乙女ゲームのヒロインに転生したら、サブキャラに攻略されてました!?
短編です••✼
三万五千字程度の長さになります。
後半甘くなるのでお気を付けください!
*
その日は朝からバタバタと忙しかった。
前日に発売を何ヶ月も前から楽しみにしていた
乙女ゲームのプレイをしていた。
徹夜でプレイしてなんとか明け方までにフルコンプしたせいもあってか、体は怠いのに、気持ち的にはすこぶる元気で、なんなら体調も最高潮に良かった。
アドレナリン出まくっている体に、
仕事に行くわよ~!と鞭打ち元気に電車に飛び乗る。
各駅停車の通勤電車はガタゴトとゆっくりと進み、
これから本当に働きに出るのか…と考え出すと途端に憂鬱な気持ちへと変わっていった。
毎朝寄る会社の下に入っているコンビニで
朝のルーティンをクリアしていく。
1つ目は、アイスコーヒーを購入。ガムシロップは2つ。
2つ目は、キャラメルを1箱購入。
そして、3つ目は…
毎朝シフトに入っている可愛い男の子のレジに並ぶ。
近所の大学に通っているらしく、
朝と夜にほぼ毎日シフトを入れている。
何気ない事だけど、いつも彼の笑顔が私の朝の仕事の
憂鬱さに温かなぬくもりをもたらしてくれている。
「あれ、西谷さんだ~!おはようございます」
もう通い始めて2年になるせいか名前も覚えられてしまった。
「おはよう花野井くん、
これとあと…これも一緒にお願いします」
そう言ってレジ横のチョコを1箱お会計に入れてもらった。
彼の苗字は花野井くん。
名前は知らない、名札に書いてないから。
私の事も彼は最初お姉さんと呼んでくれていたので、
西谷ですと軽く自己紹介をして今ではこうやって呼び合える間柄になった。
そんな毎朝来る客と店員の関係。
この子が働くコンビニに出来るだけお金を落としたい一心で毎日通っている。
もはや名前を憶えてもらったことは、
ルーティン改め努力の成果だ。
レジをしながら私の顔を見て、
今日なんか疲れてる?と聞いてくる彼。
ちょっと仕事が忙しいの。と答えながら、
本当はゲームのせいですと心の中で訂正し謝った。
(私の顔色を見て気遣ってくれるなんて!私の推し最高!)
「じゃ、これで」
お金を財布から出して、トレイに置く。
「は~い。お金お預かりします、袋要らないよね?
今日もお仕事頑張ってね~」
お会計を済ませ、ほかに客がいないことを確認してから
購入したチョコを彼に渡す。
「はい、花野井くんもバイト頑張って。それじゃ!」
「えっ!いいの~俺チョコ大好き~
ありがとう西谷さんっ!」
微笑む彼を眺めながら、
今日はいい日になるぞ~と心の中でガッツポーズした。
私の推し基、
花野井くんは元気で笑顔の可愛い年下の男の子だ。
かれこれ2年も彼の働くコンビニに貢ぎ続けている。
目が大きくてきゅるんとしてるので、
個人的にはキュート属性だと思っている。
決して恋愛感情は無く、
この子が元気に生きていけるように見守りたいだけなのだ。
だからたまにレジ横のお菓子なんかを
購入して差し入れている。
いわば投げ銭…基、推し課金だ。
(健やかに育ってくれ…!)
会社のデスクに座り、
今日も花野井くんは可愛かったな~と思いながら
タイムカードを切った。
*****
お昼になって仲良しの同僚の女の子とランチへ行った。
彼女とはオタク友達で、
今日はお互いにコンプした乙女ゲームの話に
花を咲かせていた。
「昨晩!ようやくリトクラをコンプしました~!!!!」
「やった~!!え、語ろう語ろう!?」
拍手しながら推し誰だった!?と迫ってくる同僚。
「私はもう渉会長が最高だった…!!!
学園祭のスチルにやられちゃったよ~」
そう言ってハンカチで目元を拭う。
「あ~あんた前から天才肌のイケメンに弱かったよね~
弱いとこ見せられて落ちた?」
「落ちた、もうガン落ち!
てかバッドエンドが監禁とか聞いてないんですけど~!」
頭を抱えながらカバンから渉会長の2Lブロマイドを取り出す。
この表情が…ていうかこのスチルを
店舗の購入特典にしてくれた運営は天才!
と言いながらにやにやとブロマイドを撫でた。
「あはは、結衣は監禁大好きだもんね~」
「え!朔ちゃんは!?誰!?」
だれだれ~とはしゃぐと、当ててみてよ?と笑う。
「あ~~~~ん~~~雅くんかな…?」
すると顔を押さえながら、大正解と俯いた。
なに!?どうしたの!?と心配していると
「雅きゅんガチ恋です。運命始まっちゃった…」
そう言って涙ぐむ朔ちゃんの姿があった。
私の同僚こと、山岡朔は
<とにかく狂うほどに、
幼馴染のハイスぺイケメンに執着されたい人間なのだ。>
私が隣にいない世界であなたはどうやって生きていくの…?を題材に、お互い濃い時間をお酒を飲みながら過ごしたのはもういつの日か……………
「朔ちゃん好みの幼馴染だったもんね~
おまけにメインヒーローだし!
気合の入れようがもう違ったよ…
スチル全部ブロマイドか!?って感じだったし」
うんうんと頷き、彼女は目元に滲む涙をハンカチで拭う。
「雅くんは何といっても、
幼少期の星降る夜にシロツメクサの指輪に将来を誓い合う…
あの…あのシーンが…ううっ…」
感極まりながらも必死にカレーをかきこむ。
「あれはスチルの迫力が化け物だったね…
作画コストやばすぎた」
朔ちゃんはキリっとした顔をして、
「君と見た星降るあの日の約束、
叶えに来たよ、手を取って!」
私もノリノリで朔ちゃんの手を取りセリフを言う。
「雅、あの日二人で星に願ったあの約束覚えいてくれいたのねっ」
朔ちゃんは涙ぐみながら、
自分の指に指輪をつける振りをして語った。
「あの、シロツメクサの指輪の伏線回収が、
ここで来ると思わないじゃん…もう本当に神シナリオ…
ライターに一生ついてく…」
わかるよ~!!と各キャラのルートの話をしていると
あっという間にお昼休みの終わる時間が近づいていた。
「わ、朔ちゃん戻らなきゃ。仕事仕事!」
お互いにお会計を済ませ、急いでフロアに戻った。
「今夜飲みにでも行く?」
デスクに戻る途中で誘われたが、
流石に連日の徹夜明けはキツイと
断り代わりに明日飲みに行こうと約束した。
(私も語りたいことありすぎるしな~!!)
午後もなんとか眠い目を擦り
デスクにかじりつくように仕事をこなした。
三杯目のコーヒーを飲み、キャラメルを1箱食べつくす。
糖分を摂取して頭をフル稼働し、
働きなんとか残業なく帰れそうだと安心する。
もう徹夜でゲームすると次の日仕事がキツい年になってきたなあ…と老いを実感しながら、資料をまとめ、コピーを取り、上司の机の上に置く。
「よし、とりあえず大体は片付いたかな…」
フロアを見渡すと朔ちゃんはまだ仕事をしているようだった。
時計を確認して、定時になるし帰ろうと荷物をまとめた。
化粧室で軽く顔を整え、
残っている先輩や同僚に挨拶を済ませてタイムカードを切った。
カツカツとヒールを走らせ、帰る前にコンビニへ寄った。
(乗る電車まで少し時間があるし、夜ご飯買っていこう!)
そのままいつものコンビニに寄りサラダとパスタを手に取りレジに向かった。
「あれ?西谷さんだ~今日早いね」
なんと花野井くんがレジに立っていた!
(うわ~~~神様ありがとう~~!!)
突然の接近イベにドギマギしながら、
夕方もシフト入ってたんだ…!
と脳内の花野井くんメモに書き加えた。
「今日は定時で上がれたの、最近忙しかったしね」
「そっかあ、今夜はゆっくり休んでね?」
ありがとうと微笑んで、内心では拝み倒していた。
「パスタ温める?」
「ううん、まだ食べないから大丈夫」
「はい!あ、これ、袋入れる?」
流石にパスタとサラダはカバンに入れられなかったので袋に入れてもらった。
お会計を済ませて、花野井くんに手を振った。
そのまま外に出ようとしたら彼に呼び止められ、
「西谷さん!これこれ!」
と言ってドーナツを手渡された。
「なにこれ?」
不思議に思いながら受け取ると、
「今朝のお礼!チョコありがとう」
えへへ~、と照れ笑いする彼に
(ううううっ…推しからのプレゼント!?)
心が大打撃を食らっていた。
(今日がこんなに素敵な一日で本当にいいの神様!?)
心の中で喜びの舞を踊りまくりながら、
顔は凛とした微笑みのまま
「あら!嬉しいありがとう」と伝えた。
「うんじゃまたね!」
バイバイと手を振り見送られる。
最高の朝から始まった最高の一日。
仕事の忙しさや徹夜の疲れも吹っ飛んじゃうくらい癒されてしまった。
テンション高く、心も晴れ渡るくらい気分が良い、
今日は帰ったらまたリトクラでもプレイし直そうかしら?
なんて考え、信号を待つ。
待っている間少し立ち眩みがした。
(さすがに徹夜の疲れがきてるな…)
首を軽く振り、
そのまま駅に向かって歩き出し横断歩道を渡った。
瞬間トラックが視界に映った。
(え、なに………?)
歩道を渡りきる前に
前から突っ込んできたトラックに引かれた。
あまりに一瞬の事で痛みも何も分からなかった。
ただ、今日は朝からバタバタと忙しかったけど…
推しにドーナツを貰えちゃったし、いい日だったな、
出来ればもう一度リトクラのプレイもしたかったな…
それだけを思った。
*****
pipipipipi…
アラームの音で目が覚めた。
「あっ!!!!!私死んだ!?!?!?」
先ほどの痛みも何も感じなかった事故の夢から醒め、
大慌てで体中を触った。
(生きてる!?本当に!?)
自分の体を抱きしめ、良かった…と呟く。
前屈みなると自分の肩から、
ふわりとミルクティの色した髪の毛がひと房落ちた。
(ん…髪……?)
染めたことがないのにこの髪色はなんだ…?
と思いながら自分の頭を触る。
(ふわふわしてる…?)
そのまま手のひらに視線を落とすと、
手首がやけに白くて細い。
なにこれ、なにこれと慌てながら部屋を見渡す。
部屋は柔らかな黄色い壁紙にウッド系の家具が並んでいた。
壁にはお花の冠が掛けてあり、隣にドレッサーが置いてあった。
(いや、全く部屋に見覚えがない…)
とりあえず鏡で顔を見るか、とベッドから立ち上がり
ドレッサーまで歩いて行った。
勉強机を横切り、
ふと机の向かいに飾られているコルクボードを見た。
「え…うそ、なにこれ」
そこには、昨晩まで必死にプレイしていたゲームのキャラクターたちが映っている写真が貼ってあった。
そのまま振り返り、自分の姿をドレッサーの鏡に映す。
ミルクティのふわふわな長髪。
真っ白な肌、少しタレ目なグリーンの瞳、
くるりと長い睫毛………
鏡の中には、
昨日までプレイしていたヒロインの顔が映っていた。
「う、うそ…なんで…
なんで私がヒロインになってるの…?」
頭はパンク寸前。
クローゼットの中にはクラウン学園の制服。
今の私は寝間着の白いワンピース…
頭は後ろの方がチクりと痛む。
(え、どうしたらいいの?なに…?夢見てる?)
下から階段を上る音が聞こえる。
部屋の扉をドンドン叩かれた。
(ひぇ…なに…?!?)
