパやママに教えてもらってないのかな?
まぁ私としてはそちらの方が好都合だ。
すぐには死なせない、じっくりと痛ぶって、一枚一枚皮膚を切り裂いて…
「やっぱり弱い奴を虐めるとすっきりするな…」
ぐーっと背伸びをした、その時だった。
「ガルルルルルル…」
動物の鳴き声が背後から聞こえた。その声には殺意が篭っている。私を餌にするつもりなのか。
いや待てよ、この鳴き声に聞き覚えがある。まさか、あの時の……
「……どうして来たかわかる?」
その直後、私の首根っこに生暖かい感触が走る。
「私は妹とは違って自殺はしない。姉さんと約束したから。でも、その逆はするよ。ただ、その一番最初の標的が貴方になっただけだよ、虐めっ子さん?」
声が出なかった、背後から湿った息が首にあたる。
「今どんな気持ち?虐める側から虐められる側になった気分はどう?まぁ貴方と違って………これは冗談でも遊びでもないからね」
「たすけて…」
「なんで?」
そう冷ややかに答える。
「私や幻だけじゃない、貴方達が虐めた子は助けてと言った。貴方達はどうした?…笑ってたよね?そんな貴方達を私が許すわけがない」
「でも、殺してないじゃない!」
「殺したんだよ。貴方達が妹を精神的に追い詰めた、だから妹は自殺した。貴方達が虐めなければこうはならなかった…そう、貴方達が居なければ成り立たなかった他殺。間接的だとしても、貴方達が殺したのは変わらない。そんな貴方達に許しを求める権利はない」
「お願い!帰して!一生のお願い!他の奴らは殺しても良いから―――」
ガブッ
「………え」
「あーあ、貴方がそんなイラってすること言うから思わず噛んじゃった。もう少し恐怖を覚えさせてから喰い殺したかったんだけど…まぁいいや」
地面に倒れる、痛い。
「やめて…やめて…」
「やめてあげるよ、今だけは。じっくりと…妹が感じた以上の苦しみを刻んでから殺してあげる」
月を背後にこちらを見下ろしてくる人狼、その眼はやたら鋭くて、とても寂しそうな眼をしていた。
「さて……次は誰にしよう」
第三者はきっと、こんなことをしても意味が無いとかほざくだろう。幻が喜びはしないとかなんだとか。
そんなこと私が一番わかってる。これはただの自己満足だ。この破壊衝動を満たしたいだけのこと。憎い汚物を破壊したいだけのこと。
幻のためにやっているわけではないのだ。
私は怒った、許さなかった、だから殺した。
これは私とあいつらの問題、ただきっかけになったのが幻なだけ。
「ねぇ幻。お姉ちゃんさっき悪いことしたよ。幻は怒るかな?でもね、お姉ちゃんなんだか清々しいんだよ」
すごい爽やかだったんだ、それはまるで新しいパンツを履いたばかりの正月元旦の朝みたいに。
でも、全てが終わったら後悔するんだろう。
でも、自分を止められなかった。私は標的を探す、獲物を探す狼のように。
「…姉さん、もし私が人を憎いから殺したって言ったら………怒る?」
まだ、姉さんは帰ってこない。できれば早く帰ってきてほしいな、私を止められるのは姉さんだけだから。
このまま勢いづけば……全人類を滅ぼしてしまうかな…
私は丘から人里を覗いた。虐めっ子の一人が彷徨いていた。妙に弱々しかった。きっと、リーダーがやられてビビってるんだろう。
私はまた、牙を月の光に反射させて、人里に降りた。
元の姿に戻って、私はそいつに話をする。
「どうかした?こんな夜中に一人でいたら危ないよ」
こいつは人狼の私しか知らないからこうして面識を作っても大丈夫だ。まぁ、バレたら速攻で殺すけど。
「あの、お友達が行方不明で…」
「へぇ…それは知らないけど…心当たりはあるよ」
「ほ、ほんとう?」
「前自殺した子の呪いとかじゃない?」
「の、呪い…?」
「そう、もしかしたら貴方の近くにも案外来ているかもね?まぁ、妄想にすぎないけどね」
するとブルブル震え始めた。こいつは幽霊とかを信じるタイプなんだな、まぁ目の前に居るのが幽霊みたいなもんだけど。
「ああ…話くらいには乗ってあげるよ」
「ほ、ほんと!?」
「うん、それだけ追い詰められているのなら助けてあげる」
「ほんと!?それじゃあね…えっとね…」
ガブッ
そこに居たのは、血まみれの獲物を咥えた人狼だった。
「ほら、助けてあげたよ。ちゃんと、現実から逃避させてあげたよ。これでもう何も考えなくて良いからね」
そうして私は笑った、笑いながら瞳から何かを零した。
涙だった。
一体私は何をしているんだ?
どうしてこんなことをしているんだ?
こんな心境になるのはわかってた。
私は今、後悔していた。
「……ああ、姉さん…幻……私は今までも…そして、これからも…三人一緒に演奏会を開きたかったよ……」
楽器を握るはずのこの手は憎悪で溢れかえっていて。
楽器に息を通すはずの口は血液で満たされていて。
自分が壊れていくのがわかる。
こんな手で楽器に触りたくなかった。
どうして、こんなことに。
「幻……」
でもそこに居たのは一匹狼で。月に向かって遠吠えをした後
「…逃げよう」
まず私は死体を喰った。骨も内臓も喰った。
私は平穏に過ごしたかった。
虐めっ子が悪いんじゃない。
幻が悪いんじゃない。
悪いのは運命、そして私という存在。
「姉さん…」
こんなことをしているとは思っていないだろう姉に告げる。
さようなら。