埴輪の愛 ~幼馴染を寝取られ……えっ!?~
英雄に憧れていた。
娯楽のない田舎に生まれたせいなのだろう。
ときおりやってくるキャラバンのメンバーの語る冒険譚。
それは少年心に眩しいものだった。
今になって思えば、かなり誇張はされていたのだろうが。
それでも今の俺を作ったのが、彼らの話であることに変わりはない。
あの話に少年心を動かされたのは俺だけじゃない。
歳の近いヤツらは、ほとんどがキラキラした目で話を聞いていた。
俺たちの気持ちは同じだったのだと思う。
だが時が経つと明確な違いが出始めた。
長男であったヤツは家を支えねばならない。
彼らは村に残った。
次男などの理由から家を継げないヤツら。
彼らは近くの町に職を探しに出かけた。
そして一部だけ。
俺ら3人だけは少年心を捨てることはできなかった。
いや。
3人の中で唯一の女性であるリーゼ。
彼女は馬鹿な男2人に仕方がなく付き合っていただけなのかもしれない。
リーゼが英雄に憧れている様子は見たことが無かったと思う。
周りもリーゼと英雄を結び付けることはないだろう。
むしろヒロインといった方がしっくりとくる。
陽光を連想する金色の髪に物語で聞かされた海の蒼さを思わせる瞳。
物語に出てくるお姫様と言われても、まったく違和感がない見た目をしている。
そう思うのは俺だけではないだろう。
中身はアレだが。
赤い髪をした悪友。
ラルスは俺と同じだった。
言葉にこそしたことはないが英雄に憧れていたのだと思う。
3人で冒険者になった。
慣れない都会での仕事。
辛さで逃げ出したくなることもあったが、村を上げて送別会をしてくれたことを思い出して頑張った。
やがて仕事が評価され、生活に余裕が出始めた頃。
俺とリーゼの距離は少し縮んだ。
正式に付き合っていたわけではない。
それでもお互いを意識して一緒にいる時間を作るようになったのは確かだ。
ラルスもリーゼを想っていたのは知っている。
そのことに申し訳なさを感じないほど人でなしではない。
だがアイツの想いは、背徳感というスパイスとなり彼女との関係を密かに燃え上がらせた。
我ながら嫌な奴だと思う。
やがて小さな仕事からこなしていき、大きなチャンスがやってきた。
迷宮で隠しフロアを発見したのだ。
この隠しフロアは財宝が隠されていることが多い。
現に俺らは祭器と呼ばれるマジックアイテムをいくつか手に入れる事が出来た。
この発見をキッカケに、一人前と呼ばれるCランクになるという話が決まった。
ようやく落ち着ける。
そう思っていたのだが、リーゼとの関係を黙っていたことで罰が当たったのだろうか。
3人の関係に亀裂が走る。
子ども過ぎたのかもしれない。
できた亀裂を俺にはどうしようもできなかった。
※
囁くのは愛の言葉。
だが金色の髪を撫でるのは俺の手ではない。
彼女の心に映っているのも俺ではない。
その人に寄り添うのは──。
収入に余裕ができ、久しぶりに高級な宿に泊まった翌朝。
金色の髪をした彼女と共に宿を出るラルスを見かけた。
彼女の肩にはラルスが手を回している。
友人の距離ではないのは明白。
宿から出ていく2人を見かけ、すぐに追いかけた。
嫌な予感に心臓が跳ねるように音を立てる。
強く握りこんだ拳には嫌な汗が滲み出ていた。
2人に追いつけたのは大通りの真ん中であった。
今は朝という時間帯。
だがすでに仕事に出かける時間は過ぎている。
おかげで多くの人影があるわけではない。
それでも相応の人目はある。
このような状況であれば普段なら大声など出さない。
しかし俺の感情が、人目を気にさせる余裕など与えてはくれなかった。
「ラルス!」
なんとしてでも呼び止めようと、出来る限り声を張り上げた。
ここにきて、ようやく気付いたラルスが振り返る。
その表情を見て理解した。
ラルスの中に俺への悪意があることに。
優越感に浸った目。
同時に見下している目。
それは決して友人だと思っているヤツを見る目ではない。
心のどこかで気づいていた。
頭の隅に押し込んで気付かないフリをしていた。
だが向き合わないといけない日が来てしまったんだな。
お前が俺を友達などと思っていなかったことに。
それどころかお前は──。
「なあ、それがお前の本性か」
