<第一章>地獄のお尋ね者
このお話は尋獄(BLUCK DOMAIN)を読んでいないと分からない面があるかも知れません。
出来ればそちらからお読み下さい。
<プロローグ>
廃ビルが無数に立ち並び、ゴミや土埃が舞う路地が続いている。
今その路地に、動く大きな影があった。
それはゆっくりと歩を進め、ゴミだらけの道を進んでいく。
ティラノサウルスのような前傾姿勢の二メートル以上はある骨格に、般若のような歪んだ顔。その頭からは無数の灰色の長い毛が伸び、全身の皮膚は青紫に彩られ、血管が縦横無尽に浮き出ていた。
「ズゥォオオオオオ……!」
その般若は輝く満月に向かって遠吠えをすると、突然両腕両足を左右に広げ、体中に力を込めだした。
ズズズズズズ……
それと同時に、般若の全身から無数の小さなミミズのような生き物が這い出てくる。一体どういう生物なのだろうか、そのミミズの体からは針だらけの短い触手が、側面に列を成して生えていた。
既にかなりの数のミミズが出ているにも関わらず、般若は尚も体に力を込め続ける。
足元がうねうね蠢くミミズで満たされ、地面が見えなくなった頃だろうか。般若はようやく満足したらしく、構えを解くと何事もなかったかのように歩行を再開した。その目には目標も目的も何も映ってはおらず、ただ底知れない不安と恐怖、憎しみ、そして悲しみだけが映っている。
「ズォォオオオオオー!」
最後に体に篭った感情を爆発させるように大きく鳴くと、般若の姿は路地から消えた。
尋獄E2(BLOODY STORAGE)
<第一章>地獄のお尋ね者
安形和也。
この車が全く通らないような、ゴミだらけの道路を歩いている男の名前だ。
大柄の逞しい体格に、太い眉と凛々しい目、黒の短髪。
服装は警察の特殊部隊と、カジュアルなジャケットを足して二で割ったような真っ黒な井出立ちだ。その姿はどう見ても一般人には見えず、何かの格闘家のような雰囲気を纏っていた。
本当の下の名前は和也では無いのだが、安形は在籍している組織、ナグルファル――通称「黒服」に入るためにその名を捨てた。
そうしなければ生き残ることが出来なかったのだから。
安形は三年前、今では「富山樹海毒ガス発生事件」などと呼ばれる事件の当事者だった。
当時近隣の町で毒牙を自由気ままに振るっていた殺人鬼――「バンの二人組み」を捕まえるために、彼らの獲物の中に潜入し、その時に巻き込まれてしまったのだ。
そこで安形は信じられないような体験をした。
生きた人間が未知の微生物に感染し、化物となり、自分たちを襲ってくるという体験を。
結果として、安形は無事にその事件から生還できたのだが、命の代わりに大きな選択を迫られた。
闇社会の派遣社員とも呼ばれる黒服に入るか、このまま富山樹海に残されるか。
樹海に残される。
それは確かに嬉しい事ではないが、この時のその意味はもっと重い。
何故ならば、樹海中に微生物に感染した被害者がうろついていたからだ。仲間も居ないたった一人で地獄のような樹海にとり残される。普通の人間がそんな状態に耐えられるはずがなかった。
勧誘した男であり現在の上司、通称「キツネ」にとってはただの暇つぶしのような提案だったのだろうが、安形にとっては生きるか死ぬかの問題だ。安形は二つ返事で黒服入りを了承した。
「もう少し先か」
ボロボロの標識を見ながら安形は呟いた。
何故安形が今こんな場所にいるのかは理由がある。そう、黒服の仕事だ。
あれは、三日前の事だった。
黒服第五支部船内、指令受領室。
安形はその中で、無数に設置してあるパソコンの一つを弄っていた。
黒服は政府組織では無いため、国家公認の建物や駐屯場所を得る事が出来ない。だから通常は黒服総合管理官や幹部らが所有している偽装タンカー、大型船舶が活動拠点となる。この第五支部も勿論その一つだ。
「ふう……中々良い仕事ないな」
安形は画面を見つめながら溜息をついた。
黒服メンバーが仕事を請ける方法はいくつかある。だが、大抵はこうして本部からパソコンに割り振られた仕事の中で、自分がやりたいものを選択し希望届けを出す。そしてそれの受領知らせが届けば、任務開始ということになるのだが……
安形は人柄が良いため、殆どの任務に希望届けを出す事がなかった。
しかしそれも仕方が無いと言えるだろう。