「ちかい~!いつまで寝ているの!?
今日学校でしょう!早く起きなさい」
(だれ!?!?!声からしてお母さん…?)
起きてる、と一言声をあげて、私は状況を整理した。
「私は今リトクラの世界に転生しちゃった…?」
昨晩必死でプレイしていた乙女ゲームというのが、
<Little☆clowns ~星夢の誓い~>という学園ラブコメだ。
ファンの間では通称“リトクラ”と呼ばれている。
これはヒロインがクラウン学園に
入学するところからゲームが始まるシナリオ。
ヒロインは生徒会に所属して、活動を共にする彼を選び一年を通して攻略対象の彼と恋をしていく…
といった全年齢の乙女ゲーム。
攻略キャラは四人でみんな何かを心に抱えている。
ヒロインのデフォルト名は、恋内誓。
頑張り屋な高校一年生だ。
このゲームはパラメーターでイベントが発生するようになっていて、勉強、散策、おしゃれ、ご飯の4つのコマンド選択が出来るようになっていた。
ただクラウンズモードと呼ばれるときめきタイムがあり、
ちょっとえっちなシーンのある所謂おさわりタイムだ。
指定された箇所をタップして、
道化師のように噓をつく彼の本音を見つけていく!
というハッピーエンドに必要不可欠なモードである。
(私は何度もこのモードの前でセーブした…)
乙女ゲームだし判定もゆるいだろうと期待してやった一周目、ガチ判定の鬼ムズすぎて普通に失恋ENDを迎えてしまった。全く彼の本音を暴けなかったのだ…
成功すると、ハートが満たされて光り、好感度がかなり上がってもうラブラブすぎ〜というくらい心が近付く。
恋愛のドーピングモードだ。
まあ、他には季節イベント等もキャラのルートに関わるが、大きなイベントは学園祭とクリスマスパーティー、
そしてENDを決める生徒会選挙ぐらいだ。
END後に卒業式のエンドロールが流れ、後日談に入る。
という典型的な乙女ゲーム。
ENDも三種類あり、
恋愛END、友情END、失恋ENDとそんなに痛い目には遭ったりはしない。
つまり誤って死んだりとか事故に遭ったりとかはまずない。
ただ、一人だけ監禁ENDがあるキャラがいるので、
地雷選択肢である言葉さえ踏まなければなんとかなる…
(大丈夫、記憶は新しい…
なんてたって昨日コンプしたんだから!)
よく分からないが、私はきっとあの時車に引かれて死んでしまい、そしてなぜか前日プレイしていた乙女ゲームの世界に転生してしまった。
(とりあえず、
このゲームのヒロインとして頑張らないといけない…!)
顔をぱん!と叩き気合を入れた。
こんな可愛いヒロインの顔を叩くなんて忍びないけど、
せっかく神様が転生させてくれたんだから、
私はこの世界で恋を楽しむぞ…!
と少しだけこの転生した世界に胸をときめかせた。
そのまま冬用の制服を身に纏い、
ドレッサーに置いてある星のヘアピンをつける。
机においてある学校用のカバンを手に取ると、
隣にはプレゼントらしき紙袋が置いてあった。
「プレゼント…?誰か誕生日だった…?」
中には手紙と寄せ書きが入っていた。
なんで、こんなものがうちに…?と思い宛名を確認した。
“華川会長へ”
その名前を目にした瞬間、頭が割れるように痛んだ。
(なに…?立ってられない…頭、いたい…)
目の前に体験したことのない記憶がフラッシュバックする。
これはこのヒロインの体が体験してきたことだろうか…?
そう思いながら頭を抱えた。
色んな季節の色んな思い出。
桜…海…花火…紅葉…雪……
と様々な背景の写真がパラパラと頭を巡った。
“せんぱいっ!”と可愛い顔をした男の子に手を取られて、
何かを約束した。
指切りをして、頭を撫でてあげて…でも…
(こんなシナリオ記憶にないんだけど…?)
痛みが少しずつ和らぐ、
そのまま顔を上げると鏡に自分の顔が映った。
不思議と今目の前にあるヒロインの顔がちゃんと自分の顔だと認識できた。
今私は、ヒロインの人格と同一化されたんだ…
と理解した。
彼女が今まで体験したものを、今私も体験したんだ。
そこまで考えて、ふと、
「あれ…学園でもう一年、過ごし終えてない…?」
気付いてしまった。
制服は冬服、カバンの横のプレゼントの中には
最推しの華川渉会長宛の手紙、
そして…コルクボードに貼ってある写真たち。
これはエンドロールで流れてくるものに違いない、
通常キャラクターのハッピーエンドにたどり着いた時に流れるムービーの中でコルクボードには彼とのスチルが入る。
生徒会長になることがハッピーエンドの条件で、
一番最後の一枚絵も自分が会長になった時のスチルが入る。
でもここには、
「みんなとの写真が、貼ってある…」
私が転生した体は、
既に大団円のエンディングを迎えていた。
これは誰とも恋人にならず、
おまけに生徒会長にもならないヒロインが、
自分の夢を見つけて未来へ歩みだす…というエンディング。
つまり、私の恋のお話は終わりを迎えていた。
「うそ!?渉会長ルートに入れない…?!?」
ありえない…なにこれ、最悪すぎる…と項垂れ、
ベッドに転がった。
記憶の中の感じだと会長の可愛い後輩というポジションは獲得出来てそうだった。
でも今日はきっと卒業式なんだろう、
渉会長に会える最後の日。
(最後なんだから生の渉会長を堪能させてもらおう…)
ううう…と悲しみを胸に立ち上がり、
母の待つ一階へと降りて行った。
「遅いじゃない!早くご飯食べてしまいなさい!」
そういわれて食卓に座る、
隣には大盛りのご飯をかきこむ赤髪の男の子が座っていた。
「おはよ、お前今日やたら気合入れてんな?」
(ヒョエ…かずくん顔が良い…!)
赤髪の男の子は、夢野和人くん。
いっぱいご飯を食べる元気な男の子で、私の従弟だ。
学園に通うために私の家で一緒に暮らしている。
「ほら早く食えよ!そろそろ雅が迎えにくるぞ」
そう言われて、大急ぎで私もご飯をかきこんだ。
「ふぁ~あ、今日も二人は元気だね。
あ、おばさんお邪魔しまーす」
あくびをしながら家のリビング扉を開けて、
ずかずか歩きソファに座った男の子。
グレーアッシュの髪で前髪が目にかかるほど長い、
そんな彼は星野雅くん。
お向かいに住んでいて、幼稚園から仲良しの幼馴染だ。
そう、彼こそこのゲームのメインヒーローであり
私の同僚の朔ちゃんの推しだ。
ダウナー系の見た目をして、
その見た目通り執着が強い大人気キャラ!!!!
(まさか生でお目にかかれるとは…)
ここにはいない朔ちゃんに申し訳なく思いながら、
心の中でこのふたりのイケメンを拝んだ。
大団円エンドに行っても彼らとは仲良しのまま、
かずくんは恋という気持ちに気づかず、雅は現状を望む。
そんな関係でいられる。
「食べ終わったなら早く学園行こう」
そう言って雅に手を引かれた。
昔から雅は私の手を引いて歩くのが好きだったよな…
トクン…とまた私の心がヒロインと同化していった。
(触れられると、記憶が鮮明になる…?)
このゲームのヒロインである恋内誓ちゃんは
前向きで頑張り屋な女の子。
少し天然なところはあるけど、
優しい心根の少女であり友達と一緒にカッコいい先輩を見てはキャ~と騒げるミーハー女子だ。
そんなヒロインは生徒会長の華川渉に憧れて生徒会に入り、
自らも会長を目指していく…はずなんだが、この体のヒロインである誓ちゃんは全く生徒会長になりたいと思わずに、一年間憧れの先輩の為に生徒会で頑張っていたようだ。
(めちゃくちゃ私に存在が似ていて共感できるな。
きっと私も入学式からのスタートなら渉会長の役に立つために頑張っただろうしな…)
まあ、恋はしようとしただろうけど。と心の中で付け加えた。
*****
一年間通った学園。
歩く道も覚えていてなんだか不思議な気持ちになった。
「今日、卒業式なんだよね…」
そう呟くと、
かずくんに当たり前だろ、
準備昨日までしてたんだから!と言われた。
(昨日まで準備してたのか…)
「そういえば頭大丈夫だった?」
雅に頭の後ろを指さされ、はて?という顔をした。
「は?覚えてないの?昨日椅子運んでる時、
お前盛大に転んで頭打ってそのまま保健室連行。
んで、目が覚めないからそのまま俺が家まで運んだんだって!」
早口にかずくんが答えた。
そういえばそうだったかも…?
頭が妙に痛いのは昨日転んだせいだったのか。
と私も自分の頭を撫でるとプクリとした、たんこぶが出来ていた。
(いやこれは痛いはずじゃん………)
*****
卒業式が終わり、
先輩たちを見送るために生徒会室に2人と向かった。
扉を開けると、
既に生徒会メンバーそろっていた。
そのまま部屋に入り、1つ上の愛川玲央先輩の隣に並ぶ。
女たらしと有名な先輩だが、
本当は潔癖症でべたべたされるのが嫌いな人だ。
勿論この人も攻略キャラである。
甘いマスクに黒髪で青のメッシュが少しえっちな
2年生の先輩。
ちなみにこの人は次の生徒会長になるらしい。
辛い物が苦手な私は辛党の先輩によく悪戯をされていたな…
と遠い目をして先輩を見上げた。
「なに?俺は卒業しないよ誓ちゃん~」
笑いながら先輩は3年の先輩たちがいる方を指さした。
「ほら、卒業はあっち、
プレゼントと寄せ書き渡すんでしょ?」
そう言って華川会長に声をかけてくれた。
(前世で大好きだった渉会長は儚げ美人のままだ…!
顔面が良すぎる…!)
前世の私の推しである華川渉会長。
グレーの長め髪を横で一つの結って下ろしている。
天才肌でなんでも出来る彼は、
とあるイベントで弱さをヒロインに見せ、そこから距離が一気に縮まるという素晴らしいイベントがある。
(何しろ私はそのシーンの神スチルで
渉会長に惚れちゃったのだ…)
そのまま渉会長の方に歩いていく、
「会長……」
涙ぐみながら声をかけた。
(あぁ、本当にもう今日が最後……最初で最後の生対面…)
「恋内さん、僕はもう会長じゃないよ?」
「あ、そうですよね、華川先輩…」
「もう名前で呼んでくれないんだね?」
そう言って優雅に微笑む渉会長は、
ゲームと寸分の狂いもなく同じお顔をしていた。
(この顔に弱かったんだよな…本当に今お話してるんだ私…)
ジーン…と感動しながら、
手に持っていたプレゼントを突き出す。
「渉先輩…にこれ!生徒会のメンバーで選んだプレゼントと、色紙です!!」
そう言って紙袋を渡した。
中を見てにこりと笑い、私に耳打ちした。
「僕に宛てて手紙も書いてくれたんだ?」
小さな声が、私の耳に風のように届いた。
(ヒィエ……………!?!?)
本当に私たち何の関係もないの!?と思いながら、
ズキリと頭が痛む。
後ろ頭を押さえて、声が漏れた。
「いた…」
渉会長はびっくりした顔で大丈夫?と聞いてきた。
あ、大丈夫です。昨日転んでしまって…と答えた私に、
他の先輩たちと話していた雅とかずくんが、また頭痛むのか!?と心配して駆け寄ってきた。
2人に大丈夫!と強く答え、渉会長に
「また必ず遊びに来てくださいね!」
とお願いして握手をした。
頭はずきずきと痛み続けた。
2人を置いてそのまま生徒会室を退出し、
自分の教室に戻った。
教室には生徒が誰も残っておらず、
卒業式だからみんな早めに出て言ったんだろうな、
と自分の席に座った。
先輩と握手したときに、
記憶が少し戻ったけどなんて事のない日常の一コマだった。
「先輩がこの学園の学園長の甥っ子だなんて、
ゲームをしてた私は知ってて当然…」
そこまで口に出してハッとした。
知ってて当然…?
