神は目つぶしでやってくる
その存在は突然現れた。休日の午前5時。惰眠を貪るどころか普段ですら寝ている時間帯にである。
太陽すら寝ている暗がりの中、ぼんやりとした温かい明かりを感じて目を覚ました俺は、スマホにメッセージでも来たのかと寝ぼけながら光に手を伸ばした。
今考えたらこれがいけなかった。
光源に伸ばした手が、何か柔らかいものに触れたかと思うと、突如として激しい光が部屋を全体を覆った。
「ぐおおおおッ!?」
寝起きの最も無防備な瞬間に叩き込まれた、まぶたを貫通して眼球を突き刺すような激しい光に悶絶する。
「契約完了~♪ありがとう、こっちの世界の人間……ッぷフ、あははははっ!」
頭を蕩かせる聞き覚えのない声の主は、俺を見て爆笑しているらしい。視力が戻らぬ目を擦りながら、声の方向を確認する。そこには光を纏った長髪の……神々しい存在が居た。
余程ツボだったのだろう、腹を抱えて笑っている。未だ冷めやまぬ愉快さを堪え涙を拭いながら、その存在はベットの上で警戒する俺に向かって語り掛けてきた。
「な、なんだいそのザマは、僕を笑い殺す気かい?人間」
「痛つ……だ、誰だよあんた、急に現れて眼球潰しにきやがって」
この台詞が再びツボを刺激したのか、謎の存在は再び笑い始める。吹き出しつつ俺から顔を逸らし、全身をプルプル痙攣させながらくの字に身体を曲げている。不思議なことに、そんな姿でさえ何故か俺は、この存在のことを厳かで美しいと感じてしまっていた。
眼と頭が落ち着いてくるとともに、俺はだんだん「あれ?これもしかして夢なんじゃね?」と疑い始める。だって光ってるし。シチュエーションが謎だし。
「ふぅ……どんな人間と縁が結べるかと冷や冷やしてたけど、君みたいな面白い人間に当たってラッキーだよ」
「はぁ……それは、よかったですね……」
俺はベットの上で正座をする。この女性を見ていると、何故か畏まった気持ちになるのだ。
「あの、あなたは誰ですか?」
「僕かい?僕はエルマ。元神様だね」
神様はともかく、『元』と来たか。俺は顎に手を当てうーんと唸る。自分の夢ながら、なかなかに面白そうな設定ではないか。折角なので掘り下げて聞いてみることにする。
「エルマさんは、なんの神様だったんですか?」
「蒼の神様だね。水とか空に干渉できたよ」
神様の種類が色で表されるのは、異文化感があって興味深い。特に漫画や小説を書く趣味はないのだが、いつか何かに使えるネタかもしれない。起きても覚えていたら走り書きしておこう。
「へー、なぜ元なんですか?」
「他の神との戦争に負けちゃってね。僕の信者たちが皆殺しにされちゃったんだよ。完全に消えちゃう前に最後に残った力で異世界に逃げようとしたんだけど、微妙に足りなくてねー。君に縁で引っ張って貰ったんだ。感謝してるよ」
なるほど。その世界の神様は、自分を信じてくれる者がいなくなると消えてしまう設定の様だ。これもいい、覚えていたらメモろう。
「神にも性別はありますか?エルマさんはどっちなんですか?」
「僕かい?僕は男でも女でもないよ?神の性別は信者の信仰によって決まるからね。僕には信者がもういないから、言葉の通り、男でも女でもないのさ」
俺は「へー」と感心する。そもそも神が人間と同じ見た目をしていて性別があると思うほうがおかしいとは思っていたのだ。そう設定に落とし込むか俺ェ……無意識の夢に反映するとは、我ながら自画自賛したくなる完成度だ。
改めて、目の前の元神様を観察する。黒髪の。黒髪?紫の、赤色の、緑色の……見る角度によって目まぐるしく色を変える美しい髪をしていた。性別は分からない。無いんだから当然だ。見た目でも声でも、雰囲気でも謎だ。ただ、美しいことは理解できる。
理解。理解だ。納得するとか、感じたとかではない。本能的に「ああ、この存在は美しい」と理解してしまったのだ。
俺が見惚れていると、エルマはにんまりとした笑みを浮かべた。
「今日からお世話になるよ?人間」
俺が元神に魅入られた瞬間だった。