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<第八章>蛙人間

<第八章>蛙人間ナルキッソス



 数発の銃声がゴミ広場に響き渡る。

 安形たちはすぐにそれが南城の所持している銃だと分かった。

「何だ? 仲間割れでもしたってか」

 横のゴミ山から突き出た木片を屈むようにして避けながら、佐久間が言った。

「もしかしたら、狂人がこの先にも居たんじゃない?」

 先頭を歩いていた愛が足を止め安形に向き直る。安形は前を見据えたまま答えた。

「どっちにしても南城が銃を使ったのなら、誰かが必ず死んだってことだ。これ以上犠牲者が出る前にあいつを止めないと……罪の無い人がさらに死ぬことになる」

「でも、狂人が居るならこっちにとっては都合が良いわよ? 南城を足止めしてくれている。先に白居邸にたどり着ける可能性が上るわ。態々(わざわざ)南城を追わないでこの隙に別の道から白居邸を目指した方が良いんじゃない?」

「狂人は一時的に感染しているだけの一般人なんだぞ? 彼らの死を黙って見ずごすなんて、俺には出来ないよ。このまま進もう」

「……仕方がないわね」

 愛は溜息をついた。

 前から分かっていたことだが、安形は糞がつくほど人が良い。それは自分たちを殺そうとする狂人に情を抱くほどだ。

 任務達成を第一目標とする調査員としては大きな欠点とも言えるが、逆にそれが安形の良さであることに愛は気がついていた。

「よっしゃー、南城を見つけたら顔面ぶん殴ってやろうぜ! 安形さんも爪剥がされてイラついてんだろ? 俺があいつの根性叩すとこ見とけよ」

 佐久間は元気を取り戻し、初めて安形が始めて会ったときのようなハイテンションでそう言った。

「ははは、そんなことはいいさ。それよりも南城には白居という男について聞かないといけないな。さっき思い出したんだが、俺はあいつが言っていた白居学という名前を聞いたことがあるんだ」

「へぇ〜何処で?」

「黒服本部、ナグルファル第一支部だ。確か一度だけあそこに行った時に黒服の資金提供者として写真が掲げられていた。まぁ、オールバックの変な気取ったオッサンの写真だったからそれ程じっくり見てはいないけどな」

「安形さんの組織の資金提供者? 白居は確かに政治家で金を持っているけど、まさかそんなこともしてたなんてね……」

 呆れるように愛は言った。

「黒服にとってはかなり重要度の高い人間だからな。鋭の目的が本当に白居の暗殺なら、黒服が四人も雇われたのも当然だ。最悪、俺たちが会っていないだけでもっとこの町にメンバーが着ているかもしれないぞ」

「げぇ、あんな奴等がまだ居る可能性があるのかよ」

 佐久間は真横のゴミに背を付きながら舌を伸ばした。

「それに、白居にはもしかしたらただの資金提供者以上の秘密があるかもしれない」

 安形は何かをふりかえるように呟く。

「どういうこと?」

 その表情がこれまでと違っていたので、愛は不思議そうに聞いた。

「いや、俺の同僚に截ってやつが居るんだけどな。そいつが一ヶ月前に……こんな話をしても分かるわけないか――もう行こう、南城が何を撃ったにしろピンチらしいのは確かだからな。急がないと」

 思い出したように先ほど銃声が鳴った方向に目を向けると、安形は慌てて歩き出した。










「電話では詳しく聞けなかったが、何故お前が来たんだ? 俺らは安形を鋭の捕獲のために利用していた。お前が責任を取る必要は無いはずだ」

 デパートの真下、黒塗りの車の後部座席で黒村は真横に座っているキツネに聞いた。キツネは外を無表情で眺めていたが、その言葉を聞くと同時にクスクスと笑いながら振り向いた。

「安形の責任を取るっていうのはただの建前だ。本当は正当な依頼を受けてここに居る」

「依頼? 草壁のか?」

「クスクス、あのイヌが僕に依頼を? あいつは僕を目の仇にしているんだぞ。依頼するくらいなら自分の足で動くさ」

「じゃあ、一体誰の依頼だって言うんだ? まさか黒服の総括からとか言うんじゃないだろうな?」

 黒村はイライラした様子で自分の座席から身を乗り出した。だが、キツネは動揺することなく面白そうに黒村の顔を見つめ口を開いた。

「そのまさかさ」

「な、何!?」

「僕はじかに頼まれた。鋭の捕獲と総括の保護をな」

「保護……? ――総括はこの町に居るのか!?」

 信じられないというように聞き返す黒村。黒服の総括は自身の安全のためにその正体を黒服幹部にしか明かしていない。キツネほど信頼されている実力者なら知っている可能性もあるが、まさか幾らなんでも直に指令を出し、しかもこの町に居るとは思ってもいなかった。