本来この話はヒロインが偶然聞いてしまった時のイベントで、彼はこの事秘密にしていた事だったから、他のメンバーは知らない。
でも、私はこのイベントをクリアしているの…?
なぜ…?と考え込み、
それ以上の記憶が思い出せなかったので、諦めた。
どちらにせよ渉会長は今日で卒業。
彼のENDに行かなかった私はもう会う事もあまりないだろう。
他の3人とは、新学期からまた顔を合わせることになるだろうし、出来るだけ思い出を明確に同一化しておきたい。
そんなことを考えながら、1人で帰路についた。
校門を抜けた先に桜が綺麗な公園がある。
時期的にまだ咲いていないが、なぜかそこに寄りたくなった。
(理由はないんだけど、
なんか行かなきゃいけないような気がするのよね…?)
なんでだろ…と不思議に思いつつ、公園に向かった。
公園の入り口まで来ると、
1人の男の子がベンチに座っていた。
(だれ………?)
彼は私の方を見ると、パッと笑顔になり、せんぱいっ!と呼び駆け寄ってきた。
(え?え?だれ?私???本当に!?)
こちらまで走ってくると手を取った、そして
あれ手が冷たい?と言って私の手に息を吹きかけた。
「えっ…」
ハアハア…と温めてくれる彼を見て、
何故か既視感を覚えた。
「ほら、こうすると手、温かいでしょ?」
温めた私の両の手のひらを彼の頬に当てる。
瞬間、頭が痛み私の目の前がチカチカと光った。
私、この光景知ってるんだ…
雪が降った日、
この子が手袋をしてなくて私が同じことをした…
目の前にその時の情景が広がる。
私が笑顔で彼の手のひらを自分の頬に当てると、
冷たいってびっくりして
そのまま彼の手を私のポケットに…
「私の手、そのままポケットに入れるの?」
気付けばそう言っていた。
「はは~さすがせんぱい!
まあ、先月せんぱいされた事だし覚えてるよね~」
そう言って私の手を握りポケットに入れた。
思い出した。
彼は、西園寺真人くん。
1つ年下の男の子で、
リトクラでは学園長の孫にあたるサブキャラだ。
私がコマンドの選択やパラメーター操作に困ると出てきてアドバイスをくれるお助けキャラで、前世よく助けられたのを覚えている。
それでも、ゲームでは彼のENDなんて存在していない。
うろ覚えだが、私の知っている彼の立ち絵は、
確か、同じくらいの身長でピンク色の髪の糸目キャラだったはず。
でも彼はぱっちりとした二重まぶたで、
顔の作りも整っていた。
(う~ん、記憶違いかな…?
でも花野井くんに似てるお顔で推せるな……)
そんな事を考えていると、
彼にベンチに座って!と手を引かれた。
にこにこ可愛いお顔を爛々とさせているので、
どうしたんだろう?とベンチで彼の隣に座った。
「せんぱい、チョコの答えを、おし……て……さい」
最後の方はよく聞こえなかったので、うん?と聞き返した。
するとなぜか、彼の顔が明るくなり少し頬を染めながら
「ほんと?うれしい!」
そう言ってそのまま彼に制服のリボンを掴まれてキスされた。
(は……………?)
思考が止まる。
何が今起きてるんだ…?
私が固まってしまったのをいいことに、
彼はそのままベンチに片足を乗せ、
私の膝の上まで体を近づけてきた。
ワタワタとビビりまくり、両手で彼の胸をとんとん叩く。
この状況の驚きすぎて手に力が全く入らない。
彼はリボンを掴んでいた手を私の肩に置き、
もう片方の手で腰を掴んだ。
そして、
するり、と舌を入れられた。
「ん…!?んあ…あ」
私の口からびっくりするほど甘い声が出て、
何なの!?と余計に彼の胸元を叩いた。
彼は嬉しそうに私にキスをし続け、
しばらく溶けるように開いた私の口は彼の舌を受け入れていた。
頭ではもう何も考えられなかった。
グゥアン…と頭に鈍い痛みが走りる。
彼の肩に顔を乗せて力の抜けた私の体は、
もう彼の胸元を叩く元気も残っていなかった。
息をするのも苦しくて、
なんだかずっとドキドキしてるみたいで
心臓は爆発しちゃったんじゃないかと思った。
「せんぱい…?大丈夫?」
彼の肩に置いていた顔を上げた。
「あー…大丈夫ではなさそうだね、」
そう言って私の顔をもう一度自分の肩の方に押さえた。
「今、すっごい蕩けた顔してるよ?
しばらくここでゆっくりしようよ?」
それになんかすごく体も熱い…と言って彼は私の頭を撫でてくれた。
頭はずっと鈍い痛みが続いている。
もどかしい気持ちが心をぐるぐる回る。
私は何を思い出したいんだろう…
そう思って彼に借りている片側の手を握った。
「手、あったかい……」
口に出すと、抱きしめたらもっと温かいと思うけど?と返された。
(冗談じゃない…
そんなことされたら余計に心臓がどきどきしてしまう。)
顔を彼の肩にゴシゴシ顔を擦り付けながら、
「それは、だめ」と返事した。
「じゃ、これだけはしたいです」と言った彼が
肩に置いていた顔はそのままにして、
うなじの方に流れた髪の毛をかき分けた。
そのまま顔が近づいてくる気配がした、と思えば
ちゅうー……………と彼に吸われた。
「ひゃ…!?」
そのまま首の後ろに痕をつけられたらしい。
彼の嬉しそうな声が聞こえる。
待って…まだ開始1日目なんです私……
そう心に気持ちを留めながら
私は頭の痛みに耐えられず気を失った。
上から彼が私を呼ぶ声が何度も、何度も聞こえた。
(ごめんね、わたしの体の限界です…………)
そして私は完全に意識を手放した。
*****
夢の中で私は雅とかずくんとで夜桜を見に行っていた。
私たちは学園に入学したばかりで、
3人ではしゃぎながら出店を周り
満開の桜の木の下を歩いていた。
私は2人から少しだけ目を離して、桜の写真を撮っていた。
コントラストが綺麗な夜桜の写真が撮れ、
隣にいるはずの2人に声をかけた。
「ね!見てみて?これなんて素敵じゃない?」
私ってば写真のプロかも~って言って服を引っ張ると、
そこにいたのは驚いた顔をした、見知らぬ男の子だった。
あれ!?ごめんなさい、と人違いを謝り、
周りを見渡して2人を探した。
近くには見当たらず、
どうしよう…と困っていたらその子に
「ここ真っ直ぐ行ったところで二人組の男の人が
誰か探しているみたいだったよ」と教えてもらった。
私はすぐにありがとう!と
伝えて真っ直ぐ歩いて行こうとした。
彼は、どういたしまして、と言って微笑み。
「君の撮った写真、とても素敵だね」と
言い残して去って行った。
その可愛い微笑みがとても印象的で、
夜桜の下で見た彼の事をずっと忘れられなかった。
「桜みたいに綺麗な髪色、瞳は夜みたいに綺麗な深い青…」
暫く彼は桜の妖精か何かなんじゃないかと思っていた。
その後で真っ直ぐ進んだ道の先で2人と合流して家まで帰った。
そんな優しい思い出を私はちゃんと思い出した。
その時彼に名前を聞けなかったから、
桜の妖精さんと心の中で呼んでいた。
(…あれ、いつ彼の名前を知ったんだっけ…?)
そうだ、と少しずつ思い出していくと、
周りの桜の景色も変化していった。
あれは夏に、雅と2人で近所のアイスクリームのお店に行った時だ。
確か…
庭で雅の家族とうちの家族とかずくんでBBQをすることになって、私と雅が飲み物を買いに行ったんだ。
アイスを食べてから家に帰る!と言う私に
雅が待っているから買ってきなよ、と送り出してくれて。
そこで、彼と再会したんだ。
メニュー表を前の人から受け取り、どれにするか悩む。
ここはイチゴにしておくかな……雅は抹茶かな?
うんうん唸りながらアイスを決めて後ろの人にメニューを手渡す。
「どうも」と聞いたことのある声がした。
「あれ!もしかしてあなた桜の妖精さん!?」と
大きい声で聞いた。
彼は、顔を赤らめてからハア!?と否定した。
「僕は西園寺真人、妖精とかじゃないから」
「あ、私ってばごめんなさい…西園寺くんっていうんだね。
私は恋内誓、クラウン学園の1年生なの」
そう言って私は手を差し出す。
彼は、へえそうなんだ。というと年上だったんだねと笑った。
「え?年下なの?同い年かと思った」
「僕も、僕は来年その学園に入学する予定なんだよ、
…今は受験生」
受験という言葉に、
うわ~大変だ~と私は口元を押さえて彼を見つめる。
私より少しだけ小さな身長の彼は、
まあ余裕だけどね~とふふん顔していた。
そのまま彼はメニューを広げて、
私に何を選んだのか聞いてきた。
「私はイチゴにしたよ。暑いからカップにしてもらうの!
トッピングは悩んでたけどチョコかな~」
そう言って彼の広げているメニューを指さした。
「イチゴか~僕はキャラメルとチョコで悩んでたんだよな」
うーんという顔をしてメニューの上を指でなぞった。
じゃあ私が決めてあげようか!と歌を歌いながら、彼の指をメニューの上で左右に揺らし、左側で止めた。
「キャラメルだね~」
にひ~と歯を見せて笑った私に、
「もしかして、キャラメルも食べたかったの?」と聞く。
「ばれたか」
「君のほうが先に買えるんだから、
僕を待っててアイスが溶けても知らないよ?」
確かに…!って思いながら、
もう少しだけ彼といたいな…と心の中で呟いた。
「それなら、一緒に注文しようよ」
そう言って彼のメニューを掴む腕をつついた。
「えっと」
「お会計だけ別にしてもらお?
そしたら私のイチゴも一口あげる」
だめ?と見つめて、彼の反応を窺った。
はあ…とため息をついて仕方ないな、と笑ってくれた。
私は嬉しい!と彼の腕を掴み隣に来てもらった。
びっくりした顔の彼は、
「君って周りの子から距離近いって言われない?」
困った顔で目をそらされた。
「もう少しだけ一緒にいたいかなって思ったの」
私の言葉を聞いて、分けわかんない人って顔を向けられた。
2人で並んでアイスを買った。
私はイチゴ、彼はキャラメル。
そして私の手にはもう1つ抹茶のアイス。
「もしかして結構食いしん坊なの?」
「違うよ!これは幼馴染の分なの!」
そう言って首を振る。
ふーん、まあいいけどね。と言って両手がふさがった私にアイスを一口差し出した。
「あーん、は?」
「え、え~恥ずかしいよ…」
両手にアイスを持った私はどうにか自分のスプーンを取り出し、これに乗せてよ?とお願いした。
「だーめ、口開けて。溶けちゃうから」
そう言われ渋々口をあけ、
中にひんやりとしたアイスの甘さを感じた。
「あま~あ~!
