<第七章>鋭の正体
<第七章>鋭の正体
――不味い!
安形は自分の腕を拘束しているロープを何とか振りほどこうとしたが、かなりきつく結ばれているらしく、殆ど意味が無かった。
「安形和也だな? お前はもう終わりだ。鋭を渡せ」
レゲエ頭を片手で撫でながら、黒村はナイフを安形たちに押し付けるように見せびらかした。
安形はその言葉に怪訝そうな表情を浮かべる。
「鋭? 何言っているんだ? 目の前に倒れていただろ」
安形は自分の横を顎で示した。
黒村はそこに倒れている鋭を見ると、一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに安形に向き直った。
「そうか……死んだか。どうやら、奇跡的に変化はしなかったようだな」
「変化?」
不可解な言葉に、安形は聞き返す。
黒村は「ふうっ」と溜息を吐くと、安形に向き直り、椅子へと歩み寄っていく。その纏っている雰囲気に押され、佐久間や南城らは慌てて横に避けた。
「……今の反応からすると、どうやらお前は鋭の正体を知らなかったみたいだな」
「正体? どういう事だ?」
安形は緊張した様子で聞き返した。
「どうせあいつにここから脱出する手伝いをしろとでも頼まれていたんだろ? 残念だがあいつにそんなつもりなんて全くないぜ」
黒村はナイフを自分の肩に乗せ、哀れそうに安形を見つめた。そしてゆっくりと勿体ぶるように言葉を吐き出す。
「飛山鋭の目的は、『白居学の殺害』だ」
「なんだと? どういうことだ!?」
安形は黒村の言っていることの意味が分からなかった。
「あいつはこの夢遊町で作られた実験体――歩く大量殺人兵器なんだよ」
「殺人兵器……?」
「黒服の大きな計画のためのモルモットとして人体改造を受けた化物だ。この町に蔓延っているミミズは全てあいつの命令通りに動く。まあ、といっても人間を見つけたら殺せとか、簡単な命令だけだけどな」
「嘘をつくな! だったら俺は何で依頼をされたんだ? 鋭の目的が白居の殺害なら、俺は何の必要もないだろ!」
「カモフラージュさ。お前に依頼をすることでこの夢遊町から、自分に出る意思があると示したかったんだろう。恐らくヘリまでたどり着いたらそこでどこかに隠れて、お前と一緒にこの町から出た事にする気だったのかもな」
「何でそんなことを……」
「決まってんだろ? 白居を確実に殺すためだ。あいつは白居邸で白居の命令によって化物にされた。復讐したいんだろうぜ」
黒村は対して興味がなさそうに言った。
「ちょっと、嘘付くんじゃ無いわよ! 鋭がミミズを操っていた? 鋭はさっき私たちを狂人から助けてくれたのよ。ミミズを操れるんだったら、そんなことしないで命令すれば言いだけでしょ!?」
話をずっと聞いていた愛が鋭を庇うように黒村に反抗する。
「だから言ってんだろ。簡単な命令しか出来ないって。鋭は白居をこの町から出さないために無差別に『人間を殺せ』って命令するしか無かったんだろ。ミミズに白居だけを殺すなんて高度な真似はできねーからな。……――そういえばさっき助けてもらったって言ったな? そのときに狂人はあいつをまともに攻撃していたか?」
「――あ……」
確かに先ほどの戦いにおいて、狂人の動きはどこかおかしかった。愛は黒村の言っていることが正しいかもしれないと疑問を持ち、黙り込んでしまう。
「そんな……」
安形は一応鋭に疑問を抱いていたものの、ここまで予想外な事実が隠れているとは思っていなかった。この町の大量虐殺の犯人が鋭であると知りショックを隠せないでいる。
「まあ、お前に罪は無い、あまり気にするな。どうだ、俺たちと組むか? 鋭を捕まえる事に協力すれば依頼を受けたことにもなるし、金も手に入るぜ」
黒村は擦り寄るように安形の横に立ち、その肩に自分の手を乗せた。
確かに黒村の言っていることが真実だとすれば、筋は通っている。しかし、このまま鵜呑みにする事も出来ない。安形は真実を確かめる必要があると思った。
「俺は……」
躊躇いがちに何かを口に出そうとする。
だが、その言葉を言い終わる前に、突如建物が激しく揺れた。
鋭の死体が突然膨れ上がったと思った瞬間、その背後の壁が爆散したのだ。
「うわぁあっ、な、なんだぁあ!?」
佐久間が物凄い速さで飛びのき叫んだ。
「ズゥォオオオオオー!」
真っ白な腰まである長い髪、膨れ上がった筋肉で象られた二メートル近い大きな紫の体。般若のような顔をしたその半人半鬼は、町中に轟くような大声で鳴いた。
「――っち! 鋭め、やはり変化したか!?」
黒村が舌打ちし、その化物の名前を呼ぶ。
「鋭? あれが鋭だっていうのか!?」
黒村の放った単語が信じられず、安形は聞き返した。
「くそっ、ダメージが溜まった所為で暴走してやがる! 本田、曽根、高木……やるぞ!」
「はい!」
黒服たちは慣れた動きでさっと鋭の周りを囲んだ。
「い、一体何だっていうんだ!?」
武田は般若の恐ろしい顔を見て一目散に階段の方へ走り出した。そのまま一気に下の階へ駆け下りたが、狂人たちの群れが眼前に飛び込んできたため、すぐに立ち止まった。黒服がここに侵入した際に同時に入ってきた感染者たちだ。
――逃げられない!
