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<第六章>四面楚歌

<第六章>四面楚歌




「何事だ!?」

 流れ込んでくる人の雪崩を見た南城は、あからさまに動揺し素っ頓狂な声を上げた。

 階段をスーパーボールのように跳ね降りていく生存者たちの中から一人の男の襟を掴み、動きを封じる。そしてもはや愛嬌があるとは決して言えないような凄みのある視線をその男に向け命令した。

 男は濁った二つの大きな瞳と巨大なマリモ頭に気おされ、急いで簡潔な説明をする。

「きょ、狂人が出やがった! 離してくれっ、こ、殺される」

「狂人だと!? 何故突然……!?」

 驚きに指の力が緩んだ。その隙に襟を掴まれていた男は腕から抜け出し、他の生存者の後を追い大慌てで階段を駆け下りていった。

 ――あの野郎、やりやがった――!

 感覚で安形が感染するまでの一部始終を見ていた鋭は、武田の策と行動に感心すると共に、猛烈な怒りを覚えた。拳を握り締め端正な顔の中心にある二つの双眼を真っすぐに廊下の先、レストランの奥へと差し込ませる。

 殆どの生存者が下の階に逃げたかレストランの隅に身を押し付けていたため、感覚を利用しなくてもはっきりと安形の姿を目視出来た。

 だらしなく口を大きく開け、黒柄ナイフを振り回しながら乾いた雄叫びを響かせている。

「くそ、よりによってあの男が感染してしまったか。予定外だが仕方が無い……」

 鋭が安形の下へと走り出そうとしたとき、真横に立っていた南城が自分の懐から黒い鉄の筒を取り出しそう呟くのが聞こえた。

「銃――!?」

 思わず声に出してしまう。

「お前はここの住民なら俺のこと知っているだろ。こんなもの簡単に手に入るさ、金はかさんだがな」

 南城はその拳銃クーガーを肩の高さに構え、ピッタリと安形に照準を合わせた。

 『今』安形に死なれるのは不味い――俺の計画が破綻する……!

「待て、ミミズを除去すればあいつは元の人間に戻る。俺が何とかするから撃つな」

 鋭は冷や汗を流し、銃口の前に立ちふさがった。

「お前が? どうやって?」

 完全にキャラを壊し本来の冷酷な『人売り』の口調で、馬鹿にするように南城は聞く。

「いいからやらせろ! こっちにあいつが来れば撃てばいいだろ。それまでは俺に任せてくれ」

「今殺す方が確実だ」

 銃声が空間を割り、耳を突き抜けた。南城がいきなり引き金を引いたのだ。心臓が飛び跳ね、思わず鋭は首を安形の方へと向ける。レストランの奥でその音と共に丁度中年の女性に噛み付こうとしていたパンチパーマの男が崩れ落ちた。

「あと一匹!」

 南城は再び安形へと銃口の向きを戻す。

「――っやめろ!」

「がっ!!?」

 鋭は反射的に片腕を突き出した。その途端、まるでキングコングか何かに投げ飛ばされたように南城は勢い良く壁に体を強打した。

「お、お前!?」

 体に走る衝撃と痛み、化物じみた鋭の怪力に驚きながら、南城は目を回す。脳震盪でも起こしたらしい。

 鋭は床に転がった銃を階段の隙間から一階に蹴落とすと、フンっと鼻を鳴らし、安形の居る部屋の奥へと飛び出した。

 一方、安形を感染させ、南城に銃で撃たせるという作戦を考えていた武田は、階段の方から現れた人物が自分よりも年下の普通の住民の男だったことに肩を落とした。

 安形の感染はここに来たばかりの時に、おしゃべりな佐久間から南城が銃を持っているということを聞いた上での策だったのだが、見事に失敗してしまったようだ。これでは眼前に迫り来る安形から逃げる術はない。すぐにあの黒いナイフの餌食になってしまうだろう。