口の中でキャラメルが溶ける…おいしすぎる…」
ふにゃ~と顔を緩めた私に、もう一口食べる?と聞かれ、
さすがに悪いと思ったのですぐ断った。
私のイチゴのアイスも彼に一口食べてもらった。
私は両手があいていないのであーん、はしなかったが、
カップにスプーンをつけてモグモグ食べる彼はすごく可愛かった。
その日はそのまま彼とバイバイして、
私は雅が待っている場所までアイスを持って走った。
雅は遅い!と怒ったが、汗だくで戻ってきた私をみて
それ以上は何も言わなかった。
「誓、先にアイス食べちゃった?」
雅に尋ねられて、えっと…と言い淀むと、
「ほらスプーン、2つあるのに片方はささってないから…」
こっち使って食べたんでしょ?と言って私の持っているスプーンを指さした。
「あ…………」
(私、スプーンふたつしかもらってない…!)
きっと味が混ざるといけないからって配慮してくれた
彼が片方のスプーンを使ってしまったんだ。
すぐに気づいて、ささっている方のスプーンを雅に渡した。
(店員さんどうして私がどちらも食べる体で
イチゴにスプーンさしてるの~)
抹茶にもつけておいてよ…!と焦りながら、
私は彼の使ったスプーンを使うしかなかった。
「へえ、抹茶おいしいな」
「へぁ………ソウダネ………」
どれだけ食べても、彼への申し訳なさと、
恥ずかしさで甘酸っぱいはずのイチゴの味はしなかった。
(うう…間接キスになるんじゃないの!?うう…ごめんね…)
その日のアイスの記憶は恥ずかしい気持ちで食べたキャラメルの味と、嬉しそうに笑ってイチゴのアイスを一口食べる彼の顔しか覚えていなかった。
また、会えるかな……
とくん、と私の心が高鳴った。
*****
シャ…とカーテンが開く音がした。
重たい瞼、グラグラする頭を何とか覚醒させて目を開けた。
そこには心配そうな顔のお母さんとかずくんがいた。
「あれ…私のベッドだ…」
可笑しいな…
確か公園で私気絶しちゃったはず…と頭をかしげる。
「覚えてないの?
あなた熱出して公園で倒れたのを
男の子が家まで運んでくれたのよ?」
お母さんは心配そうな顔をしながらそう教えてくれた。
「やっぱ昨日体調悪かったんだな、頭痛くないか?」
かずくんも心配そうに顔を覗き込んできた。
どうやら、昨日はあの後私は頭の痛みに耐えられずにぶっ倒れてしまったらしい。
どちらかと言えば、昨日家まで私を運んできてくれたやつのせいなんですよ!と心の中で抗議した。
「まだちょっと頭痛いかも…」
「そうね、顔色が悪いわ…」
「今日明日はゆっくりしとけよ、もう春休み入るしさ」
かずくんにそう言われ、お母さんにも最近生徒会が忙しかったし疲れが出たのよ。とベッドに横にさせられた。
ん、そうする…と言って私はまた目を瞑った。
2人が部屋から出ていく音が聞こえた。
また部屋の中は静寂に包まれる。
私は小さくため息をついて、
昨日の事と夢の出来事について振り返った。
私は乙女ゲームの世界に転生したらしいけど、
ゲームのシナリオはもう大団円エンドを迎えて終了している
何故か、昨日は西園寺真人くんに公園でキスをされるという謎展開が起きてしまっていた。
乙女ゲームで彼は攻略キャラではないし、
彼専用のエンディングがあるわけでもない。
でも彼に触れられた時、
頭に酷い痛みが走って記憶がかなり流れ込んできた。
あの夢の中で見た記憶の感じだと私と彼は先輩後輩の関係で、仲も結構良さそうな感じがした。
昨日彼は公園に来た私を見て、
すごく嬉しそうに駆け寄って来てくれた。
もしかして、あらかじめあの日に会う約束をしていた…?
(よく分からないけど、
公園に行かないといけない気がしてたんだよね…?)
その後、返事がどうのって話をして、
私が聞き返そうと相槌を打ったら、
何故かキスされてそのまま口の中に……………
って、いやなんで!?
冷静に考えてもやっぱり分からない…
私と彼の関係は恋人同士なの?
それともあの日に公園に行くことが何かの条件だったとか…?
(あ~記憶…記憶もっと蘇って………!!!)
そのまま考え続けていたら熱が上がってきたのか、
頭がボーっとしてきた。
(うう…熱くなってきた………)
「おみず…のど、かわいた…」
そう言って目を開けると、何故か彼の姿が私の瞳に映った。
「あ、のど乾いたの?
先輩のお母さんにスポドリ持たされたので、これ渡します」
そう言ってスポドリを一本私に渡してくれた。
そのままごくごくと飲み、
のども潤って頭も多少すっきりした。
(いや、なんで!?なんで私の部屋にいるの!?)
「せんぱい昨日体調悪かったんだね、
なのに寒いとこでごめんね」
しゅんとした顔で彼は私に謝る。
私は大丈夫、と言いながら未だに現状の理解が追い付いていなかった。
「せんぱい体調悪いって聞いたからお見舞いきたんだよ。
なんかそのまま部屋まで通してもらえたけど…ってせんぱい大丈夫!?」
なるほどねって言いながら私はまた頭がプスプスと熱を発している。
(だめだ、せっかく来てくれたのに私熱でしんどすぎる…
まだ聞きたいことがあるっているのに…)
う~と唸っていた私の頭を彼は撫で、
「ゆっくり休んで?眠り着くまで隣にいるよ」
そう優しく声をかけてくれた。
体調の悪さで、頭がズキズキと痛むのか、それとも記憶を思い出しているから痛むのか、分からないまま私は深い眠りに落ちていった。
*****
「えー!誓熱出してんの?」
「今日はお前は家で寝てなよ?」
2人はそう言って私の部屋から出ていく。
私は布団を頭まで被って目に涙を溜めていた。
「わたしも…私も一緒に花火行きたかった…」
今日は地元の花火大会。
生徒会のメンバーで花火を見ようと前々から約束をしていたのに、前日私は風邪をひいてしまい、当日も熱が下がらなかった。
雅もかずくんもちゃんと先輩らには伝えとくから!と
言って出かけて行ってしまった。
私ひとりでお留守番だ。
今はまだ夕方、花火が上がる20時まで解熱剤を飲んでゆっくり寝たら案外熱も下がるんじゃない?
なんて思って私は薬を飲み重たく感じる体をベットに沈ませた。
(わたしも、みんなと花火みたい……)
pipipipi…
20時前に起きれるようセットした
アラームの音で目が覚める。
頭はまだ重たく、体は少し熱っぽさも感じる。
でも夕方の時ほど酷くなかった。
「うん、これなら歩ける…!」
そう言ってすぐに着替えて私は家から飛び出していった。
みんながどこにいるか確認を忘れていた私はポケットに手を突っ込む。
(毎年雅と花火を見るときは公園のベンチだったんだよね…
もしかしたら雅が案内してて、そこにいるかも…!)
そのまま公園を目指して歩いて行った。
公園に到着したが、誰もいなかった。
「あ~!ちゃんと連絡いれてたらよかった!!!」
今から合流でも場所までいけるかな…
と声に出していたら上空で花火が光った。
「うそ…」
そのまま何発も、
綺麗な円を描くように夜空に咲いていく。
「みんなと、見たかったな……」
私は近くのベンチにそのまま座る。
花火が上がる度、
楽しみにしていた気持ちが少しずつ萎んでいくようだった。
携帯のカメラをオンにして、画面を空にかざす、
打ちあがる花火に合わせて何枚も写真を撮った。
「へへ、綺麗に撮れた…」
せめて写真くらいは撮って
私も見たんだから!と後で2人に言おう、
そう思いそのまま何枚も花火が終わるまで取り続けた。
暫くして少し気分が悪くなってきた。
流石にまだ熱がある体を引きずってここに来たので、
薬が効いているうちに家に帰ろうと、
ベンチから立ち上がる。
目の前がクラり、と歪む。
(ああ、まずい…熱が上がって来てる…)
ベンチに横になり、ボーっと上空の花火を見つめた。
そのまま、体はダルくなり私は目を瞑った。
(このままここで寝てたら怒られるだろうな……)
そんなことを考えていたら、頭の上で声が聞こえた。
「ちょ、君大丈夫??」
体を揺らされて、うう…と呻きながら目を開ける。
「あれ、もしかして…せんぱい?」
聞き覚えのある声に、え…?と顔向けると
そこには西園寺くんがいた。
「せんぱい大丈夫?!すごい体熱いけど?
もしかして熱あるの?」
おでこに触れてから、驚いた顔で聞かれた。
「熱、あったんだけど薬飲んで花火見に来たの…」
「なんで!?体調悪いなら寝てなよ…」
は~と大きくため息をつき、私を起き上がらせた。
「ほら、家の場所言える?
おぶって送って行ってあげるから」
西園寺くんは私をそのままおんぶして、
よいしょっと行って持ち上げた。
「わ…私重くない…?」
「そんな事言ってる場合なの?」
「でも…」
彼の背中でう~~と丸まった。
「さて、家の場所は?近く?」
うん、この辺り近所なの、と答えて行く先を指さした。
夜空の花火はラストスパートを迎えようとしてる。
何発も連続でどんどん鳴る花火に、私は
終わっちゃうね…と寂しそうな声を出してしまった。
彼は、私をおんぶしたまま立ち止まって
「最後の一発、花火が落ちるまでだけど一緒に見ようか」
そう言ってくれた。
静かになった夜空に、
ひゅ~とひと際大きな花火が一輪、
パァ…と咲き、
パチパチパチ…と音を立てて消えていった。
綺麗だったね、と楽しそうな声の彼の背中で
私は、うん、写真撮りたかったな…と返した。
「そういえば初めて会った時も
桜の写真撮るのに夢中だったよね」
「そうだったかもね、?」
「なんで疑問形なの」
「ふふ、熱で記憶が曖昧なの」
「なにそれ」
そんな会話を繰り返しながら、
静かな帰りの道を彼の声で満たした。
(いま、どんな顔して私と話してるんだろう?)
「真人…くん…」
「え?」
彼の名前を呟く。
恥ずかしくなって首元に回した手を、ぎゅ…とすると
彼にどうしたの?と心配された。
(名前で呼んでも、平気なんだ…)
そのまま彼は振り向いてはくれないけど、
私は、大丈夫…と返してその背に身をゆだねた。
彼の、え?次は!?え!?寝ちゃったの?という慌てた声を
遠くに感じていくように、私の意識は心地よい彼の背中に溶かされていった。
*****
目を覚ました。
天井を見つめながら、
私の心が夢に共鳴しているような感覚を覚えた。
左手に温かなぬくもりを感じて、目線を上げると
私のベッドの縁ですやすや眠る彼がいた。
「真人くん………」
私の手を握って座ったまま眠ってしまってる彼を見て、
心がきゅん、と疼いた。
(私が寝た後も傍にいてくれたんだ)
少し寝て、
頭が冴えてきたおかげで現状をかなり理解出来てきた。
私はこのリトクラでキャラ攻略はしないで
大団円エンドに行ったのだと思い込んでいたけど、
違ったんだ、
私は春に彼と出会って、少しずつ思い出を重ねていって、
恋をした。
少しずつ彼と触れ合うたびに思い出していく記憶の欠片に、
私はずっとドキドキと心臓が鳴りっぱなしだった。
(こんなのシナリオにないのに…)
眠る彼の眉間のしわを突く。
(この子が私の好きな人…
それでもって、多分昨日恋人同士になった)
眉間のしわがグググ…と動くと彼は静かに目を開けた。
あれ、寝ちゃってた?とふにゃりと笑う彼に、
きゅん……と私の心は反応した。
「おはよ?」
そういって彼の頬を右手で突いた。
「おはよ~う」
ゆるゆる姿勢を正す。
そして彼は握っていた手を見て、
早くよくなるおまじない。と手の甲ににキスをした。
「ひゃっ……………」
「あれ、すごい顔真っ赤…まだ調子悪い?」
手にキスなんていつもやってたのに、どうかしたの?と
不思議がる彼。
(ええ、こんなのいつもやってたの…?)
