おや?周りの様子が……
持ち手だけになった斧だった物を見て、漸く理解が追い付いたのか、顔色を失った男。
「俺の武器が……」
泣きそうな声で呟かれた言葉が耳に入ってきたけど……きっと高かったんだろう。
アダマンタイトの合金で作られた武器だったようで、ゲームでもアダマンタイト含有の武器はかなりの値がついていた。
純アダマンタイトなんて、目が飛び出るような金額だ。
「どうして殴っただけでアダマンタイトの武器を壊せんだよ!?この、化け物がっ!!」
まるで子供のように喚く男。
……いや、涙を溜めているのが見えた。
それだけ新たに手にいれるには痛手の出費になるという事だろう。
「命があるだけ良かったと思え。……ついでにその鎧も破壊してやろうか?」
鎧にもアダマンタイトが含まれているようだし、また作るとなったらかなりの出費になるだろう。
「──っ!?」
声もなく後退りしていく男。
酒場からニヤニヤしながら見ていた奴等も、俺と目を合わせようとしない。
(これで少しは静かになるか?)
力でゴリ押しになったけど、これが一番簡単に解決すると思う。
──力量に差がある事前提の話でしかないけど。
このステータスでなければ、こんな事は出来なかった。
……ソフィアを引き取る事も無理だっただろう。
それを考えると、このステータスで良かったと本当に思う。
「何を食べたい?お腹が空いていないならお菓子でも良いぞ?甘いものは好きか?」
こんなおっさん連中に、いつまでも構っている暇はない。
無理矢理食べさせるのはソフィアにとって悪い事になるし、お菓子なら別腹で入るかもしれない。
“甘いものは別腹”って、よく母さんが言っていたし。
因みに、俺も甘いものは好き。
「あまい?……なに?」
……あれ?
「今まで食べた事がなかったのか?じゃあ、初体験だな。」
異世界あるあるで、砂糖、塩、胡椒などの香辛料のどれかが高価っていうのがある。
この世界もそうなんだろう。
そういえば商人ジョブの時に、香辛料を良く売っていた覚えがある。
仕入れに制限があって、手に入れるのが大変だった。
……砂糖も貴重なんだろうか?
商人ジョブの時は需要と配給を考えないといけなくて色々大変だったから、あまり根を詰めてやらなかったんだよな。
取り扱う商品が多ければ多い程大変になるし、頭が良くない俺には難し過ぎた。
適正価格より安く売れば商人ギルドから苦情が届くし、高ければ誰も買わないんだから店自体が潰れる。
あれは本当に頭の良い人でないと出来ないジョブだ。
攻略サイトにも、商人ジョブは難易度超高って出ていたし。
領地経営必須の貴族より大変だったと記憶している。
街へとくり出す。
此方を見てどよどよと騒がしい気がするけど、気にしなくて良いだろう。
因みに、ソフィアの耳と尻尾は幻術で宿を出る前に消してある。
(食べ残しても良さそうな焼き菓子にするか?スイーツ関連のものって、少なそうだよな。)
ケーキとかあるんだろうか?
白い小麦粉が高いとか?
昼に食べたパンは、中身も茶色だったし……
……バターとかもなかったりするんだろうか?
それだったら嗜好品に期待できないぞ…………
……どうしよう?
街を歩き、何とか焼き菓子は手に入れられたものの、他のスイーツは見つけられなかった。
やっとの事で見つけたのは、砂糖が入っていないらしいジャムくらい。
やはり砂糖も高級品らしい。
ジャムには大量の砂糖を使うし。
(作った方が早いか。特殊ジョブでパティシエとかあったよな?)
いわゆる課金ジョブだ。
(……やっぱりあった。パティシエのスキル『菓子製作』。)
料理人ってジョブもあるから、あまり意味のないジョブだと思っていたけど……こうしてこの世界に飛ばされた身としては重宝する。
料理人のジョブでも菓子は作れるけど、パティシエはスイーツの専門職。
お菓子を作るなら、味が段違いだろう。
アイテムボックスに食料の材料があるのも、それぞれのジョブのせいなのだと思う。
布も針も糸もあった位だし。
取り敢えず、売っていた焼き菓子を買った。
素朴なビスケットしかこの世界にはないようだな。
……他の国にはあったりするんだろうか?