「あああぁあああぁあ……」

 起伏の無い声のまま、安形は武田の腹を蹴飛ばし床に転がした。

「ぐうっ!? ――っそ……」

 武田は腸を中から何かが飛び出してきそうな激しい痛みに襲われながらも、何とか仰向けのまま後退する。しかし、すぐに背後は壁になり追い詰められた。

「ああぁああ……あああ……」

 安形は大きく腕を振りかぶった。

 対イグマ感染者用の特殊ナイフである黒柄ナイフの凄まじい刃を受ければ、武田など骨まで簡単に切断されてしまう。この一撃を受ければ軽傷で済まないことは目に見えていた。

「止めろ!」

 突如何者かが背後から安形にタックルを食らわした。死角からの攻撃に対処出来ず、頭から床にキスをする安形。

 武田が顔を上げると、それは先ほどここに駆け込んできた若い住民らしき男だった。確か、安形と行動を共にしていた人物だ。

「邪魔だ――消えろ」

 その男――鋭は氷のような顔で武田を一瞥すると、神経を張り詰めさせた様子で安形に向き直った。

 ――何のつもりだ? 俺を助けに来たのか?

 一瞬武田は鋭の行動に疑問と呆れを覚える。だが、すぐに別の考えが浮かび、ズル賢く頭を回転させた。

 こいつはこの安形とかいう男の仲間だ。きっと同じように何かの訓練を受けている人間なのかもしれない。あとあと邪魔になる前にこいつも……流石にこれ以上南城も黙ってはいないはずだし。

 ちらりと周りを見ても、レストラン内に残っている生存者は皆一様に壁に体を摺り寄せ、目をつぶり神頼みしている。バレることは無さそうだ。武田は鋭に気づかれないようにこっそりと懐からビール瓶を取り出した。

「……あああぁあ?」

 安形は何かを感じ取ったらしく、不思議がるように鋭の顔をじっと見つめた。警戒しているのか襲おうとはせずに距離を取ったまま固まっている。その隙に鋭はゆっくりと足を動かした。

 ――今だ!

 鋭の注意が完全に自分から反れたと思った瞬間、武田は瓶からミミズを掴み鋭の首の後ろに押し付けた。勿論自分の手は袖で覆っているから感染の心配は無い。

「――邪魔だって言ってんだろ」

 しかし、鋭は全く動揺することも驚く事も無く、前を向いたまま武田に背面蹴りを繰り出し、おもっいきり吹き飛ばした。

「がっ!?」

 驚愕の表情を浮かべながら武田は壁に背を強く打ち付けた。いくら感染に十秒の時間が掛かり、先ほどの安形と違って体の自由があるとはいえ、異常なほどに鋭の行動は冷静で余裕がある。この鋭の行動は武田にとって予想の範囲を優に超えていた。まるで自分の行動が見えていた、安形に負けるわけが無い確信しているような態度だ。

