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<第十七章>エピローグ

<第十七章>エピローグ



 夢遊町暴動事件から数週間後。黒服第一支部の船内。

 そこの廊下を一人の男が歩いていた。

 緩やかな黒い癖毛の髪をセミショートまで伸ばした西洋風の髪型。

 そして端が鋭く釣りあがった見る者を不安にさせる怪しい目。

 全身を真っ黒な特徴ある服に覆われたその男は、廊下の終わりに辿り着くと、静かに扉を開け、船の甲板へと出た。

 するとすぐに強風が全身を撫で、海へ突き落とそうと暴れる。

「……風が強いな」

 思わず目を細めつつも、男は構わず歩みを再開した。何の迷いもなく、船の先頭へと進んでいく。

 積んであるコンテナを避けながら舳先まで辿り着くと、そこには男を待っている人間が居た。

 顎鬚を生やした、短髪の中年男だ。

「遅かったな」

 タバコを口に挟み、船の淵に片足を立てながら、その中年男はこちらに声をかけた。

「クスクス、陽介さんが早すぎるんですよ。僕は時間通りに来ただけです」

「デートは早めに来るって相場は決まってんだろ。そんな態度じゃモテねえぞ、キツネ」

「別にモテなくてもいいですよ。そんなことより、さっそく本題に入りましょう。あまりここであなたと話をしている姿をみられるような危険は犯したくない」

「なに、いくら白居だろうと、草壁だろうと四六時中お前を見張ってたりなんかしやしないさ。なんせお前モテないことになってるし」

 軽く笑みを浮かべながら陽介は煙を吐き出した。その煙は輪となり、キツネの顔の横を飛んでいく。

「さて、冗談はさておき、本題に入ろうか」

 全ての煙を吐き切ると、陽介はタバコを自分の携帯灰皿にぐりぐりと突っ込み、打って変って真剣な顔になった。灰皿には限界以上のタバコが収納されていたらしく、押し込まれた直後に別のタバコがロケットのように飛び出し、陽介の顎に直撃する。

 しかし構わず陽介はクソ真面目な顔を続け、じっとキツネの目を見つめた。気づかないフリをしているのだろうか。

「夢遊町事件でのセリフで確信しました。どうやら白居は僕の行動を怪しみだしているみたいです。これまでのあの人だったら、イミュニティーへの研究物品の寄贈を僕に隠すようなことはなかった。あれは明らかに僕を警戒している」

「ふん……俺からすれば今更って感じだけどな。お前が勝手な行動に出るのは昔からだろ」

「今回は今までとはわけが違います。どうやら僕は少々動き過ぎたようだ。今回の鋭への協力や安形への依頼メールにしろ、水憐島事件での草壁との問題にしろ、もう少し慎重にやるべきだった」

「そこまで怪しまれているのか? 監視されるようになったってのも、お前から聞いただけで俺は実際にその監視員を見たことはねえぞ」

「監視員がいるわけじゃありませんよ。白居だったら僕がそれにすぐに気がつくことくらい分かってる。監視というのは白居と草壁自身の僕に対する意識が変わったということです。忠実な部下と同僚から『怪しい存在』へとね」

「そうか、どうやら本当に深刻な状況になっているようだな」

 陽介は顎に指を当て、何かを考えるように顔を伏せた。その様子を見たキツネはクスクス笑うと、続けて言葉を発する。

「ですが悪いことだけではありません。警戒されていると言っても、疑いを持たれた程度ですし、おかげで白居の目に安形や截の存在を知らしめることが出来ました。鋭と、僕を抑えることの出来る黒服メンバーとしてね。まあ、安形さんが今回の事件に関わったのは完全に予想外でしたが」

「予想外か。確かに截に送った筈のメールを安形が受けていたときは俺も驚いたわ。『何でお前が受けてんの!?』って感じでさ。まあ、結果としてはプラスに働いたみたいだがな」

「ええ、きっとあれが安形ではなく截だったのなら、あそこまで見事な終わり方はしなかったはずです。截だったら確実にもっと早いうちに鋭を殺していた。あれは安形さんだったからこその見事な結末ですよ」

「ふ、優しい安形さんか、皮肉なもんだな。それで、俺に頼みたいって話は一体なんだ? そのために呼んだんだろ?」

 二本目のタバコを口に挟み、陽介は尋ねた。キツネはライターでそれに火をつけてやりながら、陽介の耳元に顔を寄せる。

「近いうちに、東郷大儀が――ディエス・イレが本格的にイミュニティーを攻めます。恐らく総攻撃になるでしょう。その期日が分かったら、僕から得た情報ということは内密に截に流して欲しいんです」

「截に? なぜだ?」

「彼は今回のことで白居に存在を知られた。彼が動けばその分白居の注意もいくらか引きつけられるでしょう。それに、白居が本気で彼のことを調べれば、彼の裁との関係もすぐに分かる。必ず食いつくはずです」

「そういえば、截を自分の身代わり、デコイとして動かすことが、お前があいつを黒服に引き込んだ最大の理由だったな。奴と仲のいい俺からすれば、死に追いやるような真似はしたくないんだが」

「黒服武器開発主任ともあろう方が一個人に同情ですか? それとも彼が……」

「そんなことは関係ないさ。ただ、知り合いが死んでいくのは例えどんな奴だろうといい気持ちにはならない」

「……クスクス、どうやらお人よしは安形さんだけではなかったみたいですね」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ。まあ、軽く聞き流して下さい。僕はもう行きます。次の任務があるので」

「相変わらず馬車馬のごとくこき使われているな。少しは歯向かってみたらどうだ?」

「そんなことをせずともすぐに暇になりますよ。そう、本当にすぐにね。――それでは、陽介さん。また会いましょう。截のことをよろしくお願い致します」

 冷たい笑みを浮かべると、キツネは陽介の目を見ることなくその場から遠ざかっていった。

 狂気を含んだ空気を纏いながら。

「……キツネ、お前の考えは間違っちゃねえが、その笑い方は白居そのものだぜ」

 陽介が呟いたその言葉は強風に流れ、キツネには聞こえなかった。

 まるでキツネ自身がその声を拒絶しているかのように。

 見えない壁に阻まれているかのように。

 決してその耳に届くことは無かった。








 




ご読了ありがとうございました。

E1の方もよろしくお願い致します。


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