プロローグ
「どうした、もう終わりか?…貴様は“最凶の黒騎士”なのだろう?」
敵からの言葉を聞きながら、私は頭を覆う兜の隙間から自身の状態を確認する。
纏っていた漆黒の鎧は無残に砕かれ、至る所から出血が見え、動かそうとすると激痛が走る。
致命傷ではないが、戦闘に関わると判断した私は、『プラーナ』と呼ばれる魂を司るエネルギーを使い、傷の治癒に専念する。
それに対して、敵も私と同じ様に身体の至る所から出血が見られる。いや、正確には見えていたと言うのが正しいだろう。
というのも、突然敵の身体の周りに白い靄が現れ、それと同時に私が負わせた傷が瞬くに癒やされて行くのだ。
(はは、どんな能力だ。あの黒い靄といい、勝ち筋が全く見えない。……いや―――なら)
「“最凶”の称号は返上する……その名は貴様にこそ相応しい」
そして私はなるべく低い声を意識してそう呟く。
「ふはははっ!それは光栄だ。では“最凶”の称号は我が受け継ぐとしよう」
「そうか、だがそれが貴様の最後の言葉だ」
私はそれだけ言うと、今まで地面についていた膝を上げて立ち上がる。
そして同時に、私はプラーナを治癒に回すことを辞め、まるで夜空を彷彿させる深い青色のプラーナを身体から溢れさせる。
「我の最後だと?ふははは!面白い、出来るものならやってみるが良い」
敵がそう言った直後。
今度は敵の身体から禍々しい赤いプラーナと黒い靄が現れ、その双方が刻一刻と増大して行く。
(まだ上がるのか……だが受け取ると良い……これが私の最後の一撃だ)
これから穿つのはたったの一刀。しかし、私はその一刀に全てを捧げた。自身の体力を、気力を、そして命までも。
そして私は全てをプラーナに変え、最後の一刀を振り抜いた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ん…」
僅かに開かれたカーテンの隙間から漏れた日の光に、私は目を覚ます。
私の名前は伊吹 紗霧。
3年前の交通事故の瞬間、私は走馬灯の様に前世の記憶を思い出した事を除けば、ごくごく普通の高校生だと思う。
また、前世の記憶が戻ったからといって、別に人格まで戻ったという訳ではなく、あくまで前世の知識が戻ったという感じなっている。
…まぁ、私の人格に影響がなかったとは言えないけどね。
「今のが前世の最後の瞬間か…」
私はそう呟きながら身体を確認をするけど、夢の中の様な傷や痛みは一切ない。
先程、私が前世の記憶を思い出したという話をしたけど、それとは別に、私は夢の中で、前世を人格ありで追体験する事が多々起こるようになった。
「…でも流石に自分が死ぬ瞬間を追体験するのは、余り良い気分じゃないなぁ…」
そう呟き、私は自分の右腕を見る。
そこには先程夢で見た時と同じ様に、夜空の様な深い青色のプラーナがあった。
「……こんな力があっても、平和な日本じゃ何の役にも立たないよ…」
私は少し悲しげにそう嘆いた。
◇◆◇◆◇◆◇
―――桜宮高校―――
「おお、紗霧ちゃんおはよー、今日も綺麗だね〜」
あの後、学校の仕度を整え、私が通っている桜宮高校に登校すると、先に教室に来ていた仲の良い友達である、宇野 春鹿、通称“春ちゃん”に声を掛けられる。
「春ちゃんおはよう。…それとお世辞は要らないって何時も言ってるでしょ?」
「ええ〜、でも紗霧ちゃんは本当に綺麗だよ?現に学校じゃモテモテじゃん」
「いや、そう言ってくれるのは嬉しいんだけど、今はそういうのには興味がないから…」
言葉だけでは私が誤魔化してる様に見えるけど、私は実際にそう思っているのだ。
自分で言うのも何だけど、私の容姿は前世の時と全く一緒で、綺麗な黒髪をセミロングくらいまで伸ばしていて、顔も左右対称でとても整ってると思う。これについては私も前世には感謝している。