「俺を助けるんじゃなかったのか安形?」

 何事も無かったかのように鋭は安形と視線を交えた。それを合図に安形はナイフを暴力的に突き出す。

 感染した安形の筋力は尋常ではなく、まともに受け止めることは普通の人間には無理だ。やはり鋭も攻撃を避けることに意識を集中させた。

 体に染み付いた経験からか、記憶の残像からか、覚束ない動きではあるものの安形の突きや斬撃は全て寸分の狂いもなく見事に急所を狙ってくる。鋭はその正確さに舌を巻いた。

 銀色の軌跡が目をチカチカさせ、体のあちらこちらに無数の線を刻んでいく。それは流れる雲のように不確かで、稲妻のように素早く鋭い攻撃だった。

 どう見ても劣勢で追い詰められている状態なのだが、鋭の表情は先ほど度何一つ変わらず、奇妙なほど冷静さを保っていた。

 ――感染した状態でこの動き、さすが黒服ってとこか。

 改めて安形の力量を確認し、感心する。次第に避けることも難しくなってきたのか、段々と体につけられる線の量も深く、多くなっていく。

「む?」

 ふと感覚が安形の背後の方へ何かの動きを感じ取った。横薙ぎされた一撃をかわした際にその方向を盗み見る。

「……大した根性だ」

 鋭はこちらに向かってくる人物の顔を見て咄嗟にそう口ずさんだ。

 それは稲城愛だった。OLのような真っ直ぐに整えられた肩まである髪を左右に振り乱し、緊張の所為か目を充血させながらパイプ椅子を掲げ走ってくる。突然の狂人出現に咄嗟に壁際に逃げたものの、鋭のピンチと安形の感染に気がつき戻ってきたようだ。

 愛は鋭に注意を取られている安形の真後ろに到着すると、問答無用でパイプ椅子を振り下ろした。「ドカッ」と痛々しい音が響き、安形の腰が僅かに落ちる。直後に鋭は上段蹴りを繰り出し、黒柄ナイフを安形の手から叩き落とした。

「今だ!」

 鋭は組み伏せようと両腕を安形の肩に乗せた。だが、その瞬間後ろから誰かに引っ張られ直ぐに離してしまった。

「……つぉおおお……!」

 地獄の住民のようなおぞましい表情を浮かべた武田が、必死の形相で鋭の腰に抱きついている。

「このっ、離せ!」

 肘で武田の腹を強打し、鋭は無理やり体を離した。もんどりうつように崩れ落ちる武田。

「はぁ、はぁ――……ん!?」

 再び前に向き直った途端、鋭は安形の太い右腕に片手で掴まれると同時に一気に投げ飛ばされた。背中から後ろのガラスを突き抜け、真っ直ぐにデパートの外に飛び出す。そして、五階という高さからその体を地面の上に無抵抗のまま明け渡した。

 「グシャリ」という音が道路に響く。

「えっ、嘘――ちょっ……!?」

 予想だにしなかった突然の仲間の死に頭が付いていかない。愛はパイプ椅子を抱えたまま動きを止めた。その間に安形は黒柄ナイフを拾い、無感情で愛に向かって突き出した。

「きゃあ!?」

 愛は咄嗟にパイプ椅子で防いだものの、突き出された力とナイフの切れ味の所為で僅かに椅子を貫通した刃の先が腰を掠めた。椅子を安形に投げ飛ばし距離を取りながらそこを見ると、ジワリと赤く滲み出している。

「痛い――!」

 顔をしかめ、片手で傷を押さえた。

 じりじりと安形が近付いてくる。その光景はさながら鎌を構えた死神だ。あの穏やかでどこか面倒そうな、優しそうな安形の顔は影も形も見えない。あるのはただ狂った元人間の顔のみ。

 愛は恐怖でしゃがみ込んでしまった。

 一歩一歩、ワザとゆっくり歩いているのかと疑いを持つほどの長い時間の後に、安形が目の前に立った。左腕で愛の裾を掴み、持ち上げる。

 愛は喉を圧迫され、頭に血が溜まるのを感じた。盛大に咳を爆発させたかったが、掴まれているためどうにもならない。ただ苦しさだけが募っていく。

 ――私、死ぬんだ……!

 そう思うことしか出来なかった。



「どりゃっぁあっしゃい!」

 良く分からない雄叫びと共に、何者かが安形に体当たりした。手が裾から外れ、愛の首が自由になる。

「げほっ、げほっ――さ、佐久間!?」

 愛は息も絶え絶えに目の前の男を見上げた。だぶだぶのトレーナーと、だぶだぶのズボンを穿いた若者、佐久間文人だ。騒ぎを聞いて下の階から上がってきたのだろうか。

「姉御、今のうちに逃げるんだ、ここは俺が何とかしる!」

 漫画の中で多様されるような臭いセリフを噛みながら吐き、佐久間は両腕にそれぞれ鉄パイプのようなものを握り締めた。気のせいか噛んだように聞こえた。

 ――さっきは姐さんって言ってたのに何で姉御? 