私はそれだけの事なのに
心臓がバクバクいって壊れちゃいそうだ。
「頭を撫でて、頬を撫でて、首を触って、そのまま腰を抱いて…なんてよくしてたじゃん…忘れちゃったのせんぱい?」
(過激!あまりに過激!!!!最近の学生過激すぎない!?)
付き合う前からそんなことを!?
それとも既に私たち付き合ってたの…?と頭を抱えながら悶々とした。
「まあ、唇へのキスは昨日が初めてだったけど……
まあ~せんぱい倒れちゃったし、
せんぱいへのファーストキスやり直してもいい?」
無理はさせないから!と手を合わせてお願いする彼に、
顔をを真っ赤にして、いいよ…と伝えた。
嬉しいな~と私の髪を耳にかけ、
そのまま顎を持ち上げ、両手で顔を覆う。
「目、瞑らないの?」
「みてる」
「そう?じゃあ、失礼して、」
そのまま優しく触れるだけのキスをした。
私の部屋に差し込む西日が
カーテンの隙間から突き刺さるようにわたしの瞳を焼く。
ベッドの上で、どうしようもないくらい彼に、
もっと触れてほしいと感じた。
離れていく唇に、寂しさを覚えて、
彼が触れていた私の頬を覆う手のひらを上から、
そっと押さえた。
「まだ、はなれないで…?」
そのまま彼は目を細めて、キスをしてくれた。
角度を変えて、何度も、なんども。
私は目を瞑って、
ただこの時間に彼のぬくもりを覚える。
この延長のキスは西日が眩しくて目を瞑ったら、
恋しさが増したんだと。心の中で言い訳した。
(だ、大胆なことをしてしまった…………)
いくら彼の事を少し思い出したからといって、
病み上がりの私がこんなに求めるのは違うよね!?!?と
頭を抱えながら彼の方をみた。
目を細めた彼は、
まるで獲物でもみつけたかのような顔だった。
(その目を細めると糸目っぽくなる顔は
私の知ってるサブキャラのお顔に似てるかも…)
そう思いながらまじまじと顔を見つめた。
「まだ、したいの?」
「も、もう大丈夫デス………」
残念。と細めた瞳を開いて笑う。
「せんぱいって結構キスすきなんだね、知らなかったよ」
そんなことを言われて、私の方が知らなかったよ!?と
思いながら頬を膨らませる。
「真人くんとじゃないとしない、よ」
そう呟いてから、
段々とキスを求めた事実や言った言葉が恥ずかしくなってきて顔が赤く染まっていくのを感じた。
「あ~、真っ赤だ。ほんとに可愛いせんぱいだな、」
私の頭を撫でてから、もう時間も遅いし家帰るよ。と
立ち上がった。
「帰っちゃうの?」
「うん、次は体調がいい時にせんぱいとデートしたい」
「わ、わたしも…」
「よく寝て元気になってね」
そう言って彼は私の部屋を出て言った。
夢うつつの気分だった。
このままゆっくりと幸せな気持ちに身を委ねたい。
トクトク、と動く心臓が
また私を記憶の中へと誘っているようだった。
もう頭は痛くない、でも次は何を思い出すんだろう…
私はまた夢へと体を同化させていった。
*****
「こーいーうーちー!」
生徒会の先輩に大声で呼ばれて走って向かう。
「これ、備品足りてないらしい。後で確認してきてくれ」
「はい!」
フリフリの黒のメイド服に真っ白なエプロンをつけ、
頭にはパールのついたヘッドドレス。
今日はクラウン学園の学園祭。
学園祭で私たちのクラスは
メイド&執事喫茶を開店している。
クラスのシフトの時間外に私は生徒会のお手伝いをしていた、そしてメイド服のまま備品確認で走り回っていたのだ。
手には看板も持ったままで、
友達には宣伝もしてこい!と生徒会に送り出された。
ばたばた廊下を走っていると華川先輩と遭遇した。
「あれ?可愛い恰好をしてるね?」
「渉会長!!」
「向こうの備品の追加は届けてきたから、
もうクラスに戻っていいよ?
初めての学園祭なんだからいっぱい楽しんでおいで」
そう言われて、私はパァと明るい顔をした。
「ありがとうございます!!
私のクラスはメイド&執事喫茶をしてるんです。
良かったら渉先輩も遊びに来てくださいね!」
「そうなんだね、時間があればお邪魔するよ」
先輩はキョロキョロと周りを見渡していたので
誰か探してるんですか?と尋ねた。
「知り合いの子が来てるんだけどはぐれちゃってね、
まあ1人でも問題はないよ」
そうなんですね~と言ってお辞儀した。
それでは!と言って先輩に別れを告げて、
自分のクラスに戻った。
(会長の知り合いの子か~彼女とかかな…?)
むふふ~と想像を膨らませて、
手元のパンケーキにホイップを絞った。
(上にイチゴを載せて、っと完成!)
そのままトレイに載せ、近くにいる子に声をかけた。
「これ三番のご主人様までお願い~」
「おっけ~!あれ、誓ってこの時間シフト入ってた?」
ふるふると首を横に振る。
「ううん、入ってないけど手伝ってる~」
「えー!?そうなの!?
落ち着いてきたし回っておいでよ!」
ん~と考えながら、接客中の雅とかずくんを見た。
「あの2人やっぱ人気そうだね?」
背中をばんっと叩かれ、
あったりまえよ!もう売り上げバンバンいただきよ!と
笑う友達を見て、流石は女子に大人気の2人だな~と
誇らしげに笑った。
「それじゃ私もシフトの時間まで遊び行ってくるよ!」
「うん楽しんでおいで~」
教室を出ると、窓の外を見る。
噴水の方で何人か友達が集まってたこ焼きを食べているのが見えた。
(わ、おいしそう!私も仲間に入れてもらお!)
そう思って階段をぴょんぴょん跳ねて下りて行ったら、
ドン…と誰かとぶつかってしまった。
「きゃ……」
「わ………」
ごめんなさい!と顔を上げるとそこには、真人くんがいた。
「ぁ、こちらこそ、ってせんぱいだ…」
「真人くん!」」
学園祭に遊びに来てたんだね!と笑うと
「僕、ここの学園長の孫だからさ」
と答えてくれた。
え!?!?と私が驚きまくっていたら、
「苗字で気づきそうだと思ってたんだけど…
案外バレないもんだね」と笑われた。
そのまま私が案内してあげるよ!と
彼の手を引いて屋台を回った。
校門から校舎入り口までの距離に何店舗もの屋台が並んでおり、私は目当てのたこ焼きを購入。
彼はおいしそう…って笑いながらチョコバナナを買っていた。
「真人くんて甘いもの好きだよね~」
私と同じくらいの身長の彼と目線を合わせながら笑うと
「甘いものがないと生きていけないから、」
ふいっと視線を逸らされた。
「展示とかは見たの?」
「うん、一通りは案内してもらったから
そのままブラっとして、帰ろうかなって思ってたよ」
「そっか~」
あ、でも。と続けて、
君がメイドさんなのは知らなかったから会えてよかった。
目を細めてにっこりと微笑まれた。
背筋がぞくり、とする感覚を覚え、
「とりあえず座って食べようよ!」
また彼の手を引いて校舎の中へと入って行った。
「こっちって本当に入っていいの?」
「大丈夫大丈夫!
私もよく特別棟の階段とかでお昼食べたりするんだよ!」
彼を特別教室のある棟へと案内し、階段に座った。
「誰もいないしおしゃべりしながら食べるのにちょうどいいでしょ?」
「ま、たしかに…?」
私たちは購入したご飯を広げて、もぐもぐと食べ始める。
チョコバナナを一口くれるというので、
私もたこ焼きを一個分けてあげた。
「学園祭どうだった?楽しかった?」
ご飯を食べ終えた私は彼に楽しそうに笑いながら話を聞いた。
「うん、来年はここに通うんだって
イメージが出来たかな〜?」
「そっかそっか!私生徒会に入ってるんだけど、
学園祭の準備すごく頑張ってたから
そうやって笑ってくれるのすごく嬉しい!」
頑張って準備してよかったな~って思えるの!
ふん!と腕を組んで彼を見た。
「生徒会に、入ってるんだ……そっかなんだか似合うね」
「そう?ありがとう!ところでまだ時間は大丈夫?」
そう確認すると彼は大丈夫だよ。と答えた。
瞬間、
私の周りにふわふわ…とピンクのハートが降ってきた。
(!!??)
足元に落ちるとハートは消えて、
続けて頭上からどんどん降ってくる。
(なにこのハート…?)
不思議な顔をしながら彼の方を見ると、
なんてことない表情をしていた。
「ここでおしゃべりでもしようよ」
彼に言われて、うん。と頷いた。
何故だかよく分からないが、
彼の視線がなんだか恥ずかしく感じる。
一緒におしゃべりしてるだけなのに、
彼の視線が私の瞳から、耳へ動いて、
それから首元を見られている気がして仕方がない。
「せんぱいは生徒会の仕事すきなの?」
「うん、結構楽しく活動してるよ」
「そうなんだ、
僕も来年は生徒会に入ろうかな~せんぱいは続けるの?」
「う~ん、悩んでるんだけど、
真人くんが入るなら続けようかな?」
「そっか~…せんぱいはどうしたいの?」
首元にあった彼の視線が上がり、私の瞳と交わった。
相変わらず私の周りにはピンクのハートが落ちてくる。
「え、っと……」
「どうしたの?」
「あ、はは…まだ決められないかな?」
「ふうん、そっかあ」
そう言うと彼はにこっと笑って
「手、繋いでもいい?」
そう言ってきた。
「え、なんで…?」
「ん~なんか繋ぎたい気分になったんだけど、ダメ?」
階段に座る彼は、両膝を抱えるようにして指を交差させた。
私を下から見つめてくる。
「い、いいよ」
気付けばそう口にしていた。
彼は、本当?!と喜んで、体をこちらに向けた。
階段の段差に膝を曲げていた私も、彼の方を向く。
向かい合った私たちの距離は思っていたよりも近かった。
右手をスッと彼の方に上げると、彼は正面から握った。
指を絡めるように隙間をあけて、指をこすり合わせてくる。
「くすぐったい、よ」
「ん~?じゃあ、ぎゅってした方がいい?」
そう言って、
ゆっくりと触っていた指の隙間を思いっきり埋められた。
「わ……」
「せんぱいと手、繋いじゃったな~」
彼は嬉しそうに繋いだ手を見た。
私は、もう…と頬を軽く膨らませながら、
彼の瞳と目を合わせた。
このままだと、
キスでできちゃいそう…なんて思っていたら、
彼にもう片方の手も繋ごうよ!って手を差し出された。
(私ってば…何考えてるの…!?)
そのまま向かい合わせで、
彼と両手の指を絡め合わせる不思議な体勢になった。
「変な体勢、このあとはどうするの?」
私がくすりと笑って彼を見たら、
「まだ離したくないから、もう少しこのままでいたいな、」
そう言って指をぎゅ、と強く握った。
私も、そっか…と言って彼と手を絡ませたまま
恥ずかしくて彼から視線を逸らした。
周りのハートが少しずつ薄くなっていった。
一体このハートは何だったんだろう?
