召喚と契約
目が覚めると、私は何処か知らないベッドで寝ていた。
暫くの間寝ぼけていた私だけど、頭がはっきりしてくるに連れて、私が意識を失う前の出来事を思いだす。
「そうか…私は前世の世界に来たんだ」
あの真っ白な空間でメルフィに再会し、そして私は1人、小国の勇者として異世界から召喚された。
それにしても…
「…皆は大丈夫かな?」
私はそう呟かずには要られなかった。
思い浮かぶのは、他の国に召喚されたであろうクラスの皆。
私には前世の記憶があり、生死を分ける戦いも夢の中で追体験している。しかし、皆は違う。
皆は平和な日本に生まれた戦う覚悟も何も出来ていない一般人だ。幾らプラーナの量が多くても、戦いの日々に身を置けば、必ず命の危機にさらされる事になる。
「…まぁ、もう召喚されちゃった訳だし、こんな事を考えてもしかたないよね」
私が諦め気味にそう呟いた時だった。
ガチャッ
そんな音と共に私がいる部屋のドアが開かれ、1人の青年が入って来る。
「お、どうやら目を覚ましたみたいだな」
そして青年はそう呟き、こちら近付いて来たので、私はその青年の事を観察する。
青年は少し離れてても分かる上質な服を着ていて、何となく優しく真面目な雰囲気を漂わせる白髪の青年だった。
「えっと…誰、ですか?」
「ああ、すまない、自己紹介が遅れたな。俺の名前はフリード、フリード•クランハル•カナリス。ここ、カナリス王国の王だ」
「えっ?王様!?は、初めまして、私の名前は伊吹 紗霧。あ、紗霧が名前で、伊吹が家名です」
「紗霧か。今回はカナリス王国の様な小国に来てくれて、本当に助かった。ありがとう」
「あ、頭を上げてください!」
初めはまだ私より少し上くらいの歳の青年が王様だと聞いて心配したけど、やはり印象通り真面目な性格らしく、勇者とはいえ平民に向かって頭を下げてくる。が、流石に絵面的にまずいと思った私は、慌てて頭を上げてもらう。
「いや、そういう訳にも行かない。今回の戦争は、本来この世界の人間が方を付けないといけない事なんだ。それを何の関係のない世界の人間を命の危険に晒す事になるんだ。筋を通すのは当たり前だ」
「心配しなくても良いよ。この世界に来る時から覚悟は決めてたし。…それに私はこの世界に無関係とは言えないしね」
「なに?」
何となくだけど、この人には私の前世の事を話して良いとだろうと思った。
地球の方では明らかに異常だったけど、この世界ではプラーナは普通に存在が認められている。
その為、例え前世の話をしたとしても、そこまで問題はないと思った。
私がこれから行動するのにも、知っていてもらった方が都合が良いからね。
そして私はフリード、いや、王様だからフリード様か。に前世の事を説明したのだった。
ーーーーーー
「つまり紗霧は既にプラーナを使いこなせるって事か?」
「うん、私の前世の時も魔族と大きな戦争があって、私も前線に立ってたからね。プラーナの技なら一通り使えるよ」
「そうか。そっちの世界にはプラーナがないと聞いていたから、それは嬉しい誤算だな」
フリード様に前世の説明をしたんだけど、多少は忌み嫌われる覚悟もしていたけど、プラーナを使いこなせるという事で、寧ろ喜ばれてしまった。
「そ、その、フリード様は私の事気持ち悪くないの?」
「いや、別に。ただ、生前の記憶があるというだけだろ?それは別に紗霧のせいではない」
「そ、そうなんだ」
そのフリード様の言葉を聞いて、前世の記憶を取り戻して以来、ずっと疎外感を感じていた私は、少し救われた気がした。
そして同時に決めた。
「フリード様、私と契約をしよう」
「契約?」
「うん。ここにもお抱えの【契約】の能力を持った人くらいいるでしょ?」
「それは確かにいるが、本当に良いのか?」
フリード様が何を心配しているのか、私には分かっている。
プラーナをある程度極めた者には、稀に特殊な能力に目覚める事がある。
そして【契約】の能力とは、その名の通り契約を結ぶ為のもので、魂に直接契約を結び、その契約を破ると能力によっては、とてつもなく重い罰を受け、場合によっては死ぬ事もある。
しかし、私はもうフリードの下に付くと決めたのだ。
「フリード様だって私にちゃんと契約を結んでくれた方が色々と楽でしょ?一国の王なら、絶対に裏切らない戦力があって損はないよ?」