 どうでもいい突込みが浮かんだが、場違いなので愛はあえて聞かなかった。

「あんた一人じゃ無理よ! それに安形さんをこの状態で放って置けない」

 壁に手を付いて立ち上がり、佐久間の横に並ぶ。

「放って置けないって、こんな奴どうやって元に戻すんだよ。俺にはそんな余裕なんかねえぜ?」

 安形の発する捕食者の雰囲気に気おされた様子で、佐久間は苦笑いした。

「だったら逃げればいいでしょ。私はやるわよ」

「――姉御を置いて逃げられるわけねーだろ!」

 佐久間が言い終わると同時に安形は飛び出した。体全体を一つの弾丸のように押し出し、獲物の内臓を潰そうとする。

「ひゃぁあああ!?」

 佐久間は女性のような高い悲鳴を上げながら片方の鉄パイプを投げ捨て、真横に飛びのけた。数秒前まで彼が居た場所の後ろの壁は、安形の肩が食い込み小さなクレーーターを作っている。

「じょ、冗談じゃないぜ」

 その威力にゾッとして後ずさった。

「ちょっと、何で武器を投げ捨てんのよ!」

 呆れたように怒鳴りながら鉄パイプを拾うと、愛は安形の膝裏にそれを打ち込もうとした。しかし当然安形はそれをあっさりとかわし、強烈な蹴りを放った。素人が訓練をつんだ、しかも感染で強化された人間の動きに反応するのは至難の技だ。先ほどナイフが掠った場所をもろに押され、愛はレストランの中心まで吹き飛んだ。

「っ……あああぁ……!」

 激しい痛みに胃の中の物を吐き出し、天と地が反転する。とうとう愛は動けなくなった。

「姉御ぉおお!?」

 急いで駆け寄る佐久間。メンタルが弱いのかその目は何もしていない、何も食らっていないにも関わらず湿っている。

「姉御ぉぉおおおお!」

 何故か再び叫んだ。

「……ぁああああぁぁ……」

 安形は先ほどと同じようにゆっくりと近付いてくる。愛は今度こそ負けを悟った。

「や、止めろ! 姉御に手を出すな」

 佐久間は震える足を大きく広げ、愛と安形の間に立った。しかし安形がナイフを持ち上げると『ひっ』と短く叫んで縮こまった。

 










 階段の真横に存在感を誇らしげに振りまいている、真っ黒な鉄の塊を毛深い手が掴んだ。その塊、銃を握り締め、南城は白濁したような目を上に向ける。

 この一階から見えるわけが無いのだが、まるでどういう状態になっているか予想が付いているらしく、嘲るように歪んだ笑みをこぼした。

「銃を捨てるなんて馬鹿なことを……勝手に戦って勝手に死んでくれ。こうも簡単にあの男が感染するとはな。ったっく、期待はずれも甚だしい」

 利用しようと思っていた人間の感染を目の辺りにしたため、抱いていた希望と信頼を一気に失い、がっかりしたように溜息を吐いた。

「ん?」

 二階上――三階の階段からガラスが無理やり割られたような甲高い音が聞こえた。

「な、何だ? 狂人が侵入してきたのか!?」

 咄嗟に銃のトリガーに指を当て、身構える。

 足音は物凄い速さで遠のいていった。上に向かったらしい。

 南城は階段の横の吹き抜けから上を覗き、僅かにその音を響かせた主の姿を目撃した。

「な!? 何で、どういうことだ!?」

 今見たばかりの光景が信じられず、自問自答する。

 その間にその足音の主は驚異的な跳躍であっと言う間に見えなくなった。








 白でも無い。黒でもない。純粋な光そのものの色である銀色の刃が視界を圧迫する。死そのものを象徴するように、その刃の発する光が佐久間の顔を照らし、目を焼き付けた。

 佐久間は悟った。自分は今この瞬間死ぬのだと。終わってしまうのだと。

 よく死の淵ではこれまでの人生の映像が走馬灯のように流れるというが、そんなことは全くなかった。ただ、どうでもいいことだけが浮かんだ。

  ――くそっ、こんなとこで死ぬならもっと一杯遊んで、悪して、ナンパして楽しんどくべきだった!