「鋭がこの町の住民全ての命を犠牲にしてまで暗殺しようといている。それがただの資金提供者の抹殺や復讐のためだけだと思うか?」

「ま、まさか……だが、あの男はイミュニティーの……」

 黒村は自分の組織のボスの正体に気がつき、愕然とした。








 真っ黒なスーツを着た長髪オールバックの中年の男が、身の丈以上はある大きな窓から外を眺めていた。

 男の居る部屋は西洋と東洋の特徴をごちゃ混ぜしたような不思議な構図で、あちらこちらに絵や船などの模型が飾ってある。

 今、その部屋の正面扉が突然開き、一人の執事のような三十代らしき男性が中に入ってきた。

「白居様、先ほどキツネから連絡があり、無事にこの町に入ったとの事です。間もなく脱出出来るかと。鋭もキツネが相手ではどうしようも無いでしょう」

 男は部屋の中央まで進むと、窓際に立っているオールバックの男、白居学に向かって恭しく頭を下げそう言った。

 白居はネクタイを直しながら執事を振り返る。

「――鋭を甘くみるな。あいつはこの私が命じて作ったものの中で、最高傑作の部類に入る。いくらキツネとて生身の人間である以上、まともにぶつかればどうなるかは分からない。いいか長谷川、勝負は何時も運試しなのだよ。決められた結果は狙って起こすことなど出来はしない」

 長谷川の居る中央まで歩くと、白居は円形のテーブルに置いてあったワイングラスを取り、その中身を味わいながら飲み干した。

「それに、キツネについては六角が言っていたこともある」

 グラスを置くと同時に用心するような目を窓に向ける。この言葉が気になったのか、執事は恐る恐る尋ねた。

「イミュニティーイグマ部門総司令官が? 一体何の話ですか?」

「――とにかく、キツネだけでは鋭を抑えきれない可能性があることは確かだ。この邸宅にも何かしらの備えをしていた方がいい。南城から買い取ったモルモットを利用しよう。奴らに新作の兵器細胞を使うんだ。ちょうどいい実験にもなる」

「ですが、あれは制御出来ませんよ? この邸宅の中で使用すればあなたも危険にさらされます」

「そのための君たちだろう。何だ? 君らはたかが一種の感染者たちから私一人守ることも出来ないのか? だったらすぐに全員用無しだな。君たちもモルモットの一員として貢献してもらう」