フォールは猛者ばかりの街ってイメージだったけど、それも関係しているんだろうか?
隣街のアーバンは城下町だから、そっちの方が色々あったりするんだろうか?
他の国で売っている物も違うだろうし、治安の悪い国以外へ行ってみるのも良いかもしれない。
ビスケットはボソボソで口の中の唾液を全部持っていくような物だった。
仄かに甘い程度だったし、携帯食みたいな物にしか感じられなかった。
やっぱり自分で作った方が良さそうだ。
作るには、それなりの環境を整えないと出来ない。
……やはり家を買うべきか?
飲み物と共にソフィアへ渡すと、無心で食べている。
この程度の甘さでも、ソフィアには初めての体験のようだ。
(バターと砂糖をたっぷり使ったクッキーでも焼いてやるか。)
自然とそう思える程。
街の奴等を見て思うが、黒猫族がいるというだけで、家を借りる事は出来ないだろう。
だから買うしかないだろうな。
保証人とかいるんだろうか?
いるんだったら買えないけど。
因みに俺の晩飯は、屋台で売っていた肉串。
かなりのボリュームだったから、一串で充分だったけど、五串頼んだ。
マジックバッグに入れておけば良いだけだしな。
これで食べたい時に食べられる。
宿に戻る前に、不動産屋へ行く事にした。
相場や保証人の有無も知りたいし、見るだけでも良いだろう。
黒猫族がいるって事で、割高になるかも知れないし。
……此処でも販売拒否される可能性があるけど。
日本での不動産屋のように、この世界の不動産屋は店先に情報がある訳じゃないようだ。
ゲームではホーム画面で家を買えたけど、今は直接買いに行くしかない。
ゲームでは基本的に宿に泊まる事が多かったし、騎士ジョブの時は寄宿舎だったし、一軒家の相場は覚えていない。
世界観的にマンションタイプはなかった筈だし、安い家は一般的な国民が住む長屋だろうか?
治安が良い場所を選ぶなら、貴族街の家を買う方が良いんだろうけど、かなり広い家しかなかった筈。
二人なのに沢山部屋がある家を買っても意味がないだろうけど、長屋に住むのはギルドの様子から見て止めておいた方が良いだろう。
ずっとフォールにいるとは限らないけど、仕方ない。
「家を探しているんですけど、良い所はありませんか?」
「いらっしゃいませ。どのような家をお探しでしょうか?」
店員が愛想良く対応してくる。
ソフィアの事を知れば、コイツらもまた対応を変えてくるんだろうか?
「子供が一緒なので、治安の良い場所が良いですね。いくら高くても構いません。隣の家と離れている所が希望です。」
初めから離れた場所にある家を買った方が良さそうだ。
住宅密集地に住むと、後で出ていけとか言われそうだからな。
──金を払っていても。
「治安の良い場所ですと、やはり貴族街になりますね。少々値が張りますが、治安の事を考えると妥当かと。長屋の借家もありますが、あちらはスラムも近くにありますしね。」
やっぱり普通にスラムの存在は認識されているようだ。
ソフィアはスラムでも下層にいたみたいだけど。
それでも、スラムでも爪弾きにされていたらしい。
ボロボロの廃屋を与えられただけで、何も教わってこなかった、と──
だからこそ言葉も遅いし、ビクビクと他人の顔色を窺うばかりなんだろう。
「隣家と離れた家となると、此方の家がお薦めです。こちらは庭が広い為、隣家と距離があります。間取りとしては7SLLDKですね。価格は850万Gになっております。」
日本円でおよそ八億五千万円……!
……高っ!!