 毎日食料を探すだけで何の楽しみも得ていなかったため、快楽への渇望が沸き起こる。

 富山大震災で家族を失ったあと、こんな場所に来ないで親戚の家にお世話になっていれば良かったっと心から反省した。

 ――畜生、グッバイ俺の人生――!

 刃が額に触れた瞬間、佐久間はこれから訪れるであろう激痛を恐れ、強く目を瞑った。

「退け」

 突然右に強く蹴り飛ばされた。

 ――何? 退けだと!? 俺よりも先に姉御を殺す気か! こいつめ、何て奴だ!

 佐久間は目を瞑ったまま安形の残虐さに怒りを抱いたが、今の言葉に疑問を持つ。

 ――ん? 退け? あれ――狂人って喋れたっけ? それに今の声は聞いたことがあるような――

 怯えた瞼を上げると、自分が蹴られる前の位置に見慣れた男が立っていた。

 鋭だ。

「早く愛と一緒に下がれ! 感染したいのか」

 鋭はあろう事か、安形の黒柄ナイフを自分の腕で直接防ぎ、そう叫んだ。

「鋭!? さっき落ちたのに――な、何で……」

「いいから下がれ!」

 愛の言葉を強引に止め、鋭は怒ったように振り向いた。その顔を見て佐久間と愛は思わずゾッとそた。

「な、何だその目……お、お前?」

 紫色に変色した鋭の瞳を目撃し、狂人を見るような視線を向ける佐久間。無意識の中に後ずさった。

 鋭は先ほど安形に切り刻まれていた、五階から落下したにも拘らず、血の一滴も流さず平然としている。一応切り傷はあるのだが、そこから血は流れていなかった。

「……早く行け」

 それだけ呟くと、鋭は腕に力を込め、黒柄ナイフを弾いた。

「ぁああああぁああああ!?」

 躊躇ったように変な声を出す安形。

 構うことなく鋭は安形の首を片手で掴み、ついさっき自分がやられたように片腕一本でその体を持ち上げた。

「さっさと正気に戻れ馬鹿野郎!」

 そのままお互いの視線を交わらせる。安形はしゃがむにに暴れていたが、鋭の腕は巨大な岩のようにビクともしなかった。

 しばらくして安形の首からウネウネと動くものが現れ、鋭の手の平に食い込み出した。鋭はそれを複雑そうな表情で見つめると、自分の手に食い込んだままにも関わらず、一気に握りつぶした。