「……分かりました。では白居様は地下に避難してもらいます。ここのシェルターなら感染者も鋭も入っては来れないはずですから」

「それでいい」

 白居は満足そうにクスクスと笑った。









 細いゴミのトンネルのようなものを過ぎたときから、安形は何か歌のような音が自分の耳に流れ込んでくることに気がついていた。その音は足を進めるごとに大きくなっていく。

 愛も気がついたようだ。不審そうに安形に聞いてきた。

「ねぇ、さっきから何か聞こえない?」

「やっぱり愛さんにも聞こえてるか、一体何なんだろうなこれは……」

「どっかのお気楽野郎が自作の歌でも歌ってんじゃないのか?」

 佐久間が軽い感じで言う。それを馬鹿にするように愛が叱った。

「あんたじゃあるまいし、そんなわけ無いでしょ」

「え〜、姉御、俺をお気楽な人間だと思ってんのか? 俺ほど真面目で冷静な人間は居ないぜ!?」

「どこが真面目で冷静よ」

 本気でそう思っているらしい佐久間を見て、愛は呆れたように大きな溜息を吐いた。

「……ん?」

 安形は一瞬何かが左のゴミ山の隙間を通り過ぎたような気がした。気のせいだろうか。

「姉御、冷たすぎるぜ。俺は命の恩人だろ? さっき助けてあげたじゃないか!」

「助けたって、すぐにパイプを投げ捨てて縮こまってたじゃない。あんなの助けたうちに入らないわ」

 眉を寄せながら言う愛。

 二人の痴話喧嘩のような会話を聞きながら、安形は謎の歌の声量がさらに大きくなっていることに気がついていた。歌の主に近付いてきたらしい。

 フッと何かの影のようなものが安形の足元を走った。素早く右を向くと、一瞬人のような物体の頭がゴミ山の向こう側に見える。

 ――住民か――? いや……あの形状は人間には見えなかった。まさか……

 頭の中に黒服のデーターベースで見た資料の生き物の姿が浮かぶ。安形は急に緊張した顔を作り、腰に収めた黒柄ナイフに片手を当てた。

「――二人とも静かにするんだ。もしかしたら……狙われているかもしれないぞ」

「え、狙われてる? 狂人か!?」

 静かにしろと言われたばかりにも拘らず、大声で佐久間が聞き返した。

「うるせぇって! ――はぁ、多分狂人じゃない。黒服の兵器だな。資料を見たことがある。特殊な音波で三半規管を刺激し、平衡感覚を麻痺させるんだ。さっきから聞こえている歌はこれだろう」

「それって……歌を聴いたら動けなくなるってこと?」

 愛が聞く。

「まあ簡単に言えばそういうことだな」

 安形は面倒くさそうに頭を掻いた。

「後ろは狂人たちが迫ってる。こうなったらもう白居邸まで突っ切るしかない。いいか、俺が合図したら耳を塞いで全力で走るんだぞ。絶対に手を耳から離すな」

「でも――耳を塞いだくらいじゃ完全に歌をシャットアウト出来ないと思うわよ?」

「それでもしないよりはマシさ」

 安形は深呼吸し、しばらく周囲の様子を探ると大声で叫んだ。

「――今だ!」

 愛と佐久間が同時に駆け出し、一直線にゴミに囲まれた狭い道を進んでいく。その途端左右のゴミ山の裏から二体の蛙人間が飛び跳ね、二人を追い抜こうとした。

 ――やっぱりこいつらか!

 安形はすかさず小型ナイフを二体に向かって投げる。ナイフは寸分の狂いも無く蛙人間の足に命中した。

「ウウゥウウァアアッ!?」

 二体はそのまま銃で撃ち落されたようにゴミの上にに落下していく。

 安形の投ナイフ術は黒服内においても定評がある。キツネ直伝の訓練によってその命中率と威力は非常に高いレベルに達していた。攻撃を回避するという意味では同僚の截や翆の方が何倍も上だったが、こうした遠距離攻撃や止めを刺すための力任せの一撃を撃つことに関して、安形の右に出る者は居ない。威力だけに関して言えば、それはキツネすらも凌駕していた。

「――ゥウウゥウウウウォオオー……!」

 倒れたまま蛙人間は歌を歌い出した。オペラのような美しく、ダイナミックでどこか気品が漂うような声だ。

「うぉお!?」

 景色のぐらつきを感じた安形は急いで懐からハンカチを取り出し、それを二つに千切り、唾を含ませて両の耳に詰めた。

「悪いな! お前らのご自慢の歌を楽しむのはまた今度だ」

 そう言って走り出す。

 二匹の蛙人間は追おうとしたが、足の痛みが邪魔しているのかとても安形に追いつけそうには無かった。





「あそこに隠れましょう!」

 しばらく逃げたところで、道の右斜め横に古びた倉庫のようなものを見つけ、愛が佐久間の腕を引っ張った。耳を押さえているため佐久間は愛が何を言っているのか分からず、『ほげっ?』と間の抜けた声を出して引っ張られていく。