黒服とは言わば傭兵だ。金さえ払えばどんな危険な仕事でも、どんな人道に反する行動でも取らなければならない。
元々人のために、人を守るために警察官という職業についていた安形にとって、どうしても根本的に相性が悪いのだ。
「安形さん、また仕事放棄ですか。そろそろ何かやらないと黒服から消されますよ」
横のパソコンに座っていた同僚の截が、心配そうな顔で安形を見た。
だが、安形は気楽そうな笑顔で言葉を返す。
「大丈夫さ。そのうち俺にも出来そうな仕事がパッと出てくるよ。截は心配しないでいい。――というか、お前もう次の仕事を探してるのか? 一ヶ月前に紀行園に行ったばっかりだろ?」
「いや、別に仕事を探してるわけじゃないですよ。ちょっと調べたい事があったので」
截は僅かに慌てた表情を浮かべ、話を濁した。その際こっそりと画面を切り替えたことに安形は気づいていたが、敢えて黙って見過ごす事にした。
「んっ!? これ、ちょっと面白そうじゃないか?」
突然安形が截のパソコンを指差した。どうやら画面を切り替えた際に、任務依頼の最新リストを出してしまったらしい。
「ああ、これですか。この依頼――……昨日から有るんですけど、まだ誰も届け出してないみたいですね。まあ、これだけ不明点が多ければ怪しむのは同然ですよ。僕もやる気がおきませんし」
「へぇ、どんな依頼なんだ?」
安形はまじまじとその依頼内容を見てみた。
その食いつきに苦笑いしながらも、截はそれの詳細ボタンをクリックする。
___________________
=下級メンバー用任務詳細=
依頼番号 :NO,067
依頼主 :匿名希望
<内容>
わけが有り、詳しいことは教える事が出来ません。この依頼を受けて頂けたのなら、直接会いそこで詳細を教え致します。
どうか私を助けて下さい。お願いします。本当に困っているんです。
もし受けて頂けるのなら三日後、長野県の夢遊町に来てください。
そこの南、3ー12−8でお待ちしております。
匿名希望
___________________
内容はそれだけだった。実にシンプルで短い文だ。
「夢遊町って、あのスラム街だよな?」
目を画面に釘付けにしたまま、安形が聞く。
「ええ、三年前の『富山大震災』で家族を無くした人間や、『富山樹海毒ガス事件』の影響で避難を勧告された人たち、彼らが集まって出来た町です」
「そうか、随分とまあ俺たちと縁の深い依頼だな」
「……そうですね」
安形と同じように「富山樹海毒ガス事件」の当事者だった截は、悲しそうな目で頷いた。
「面白そうじゃないか。俺、これ受けて見ようかな」
「本気ですか、こんな怪しい依頼を?」
「ああ、だからこそ受けてみたいんだよ。それに下級メンバー用の依頼じゃないか、何も心配することはないさ」
「……まあ、安形さんに受ける気があるのなら、僕は何も言いませんよ」
截は静かにパソコンの電気を落とした。
もう部屋を出る気なのだろう。何か調べ物をしていると言っていたから、今度は資料室にでも行く気なのかもしれない。安形はそう考え、自分のパソコンにさっきの依頼データを移すと、力強くキーをクリックした。
その直後、部屋の入口付近から聞きなれた女性の大声が聞こえてくる。
「截ー! お前私が冷蔵庫に入れてたケーキ勝手に食ったな!」
「べ、別にいいだろ?」
「いいわけ無いだろ、あれ限定販売で二時間も並んで買ったんだぞ、弁償しろ!」
「弁償って、お前が俺の部屋の冷蔵庫に置いて行ったのが悪いんだろ? もっかい並んで自分で買うんだな」
「なんだと、ふざけるなよ、私の苦労を何だと思ってるんだ?」
いつものやり取りなのでスルーし、安形はそのまま手を進めた。
「それにしても『助けてください』、か。一体どんな依頼なんだ?」
その懇願するようなメールの言葉を、安形は頭の中から離す事が出来なかった。
――現在――
何かが変だ。
安形は先ほどからこのスラム街に奇妙な違和感を感じていた。
ここまで歩いてくる間に数人の人間とすれ違ったのだが、妙に彼らに覇気がないのだ。スラム街だからということを考慮しても、その雰囲気は不気味過ぎる。まるで何かに怯えているように見えた。
よそ者である自分に対し警戒心を持つのは分かる。だが、何故か彼らは知り合いであるはずの住民同士でも、顔を会わせる度にビクつくのだ。そして一度お互いの顔をまじまじと見てから、やっと安心したように移動を再開する。