しかし、元々好きな人が出来ていなかった私だけど、戦いの記憶しかない前世のせいか、それが更に悪化してしまったのだ。
「ん〜、中2くらいの時かな。それくらいから急にそんなふうに言うようになったよね。…あっ!もしかして失恋したとか!?」
「え?失恋なんてしてないよ。そもそも好きな人いないし」
「えぇ、違うの〜」
春ちゃんとはもう3年間以上一緒というだけあって、中々鋭い所がある。
流石にそろそろ話を逸らそうと考えた所で、私はとある人物が教室に入って来たのが見えた。
「那月、おはよう!」
「あ、那月ちゃんだ!おはよー!」
その人物とは、花畑 那月。
黒髪を背中まで流したロングヘアで、その真っ白で綺麗な肌と相まって、何処か清楚さが伺える美少女だった。
また、那月とは一番の幼馴染で、春ちゃんが3年の付き合いだとしたら、那月は12年間、つまり幼稚園からの親友だったりする。
「おはよう。2人で何の話をしてたの?」
「ああ、それはね―――」
「えっ、ちょっと待って!その話まだ引っ張るの!?」
「良いじゃん、紗霧ちゃんと一番仲が良い那月の意見も聞きたいし」
「何の話?」
「紗霧ちゃんが3年前くらいから少し変わったって話だよ」
…ああ、本当に話しちゃったよ。もうこうなったら、那月が気を使ってくれる事を祈るしかない。
「ん〜、正確には3年前といういうより、交通事故の時からかな?」
「交通事故?…ああ、あのトラックに轢かれたのに全くの無傷だったあれ?」
「うん、紗霧は上手く隠してたみたいだけど、あの事故から少し変わったというか、大人びたと思う」
「あ〜、確かに少し大人びたかも!偶に色っぽい時もあるし」
…全然救世主じゃなかった。
というか私が大人びた?いや、理由は間違いなく前世の記憶なんだろうけど、自分では全く自覚してなかった。
それに、この話の流れってまずくない?
「…ねぇ紗霧、私達に何か隠してる事…あるよね?」
「えっ?な、なんのこと?」
「誤魔化しても無駄だよ。僕だってまだ付き合いはそこまで長くないけど、それでも3年も一緒に居るんだよ?…嘘をついてる事くらい分かるよ」
「それとも私達にも話せない事なの?」
春ちゃんと那月が悲しそうな顔でそう言うのを聞いて、私は覚悟が揺らぎそうになるのが分かった。
もう、この2人になら話しても良いんじゃないかな?
既に前世の記憶が戻って3年。初めは急な事で動揺したけど、今はもう落ち着いているし、親友達に嘘をつき続けるのも、そろそろ辛くなってきた。
私はそろそろ覚悟を決めるべきかも知れない。
「…その、誰にも言わないでくれる?」
「当たり前だよ。僕の口が固いのは知ってるでしょ」
「そうよ、もうどれだけの付き合いだと思ってるの?」
「そうだね、私も覚悟を決めるよ。実は、私にはぜ―――」
前世の事を話そうとした瞬間、私はとある違和感に気付く。
「え?これって…プラーナ?」
教室全体の地面や壁が、白い怪しげな光を放つプラーナに覆われているのだ。
そして私は慌てて周りを確認するが、クラスの皆はまるで何も見えていないかの様に、この異常事態に気付いてすらいなかった。
(何これ…プラーナに隠密でも掛かってるの?)
しかし、そんな中でプラーナに気付かないにしても、紗霧の動揺に気付いた人物が2人だけ存在した。
「紗霧?急にどうしたの?」
「紗霧ちゃん、プラーナってなに?」
「2人とも!早く教室から出て!」
「え?紗霧、何を言って―――」
「早く!」
流石これからどうなるのか分からなかった為、せめて2人だけでも何とか逃がそうとする。
しかし、そんな走り出した私達を逃がさないとばかりに、プラーナの勢いが急激に増し、一瞬にして私達を呑み込んだのだった。
因みに春鹿の容姿は、くるみ色のショートカットの髪に、愛嬌のある可愛げな顔付きで、身長が少し低め(160cmくらい)という美しいというより可愛いという言葉が似合う女の子です。