 愛が後ろを確認すると安形の姿は無かった。きっと化け物と戦っているのかもしれない。

 押し込むように佐久間を倉庫の中へ突き出し、自分も素早く中に入る。そして中がどうなっているのか確認もせずにスライド式の錠を乱暴に閉めた。

「はぁ、はぁ、はぁ――……佐久間、大丈夫?」

 胸を上下させながら後ろを振り返る。佐久間が無傷なのは分かっていたが、自分を安心させるためにもそう言った。

「ピンピンしてるぜ」

 荒々しい声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、愛はこの倉庫に入ったことを後悔した。

 目の前では南城が佐久間の首に腕を回し不快な笑みを浮かべており、その横には無表情で武田が立っていた。

「あ、姉御ぉ〜……」

 佐久間の情けない声が室内に満ちる。

「私たちは同じこの町の住民よ、佐久間を放して」

 愛は出来るだけ動揺を見せずにそう言った。しかし、南城はまったく腕の力を緩めずに佐久間の首を拘束し続ける。

「住民だから何だってんだ? この状況でそんなこと関係あるか。安形はどうした? あいつもこっちに来てんのか?」

「来てるわよ。私たちを助けるためにね」

「ふん、テロリストが人助けね。まあ、そんなことはどうでもいい。お前らはここから今すぐに出ろ。ここは俺の場所だ」

「な、冗談でしょ? 外は変な化け物だらけなのよ! 今出て行ったら間違いなく死んじゃうわ」

「このままここに居ても死ぬかも知れないぞ?」

 南城は佐久間の首に回している腕とは逆の腕で銃を取り出し、それを佐久間に向けた。

「――この悪魔っ……!」

「違うな、俺はこの町の王だ。住民なら王の命令に逆らうな。いいか、三つ数える。それまでに出ろ。じゃないとこいつの脳天をぶち抜く」

「……っ!」

「一、二……」

 南城はゆっくりと数を数え始める。愛は仕方がなく鍵を開け外に出て行こうとした。だが、そのとき突然倉庫のすぐ外で蛙人間の歌が響き渡った。

「ウゥウゥウウウウァアアアア――」

「くっ!?」

 南城は耳を押さえながら倒れ込む。愛も、佐久間も、武田も同様だ。

「ここに居る事が気づかれたのか!?」

 怯えた表情を見せながら床に寝転んだまま武田が言った。

「くぉぉおおおお!?」

 南城が苦しみの声を上げる。

 必死に立ち上がろうとするも、歌の所為で全く身動きが取れないようだ。その様子見て佐久間は南城の銃を奪いにかかった。

「この野郎ぉ!」

 自分も歌の所為で倒れているので、添い寝するような格好で南城の顔面を殴りつける。グボッと鈍い音を響かせ相手の顔が歪む。だが南城も勿論黙ってはいない。すぐに殴り返し、顕微鏡で見る微生物のような動きで二人は激しいバトルを繰り広げた。

 その様子を見ていた愛はあることに気がついた。

 南城が銃を使わないのだ。

 外に居る蛙人間がまだこの倉庫にいる自分たちに気がついていないと考え、銃声で気づかれないようにしているのかと思ったが、どうもそうでも無いらしい。

 ――もしかしたら――と愛は思った。

「佐久間、止めて! 騒げば蛙人間が私たちに気づく! 南城は銃を撃てないわ、弾がもう無いのよ!」

「何ぃ!? 弾がないぃ!?」

 相変わらず大声で聞き返す佐久間。

 南城は舌打ちした。愛の言うとおり先ほど蛙人間たちに襲われたとき、身を守るために銃弾は全て撃ち尽くしていた。もはや手に持った鉄の塊はただのこけおどしでしかない。

「ゥウウァアアゥウウ?」

 物音や話し声が聞こえたのか、倉庫の前を歩いていた蛙人間は首を傾けながら扉に近付いてきた。その気配を察し南城と佐久間は殴り合いを止め、お互いの頬に拳を当てたまま固まる。