「……嫌な予感がするぞ」
異常な行動を取る住民たちを見ているうちに、安形は段々と不安になってきた。ここで何かただ事ではない事が起きている。そんな気がしたからだ。
それが何かは分からないが、用心するに越した事は無い。安形は服の上から黒服メンバーの証でもある、自分の黒柄ナイフを一撫ですると、今までよりも慎重に歩き出した。
しばらく歩くと、ビルの隙間にあるこの路地の先に公園らしき場所が見えてきた。依頼主から指定されていた場所だ。
安形がそのエリアに足を踏み入れると、人の気は一切無く、ただ無数のゴミや動物の死体が散乱していいるだけだった。周囲に目を配ってみても、どこにも依頼主の姿はない。
「まだ来てないのか? はぁ、じゃあちょっと待つか」
安形は穴や落書きだらけの、虫食いに遭ったようなベンチに腰掛けると、ほっと一息ついた。
公園から少しだけ離れた廃ビルの中。
一人の長髪の男が怯えながら窓際に後ずさりしていた。
「は、原田、お前どうしちまったんだよ、イカれてるぞ!?」
目を見開き顔一杯に恐怖の感情を浮かべながら、近付いてくる短髪の人間に向かって長髪男は呼びかけた。しかし相手は全く耳を貸す気配もなく歩き続ける。
「くっ、来るな!」
長髪男は目の前に立った原田に殴りかかった。真っ直ぐに伸びる渾身の力が篭った拳。それは見事に原田の顎に命中した。
「……ぁぁああぅうううう……」
だが、口から血を流しながらも、すぐに原田は何事も無かったように長髪男に両手を伸ばした。まるで痛みを感じてないかのようだ。
「ひっ!?」
自分の喉を両腕でつかまれ、焦る長髪男。
恐らく首を締められるとでも考えているのだろう。何とか原田の腕を外そうともがきだした。
その瞬間、長髪男の首に電気が走ったような、何かを塗りつけられたような奇妙な感覚が走った。それと同時に原田が崩れ落ちる。
「は、原田?」
長髪男はわけが分からず、逃げ腰のまま倒れた原田を見つめた。
「……ん? 俺は――ここはどこだ」
原田は顎を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「お前、正気に戻ったのか?」
「は? 正気って何だよ。何で俺はこんなとこに居るんだ?」
「お前何も覚えて無いのか?」
まだ怯えたような視線で原田を見つめる長髪男。
「何をだよ?」
原田は不思議そうに聞いた。
長髪男は黙って原田の背後を指差す。
原田が振り返ると、そこはまるで地獄のようだった。
「な、なんだこりゃ!?」
大きな血溜まりが広がり、その中に数人の男女が傷だらけになって倒れている。どう見ても生きてはいない。死体だ。
「何だよこれ!?」
長髪男の方へ驚愕の表情で振り返る原田。
だが、長髪男は何も答えなかった。いや、答えられなかった。苦しそうに頭を押さえながら震えている。
「お、おい?」
原田は心配そうに長髪男の顔を覗いた。
「……ぁぁああああぅううあっ!」
その瞬間、長髪男は奇声をあげながら原田の首本に噛み付いた。
「がぁ!?」
原田は何を考える間も無く、悲鳴をあげる間もなく、ただ目を見開いて首から夥しい血液を撒き散らすと、そのままあっさりと崩れ落ちた。
その姿をしばらく意味も無く見つめると、長髪男はゆらゆらと歩き出した。
まるで先ほどの原田のように。
「遅いな。もう三十分だぞ?」
安形はベンチに座ったまま、イライラとした様子で呟いた。
あれから半時。幾ら待っていても一向に依頼主は姿を見せない。流石に安形も不安になっていた。
黒服へ悪戯の依頼を出すことが技術的に不可能な以上、約束の場所に依頼主が現れないという事実が意味することはただ一つだ。
依頼主の死。
それ以外は考えられない。
もし本当に依頼主が死んでいれば、この夢遊町に来た意味はなくなる。安形は予想してなかった事態にがっかりし、盛大な溜息を吐いた。
「仕様がないな、帰るか。たっく、キツネになんて言えばいいんだよ。すぐに別の仕事見つけないと、今度こそ俺の身が危なくなる」
一人でぶつぶつと文句を言いながら公園の入口まで歩く。そのまま歩を進めようとすると、ふと目の前に四人の人間が現れた。一瞬安形はそのまま素通りしようかと思ったが、本能的に何か危険を感じ取り、踏みとどまる。
「……何だ?」
明らかに様子がおかしいその面々を見て、安形は警戒心を強めた。