冷や汗を流し、武田は唾を飲み込んだ。
「どけぇええぇえ!」
真後ろから発砲音が聞こえ、迫っていた狂人が無様に崩れ落ちた。南城が撃ったのだ。既に予備のマガジンを装填しているらしく、立て続けに撃ち続けている。
「今だ!」
狂人たちの包囲が割れた瞬間、二人は出口目掛けて一気に駆け出した。
「安形さん!」
愛は南城らがいなくなったのを確認すると、急いで安形に駆け寄り、落ちていた黒柄ナイフでその腕を拘束しているロープを切断した。
「は、早く逃げようぜ」
一足先に階段の前まで逃げていた佐久間が二人に向かって声を上げる。だが、安形は愛から黒柄ナイフを受け取ったままその場から動かなかった。
「安形さん?」
愛は怯えた顔のまま安形を振り返る。
「君たちは逃げてくれ。俺は鋭に真実を聞く必要がある」
「何言ってんだよ、もう分かっただろ? 鋭は怪物だ! あんたがいねぇと俺らが逃げられない! 頼むから一緒に来てくれよ!」
佐久間は泣き出しそうな顔で叫んだ。
自分が居なければ佐久間と愛が下の狂人たちに殺されることは目に見えている。
「くそっ……!」
安形は一瞬躊躇ったものの、仕方が無く愛の背を押して走り出した。
「黒村さん、安形が!」
本田が躊躇いがちに言う。
「放っておけ、今やあいつは俺たちの敵じゃない。それよりもこの化け物だ! 油断するな、絶対に捕獲するぞ!」
「は、はい!」
本田は眉をぎゅっと結んだ。
「ぁああああぁああああ……」
狂人たちの腕があちらこちらから伸びてくる。南城に多少減らされてはいたものの、その数は未だ多い。安形、愛、佐久間の三人は必死に狂人たちの合間を縫って一階へと走り続けた。
「邪魔だ!」
安形は二階の階段を塞いでいた数体の狂人に向かって、自分の体を全力で撃ち出した。まるで大砲の弾のように相手に衝突し、折り重なるように一階の床へと転がり落ちていく。
「安形さん!」
愛と佐久間が同時に叫ぶ。
「――大丈夫だ! 早く来い」
安形は狂人たちの喉を両腕で押さえたまま、力強く答えた。
二人が目の前を駆け抜けていくと、自分もすぐに立ち上がりその後を追う。
「ど、どこに逃げりゃいいんだよ! こんな調子じゃ直ぐに囲まれちまう」
正面入口の前までたどり着くと、付近のあまりの狂人の数に気おされ、佐久間が泣き言を漏らした。
「見て! 南城と武田よ」
右斜め前の道路を走っていく二つの人影を見て、愛が叫んだ。
「――南城はこの町を知り尽くしている、安全な場所を他にも知っているのかもしれない。追うぞ!」
短くそういうと、安形は二人を見失わないように先頭に立ち再び走り出した。と同時にデパートの中や周囲の路地から次々と五百人近い狂人たちが出てくる。
「急げ!」
安形は必死に両腕を前後に振った。
紫色の瞳をレストラン中に走らせ、鋭――いや、般若は猫のようにその大きな体を縮めた。レストランの中にはもう黒服と般若の五人しか居ない。安形が気絶した後ここに居た生存者たちは下の階に避難していたからだ。といってもその殆どが黒村らの襲撃と共に侵入してきた狂人によって殺されてしまったが。
「イグマ抑制剤の用意はいいか?」
黒村は正面に般若を捉えたまま、真横に立っている高木に聞いた。
「ああ、大丈夫だ。いつでも撃てる」
高木は右手に黒柄ナイフ、左手に注射器のような物を構え、落ち着いた様子で答える。
「いいか。本田、曽根は前衛としてあいつの注意を引き付けろ。俺がここから中衛として状況を見ながら対応する。高木がイグマ抑制剤を撃てるような隙を作るんだ」
「簡単に言ってくれるぜ」
小さな声で本田は苦笑いした。それに黒村は目ざとく気づき、本田をにらめ付ける。