 倉庫内の中心に倒れていた武田は、外から見えないようにハイハイ歩きで窓の真下に静かに移動した。

 直後、蛙人間の八の字の目がヌウッと頭上のガラスに映る。

 位置的に言えば南城、佐久間は倉庫の奥、愛と武田が窓や扉の目の前といった状態だ。

 倉庫内の全員の顔に冷たい雫が流れ、無尽蔵に溢れてくる。しばらくすると汗や体温のおかげでむわっとした空気が室内に充満した。

「ゥウゥウウウウ……」

 何も居ないと判断したのだろうか。しばらくすると蛙人間は満足したように倉庫から離れていった。

「ふう……」

 愛は安心したように大きく深呼吸した。

 ほぼ同時に時間停止から開放されたかのように佐久間が止めていた拳を突き出そうとする。しかし、それが南城に命中する前に武田が拳を受け止めた。

「――もうよせ、そんなことをしても何の意も無いだろ?」

「うるせぇ! こいつは糞野郎だ! ぶん殴らなきゃ気がすまねぇんだよ!」

「殴りたきゃ後で好きなだけ殴れ。俺は生きてこの町から出たいんだよ。頼むから化物を引きつける様な騒ぎを起こすな」

「佐久間――!」

 武田の言葉に同調するように愛が佐久間を見つめる。それを見た佐久間は仕方が無く拳を下ろした。

「いがみ合っていてもしょうがない、ここは協力しよう。少なくとも白居邸までは……」

 武田は含みのあるような言葉を言った。

「いいけど、どうするの?」

 愛が疑いの残った眼差しを向ける。

「この近くに居る蛙人間はさっきのやつだけみたいだった。あいつさえ倒せれば無事に白居邸まで行けるはずだ。何とかしてあいつを倒そう」

「どうやってだよ?」

 急に場を仕切り出した武田に対し、不機嫌そうな表情で佐久間が聞いた。

「俺に考えがある」










 安形は一番高く細いゴミ山の頂上に倒れていた。

 佐久間と愛を逃がす為に囮となった安形だったが、想像していたよりも多くの蛙人間が現れ、逃げられなくなったためここに上ったのだ。

 下の所々から聞こえる歌の所為でもはや立ち上がることは出来ず、黒柄ナイフを握り締めたままじっと横になっている。

「ウォオオォオオ……」

 一匹の蛙人間が数メートル横のゴミの上まで飛び跳ねてきた。安形はすかさずナイフを振り、その蛙人間を斬撃で下に落とす。

「はぁ、はぁ――……くそっ、友くんが居ればな」

 三年前の事件を思い出し、ふと安形はそう呟いた。

 事件当初行動を共にしていた友は、素人にも関わらず場の状態を読み命令するのが非常に上手かった。截を最高の前衛と見なすなら、友は最高の中衛だ。どんな状況でも、どんな場所でも活路を見出し大逆転の手を打つ。彼がここにいれば、こんな力任せの策を取る必要も無かっただろうと思った。

 安形は追い詰められてこの細いゴミ山に登ったわけではない。ここならば、例え『歌』の影響で立てなくなっても戦えると考えたからだ。細く高い位置にいることで蛙人間の攻撃を下からのみに制限させ、倒れたまま迎撃することが出来る。

 だがこれはかなり強引で無理のある戦法だった。

 いずれ追い詰められ殺されることは目に見えている。先ほど友がいればと考えたのも、それが分かっている故の願望だった。

「もう佐久間も愛さんも無事に逃げれただろうな。そろそろ、潮時か」

 幾ら打ち落とせるとはいえ、寝っ転がった体勢では何度斬ろうとも蛙人間に致命傷を与えることは出来ない。体力的にも精神的にも限界を感じ、安形は仰向けになり夕焼けを見つめた。

 

 

『いつか、必ず機会は来る。その時に俺たち二人で、このイカれた黒服やイミュニティーを潰すしてやろう。それまで堪えるんだ』



 自分自身が黒服に入る前に言った言葉を思い出す。

「――そういえば、あの時も今と同じように真っ赤な空だったな。まぁ、あれは朝日だけど」

 約束を守れなかったことで残念そうに目を細める。

 下に集まっていた五、六匹の蛙人間は本能的に獲物が弱っているのを感じたのか、我先にとこぞって大地を蹴った。

 すぐに安形の周囲を囲むように空中に浮かぶ。

「悪いな、悟くん――……俺はここまでだ」

 安形は夕焼けを目に焼き付けると、ゆっくりと目を閉じた。

  一番近い蛙人間が歌いながらその円形の口を限界まで開き、安形の四肢にかぶりつこうとする。粘り気のあるドロドロした涎を撒き散らしながら、それは安形の黒服を貫き、奥にある強靭な筋肉を抉り血を啜り取る。安形は痛みに顔を歪めたが、もう完全に諦めたのか、歌の影響で体が動かないのか、足に食らいついている蛙人間を振りほどこうとはしなかった。他の蛙人間も次々に右腕、左足、左腕へと黄ばんだ歯を突きたてていく。

 最後の一匹も安形の喉下に飛びかかり、盛大に血のシャワーを浴びようと首を伸ばした。

 しかし、それは未遂に終わった。

 突如真横から紫色の大きな腕が伸び、喉に噛み付こうとしていた蛙人間を吹き飛ばしたのだ。

「ゥウゥウウウァアア!?」

 蛙人間たちは怯えた眼差しでその腕の主を見た。

 白目の中に浮かぶ水晶のように透き通った真紫の瞳。

 自分たちの倍はある巨大な体躯。

 銀色の長い髪を風になびかせながら、般若のような顔をしたそれは殺意の篭った目で蛙人間たちを捕らえ、高らかに叫んだ。


「ズォォオオオオオー!」










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