「幼馴染っていうだけで、俺を知ったつもりになっていたのか?」
「少しは知っていると思っていたさ。それが勘違いだったことは、いま思い知らされたけどな」
一向にコチラへの嘲笑をやめる様子はない。
明らかにコチラを見下している。
それでも会話が成立しているのは隣に彼女がいるからだろう。
「そう怖い顔をするなよ。いい気分が台無しになる。なぁ、リーゼ」
愛し気に耳元でそう囁くと、彼女はより体を押し付ける。
さらには彼女の体へとラルスの手が伸びて行為をエスカレートさせていった。
見せつけているのだろう。
あまりにも見るに堪えない光景に、この場から逃げ出したい気持ちに駆られる。
だがこの状況から目を背けるわけにはいかない。
「……やめろ」
気持ちを押し殺しながらようやく絞り出せた声は、自分でも驚くほどにか細いものであった。
それでも声は届いたようだったが、ラルスはコチラを見ると口元を醜悪に歪め彼女へと──。
「ラルスっ!」
「哀れだなー。お前とリーゼが仲良くなっていたの俺は知っていたんだよ。だからもっと仲良くなったら奪ってやろうって思っていたんだけどな。でも勘違いすんなよ。俺が何かしたわけじゃねぇ。リーゼが俺に抱かれに来たんだからな」
ラルスの顔は愉悦に満ちた醜悪なもの。
それは決して友に向けるものではない。
理解してしまった。
こいつは狙っていたんだ。
俺を貶める機会を。
今になって思えばしっくりくる。
ラルスはときおり見せていた。
俺に対する蔑みを。
一緒に村を出た友人。
その先入観がコイツの僅かに見せた本心から目を背けさせていたのかもしれない。
もっと早くに目を向ければ結果は違っていたのだろうか。
「じゃあな。パーティー登録の解除はお前の方でやっておいてくれよ」
止めたかった。
もう友でいるのは無理だろう。
あいつの本性を知ってしまった今では。
コチラを振り返ることなく小さくなっていく。
隣を歩く彼女を抱き寄せたまま。
並ぶ2人の隣に俺が立つ場所などない。
その事実に立ち竦み、このまま背中を見送ってしまいたい気持ちもあった。
「目を覚ましてくれよ……」
遠ざかっていく友だったアイツ。
追いかけても、止めることはできないのは分かっていた。
その諦めの気持ちが足枷となり俺は走れずにいる。
だが見捨てるなんてできない。
どうしようも無い葛藤を振り切っても、ようやく行えたのは叫ぶことだけだった。
これが俺にできる全て。
状況が変わるハズがないと頭では理解している。
それでも期待していたんだ。
この叫びが何かを変えてくれることを。
「それ、リーゼじゃない!!」
思い出すのは村にやってきた旅の商人。
彼の広げた商品を見るのは俺らの村にある数少ない娯楽だった。
その中にあった商品にソックリなんだ。
顔に空いた3つの穴。
それは目と口。
額からまっすぐに伸びる、鼻を意味する出っ張り。
今でもハッキリと覚えている。
あの個性的すぎる外見を。
伝えねばならない。
ここで何もしなければ必ず俺は後悔をする。
だからこそ、ありったけの力を込めて更に声を張り上げた。
結末は分かっている。
それでも、そうせざる得なかった。
「どう見ても埴輪だろうがっ!!!」
俺の叫に合わせ僅かに2人の足が止まる。
その様子に淡い期待を抱いたが、それは儚く散った。
お互いに顔を見合わせると、何事もなかったかのように再び歩き始めたのだ。
もう手遅れなのか。
あの至近距離で顔を見ても正体に気付かないなんて……。
なあ、ラルス。
お前の隣に立っているの、髪の代わりに金色のワカメを頭から垂らした埴輪にしか見えないんだ。
話の最中。
俺の目がおかしいのではと、少しだけ不安を感じる瞬間もあった。
だが今も歩いていく2人を見てドン引きした連中が道を空けている。
決して俺の目がおかしいわけではないハズだ。
その事実に少し安心してしまった。
幼馴染が取り返しのつかない場所に行こうとしているのに、なんて俺は薄情な奴なのだろう。
自分が嫌になる。
そう雑念が浮かんだのがいけなかったのかもしれない。
思い出してしまったのだ。
”リーゼが俺に抱かれに来たんだからな”という言葉を。
そうか、ヤっちゃったのか。
ベッドの上で愛を囁きあっちゃったのか。
あの埴輪と。
さっき思いっきり侮辱されたんだが、今は憐みしか感じられない。
