黄泉帰る衝動
「………へ?」
新聞を読んだ私は目を大きくした。
「幻が…死んだ?」
拳銃で、自殺。思わずこの世の全てを疑う。
幻に電話する、返事はない。
「幻……どうしてこんなことに……お姉ちゃんに相談してくれれば……」
いや、自分でもわかってた。きっと私達に心配をかけたくなかったのだ。
私は昔、人間から恐れられていた。
私は満月になると体の奥に眠る獣を起こして暴れさせてしまう、人狼なのだ。みんな私を恐れた、恐れたが故に攻撃をしてきた。
でも、ある瞬間人間達は攻撃をやめた。
その対象が幻になったのだ。
人狼状態だった私を幻は守ったのだ。
「狼さんをいじめちゃだめ!」
もちろん、幻はその狼が私だってことは知っていた。
だからこその行動だった。
それがダメだった。
みんな幻を虐めるようになった。
何故助けなかった?
何故救わなかった?
気づかなかった?
嘘をつけ。
恐れていたんだ、再び虐められることを。
でも力になりたいのは本当だった。
だから、幻の心を安らげるために寄り添った。
ごろごろと猫みたいにこの手にすりすりしてきた。
どうでも良い話もいっぱいした。
幻が死んだという事実、それはあまりにも唐突だった。
私にとって幻は…可愛くて、優しくて、強くて、何より大事な妹だったから、それを受け入れたくなかった。
まず私は呆然とした。わけがわからなかったから。
でも、だんだんと頭の中であの子の愛らしい笑顔がちらついて、事実を受け入れて
私は泣いた。
どれだけ泣いても止まる気配がなかった。
そして、自分に怒った。
何故妹を助けなかった、ともう一人の私が問いかけてくるのがわかる。
今、姉さんは出張で家に居ない
妹を救えたのはお前だけだったんだぞ、と。
あの子の笑顔がもう見れないと思うと、私はまた泣いた。
絶対に許すものか。
もう一人の私がそう零す、その言葉にはきっと私も含まれているはずだ。
うん、絶対に許さない。
自分が、他人が。
どうして人間は虐めなんてするんだ。
虐めっていうのはされて初めてその苦痛がわかるんだ。
だから、虐めっ子は絶対に虐められっ子の心境は理解できない。
ふざけるな、お前らは軽い気持ちで妹を自殺に追いやった!
誰も得をしない結果に!
「……殺したい」
私はそう口にしていた。
虐められる気持ちがわからないあいつらを殺したい。
そこにあった鏡を見る。
そこに映っていたのは、悍ましい人狼。
牙を剥き出し、爪を極限までに研ぎ澄ました殺人鬼。
「ダメだ、抑えろ」
ここで殺人をするわけにはいかない、必死にぶり返した殺意を抑える。
……ダメだ、昔の時とは全然違う。
これは心からの衝動、心から誰かを殺したいと思っている。
復讐したい、絶望の底に突き落としたい。
人狼に成れば力は何倍にも増幅する、だから人を殺すこと自体はかなり容易なんだ。
でもそれじゃダメだ、幻が感じた苦痛を味あわせて殺さなきゃ……
「……外の空気でも吸おう」
そうして、私は外へ出るのだった。
今、私は気が荒ぶっている。それこそまさに、狼のように。
周りにあるものが全て害悪に見える。
落ち着けない。
みんな笑っている、喋っている。
どうしてお前らが笑ってる?喋っている?
ふざけるな。
幻はもう笑えないんだ、喋れないんだ。
なのにどうしてお前らは笑っている?喋っている?
わからない。
幻が死んだのに、みんなは笑っている。
どうしてだ、不公平じゃないか。
不公平で、不平等で、理不尽。
「違う……違う……」
狂いそうになる、殺人衝動がどんどん湧いてくる。
周りに映る全てを破壊し尽くしたい。
……離れろ。
もう一人の私がそう言った、私は走った。
何も考えないで……
「幻……」
いつも私の衝動を和らげてくれたあの子はもう居ない。
せめて姉さんが今居てくれれば…
何故幻が死ななきゃならないんだ。
この世界は私達から幻を奪ったんだ!
鮮明にあの子の笑顔が蘇る。
「幻……!」
しばらくして、足を止めた。そこがどんな場所なのか察した。
「あ……」
そうだ、あの子がソロライブするって言っていた場所だ。
ああ、地面に赤い色が塗られている。
ここで、自殺したのか。
叫んだ。
雄叫びを辺りの自然と共振させた。
まるで、番を亡くした獣のように、私は頭を抱えて泣いていた。
私は何をするべきだったんだ?
何が良くて、何がダメだったんだ?
今更考えても遅すぎる、幻はもう居ないんだ。
これが現実だ。
何故だ。
もう一人の私が怒り気味に言った。
どうして私達はこんなに苦しんでいるのに周りの人間共はそうじゃないんだ、と。
巫女、お前は人間の味方だから私達を救わなかったんだろう?お前も幻を殺した奴らと同類だ!!
お前ら虐めっ子はただストレス発散したいから虐めをするんだろう?相手の苦しみも知らずに!
屑だ、滓だ。
自分もそうだ、妹の異変に見て見ぬふりをしたんだ。
「大丈夫だよ幻」
なんだろう、知能が獣にまで下がった気がする。
「この世が平等じゃないなら私の世界を平等にしてやる」
その勢いだ、あいつらに同じ苦しみを与えてやれ。
「最後には死んじゃうかもしれないね」
構わない、むしろ死なせろ。幻が感じた最後の虚空を味あわせろ。
「あははは!」
もう未来や過去はどうでもいい。
今だ、今だけを考えろ。
さぁ、始めようか。
人の世に、人狼がひとり。
その口を歪ませて、舌なめずりをする。
「ふふふ、全てを平等にしなきゃ。ねぇ幻、貴方もそれを望んでるでしょ?だから―――」
―――全員、殺しちゃおうか。