考えても全く思いつかないから、
きっと何かの出し物とかだろうな~と考えることを放棄した。
絡ませていた指が、ぴくりと動く。
彼に、そろそろ移動しようか?と
聞かれたので頷いて片手を離した。
もう片手も、彼の手から離れようとしたら
「こっちはまだ、だめ」
と目を細めて微笑み、握りなおされてしまった。
きゅん……
私の心が、彼にときめいちゃってる音がした。
多分顔赤くなってるだろうな、というくらい、
心臓がバクバクした。
私はおもむろに立ち上がり、
手を繋いでいたので彼も立ち上がって、
あいているほうの手でメイド服のスカートをひらりと翻した。
「私、今日メイドさんなの…ね?どうかな、」
赤くなった顔を俯かせながら、彼に感想を聞いた。
「すごく可愛いよ、その、
本当は初めに会った時に言おうと思ってたんだけど…」
我は、困った顔をして、私の胸元のボタンを指さした。
「ボタンかけ間違えてるよ…」
「えっ!?わ、本当だ!?!あれ~!?うそいつから!?」
「せんぱいはドジっ子メイドさん担当なのかと思ってたよ」
わざとだったら申し訳ないなって思ってた。と爆笑する彼に、早く教えてよ!!!と拳でポカポカ叩いた。
(はずかし!!あ~はずかしい!!!)
すぐにボタンをかけなおすために、
手を離すと、前のボタンを3個開けた。
まだこちらを見てる彼に、向こう向いてて!と
怒り、急いで直した。
「機嫌なおしてよ~ごめんねって」
ボタンを直した私は絶賛ふくれっ面モードだった。
階段に体育座りして、
その上に腕を組み、彼にふん!と目を逸らしていた。
「もう、私洋服も一人で着れない子みたいじゃない…!」
ぷんすか怒っていたら、
「大丈夫、次からは言うし、
本当に服が着れないなら手伝ってあげるって」
「手伝わなくていいってば!!一人で着れるんだから!」
私に目線を合わせて、歪んだヘッドドレスを直してくれる。
(これじゃ、本当にどっちが年上なのか分かんないよ…)
ふくれっ面だった頬を突く彼。
かわいいね、せんぱいは。と耳元で囁かれた。
(ひゃ……)
余計に恥ずかしくなって、自分の腕の中に顔を埋めた。
(はずかしい…)
うずくまる私の腕に彼は楽しそうにノックした。
「コンコンコン」
「あれ?いないのかな、コンコン」
そう続ける彼に、もう…とため息をついて
「本日は閉店です」伝えた。
くすくす笑われて、
「閉店なら仕方ないな~、また開店したら教えてください」と私から離れて行った。
離れていく彼に、え?と顔を上げると。
「次はせんぱいとデートに行きたいな、
どこかに2人きりで」
「え?」
「どうでしょうか?」
「あ、はい…私も、行きたいです。」
やった!と小さく呟いて、
彼はそのまま連絡先を書いた紙を私に渡して帰って行った。
(連絡先なんて、いつの間に書いたんだろう…)
携帯に彼の連絡先を追加する。
一言だけ彼に、いじわるは禁止!とつけて連絡を送った。
壊れちゃうくらいドキドキした…でも、楽しかったな…
私も階段から腰を上げて、教室に向かう。
ついでに生徒会室にだけ寄っていこう。
扉に手をかけたら中から声が聞こえた。
(わ、誰か話し中だった!?)
中の声は渉会長のようだった。
硬い声の会長と明るい声のおじさんがお話していて、
どうしようかとウロウロしていると、
中から
「さすが私の甥は優秀だな~、真人も見習うといい。
まあ孫のお前も十分すぎるくらいだがな!」と
いう声が聞こえた。
(え、真人くん?)
気になり少しだけ中を覗き、彼を見つけると、
これ以上会話を聞くのも悪いと思いその場を退散した。
(真人くんと会長と…あれは学園長?
渉会長は学園長の甥…?)
私の中で、今日渉会長が案内してあげていたのは、
もしかして真人くんだったんじゃないかと気付いた。
(そっか、渉会長は甥っ子さんだから
真人くんとも仲がいいのかな…?)
甥っ子と孫にしては年が近いよね…?なんでだろう?
知らない方がいい事もあるかもしれない、
そんな風に思いながら私は教室に走った。
*****
「そうなんだよ!
それが渉会長ルートの引き金になる話なんだよ!!!」
そう叫びながら私は目を覚ました。
部屋の中は明るく、先ほど寝る前までは夕方だったのに、
朝がやってきていた。
朝というより昼の方が近いみたいだ。
ベッドの横におにぎりと飲み物が置いてあり、
今日もゆっくり休みなさいね。とお母さんからの手紙が添えられていた。
どうやら、どっぷりと眠っていたみたいだ。
頭の中で、先ほど見た学園祭の記憶が過る。
「同化していってる時はなんだろう~って
不思議に感じてたけど!
あのハートが降ってくる空間は、
クラウンズモード!!!!!!!!!」
まさか、私がクラウンズモードの餌食になっていたとは思わなかった。
リトクラには、
クラウンズモードと呼ばれる恋愛システムがあり、
攻略キャラの色をしたハートが頭上から降ってくる。
(今回は真人くん相手だったが、
この場合はヒロインである誓ちゃんのピンク色のハートが落ちてきたという事だろうか…?)
クラウンズモードの時は、無性に相手に触れたくなったり、触れてほしくなったりする。本来の乙女ゲームではおさわりタイムのようなものなので、TAP!と出たところをひたすら触らせていただく楽しい時間なんだが…
今回はターゲットが自分だった。
あの時、私は真人くんに気を許していたし、
きっと私の体の至る所にTAP!と出ていたに違いない!!!
私は視線がなんか恥ずかしいな…
くらいにおもっていたけど!!!
(でも…あれ…?)
ふと、気づいてしまった。
自分がプレイする側ではないことに。
「私って…もしかして彼に、攻略されている……?」
ぶわっと汗が出た。
もしかしてとは思ってた。
私はリトクラのヒロインに転生したはずなのに、
彼らと恋愛した記憶もなく、
ただ自分の夢を見つけて渉会長の卒業を見送る。
その後にあるはずの大団円エンドの後日談を体験してない。
していないどころか、卒業式後に攻略キャラの誰かとのENDを迎えるはずの公園で、私は真人くんに選ばれてしまった。
あの公園、なんで行かなきゃいけないのかと思ってたけど…
いつもヒロインが最後に彼の待つ公園に行って後日談って流れだった…
私は自然に記憶を取り戻しながら、
真人くんに攻略された事実を受け入れていた。
「今は秋まで思い出を同化させてる…多分もう今は真人くんの後日談に入っちゃってるのかもしれない…………?」
そこまで口にだしてから、
(いや!彼はほぼ出てこなかった
サブキャラなんですけどね!!!!!)
なんのバグですか…公式…と頭を抱えた。
既に彼と一緒に一年を過ごし終えた後で、
これは乙女ゲームだと思っていたけど、もうリアルなんだ。
「残りの記憶はきっと、初デートと冬か………」
よし、と頬を叩いて
「リトクラの世界で彼との恋、楽しみますか!!!!」
開き直った。
もう私の心はヒロインと同化して、
彼にときめきと恋心を感じてしまっている。
彼とのキスのたびに、気持ちよくてもっと彼が欲しくなる感覚も残ってしまっていた。
こんなとこから他の攻略キャラとの恋なんて絶対に無理だ。
ふと脳裏に昨日まで会っていた彼の笑顔を思い出して、
私は部屋の中ひとりでにやにやしてしまった。
「もう、これは間違いなく攻略済みです私。」
頭を抱えた。
「と、なると…リトクラのメインイベントの学園祭は終わったから、もしあるとしたらクリスマスパーティーとバレンタインかな…?」
でも学園の生徒ではないのでクリスマスパーティーには参加出来ないだろうし、なぜか私はチョコの返事を彼にしているらしいから、バレンタインも渡していない…?
「うう…早く!!記憶戻って来て!!!!!!」
pipipi……
枕元に置いていた携帯が鳴った。
「そうだ!携帯!」
バッと携帯を掴んで、中のデータを確認した。
連絡は真人くんからだった。
昨日は“お邪魔しました、よく眠れたかな…?体調はどう?”とメッセージが入っていた。
それだけでなんだか心が温かくなった。
すぐに、“体調は大分良くなりました!昨日はお見舞いありがとう”と返す。
そのまま写真のアプリを開き中を確認する。
そこには雅とかずくんとの思い出や、
生徒会のメンバーとの写真。
近所の公園や犬猫なんかの写真が入っていた。
「私いっぱい写真撮るタイプだったんだな…」
ひとつひとつに思い出を感じ取って、
懐かしい気持ちになった。
そういえば彼との出会いも桜の写真を撮っているときだったな、と写真を遡っていく。
夜桜の写真を見つけて、
「あ、これ結構綺麗に撮れてる…」
と嬉しくなった。
少し頭痛がして、私はまた記憶が戻るのか…と目を閉じた。
(一気に彼との思い出が戻ればいいのに…)
出来ればだけど…
そのまま綺麗なオレンジの世界に体が溶かされていった。
「わっ!」
待ち合わせの場所にいた彼の後ろから肩を叩いて脅かした。
「っな、んだ、せんぱいか…びっくりした」
驚かせないでよって怒る彼を見て、
ごめんごめんと謝った。
「今日は紅葉見に行きたいなんて言うと思わなかったよ、
初デートって映画とか水族館とかのイメージあったから」
「初デートだからね!いつでも行ける場所じゃなくて記憶に残るところにしたいと思ったの」
「せんぱい、もう初デートって言ってもテレないんだ?」
耐性つきました!ふふん!と胸を張った。
メッセージで何度もデートなんだから可愛い服で来てね?とかなんとか言われ続けて、
もうこれはデートなんだし楽しもう!と
開き直った私は彼に
「手、繋いでくれないんですか~?」とニヤニヤ聞いた。
彼は、もう…って顔をしながらも指を絡ませて繋いでくれた。
「ふふふ」
「なに?どうしたの?」
「いや、なんか初めて会った日はこんな風に一緒にお出かけするような関係になるなんて思っていなくて、
なんか楽しいなって」
そう言って彼が繋いでくれた手をぎゅ…と握り返した。
「へえ、僕たちどんな関係なの?」
揶揄ったような顔をして彼は私の前に立った。
「大切な後輩で、いま私に一番近いお友達」
「そっか、ざんねん」
何が?と聞き返すと、なんでも?と交わされた。
あの学園祭の日から、
彼への気持ちを少しずつ自覚している。
多分、好き…という気持ちを抱えて今日は自分が恋しちゃったのか確認に来た。
「さて!行こう!
ここの紅葉ってすごく綺麗だってテレビで見たんだよね~」
「人多いからはぐれないようにね!」
「私のセリフだからね?それ」
そのまま坂道をゆっくり手を繋いで歩く。
少しずつ色が変わってきた景色を見て、うずうずしていたら
「写真、撮る?」と聞かれた。
「もうちょっとひらけた場所に着いてからにする!」
と握りしめた携帯をポケットにしまった。
暫く歩いて、紅葉の道から続いて広場のような場所に出た。
一面が赤、オレンジ、黄色、と
綺麗なグラデーションに見えた。
私は彼の手を引っ張って、
「すっごーい!!!」とはしゃいだ。
一面が綺麗な紅葉で、大きく息を吸うと秋の香もした。
彼はそんな私を見て、ふははとおかしそうに笑う。
なに?と不思議そうに尋ねると、
彼の手が伸びてきて、私の頭を触った。
「紅葉、ついてる」
「えっ、あ、取ってくれてありがとう…」
「せんぱいの髪って綺麗なミルクティの色してるから、
この景色に溶け込んでてすごい綺麗だよ」
彼はふわりと笑う。
「く…口説くの、禁止、デス」
私は両手で赤くなった顔を隠した。
本心なのに、とまた笑われた。
2人で近くのベンチに座って周りを見渡した。
「この辺りって人少ないんだね?」
「紅葉見に来る人は
もう少し先の湖の方まで行ってるんじゃない?」
彼にそう言われて、
確かにここのスポットは湖に反射して映る紅葉が綺麗だと
テレビで言っていたな…と思い出した。
「私たちも行く?」
彼は首を振って、疲れたからもう少しここにいようよ、と
私の肩に頭を置いてきた。
甘えん坊さんだ~と言って彼の頭を撫でた。
ゆっくり進んでいく時間、
綺麗な紅葉に囲まれて気になる男の子と二人きり…
そう思うとなんだかとても幸せな気持ちでいっぱいになった。
(こんな気持ちを切り取って残せたらな…)
そこで、あっ!と声を出して
ポケットに入れた携帯を取り出した。
彼は、なに!?とびっくりしていた。
「写真、撮ってもいい?」
私がそう聞くと、どうぞ。と離れてくれた。
彼をベンチに置いて綺麗な景色を画面に残していく。
(ここからの方がいいかも…?)