「……ぁああああ……ぁ……」

 同時に安形の全身から力が抜け、床に倒れ込んだ。

「ふう」

 鋭は小さく息を吐き、ミミズの死体を投げ捨てた。

「え、鋭……お前?」

 恐る恐る佐久間が声を掛ける。怖いのか、腰が少し引いていた。

「佐久間、俺は……」

 鋭は悲しそうな目で口を開こうとした。だが――

 一発の銃声がそれを邪魔した。

「この化け物め!」

 南城が煙を上げる銃口を向けたまま、階段の方向から歩いてきた。佐久間や愛と同じく恐怖を感じているような目を鋭に向けている。

「ぐっ――この……!」

 鋭は撃たれたばかりの胸を押さえ、よろけながら南城に向かって一歩踏み出した。

「死ね!」

 南城は立て続けに三発の銃弾を放った。そのどれもが確実に鋭の急所を貫く。

「がっ!?」

 鋭は初めて口から人間にしては黒っぽい血を吐くと、大きくよろけ窓際に下がった。先ほど落ちたばかりの窓だ。

「おかしいと思っていたんだ。警察の者? 家出? 嘘はもう少し上手くつくんだな」

 怯えと怒りの篭った表情を浮かべたまま、南城はさらに二発の銃弾を浴びせる。

 衝撃に押され、鋭は窓際の壁に背を押し付けた。

「この……野郎……」

 紫の瞳で食い殺すように南城を睨みつけながら、額から汗を流す。

 南城は無言で最後の一発を放つべくトリガーを引いた。

 「ガチッ」と音が鳴り、スライドが止まった。弾切れだ。

「くそ、誰だ勝手に銃弾を使っていた奴は!?」

 焦り、懐からマガジンを取り出す。

 鋭はその隙を逃さなかった。南城を倒そうと窓から半分出ていた体を起こし、走り出そうとする。しかし、体を起こす前に目の前に二つの腕が突き出され、鋭は走りだそうとした勢いのまま横に押し倒された。

「このっ、化け物め――!」

 それはずっと鋭を倒す機会を伺っていた武田の腕だった。

 南城が留めの一撃を放つ直前、鋭は『これから起こるであろう出来事』を予期し、静かに辛そうに、悲しそうに目を伏せた。










 目を覚ますと、安形は何故か両腕をロープで拘束されていた。レストラン中央の床に無造作に放られたような格好のまま首を挙げ、自分を見下ろすように立っている人物を見上げる。