「あんたら何なんだ? 何か用でもあるのか」
「あぁ……ぅううぅううあああ……」
一応確認の意味で聞いてきみたが、相手の集団は呻き声を出すばかりで全く返事をしない。
――普通じゃないぞ……! 何だかまるで――……
安形は三年前の事件を思い出した。あの時の感染者は体中が灰色に染まり、瞳が赤く血走って明らかに人間とは違う外見になっていた。だが、雰囲気が限りなくあの時の感染者に近いことを省けば、目の前の集団は外見的には普通の人間だ。
黒服の任務を受けるうちに、三年前と同様の感染者との戦闘経験をいくらか持った安形は、この異常な集団を前にしても冷静に状況を分析した。
「まいったな。黒服への依頼、それにこの集団……何かありそうだぞ」
安形は両腕を前に構え、近接格闘の用意をしながらそう呟いた。黒柄ナイフを使わないのは一応相手が人間かもしれないという線を考慮してもことだ。
「あぅうううぅうううぁうぁあああー」
次第に近付いてくる謎の集団。
――悪魔でもあるまいし、四人くらいなんとかなるだろ。
安形はこの異常な状況になって尚、楽観的に考えていた。そう、次の瞬間までは。
「――は?」
目の前の集団の背後からさらに六人の同じような男女が歩いてきた。そのどれもが羨めしそうに安形を見つめている。
――これは流石に、やばい!
安形は体を反転させると、先ほど来た道とは逆方向に走り出した。
「あああぁああぅううううううぁああああ!」
それと同時に、物凄いスピードで安形を追いかけ始める謎の集団。彼らは皆一様に無表情で、口からは涎を垂れ流し、何故か体の所々に触手の生えたミミズを無数にぶら下げていた。
「うぉぉおおおお!?」
安形はその集団の意外な足の速さに恐怖感を抱き、必死に走った。
「な、何なんだ!? あいつら」
このままじゃすぐに追いつかれてしまうだろう。安形は逃げ惑いながらも、隠れられそうな場所を探した。
段々と集団との距離が詰まってくる。
――まずい、まずい、まずい!
頭の中で高い大音量の警告音が鳴り響く。
奇妙な奇声が耳に近付いてくる。
安形は何とか集団を撒こうと、次の路地を左に曲がった。
「うっ!?」
その瞬間、何かが安形の腕を引っ張った。一瞬集団の仲間かと身構える安形。
だがそれは「まともな人間」の腕だった。大学生くらいの青年が緊張した顔でこちらを見ている。
「こっちだ、来い!」
青年が小声で叫んだ。
安形は一瞬迷ったものの、他に行き場もないため、仕方が無くその青年の後について行く事にした。
「――行ったか」
とある五階建ての廃ビルの窓から外を眺めると、青年は小さく呟いた。
安形はその青年の顔をまじまじと見つめてみた。
男にしては長いストレートヘアーの黒髪。ボロボロのホームレスのような服。その顔は細い眉に色白と、どこか中性的だ。歳は大体截と同じかそれより下だろうか。とにかく若いという印象を人に与える外見だった。
「この町はどうなってるんだ? さっきの集団は?」
青年が振り返ったので安形は疑問に思っていた質問をぶつけた。
「その格好――……あんた、黒服か?」
だが青年は安形の言葉を無視し、逆に質問を浴びせてきた。
――黒服を知ってる?
その問いに、安形は不思議がる。
「お前が依頼主か?」
安形は怪訝そうな顔で青年に聞いた。
「ああ、そうだ。俺があんたにここに来るようにメールを送った。飛山鋭だ」
青年、鋭は、値踏みするような視線を安形に向け、そう言った。
「随分若そうだけど、何故黒服の連絡コードを知ってる? それに、さっきも聞いたけど一体何が起こっているんだ?」
「……あの奇妙な奴らを見ただろ?」
「ああ、あの麻薬中毒みたいな連中な」
「あいつらは普通の人間じゃない。とある生物に感染している」
「とある生物?」
「あいつらが感染しているのは疫病鬼だ。もっともこれは正式名称で、大抵はミミズと呼ばれるが」
「ミミズ? なんだそれは、イグマ細胞の亜種か?」
「黙って聞け」
鋭は僅かにむっとしたように言った。
「四日前から突然現れだした小型の化物だ。人の体から体を移動し、まるで悪霊や疫病のように移動する。奴らに感染するとその間は体を支配されるが、奴らが体から出ると自分の意識を取り戻すんだ。簡単に言えば、体を一時的に乗っ取られたようなもんだな」
――体を乗っ取る? そんな細胞は聞いた事がないぞ?