部屋もそんなにいらないんだけど……仕方ないか。
「これから内見、宜しいですか?それとも明日、朝からの方が良いですか?」
「今からで構いませんよ。此処からは少し歩きますが、参りましょうか。何なら馬車を出しますが如何しましょう?」
歩きか馬車の二択か……
「この子は馬車に乗り慣れていないので、徒歩で良いですか?」
食べたばかりで、舗装されていない道を馬車で行くなんて……どうなるか位分かる。
俺も乗り物酔いにはある程度耐性があるとはいえ、この世界の馬車に乗ってどうなるかなんて分からない。
ステータス的に酔わない可能性もあるけど、そうじゃないかもしれないし。
試すにしたって、今じゃなくても良い。
────
──
「此方になります。」
「…………」
目の前にあるのは……大きな門。
家は外から見えない。
それだけ庭が広いって事だ。
門を抜け、暫く歩くと見えてきた大豪邸の外観は、薄いベージュで統一されている。
城っぽくない洋館なのがポイント高い。
周りは城と見間違えるような豪邸が多いから、余計に。
庭には水がない噴水があった。
草は伸び放題、木々は剪定もされていない。
だけど家の中は掃除が定期的にされていたようで、暮らそうと思えば暮らせそうだ。
家具はイベントリにあるし、追加で買うのは雑貨や食器くらいだろうか?
家は外からは二階建てに見えていたけど、地下もあった。
地下は作業場にピッタリだな。
「此処を買う事にします。850万Gでしたね?一括払いで良いですか?」
「……い、一括払いですか!?それは勿論にございます!貴方様はとても高名な冒険者様なのでは?ああ!私の勉強不足で申し訳御座いません。」
何やら盛り上がっているようだけど……
「勘違いされているようですが、本日冒険者登録したばかりの新人ですよ。少々貯えにゆとりがあるだけですから。」
「そ、そうでしたか。いやはや、お恥ずかしい……」
冷や汗を流しながら、契約書と家と門の鍵を渡してくる不動産屋の人。
……普通は新人が一括払いで家を買ったりしないか。
お金を払い、これで今日から此処は俺の家となった。
不動産屋の人が帰ってから、敷地に結界を張る。
他の人を入れるつもりはないし、不法侵入は許さない。
正式に住む時は、魔石を使って消えない結界を張れば良いだろう。
宿には設置出来ないけど、持ち家なら気にする事もない。
所持金を確認すると……何故か減っていない。
表示出来る以上に持っているのだろうとは思っていたけど……結局いくら持っているんだろう?
宿をとったままだし、一旦ギルドへ向かう事にした。
今日はこのまま宿に泊まって、明日から家で過ごせば良い。
足りない物も、明日買えば良いし。
ギルドの中に入ると、ざわめきが消えた。
絡んでくる人もいないし、此方を見てニヤニヤする奴もいない。
青褪め、目を逸らす奴等ばかり。
(静かなのは良い事だ。)
絡んでくる馬鹿がいないなら、それで良い。
宿に続いている階段へ向かっている時──
「ああ、戻ってきたか。カイトに仕事があるんだ。バジリスク討伐の話を聞いた貴族が、護衛の依頼をカイトに是非ともお願いしたいと言ってきているんだ。行き先は隣街のアーバンだし、それ程危険はないんだが“バジリスク討伐者を連れている”という箔が欲しいのだろう。……どうする?」
ギルマスのカルロスが声を掛けてきた。
「お断りします。今はソフィアを優先したいので。護衛の依頼は他の人に頼んで下さい。……それに、家を買ったばかりですし、暫くは家を空けるつもりもないので。」
「家を買った!?おいおい……本当に昨日まで旅人だったのか?……いや、旅人だったから使っていない金が多いのか?」
旅をしていたらお金を使う頻度は低いし、そういう人が多いと思っていたけど、違うんだろうか?
……わざわざ魔獣に向かっていく必要がないんだから、ギリギリのお金しか稼いでいないとか?
「とにかくそういう事なので、護衛の依頼はお断りです。それに貴族なら私兵がいる筈では?」
「……まあ、そうなんだが……」
歯切れの悪い……
鬱陶しい事に巻き込まれる予感がするんだけど。