「起きたか。気分はどうかな?」

 南城は安形の黒柄ナイフをくるくるとお手玉のように空中で回転させ、醜く笑った。

「……これはどうなってんだ? 何で俺は拘束されている?」

 わけが分からないといった様子で戸惑った視線を向ける安形。

「何でだと? 決まっているだろ? お前は危険人物だ。拘束するのは当然だろ」

「危険人物だと?」

「そうだ。もう大体予想はついている。お前らはテロリストだ。大方白居候の命を狙ってこの事件を起こしたんだろ?」

「何で俺がテロリストって事になるんだ? 一体何があった?」

 救いを求めるように、安形は南城の背後に立っている愛や佐久間に視線を向けた。だが、二人とも気まずどうに目を合わせない。

「よくもまあ、俺の町にこんなミミズどもをばら撒いてくれたもんだ。落とし前はきっちりとつけてもらうぞ?」

 南城は爪きりを取り出した。それを見た瞬間、安形は相手の意図を悟り、さっと顔の血が引く。

 自分の指に爪きりが当てがわれるのが分かった。冷たい感触がはっきりと肌から感じられる。

「まずは一本目だ」

 一気に親指の爪が剥がされた。

「っぐあぁぁあああああー!?」

 あまりの痛みに安形は大声で叫んだ。指先の神経が悲鳴をあげ、びりびりと痺れる。

「さあ、本当の事を言え! お前らは何者だ?」

 南城は間を置くことなく今度は人差し指に爪きりを押し付ける。

「ちょっと、南城さん止めて! 安形さんは私たちを守ろうとしてくれたのよ!」

 目の前の痛々しい光景に顔を背けながら、見かねた愛は南城の腕を掴んだ。

「よせ、黙ってろ」

 その腕を背後から武田が引き離す。知らない中に武田と南城には無言の協力関係のようなものが生まれ、安形が気絶している時から愛と佐久間の行動を封じていた。

「おい、姉御に手ぇ出すんじゃねぇよ!」

 佐久間は強すぎるくらい愛の腕を握り締めている武田の手を、それ以上の力で掴んだ。

「黙れ、こいつが見えないのか?」

 南城は爪きりを握っている腕とは逆の手で銃をチラつかした。

 それを見て、愛も佐久間も悔しそうに黙りこんでしまう。

「……鋭は……どうなった? 何処にいるんだ?」

 指の痛みに耐えながら、安形は姿の見えない依頼者のことを聞いた。直感的にこの自分への待遇の変化が鋭にあると思い部屋の中を見回す。

「あの化け物は死んだよ。向こうの方を見てみろ。亡骸が見えるぜ」

 武田が笑いながら答えた。

 キッと武田を睨んだ後に何とか体を起こし、安形は部屋の奥に視線を向けた。だが、体が固定意されているため、うまく見えない。

「おい、手伝ってやれ」

 南城が顎で佐久間に命令した。

 佐久間の手を借りて右を向くと、確かにそこには鋭の死体があった。ゴミのように無造作に捨てられている。

「何てこった……!」

 安形は愕然とした。

「もう一度聞くぞ? お 前 ら は 何 者 だ?」

 鋭の死体を見つめている安形に構わず、南城は二本目の爪も剥がした。

「がっ――ぁあああ……!」

 呻き声を上げ、歯を食いしばる安形。

「――強情な奴だ。ふん、さすがはテロリストだよ。拷問に対する訓練でも受けているのか? だが、これはどうかな?」

 南城は銃口を安形の股間に向けた。

「くっくくく、今更性転換はしたくないだろ?」

 安形を抱えたまま佐久間がびっくっと股を強く閉じ、痛々そうに顔を曇らせた。

「はぁ、はぁ……! よ、よせ……は、話すから――!」

 流石に安形は恐怖に顔を引きつり、慌ててそういった。

 ――こいつに黒服のことを言っても、信用するとは思えない。ここは……俺がテロメンバーだって言った方が信憑性があるな……!

「お、俺は確かにテロのメンバーだ。だけど、今は違う。奴らの組織から逃げてここに隠れていた。この町で起きたことにも関係していない。これは組織の人間が白居学を狙ってやったことだ」

「ふん、細菌兵器がばら撒かれる直前に怖くなって逃げたってことか? 随分肝が小さいな」

 南城は信じたようだ。見下すように上から安形を一瞥した。

「頼む、た、助けてくれ……俺はこんな所で死にたくない!」

 油断させようとワザと哀れっぽい声で南城に訴え掛けた。しかし、それは逆効果になってしまった。

「元だろうとどうせテロリストには変わりない。俺の町をこんな状態にした付けを先にお前が払え」

 銃のトリガーに掛けた指に力を込める。

 訪れる痛みに恐怖し、安形は体を強張らせた。

 ドガッァアアアアン!

 尋常ではない大きさの鈍い音がデパート中に響いた。

 銃弾が安形の一部分を吹き飛ばした音ではない。正面扉が粉砕されたのだ。

 一階、二階とそれぞれ待機させられていた生存者たちから阿鼻叫喚の声が放たれた。

「今度は何だっ!?」

 南城は眉間に皺を作りながら銃を階段に向け怒鳴った。

 真下から聞こえる悲鳴や狂人の呻き声に混じって、笑い声のようなものまで聞こえる。

「に、逃げましょう! 正面扉が狂人に破られたのよ」

 愛は安形の腕を肩に回しながら叫んだ。

「待て、勝手に動くな!」

 二人に銃を向け動きを制すると、南城は丁度階段の方から聞こえた足音に反応し、緊張した顔を向けた。複数の人間の影が見えてくる。

 レストランの中まで来ると、その人間たちの姿がはっきりと見えた。警察特殊部隊の服と、カジュアルなジャケットを足して二で割ったような服装をしている。そう、今自分が銃口を向けている男と同じ格好だ。

「はっ――面白いことになっているな」

 その内の一人、レゲエ頭の男が銃を突きつけられ、指から血を流している安形を楽しそうに見た。

「チェックメイトだ」

 黒村がそう言うと、背後に立っていた曽根、本田、高木はそれぞれ黒柄ナイフを一気に引き抜く。

 銀色の光がレストラン中に煌いた。











アンケートについてなんですが、対象人物を増やそうとしたら、内容変更するとこれまでの投票が消えてしまうと分かったので、とりあえず人物の増加はせず、このままで行きます。

尋獄4終了後にまた全ての人物を出した上で改めて第二回アンケートをやりたいと思いますので、そのときはまたご協力お願い致します。

それまでは今設置しているアンケートを継続して続けるので、是非ご投稿お願いします。

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