うろうろ歩き回って、ピンとを合わせる。
画面の端に、ベンチに座る彼が見えた。
(あ…………)
赤やオレンジの中にいるピンクの髪の彼は
少し周りの景色から浮いていた。
なんだか心の内側が冷たくなるような感じがした。
そして、ひとりにさせちゃったな…彼の方に戻っていく。
「あれ、もういいの?いい感じの撮れた?」
うん、と頷いて彼の隣に座った。
「なんで突然元気なくなったの?毛虫でも踏んだ?」
踏んでない!!!と怒ると、彼に、
「真人くんひとりにしちゃったから、私が寂しくなったの」と下を向いて呟く。
「なにそれ?僕は全然ひとりでも大丈夫だけど…
せんぱいがひとりで寂しかったんなら、
それは僕が傍にいてあげないとだね」
そう言って頭を撫でてくれた。
彼の優しさに、また胸がキュウ…と痛んだ。
(優しくて、なんだか苦しくなっちゃう…)
「ひとりが寂しかったなら、僕を被写体にしたら?」
「真人くんを?」
「うん、せんぱいが撮る写真の中に
僕がいたら寂しくないんじゃない?」
そう言って私に笑いかけてくれた。
「折角せんぱいが、
楽しく写真撮れる場所に来たんだからさ。ね?」
と私の目線に合わせて聞いてくれる。
私は頷いて、そうする!と立ち上がった。
カシャ…
周りの景色の中で、
彼にだけピントを合わせて写真を撮った。
それから、何枚か写真を撮り、
その度に画面越しで私に向かって微笑みかけてくれる彼に、
トクン、トクン、と胸が鳴った。
さっきまでの寂しさはもうどこかに消えてしまっていた。
「写真撮るの、楽しい!」そう彼に叫んでから笑ったら、
彼は「知ってる」って大きな声で返してくれた。
小走りの彼が、もう写真いいの?と聞いてきたので
もう充分だよ、ありがとうと言ってまた2人でベンチに戻った。
「この後、どうしようか?」
私がそう聞くと、まだ時間あるんだよね?と言われて
何故か、また手を繋ぐことになった。
「ね、ねぇ…なんでまた手を繋ぐの…?
指、絡めるのもいいけど、人目もあるし…」
ベンチで2人座って、指を絡めて手を繋ぐ。
私の周りにはまた不思議なハートが降ってきていた。
(このハート本当になんなんだろう…)
「前も手繋いでくれたじゃん…
今日はこうやって触るのダメなの?」
彼が私の手を離して腰を抱いてきた。
そのまま空いた手で私の指を絡ませてくる。
「だめじゃないけど……
真人くんほんと手繋ぐの好きだよね?」
「せんぱいとじゃないと、こうやって指、絡めないけどね」
そう言って繋いだ手をあげて見せてくる。
彼の視線が、私の手から私の瞳へ、
そしてそのまま唇の方に感じていた。
(さすがに、見られてるの分かるけど、それは…)
どうしよう、と考えていると
「せんぱいは将来の夢とかってあるの?」
突然そんな話を振られた。
「え?!いや、まだ特に考えてないけど…」
「そうなんだ?写真撮るの好きだから
フォトグラファーとか目指してるのかと思ってたよ」
彼は違ったか〜と言って笑う。
「せんぱいのなりたいもの決まったら僕に教えてくれる?」
「なんで…?」
「せんぱいの事、何でも知りたくなるから」
そう言って抱いていた腰から手を離して、
握っていた手の甲に軽くキスを落とした。
「えっ…え、なん…え?」
「キョドるせんぱいもすごく可愛いね。」
何のつもり…?と声を出すと、
彼は指でシーとポーズを取った。
「僕、きみのこと気になってる、どうしようもないくらい」
穏やかに微笑む彼には余裕を感じた。
私はその言葉にドギマギしてしまって、
上手く言葉が出なかった。
(告白…?なの?何て返したら…)
「これは告白とかじゃないんだ、
ただ今この綺麗な景色の中で伝えておきたかっただけ」
でも覚えててほしい、と頬を染めて笑った。
私は、その言葉がすごく嬉しくて
心の中にストンと落ちてきた気がしていた。
周りのハートもほわほわと揺れている。
「わかった、ちゃんと覚えておくからね」
そう彼に伝えた。
*****
また柔らかな眠りから目を覚ます。
彼は、私に気になってるって言ったんだ。
私はきっともう彼の事が好きで、
その言葉にすごく私も、と答えたかったんだろうな…
そんな風に思えた。
そういえば紅葉デートの写真!
可愛い真人くんが撮れてたから見返したいな、と
携帯のロックを外した。
「私がいっぱい撮ってたんだよね?」
どの辺りかな〜って遡っていると、生徒会でやっていたクリスマスパーティーの写真が出てきた。
「わ!これはスチルで見たことある!!!!
ヒロインが撮った写真だったんだ…」
前世、神絵だ…!と
感動していたスチルを見つけて嬉しくなった。
結構写真の才能あったんじゃない?ヒロインってば…と
クリスマスの写真、基スチルを見返した。
そこにはやっぱり真人くんはいない。
学園の生徒会で開いたものなので仕方ないけど、
彼のいないパーティーに寂しさを感じる。
頭がチカっとして、そういえば…と思い出す。
「あの日、確か、クリスマスパーティーが終わった頃に
彼から電話が来て、会いに行ったんだっけ…?」
なぜか記憶を見ていないのに、
頭の中にその時の事が思い出された。
「彼は…私に…
そう、受験で暫く会えないって伝えに来たんだ。
来年は一緒に通えるよう頑張るからって…」
私は頑張れと頭を撫でた…そして……?
あ、
そして約束をしたんだ。
終わったら迎えに来てって、指切りをして。
そうだ…思い出した。
あのクリスマスパーティーの夜、
私本当は会えた時に告白しようと思ってた。
受験生って分かってたけど、
それでも気持ちだけは伝えたくて…
そんな時に彼から電話が来て、
あいたいって言われた時
私すごく舞いあがっちゃって…
走って会いに行ったんだ。
(なんで今まで忘れてたんだろう…?)
その瞬間、4月からの、それ以前の記憶も
私の頭の中に全部流れ込んできた。
心を弾ませて学園に入学して、
幼馴染といとこの男の子に守られながら
部活動見学に行った。
そこで生徒会長がカッコよくて、
生徒会に入ることを決めたんだっけ。
2人にいっぱい止められたけど、
そのまま2人も一緒に入ってくれたよね。
春、夏、秋、冬、
この一年で本当に学園で色んな事を経験して学んできた。
さっきまで彼のことを思い出すのに必死だったけど、
全部記憶と思い出は紐付いてるんだ。
転生したのはちゃんとこの体が生まれた時だった。
4月に入学した時も私はちゃんと私のままだった。
みんなと一年過ごしたけど、
恋をした相手は学園の人ではなかっただけで。
あのバレンタインの日、
偶然彼と会えたけど、私はチョコを準備してなくて
彼が作ってくれた手作りチョコを貰って大喜びした。
私が笑いながら、本命なの?って聞いたら頷くから。
私も気持ちを伝えようとしたら、
彼に言われたんだ。
「その答えは、来月教えて」って
彼の合格発表を待って、次の月に会う約束をしてた。
その日に、絶対に私の気持ちを伝えるって。
思ってたのに、
私はその前の日に頭を強く打って
前世の記憶を思い出してしまった。
目が覚めたら乙女ゲームの世界で、
異世界転生!?って思っていたら
ゲームのシナリオはもう終わってて…と勘違いする私に
何故か、この体は前世の私の記憶と合わなくて
記憶が混濁してしまっていた。
彼と触れ合って、私の心と体はようやくこの世界を受け入れてあげられたんだ………
今の私はもうちゃんと恋内誓だ。
西園寺真人くんと出会って1年かけて恋をした、私だ。
ようやく、全部思い出して私に戻れた。
「私、ちゃんと彼と恋人になりたい…」
あの卒業式の後の公園での会話、あれは今の私じゃない。
ちゃんと、好きだと伝えて、それから私にキスしてほしい。
私が好きなのは彼だけなんだから…
私は電話をかけた。
彼に、あの日のやり直しがしたいから公園で待ってる、と
*****
公園のベンチ、冷たい風が頬を刺した。
マフラーを巻き直しながら空を見る。
「さむ………」
勢いで呼んでしまったけど、
私はまだ体調が万全ではなかった。
記憶が戻ったので気分は幾分かマシだったが、
それでもいきなり思い出したりしてしまった
負荷が体にズシリとのしかかってる気がしていた。
それでも…
(彼に会いたい。ちゃんと伝えたい。)
その気持ちだけでここまで頑張って来た。
公園の外で、せんぱい!と呼ぶ声が聞こえた。
上を向いてた視線を、声がする方へと向ける、
走って来た彼に勢いよく肩を掴まれた。
「わっ…!?なに…」
「なにじゃない!せんぱいまだ体調悪いのに!
こんな無理して!家帰りましょう、?」
心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いや…!やり直しする。してから帰る」
むう…という顔をして掴まれた肩を手で叩いた。
「一体なんのやり直しを…」
彼が言う前に口を開いた。
「あなたが好き。出会った時から本当はずっと惹かれてた。
会うたびに、知らない優しい顔や意地悪な所を見つけて、」
「え、」
「わたし、ずっと伝えたかったの。
西園寺真人くん、私を、あなたの彼女にして下さいって」
私は胸を張って笑顔を見せた。
きっと今までで1番頑張ったし、1番気分が良かった。
彼はその場でうずくまって、
頭を抱え込むように顔を隠してしまった。
私もしゃがんで彼のそばにいく、
隣にいくと、彼の耳が真っ赤な事に気づいた。
スっと指で耳をなぞった。
「ひゃ…なに」
声を上げた彼にニヤニヤしながら
「顔、真っ赤で可愛いねえ」と伝える。
不貞腐れたように、
だから顔見せたくなかったのに。と言った
「あの日、せんぱいが来てくれてすごく嬉しかったんだ、
返事もなんか曖昧な感じだったけど、
丸め込んでしまえばいいかと思った。
思うより先に手が出ちゃったんだけど…」
彼が話始めた。
「様子がいつもと違うな、とは思ってたし
いつもよりわたわたするし、僕のこと見てなんで?
って顔してたから不思議に思ってた。
でも、今日、せんぱいがやり直しするって言った時
僕振られると思ってたんだよ。
付き合う気はないのって、
バレンタインに僕から渡した時、びっくりしたまま固まっちゃったせんぱいの顔忘れられなくて。
今日来るの本当に怖かった。」
本当だよ?と私を見つめて来た。
そっか、と返したら、そうなんだよ、と返された。
「せんぱいの事すき、本当に好きでどうしたらいいか分かんないよ。僕が君の彼氏でいいの?」
「当たり前だよ…」
私から彼に抱きついて、
だってすきなんだから〜!と耳元で叫んだ。
彼は笑ってから、
めちゃくちゃギュッと抱きしめ返してくれた。
「両思いになれるなんて思ってなくて、本当に嬉しい…」
涙ぐむ彼の顔を眺めてから、
涙を溜める瞳の上にキスをした。
「なっ…にしてんの」
「あの日のお返し…私もっとすごいことされたけど?」
なんと言っても、キスされて…そうディープでやられましたのでね!舌がびっくりしてましたから!本当に!