安形は鋭の言葉に驚いた。
「何故俺を呼んだ。何が目的だ?」
一番の疑問点を尋ねた。この事件の核心に繋がるかもしれない疑問を。
「俺をこの夢遊町から逃がして欲しい。俺は……追われているんだ」
「追われてる? おいおい、ちゃんと説明しろよ。何で、誰に追われているんだ?」
「それは――……」
鋭は一瞬口ごもりながらも話しだした。
黒服第五支部船内、指令受領室。
いつものように依頼リストを確認していると、截はそこであるものを見つけた。通常の依頼欄とは別のファイルに、黒服本部からのメールが来ていたのだ。どうやら一日前に出されたものらしい。
「これは本部直指定の依頼?」
本部が依頼を出してくることは珍しくは無いが、この場合はその依頼主がおかしかった。
截は妙に思いながらもそれを開いてみた。
___________________
=本部指定直下依頼=
依頼番号 :NO.- - - - - -
依頼主 :草壁国広
___________________
「草壁国広の依頼!?」
截は我が目を疑った。
草壁国広は実質的な黒服の最高幹部、ナンバー二だ。殆どの人間が顔を知らない黒服の総括に代わり、この組織をまとめ上げているエース。地位だけで言えば截どころかキツネよりも上の存在。
そんな人間が依頼を出してくるとは一体どういうことなのか。截は気になって画面を下に動かした。
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ナグルファル会員の皆様へ。
本部からの重要なご連絡を申し上げます。
二日前、我々が所有する研究所の人間が一名脱走を企てました。
彼の逃亡は我々ナグルファルにとっては最高重要の機密情報をばら撒かれるようなものです。
イミュニティーやディエス・イレ、他のテロ組織が彼の存在に気がつく前に、出来るだけ早く彼を捕らえなければなりません。
任務成功者には一般的な報酬の三倍の額をお支払いいたします。
興味を持った方はなるべく早くこちらまでご連絡下さい。
なお、情報漏洩と活動の利点を考え、この任務は定員四名までと致します。
<詳細情報>
逃亡者:飛山鋭
年齢:23歳
性別:男
潜伏予測値:夢遊町
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・・・・
・・・
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「これは……安形さんヤバいんじゃないか?」
文面からほぼ間違いなく安形の依頼者のことだと、截は瞬時に察した。
草壁直々(じきじき)の依頼となれば、黒服の中でも熟練者や凄腕の面子が選ばれることになる。いくら安形がキツネの部下といえども、そんな連中を四人も同時に相手にして無事で済むわけが無い。截は安形に電話を入れようとした。だが――
「出ない? 何で……黒服用の特殊な携帯なのに。まさかもうこの依頼を受けた人間が現地に?」
上位の黒服の人間ならば、黒服の電波の妨害も簡単だ。截はそれを考慮してこう考えた。
「行くぞ」
安形と鋭の潜んでいるビルから五百メートルほど離れた建物。その屋上で一人の男が野太い声を放った。男は安形と同じ、警察の特殊部隊とカジュアルなジャケットを足して二で割ったような格好をしている。ドレッドの長い髪に、大きく獣のような瞳が特徴的だ。
黒村鉄心。三十七歳の黒服のメンバーである。
黒村の呼びかけに、彼の後ろに立っていた同じ服装の三人が頷いた。右から順に高木隆二、本田泰三、曽根真二と言う名だ。彼ら四人は草壁の依頼で、鋭を捕獲するためにこの夢遊町に来た者たちだった。
「俺と高木が正面から行く。本田と曽根は離れて援護だ」
一番年上の黒村が指揮をとり命令を下す。こういった場合では位の高いものに従う事になっているのか、残りの三人は素直に命令の通りに動き出した。
「飛山鋭、残念だったな。お前はもう黒服中のお尋ね者だ。逃げられるとは思うなよ」
黒村は双眼鏡を掲げ、その先に映っている鋭を見つめた。
憎しみの怒りも興味さえも無い、ただ金を得るための道具を見るような目つきで。
同時連載の為、次の更新は遅くなるかもしれません。