やはり助けなければならない。
あの埴輪に愛を囁き続けるなんて、いくらなんでも哀れ過ぎる。
そう思い、すでに見えない背中を追って走り始めた。
思い出されるのはラルスとの思い出。
村にいた頃は、アイツが村長の息子を殴って村八分にされているのを見て頭を下げて助けた。
アイツが畑泥棒をすれば、俺が一緒に頭を下げて許してもらった。
新婚の初夜を覗いたと、思いっきりボコられていたアイツを助けるため、一緒に頭を下げて許してもら────俺、頭を下げてばかりだったな。
いやいや、大切なのは冒険者になって共に背中を預けあってからだ。
きっと良い思い出もあるはずだ。
冒険者ギルドで新入りに絡んで、罰則を受けたアイツを助けるために頭を下げた。
護衛依頼で、商人が持っていた酒に手を付けたアイツを庇って頭を下げた。
森でゴブリンの討伐依頼をこなしていたとき、他のパーティーの獲物を横取りしたアイツを助けるために頭を下げた。
他にも──
「帰るか」
助けようと走り始めて僅か10m。
たった10mの距離を走る時間が過ぎただけで、頭を下げさせられた記憶が無数に蘇ってしまったのだ。
アイツを助けようなんていう気持ちは、完全に霧散してしまった。
こうやって過去を振り返ってみると、俺も受け入れなければならない。
ラルスが疫病神に他ならない事実を。
幼馴染だから。
その事を理由に必死に庇っていたのだが。
いつの間にか視野が狭くなっていたらしい。
俺が村を出るとき、やけに村長が1人で都会に行くのは危険だと言っていたっけな。
あの頃、普段はラルスに近づこうともしない村人たちが、必死に都会の良さをアイツに説いていたのを思い出した。
なるほど。
村の連中は、俺にラルスという疫病神を押し付けたということか。
で、あの送別会は村からラルスがいなくなる記念に行なったんだな。
そうか。
どうやら故郷に用事が出来たようだ。
使命を悟った俺は、荷造りをするため宿へと戻ることにした。
最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _ )m
以下は、作品に未登場の設定となります。
〇ラルスが埴輪と愛し合うようになったキッカケ
主人公たちは、ダンジョンの隠しフロアをキッカケにCランクへの昇級が認められた。この隠しフロアで発見した祭器は主人公たちが分けあった。ラルスが埴輪と愛し合うようになったのは、このとき彼が手にした宝玉が原因ではと、主人公は考えている。だが主人公やリーゼにはなにも影響が出ていないことから、この考えには疑念が残る。
〇主人公
歳が近いことから、村の連中によってラルスの尻拭いをするように仕向けられていた可哀そうな人。元々のスペックは恐ろしく高かったのだが、ラルスという足枷によって平均程度にまで落とされていた。だが長く究極の足枷を装着していたことは、ゲームでいえばステータスが低下する代わりに、経験値が3倍入るアクセサリーを装備したのと同じ形で作用することとなる。その結果、元々の才能も相まってスペックが人間としておかしいレベルにまで至っている。
〇リーゼ(本物)
高い才能を持つ主人公が、ラルスによって潰されるのを惜しんだ偉い人によって、旅への同行を命じられた少女。村にいた頃、しつこく付き纏ったラルスにブチ切れて精霊を顕現させてボコった過去がある。このとき出来た村の端のクレーターは、休日のお父さん方に釣りスポットとして有効活用されている。
〇ラルス
主人公から離れてから、意外にも英雄の階段を駆け上がっていく。もちろん本人の実力ではなく埴輪の活躍で。彼は英雄となり富と名声を得た。だが埴輪とイチャつく彼とまともな人間は近づくはずがない。代わりに腹黒い連中のみが集まるも、彼らはラルスの凄まじい疫病神ぶりにより、ことごとく破滅していった。やがて今回の事件から2年が経った頃。英雄となったラルスの凱旋パレードで、埴輪が5体にまで増えているのを見た主人公は言葉を失うことになる。
〇埴輪
謎の超存在。目や口は穴で表現され、髪の毛の代わりに金色のワカメを頭から垂らしている。その姿は、リーゼをディスっているとしか思えない。なお、コレがリーゼに見えるのはラルスのみ。
〇故郷の村
最近、ボヤ騒ぎがあった。