「何だ?」
「何でもないですよ」
そういうと、本田は一気に般若の目の前に走り出した。曽根もその後に無言で続く。
「ズォォオオオオオオー!」
近付いてくる小さな二人の生き物をその双眼で捕らえると、般若は一気に縮めていた体を開放し、巨大な体を獲物目掛けて覆いかぶさるように投げ出した。
南城と武田を追っていると、安形たちの前、道路の先に悪臭漂う広いゴミの世界が飛び込んできた。
「うへ、夢遊町のトイレかよ!」
それを見た途端、嫌そうに佐久間が吐く様な真似をする。
「嫌がってる場合じゃないぞ、狂人たちとの距離がどんどん狭まってる。もう、どっち道あそこに逃げ込むしかない」
安形は顔をしかめている佐久間の肩をぐいっと引き、家々の隙間や道の後ろから追ってくる狂人たちの津波のような光景を見せた。
「ちくしょう……!」
佐久間は肩を落としながら仕方が無く足を速めた。
「南城たち、どこに向かっているんだ? まさかあのゴミの山に自分たちの体をもぐり込ませる気じゃないだろうな」
安形はもう二十メートルもない距離に迫ったゴミの砂漠を見つめ、苦笑いした。その様子を見た愛が何かを思いついたように顔を上げる。
「白居邸――……そうか、白居邸よ! ここから丁度真っ直ぐにこのゴミ捨て広場を抜ければ、白居邸がある。きっと南城はあそこを目指しているに違い無いわ!」
「白居邸? 白居学が住んでいた屋敷の? まだ無事に在ったのか……いや、黒村の話が真実なら無いほうがおかしいな」
「白居がまだ居るかはともかく、あそこは南城一派の活動の拠点になっているの。あいつが逃げ込む場所といったら、ここからならあそこしか考えられないわ」
「そうか、だったら急ごう。南城らが先に着けばきっと入れなくなる。何とかしてあの二人よりも早くたどり着かないとな。愛さん、案内お願いするよ」
安形が言い終わると同時に、ちょうど三人はゴミの広場、夢遊町のトイレへと足を踏み入れた。途端にむわっとした空気が鼻の中に侵入し、まるでここだけ別の別の星の気体で覆われているかと錯覚させられそうになる。どこを見渡しても分解された自転車や壊れたテレビ、放置された生ゴミなどが砂丘のような丘を形成し、数十メートル先の景色を隠している所為でゴミ以外は何も見えない。
「――想像以上のありさまだな」
安形は面倒臭そうに頬を指で掻きながら呟いた。
「しかし酷い臭いだな」
ゴミ山の合間、アフロ頭を左右に揺らして走りながら、南城は鼻を摘んだ。嫌悪感も露に丸めた雑巾のような表情を浮かべている。
「臭いなんてどうでもいいですよ。生き残れるなら」
それとは反対に、武田は一切このゴミだらけの空間を気にすることなく平然とした様子で言った。
「――なんか流れ的に一緒に逃げてきたが……武田、お前まだ俺に着いてくる気なのか?」
「当たり前じゃないですか、俺は生きてこの町から出たい。あんたと一緒に居るのが今は一番助かる可能性がある」
「そうか、それじゃあ精々俺の機嫌を損ねないように気をつけるんだな。白居邸には俺の部下がわんさかいる。あそこまでたどり着ければお前なんか必要ないんだぜ?」
「……分かってますよ」
武田は青白い顔で小さく頷いた。
「ん? 今あそこに何かが見えなかったか?」
全力疾走していた足を止め、不意に南城は遠くのゴミ山を指差した。武田も直ぐに視線を向けたが何も見えなかった。
「何もみないけど……どうしたんです?」
前髪を掻き分け、目をゴミの山に向けたまま武田は聞く。
「いや、何か無数の大きなものがあの山を飛び跳ねているように見えたんだが……気のせいか」