そのまま彼にキスされる雰囲気になったが…
「だめ!私の部屋でして?外は恥ずかしい!」
と言って外キス回避して部屋まで連れて帰った。
部屋に戻ると、床に座って2人で並んだ。
何となく気恥ずかしさに耐えかねながらも、
そばにいたくて私は彼の足の間に座らせてもらった。
「なんか、ここもドキドキする…」
「僕もドキドキしてるから」
後ろからぎゅう…と抱きしめられる。
いつもの彼となんだか様子が違う、
ぎゅ…と後ろから抱きしめられながら両手を前で握られた。
両手は私の胸の下あたりにあったので、
その上に私も手を重ねた。
「なんか…やっぱりドキドキする…」
「僕はちょっと落ち着いたかな…?
先輩のうなじに僕が付けた痕見つけたからかな〜」
私の首筋をスス…と唇でなぞった。
「ひゃ…?、??、!なにしてるの?!」
「え?もう少し濃く付けとこうかと…ダメ?」
見えないとこにしてよ…と下を向く。
ちゅ…ちゅ…と吸う彼にきゅんきゅんと、うずく。
振り向いて、こちらも開店してますが…?と怒った。
目を細めた彼は、開店待ちしてたので。と笑って、
足の間に座っていた私の手首を掴んで後ろに置いて、
下から私を見つめてくる。
突然手首を掴まれて、私はビックリした。
下から上へ押さえ込むように彼にキスされた。
私の体は一瞬固まって、
床に固定するように握られた手を動かそうとした。
(うごかない…?)
キスを何度も続ける彼に私の目の前がチカチカする。
上に上に逃げたいけど、手を掴まれてるから逃げられない。
そのまま力が抜けていって
彼にもたれかかるようにキスをする。
「あはは、とろとろな顔だ」
そう言って床で握っていた私の手を離すと、
優しく私の顔を拭いてくれる。
「せんぱいはちょっとお口ゆるいよね」
(誰のせいで………)
声にならない声で口をパクパクさせた。
彼は唇をぺろりと舐めると、私の耳元で
「どこまで許してくれるの?」
と聞いてきた。
私も彼の耳元で、「好きにどうぞ」と答えようとした。
が、その前に彼に腰を抱かれて唇を奪われていた。
「ん…んぁ…ぉ…あっ」
私の頬に手を置いて固定し、角度を変えてキスされる。
深く、長く彼にキスされて、そのまま口を開いた。
目を見開いた彼が、もう…と私の頬から手を離して、
腰の方に腕を回した。
私の口からじゅるりと涎が垂れ、それすら彼に舐め取られた。
(私今から何されてしまうんだろ……)
心臓をバクバクされながら彼の背中に手を回す。
離れる唇に、もっと、やめないで、ってお願いした。
そのまま目を瞑って、
彼に回される手の感覚にどくりと緊張した。
彼の手が私の腰から背中にいき、
そこからなぞるようにお尻の方へと下りていく。
「ひゃぁ…っ」
恥ずかしさとむず痒さで声が出る。
「かわ、い…せんぱい」
息が乱れる彼と目を合わせて、
「もう名前で呼んでよ、せんぱいは、いや」
そう言って私から彼にキスした。
何か言おうとしていた彼の言葉を私が全部飲み込む。
まだダメやめないで、もっとキスして。
そう願いながら、彼の胸元を押して
彼を押し倒した。
にこぉ…と笑う私は彼の上に跨って、
彼と指を絡ませた。
「ち、かいせんぱい…」
彼に名前を呼ばれて嬉しくなった。
気分もよくて、そのまま軽くキスを落とした。
可愛く音のなるキスを。
「これから、ずっとそう呼んでくれる?」
私が聞くと、もちろんですって笑ってくれた。
(うう…幸せだなあ…)
ゆっくり彼の方へと体を倒した。
隣に横になって、おでこを重ねた。
「すき…真人くん」
そう言って私はそのまま彼の隣で眠った。
目が覚めると、彼が目の前にいた。
手を繋いだままだった。
「私だけベッドに運んでくれたんだ…」
キスだけなのに疲れ切って身体中の体力を使い果たしてしまったようで、私はぐっすり眠ってしまっていた。
まだ目が覚めない彼を見て、ニヤつく。
眠ってる顔も綺麗…
「わたし、本当にいま幸せ……」
そう呟くと、彼にお目覚めのキスを軽くした。
「起きて、真人くん」
体を揺らすが起きてくれなくて、
それなら私も寝ちゃお!と彼の眉間のシワを伸ばしてから、指を絡めてまた眠りについた。
そのあと暫くしてから目を覚ます彼だった。
*****
これは乙女ゲームが始まったと思ってたら、
既にシナリオが終わってた世界。
サブキャラの男の子にまるっと心を持ってかれて、
攻略されちゃったヒロインのお話。
それでも、好きになった彼との世界はずっと続く。
「私を攻略してくれてありがとうっ!」
「君の攻略は、本当に骨が折れたよ…?」
大好きなあなたと今日も写真を撮る。
この時間を切り取って、大切にしたいから。
*****
物語の後日談。
春休み最後の日、
午後私の部屋でふたりきりで本を読んで過ごしていた。
お互いに集中してたけど、視線があって本を閉じた。
「どうしたの?」と聞こうとしたら、
突然彼の顔が目の前にきた。
あれ…と思ったらキスされて、押し倒されてた。
キスしていい?って聞かれたので、
もうしてるじゃんと答えたら、
これからもっとしたいけどいい?って聞かれた。
仕方ないから私から彼にキスをした。
私は彼に両手を伸ばして
「お姫様だっこ、してほしいな?」とおねだりした。
彼はそのまま私を横に抱いて、
キスのお礼なので。と持ち上げた。
「あはは、すごい!!真人くん力持ちだ〜!」
「鍛えてるからね、春休み入ってから特に」
「そうなの?どのくらい?」
「誓せんぱい1人くらいならよゆ…」
言い終わる前に、両手が塞がる彼にキスをする。
優しくて可愛いキスなんかじゃなくて、
舌を入れて思いっきり大人なキスを。
「ん、ふふ、ん〜ぁん…」
私はなんだかおかしくなっちゃって、
舌を絡めながら笑ってしまった。
触れない彼を見つめながら何度も舌を絡める。
おかしくて笑ってしまうのに、楽しくてやめられない。
「ふふふ、ん〜っんぁ〜あっ」
何度も何度もやめない私に、
彼は私をベッドに下ろすと、こら!と怒った。
「気持ちよくなかった…?」
「気持ちよかったけど、そうじゃなくて」
「触りたくなった?」
私がニマアと自分の頬に手を置いて笑うと。
「触りたくなったよ、本当すごくね」
と彼が困ったように言った。
彼は私にキス以上のことはしない。
もっと私たちがこの関係に慣れてからの方がいいと思うと言って先には進んでくれなかった。
ごめんね、と謝って彼を抱きしめる。
「怒ったからね!」といって私の手を引く彼。
顎を掴まれたと思ったら、そのままガブリ、と
私のほっぺをはむはむする。
そんな彼の可愛い行動に、
私はまたきゅんきゅんと胸をときめかせた。
「あはは、たべられちゃったぁ」
そういって彼にまた抱きつく。
彼は私に軽くキスして、唇を舐めた。
そのまま体を離し目を細めて笑ってから、
余裕があるうちに離れてね。
と私のお腹辺りをトントン…と指でなぞった。
「いつか、余裕がなくなったら教えて?」
「そうだね、いつかね」
誓せんぱいは知らないと思うけど、
僕かなり我慢強い方だよ、と笑った。
今日はこれだけ、で我慢するから。
そう言って私を膝立ちさせた彼は、
私の服を胸の下まで捲り上げて心臓の上にキスする。
ちゅ…と長く吸うと、
私の下の胸辺りに彼の冷たい指が当たり恥ずかしくなった。
「ひゃぁっ……」
びっくりしたけど、
もう、胸までキスして食べてもいいのに…。
そう思うだけで口にはしなかった。
そのまま横になって指を絡めて手を繋ぐ。
「僕さ、学園入ったら生徒会、入ろうかな」
「何で突然…」
「誓せんぱいには言ってなかったんだけど、
渉くんと僕は知り合いで、
ずっと僕は渉くんに憧れてたんだ。
何でもできて頭も良くていつもスマートな態度で、
すっごくかっこいいひとだから。
本当は誓せんぱいが渉くん目当てで
生徒会に入った事も知ってたんだ。
すごく頑張ってる後輩がいるって聞いてたから。」
私の手のひらを遊ぶように捕まえて、
指でなぞった。
「渉くんを越えるために生徒会長目指すよ。
誓せんぱいにかっこいいって思って
生徒会に入ってもらうために…どうかな?」
上目遣いで私を見つめて、
遊んでいた指を絡ませてきた。
「真人くんは充分かっこいいので、生徒会入ります!」
わらって彼に伝える。
はあ〜〜と大きく息を吐いた彼が
「はは、なれるかな、渉くんみたいに」
「渉会長をすぐ越えるようなかっこいい会長になれるよ、
私もずっとそばで応援する!!」
「写真はいいの?」
その言葉は私がずっと考えていたものだった。
卒業まで時間はあるけど、進路として私が選ぶとしたら、
それはきっとフォトグラファーの道だろうな、と。
この1年間でいろんな写真を撮ってきた、
ちゃんとしたカメラではないけど、
目指したい道の1つに間違いなく存在している選択肢。
「私も、目指せるかな…」
「好きなんでしょ?撮るの」
「うん、すき、私フォトグラファーになりたい」
お互いに顔を見合わせて、頑張ろうよ〜と笑い合う。
そのままキスをして、鼻を擦り付けて、
未来も彼となら明るいな、と目を瞑った。
私たちはゆっくりふたりきりのペースで進む。
優しい時間をいっぱい経験してから、
大人になろう。
私は彼をぎゅ。とつよく抱きしめた。
いつのまにか、あの春の日に出会った彼よりも背が高くなっていて今では私よりも10センチは高くなった。
桜の花が咲く季節がまたやってくる。
今年から彼と通う学園生活が始まる。
私の残り2年間、もっともっと楽しく一緒に過ごそうね。
私たちはそう約束して指を絡めて、キスした。
新しい、学年が始まろうとしていた。
「やっと、やっと捕まえたよ西谷さん。」
ー完ー
読んで頂きましてありがとうございます!
初めて乙女ゲーム転生もの考えました〜〜!
ちゃんとヒロインちゃんが攻略されてるか心配になり、
何度もちゃんと攻略してる?どう?と確認を入れてました。
もう少し内容的には彼視点とかも考えていましたが、
ちょっとえっちすぎたのと文字数が多く、
4万字越えた辺りで泣く泣く削りました…。
ちなみに真人くんは、まなとくんと読みます。
真の攻略人!みたいな感じで考えました笑
また機会があれば、追記で内容更新しようと思います!
もしくは短編でこそっと真人くんのお話あげたいです…
余談ですが、
前回の短編もお読み頂いた皆々様、ありがとうございます!初めてあんなに見てもらえたので感謝しております。
社畜が張り切って仕事に励めるのも読んでくださる方がいてこそなので…!
それでは、
ありがとうございました!