アンドロイドの愛と人間
私がこの仕事を始めてしばらくした頃、アンドロイドが暴走する事件が起きた。
人に危害を与える暴走ではなかったが、万が一のことを考え処分することになった。
大量生産された型番だったので人手が足りず、その型番の分解が簡単だったこともあり、まだ新人の私も駆り出されることになった。
初めて1人で処分を行うので緊張したが、簡単な分解であることと、やはり皆さんアンドロイドの暴走が怖いようで、分解を行うと感謝されたので数回仕事をすると緊張もなくなっていた。
そんな、仕事に慣れてきた頃である。
とある女が処分を拒否した。
「私のは絶対大丈夫なんです。だから、大丈夫なんです」と、壊れたように繰り返す。
めんどくさいなぁ、暴走して怒られるのはこっちなんだけど。
しかし、強引に処分してしまうとそれよりもっと怒られる。どうするべきか。
とりあえず、近所の人に女について聞いてみると、その女は長いこと1人で暮らしていて、関わるのはあのアンドロイドくらいだそうだ。家族が居るのかもわからないらしく、あのアンドロイドに執着するのも、少しわかる気がした。
先輩に相談すると、定期的に訪問するのを提案された。仕事は増えるが怒られるよりはマシだ。
私は女の家に行き、アンドロイドの様子を確認する。
女のアンドロイドは暴走の1歩手前だったが、暴走している様子はない。
私は、女に暴走する1歩手前だということと、暴走しても人に危害を与えるものではないこと、何かあったら連絡すること、そして定期的に様子を見るために訪問することを伝えた。
「私のは暴走しないから不要だけど、それが貴方の仕事なのよね?ならいつでもどうぞ」
こっちはお前のせいで仕事が増えてるんだぞ、と思ったが訪問にも何か言われるのではないかと思っていた為、少し拍子抜けした。
先輩から、こういうタイプの人は訪問するのも嫌がるし、訪問してもアンドロイドに会わせてくれないくせに、暴走すると早く処分してくれと言うタイプがほとんどだと聞いていたからだ。
それから定期的に訪問しているが、アンドロイドに暴走した様子はない。
女性も、「そうでしょう、暴走するわけがないんです」と落ち着いて話をしていた。
彼女が亡くなったらしい。
彼も、流石にもう壊れる頃だろうと家に向かう。もしもの為にと、鍵は女性から渡されていた。
鍵を開けるとそこには、暴走して壊れかけのアンドロイドがあった。
この壊れ方は最近暴走したのではなく、かなり前からのはずだ。
いつからだ?と聞くと、貴方に初めて会う少し前からだ、と言う。
そんなはずはない。確かにいつ暴走してもおかしくなかったが1歩手前だった、はずだ。何回か先輩にも着いてきてもらって確認もしていた。暴走していてもなお、普通に過ごしていたのだろうか。
――ありえない。
「何かしてほしいことは?」
「かノジょ二……、ァいタ亻」
壊れた体を必死に動かし、アンドロイドはどこかへ向かおうとする。
そして、玄関のドアに手をかけた瞬間、体から何かが落ちた。
――部品だ。
胴体の部品が落ちていた。
それでもアンドロイドはドアを開け、どこかに向かう。
どんどん部品が落ちていく。手の部品、足の部品、頭の部品。
落ちていく部品を回収しながらアンドロイドにどこへ向かっているのか聞くが答えない。
ガシャンと片足のパーツが完全に落ち、ここまでか、と分解しようと道具を手に取った。
――が、まだどこかへ向かって進む。
このアンドロイドは――いや、彼はどこへ向かっているのだろうか……。
仕方がないので彼が完全に動かなくなるか危険な状態になるまでは着いていこうと決める。
片腕が落ちる。
もう1つの足も落ちる。
アンドロイドが腕1本でたどり着いたのは、彼女の墓だった。
「_ _、_ ___。_ _」
何かを言おうとしているのだろうが、言葉になっていない。
諦めたのかと思った瞬間、ピーと機械音が鳴り、胴体から何かの紙が出てきて、地面に落ちる。
どこにそんな機能が残っていたのか不思議だ。
どうやら彼女への手紙のようだ。
「読むか?それとも墓に置けばいいのか?」
またピーと機械音が鳴り、紙がペラリと落ちた。
[よんて ゛]
そこには彼女との楽しかった思い出、感謝、そして、本当は暴走していたが、貴方が絶対大丈夫と言うから、暴走しな いからと言うから暴走を隠していた、本当は処分して欲しかったことが書かれていた。
私が読み終わると、完全に停止する直前のようだった。
「〜 ♪ - _ -」
彼女との思い出の音楽なのだろうか。彼は音楽のような、もうなにかもわからない音を出し、そして、停止した。
ふと顔を見ると、彼は笑っていた。
いや、もう顔さえ分からなくなっていたのだが。
彼女の墓の前で申し訳無いが、分解を行うことにした。他の場所で分解を行うには、この場所から動かさねばならないが、動かすには時間がかかる。
それに、胴体の中のコードが絡まっていたり、剥き出しになっているので動かしている間に何かあっては大変だ。
分解を行っていると、コードがおかしいことに気づいた。
これは、もしかしたらあのアンドロイドが彼女の墓までたどり着けるように、文字を印刷出来るように、音が出せるように、自分の体を改造したのかもしれない。
一体いつ、改造したのだろうか。暴走した時?私が来た時?それとも――。
いや、考えたってもうアンドロイドは動かないのだから意味が無い。
それより報告しなければ。
変な彼女にお似合いな、変なアンドロイドだった。
上司に報告すると、酷く怒られた。
何故部品を拾いながらアンドロイドの後を着いていったのだと。緊急停止ボタンを押し、即座に分解しなかったのかと。
私は、きっと彼と彼女の最期を見届けたかったのだ。アンドロイドが人間のように振る舞う、理由が知りたかったのだ。
だがそんなことを言っても仕方がないので、わかりません、すみませんと平謝りで押し通す。
先輩も間に入ってきてくれ、新人だから、人手不足だからと許された。
きっとあの2人にしかわからない愛があった、のだと思う。
多分それはきっと綺麗で美しくて、お互いを信じ続けなければ続かない愛だった。
私は、人間を信じられそうにない。彼女もこんな気持ちだったのだろうか。
そう思いながら、アンドロイドを分解する。
早く分解してください!の声を聞き流しながら。
涙の跡がある、アンドロイドを。
人間は醜い!自分勝手!いぇい!
の気持ちが強くて最後に愚かな人間と可哀想なアンドロイドを追加してしまいました。