「飛び跳ねる? 蛙か何かを見間違えたんじゃないんですか?」
「かもな。行くぞ」
南城は首をかしげつつも再び歩き出した。
白居邸は丁度ここからあのゴミ山を通った先にある。どうせ近くに行けば何か分かるだろうと判断したのだ。
蛆虫の蔓延る生ゴミの草原を超え、鉄くずがよりそって生まれた短い橋の下を抜け、先ほどのゴミ山が近付いてくると、どこからともなく歌のような音が聞こえてきた。
聞いた事の無い、何語か分からない声が耳に流れ込み、気分を心地よくさせる。
「こんな場所で歌を歌っているなんて、随分のんきな奴がいるんだな」
南城は密入国の外国人の住民が場違いに自国の歌でも歌っているのだろうと思い、下らなそうに笑った。
「何か……この歌変ですよ?」
武田は歌を聞いているうちに異変を感じ、緊張した様子で言った。
「変? 何がだ」
「な、何だか……か、体が……」
平衡感覚を突然制御出来なくなったらしく、武田はふらふらと左右によろけると、終いにはその場に倒れ込んでしまった。
「お、おい武田!?」
南城は武田に駆け寄ろうとしたが、自分自身の平衡感覚も急激に狂い出したため、まともに歩くことが出来ず、武田の隣に一緒に倒れてしまった。
「くそっ、視界がグルグルする? 何なんだ……!?」
突然の体の異常が理解できずパニックを起こす。その間にも未だ耳に鳴り響き続ける歌はどんどん大きくなっていった。
「……ルルゥルルルゥウウウ……」
声がかなり間近に迫ってくる。
流石にもう南城ももうこの声の主が外国人の住民だとは思ってはいなかった。立つことすら出来ない体に変わって、目だけをその声の発声元へ何とか向ける。
「――何だこいつらは!?」
南城は思わずビクついた。
目の前に立っていたものはやはり外人の住民などではなかった。いや、人間ですらなかった。
無数の黒色斑点だらけの、色素が全て抜け落ちたかのような真っ白なつるつるの皮膚。水掻きのような膜が付いた手と、逆間接に曲がった足。ボロボロの服の先から伸びた鼻の無い、八の字形の瞳と顔の中心に真丸の口を持った奇妙な大きな頭。元々は人間だったのか所々人を思わせる形状をしているものの、その外見は異様そのものだった。
先ほど自分が、遠くから飛び跳ねているのを見た生き物だ。
「ウウゥウウルルルゥウウルルルル……」
総勢四匹のその蛙人間のような化物の集団は、ゆっくりと歌を歌いながら南城と武田に近付いていく。
「く、くそったれがぁあ!」
南城は喚きながら必死に暴れたが、全く平衡感覚は戻らなかった。どうやら蛙人間たちの声から発せられる特殊な音波が平衡器官を麻痺させているらしい。あの歌を止めない限り、体の自由は戻りはしないようだ。
「こんな化け物まで――……妖怪を復活させる儀式でも誰かしたのか!?」
武田はもううんざりだと言うような、泣きそうな顔でそう叫んだ。
「くそー、何て奴だ! イグマ抑制剤を打ち込まれてあれだけ動けるとは……」
台風が過ぎたかのように屋根の一部が吹き飛んだ、情けない姿のデパート最上階で、黒村が悔しそうに歯軋りした。
もう何処にも般若の姿は無く、傷だらけの黒服メンバー四人だけが疲れたようにこのレストランの床に座り込んでいる。といっても一人は死体だが。
「高木はやっぱりもう駄目か。曽根、本田、まだ動けるか?」
黒村は埃に塗れたレゲエ頭を左右に振ると、壁際に崩れ落ちている高木の死体を一瞥し、そう言った。
「だ、大丈夫です。自分は軽傷ですので」
曽根がすぐに立ち上がり答える。
「俺も大丈夫っす。一発良いのを食らっちまいましたが、これくらいで根を上げてたら高木さんに呪われますよ。俺の仇を討てってね」