「し、しかし!」
「大丈夫、その代わり私への命令とかの権利は、フリード様だけにしてもらうから。この国の重臣達でも、自分が認めていない人の命令を聞くのは嫌だからね」
「…分かった、契約を結ぼう。それと俺の事は様付けせずにフリードで良い」
そして暫く粘っていたフリード様だけど、結局は契約を結ぶ方がこの国の為と考えたのか、契約を結んでくれる事となった。
また、フリード様の様付けの件については、2人きりの時だけ呼び捨てで呼ぶ事になった。
流石に重臣の前で王様を呼び捨てなんて出来ないからね。
そして私はフリードと正式に結ぶ事になったのだった。
ーーーーーー
「紗霧、本当に良いのか?今ならまだ取り消す事も出来るぞ?」
「大丈夫だよ。契約内容もそんなに悪くないし、寧ろこれで本当に良いの?」
フリードと契約を結ぶ事が決まった後、直ぐにお抱えの契約師を呼び出し、契約内容のすり合わせをしながら、契約の書類を作成した。
作成した契約の内容を要約すると、フリードは私の自由を最大限保障し、私はフリードの命令に服従するという、私にとって甘過ぎる内容だった。
「やっぱり絶対服従の方が良いんじゃない?服従だけじゃ拒否権がある様なものだよ?」
「良いんだ。それに女に絶対服従なんて契約を結ばせる訳がないだろ。もう少し自分を大切にしろ」
フリードのいう事は理解している。仮に契約内容を絶対服従にした場合、私はフリードの命令に絶対に逆らえなくなる。例えそれがどんな命令であろうと。
しかし、この契約内容のままでは、フリードに無駄な不安要素を残す事になりかねない。
「分かったよ。じゃあ、心の底から嫌な事以外は絶対服従って事でどう?これならフリード様も心配事が少ないでしょ?」
「ああ、それなら構わない」
よし!これで契約の方は大丈夫として、後の問題は……
「ねぇ、因みに契約を破った場合の罰はどうなるの?」
「ああ、この国のお抱えの契約師の契約は、契約を結ぶ者同士の性別で変わるんだ」
「性別?」
「そうだ、同性の場合はその対称に目があっただけで、失神するレベルの恐怖心を植え付ける。最悪の場合は発狂する事もある」
「うわ〜」
命に危険はないみたいだけど、それは絶対に嫌だ。
契約は魂に結ぶものだ。つまり契約を破った場合は、魂に直接恐怖心を刻む事になる。下手をしたら一生恐怖で怯え続ける可能性もある。
「それで、契約相手が異性の場合は?」
「異性の場合は、その…」
「フリード様?」
私が異性の場合の罰を聞くと、急にフリードが目線を彷徨わせ、言い難そうに口を紡ぐ。
「……異性の場合は、対称に盲目的な感情を植え付ける…」
「…あ、なるほど」
なるほど、フリードが言い淀む訳だ。
異性の場合の罰は、契約相手に盲目的、つまり理性的な判断が出来なくなるほどの恋心を魂に植え付けるということだ。
これは流石に異性のそれも女性に言うのは躊躇われるだろう。
「フリード様、大丈夫だよ。要はお互いに契約を破らなければ良いんだよ。命の危険がないだけマシだよ」
「そう言ってくれると有り難い」
能力には似たようなものはあっても、同じものは決してない。別にフリードに何か悪い所がある訳ではないのだ。
「よし、ライル、契約を頼む」
「かしこまりました」
そして契約内容がしまった所で、フリードが私達の横で空気に徹していた契約師の人、ライルさんに声をかける。
このライルさんは、代々王族に遣えて来た一族らしく、フリード付きの執事でもあるそうだ。
「ではこちらに紙にサインをお願いします」
ライルさんは素早く契約書を作成すると、それを私達に1枚ずつ渡してサインをする様にお願いする。
契約は前世の頃も経験があるので、手順は知っている。
私はその契約書に手早く名前を記入し、それをフリードの持っているものと交換する。
「契約の方法を知っていたのか?」
「うん、前にもやった事があったから」
そして交換した契約書に私は再びサインを記入する。
すると、その瞬間私とフリードの持っていた契約書から全く熱を感じない炎が上がり、契約書が一瞬にして塵になる。
うん、手順は地味なのに、最後だけは実に派手だ。
「契約はこれで完了になります」
こうして私は異世界に召喚され、フリードと契約を結んだのだった。
異世界では名前をカタカナで呼ばれるのが定番ですが、この小説では漢字で行こうと思います。