多少ふらついていたものの、本田も何とか立ち上がり元気そうにツンツン頭を掻いた。
「しかしこれだけ町中にミミズを生み出しておいて、さらに体から発生させられるなんて……とんでもない奴ですね。あのミミズの鎧を纏われたらこっちはどうしようも在りませんよ。イグマ抑制剤も効かないし……黒村さん、次はどうするんですか?」
「鋭は俺たちが、自分が安形を利用した理由に気がついているとは知らないはずだ。多分また安形と合流することを狙うはず。まずは安形を探そう。捕獲方法はそれまでに何か考えるしかない」
「はぁ、面倒ですね。殺すのなら色々と手はあるのに『捕獲』は難易度が高すぎる。まぁ、今はとにかく行くしかないですけど」
本田はぶつぶつと文句を言いながら階段の方へ歩いた。同じように曽根と黒村も無言でその後に続く。
「大体草壁さんは不親切なんだよ、何でイグマ抑制剤を一本しか用意してくれないんだ? あれが効かなかったらどうなるか考えなかったのかねえ」
階段を降りながらも本田は文句を言い続けていた。その愚痴を黒村も曽根も止めようとはしない。ただ黙って聞いている。
「誰もが自分みたいに何でも出来ると思いすぎなんだよあの人は」
「確かにその通りだな」
「は?」
突然前から声が聞こえ、思わず本田は足を踏み外しそうになった。ギリギリで体勢を整え、手すりを握り締める。
「誰だ!」
その間に曽根が黒柄ナイフを引き抜き、警戒した眼差しを階段の下へと向けた。しかし夕方が近付いてきたためか、電気が消えている所為か、真っ暗で相手の姿は何も見えない。
「――曽根、本田、行け」
黒村は自分もナイフを構えると、小声で二人に突撃を命じた。
すぐに二人は黒服の訓練で培った類稀な技術を活かし、下の階に居る人間にナイフを突き刺す。黒村の居る場所からは真っ暗でその様子は見えないが、長年の経験から相手の動きを無効化できたと確信した。
だが、聞こえてきたのは二人の悲鳴だった。
「ぐわっ!?」
「いてぇっえ!?」
「どさっ」と地面に二人が倒れる音が聞こえる。
――まさか、倒されたのか? あの一瞬で? 訓練を受けた黒服のメンバーが!?
黒村は全くこの結果を予期してはいなかった。動揺しながらも、今度は自分自身でナイフを構えたままゆっくりと下の階に降り立つ。
元々洋服屋だったこの四階は、今は殆どの服がなくなり障害物になるようなものは無い。気配があれば、真っ直ぐに詰め寄り仕留める自信が黒村にはあった。
ジャリッ――
左の方向二メートルから微かにすり足の音が聞こえた。黒村は迷わずそちらに飛び出し、同時に疾風のような速度でナイフを突き出す。しかしその攻撃は命中することなく空を切った。
「甘いな」
突然真後ろからそんな声が聞こえたかと思うと、気がつけば黒村は天井を見上げ、床に背中を強打していた。
「ぐっ!?」
背骨をコンクリートに打ち付けた痛みと得体の知れない相手に対する恐怖で、ぶわっと汗が全身から噴出してくる。
すぐに起き上がろうとすると首筋に冷たい感触が走った。刃物だ。
突然目の前が明るくなった。どうやら自分を床に叩き付けた相手が懐中電灯をかざしたらしい。その光で黒村は相手の正体を知った。
「お、お前は――……」
「クスクス、やあ黒村鉄心。助けに来たぞ」
西洋風のセミショートの緩やかな癖毛の黒髪に切れめの目、黒服上位三本の腕に入るといわれる実力者、通称キツネは貼り付けたような笑顔を浮かべ、黒村を見つめた。
何か主要登場人物以外のキャラってどれも皆同じような感じですよね・・・・・・うん〜登場人物の性格の幅を増やさなければ。