この世界は馬鹿が多過ぎる
どうして何も悪い事をしていないソフィアが、周りに遠慮しなきゃいけないんだ。
いくら過去に黒猫族と因縁があろうが、たった5才のソフィアには関係のない事。
それなのに、暴言を当たり前のように吐く奴等。
情報漏洩を禁止されている筈のギルド専属鑑定士が、他の冒険者へ情報を漏らす。
攻撃する奴等が出そうな雰囲気すらある。
──俺が保護して良かったと本気で思う。
今の俺なら、ソフィアを護る手立てがある。
気を抜くと危険なのは変わらないだろうから気をつけなければならないけど、それはこの世界で生きていく為に元々必要なんだから今更だろう。
ゲーム通りなら、この世界は殺伐とし過ぎている。
簡単に人を殺す奴等も多いし、ゲーム進行上、それは俺達プレイヤーも同じ。
何度も繰り返しプレイしてきた俺も、今までに手にかけた人数はかなりのものだ。
今までは単なる“ゲーム”でしかなかった。
だけど、現状では“ゲーム”と割り切れない事も出てくるだろう。
優先するものがあれば、他を切り捨てるしかないと理解はしているつもりだけど……
ソフィアを護ると決めたのだから、攻撃してくる相手にやり返す覚悟をしないと、いざという時に躊躇してしまう。
全世界の奴等が敵だと思っている方が、気持ち的に楽かもしれない。
このギルド内の雰囲気から、味方は極々僅かっぽいし。
無駄な期待をしていると、ソフィアを危険に曝すだけだ。
騒がしいギルドを後にして、宿へと向かう。
冒険者は無条件に泊まれる宿なのか、二人部屋の変更もあっさり通った。
……ソフィアの耳と尻尾を幻覚で見えないようにしたからだろうか?
まあ、どちらでも構わないけど、セキュリティはしっかりしておかないとな。
部屋全体を覆う結界を張り、外から扉を開ける事が出来ないようにした。
俺達が出る時に結界を消したら良いだけ。
ステータスが∞や測定不能なのって、こういう時に重宝するよな。
力を使い放題な上に、疲れ知らずなんだから。
眠っていても発動するのかとかは、これから検証していかないといけないけど。
寝込みを襲われたなんて事になったら、目もあてられない。
今日は寝ないでいた方が良いかな?
周りにトラップを仕掛けておける場所を探さないと、ゆっくり休む事は出来ないだろう。
お金にゆとりがあるし、この街に長期滞在しなくとも、家を買っても良いかもしれない。
明日、早速不動産屋へ行こう。
今日はこれからソフィアの服を縫わないといけないし。
(俺が服を縫っている間、ソフィアは暇だよな。)
読み書きもまだ出来ないだろうし、一人で勉強させる事も出来ない。
子供が遊ぶような玩具なんてないし……
木はあるから、積木でも作ろうかな?
色んな形の木をソフィアに渡し、遊び方を簡単に教えてから、俺は服作りに没頭。
採寸はすぐに終わったし、あとは布を切って縫っていくだけ。
(攻撃される可能性が高いんだから、なるべく防御力の高い服にしよう。)
重い金属なんかが付いた服は、ソフィアには重いだろう。
重さを軽くする魔法もあるけど、武骨に見えるから可愛さがなくなるし。
それに金属の加工は鍛治屋にいかないと。
宿で高温の火を出す訳にもいかないし。
(まずは一着目……)
全体的に赤色を主軸にした某アイドルグループの衣装のようになったけど、胴体部分にはそれなりの皮を使ったし、布の服に比べて防御力が高く出来ただろう。
……というか、赤と白と黒の生地に白色の皮を使っただけなのに、何故かスカート部分がチェック柄になっているんだけど…………ソフィアに似合いそうだから、良いか。
(鑑定!)
††††††††††
オートクチュールの服
魅了+5
防御力+25
俊敏性+3
††††††††††
(思ったより防御力、高っ!それに、魅了付きか。)
布の服で防御力+1、皮の服で防御力+5だった筈……
布と皮しか使っていないのに。
……まあ、高くて悪い事もないし、良いんだけど……“魅了”って!
何で付いたのか不明だ。
……というか、前々から思っていたけど、武具や衣装のステータス値変動の文字は日本語表記なのに、ステータスは違うのは何でだろう?
それに、ステータスには反映されていない“魅了”を衣装でたまに見掛けるのも、不思議に思っていたんだよな。
何を基準にしているんだろう?
……この服には+5しか付いていないから、あまり他の服と変わりないだろうけど。
(取り敢えず、魔術で見えなくしているとはいえ尻尾があるから、下着は獣人用の紐パンの形の方が良さそうだな。あとは……髪を整えるか。)
清浄をかけて汚れや臭い、絡まりがなくなったとはいえ、伸び放題で傷み放題のボサボサの髪。
綺麗に整える必要がある。
下着も何着が縫って用意し、服に合わせてリボンも作る。
黒色のレース付きの、赤色のチェック柄のリボン。
スカート部分と同じ布で作ったから、まとまった雰囲気になるだろう。
販売拒否しやがった店で売っていた物より遥かに良さそうに見える服が出来上がって、俺的に満足。
こういった服を着慣れていなそそうなソフィアに着せてやり、髪も傷んでいる部分を切って前髪を一房の右サイドと共に編み込みにし、リボンで結う。
物理、魔術、スキル全般、攻撃とみなすものは全て無効にする魔道具のネックレスをつけ、服の中へ隠す。
外せるのは俺のみに指定。
「うん、可愛い。」
穴だらけのボロ布を身体に巻き付けていた時とは一変した。
我ながら良い仕事をしたと思う。
勿論、尻尾用の穴をスカートに作ったけど、幻術で穴自体を見えなくする事も出来る。
今は俺とソフィアだけしかいないし、幻術を解いているけど。
その後服を何着か作り、マジックバッグへと収納。
ソフィア専用のマジックバッグにする為に、個人特定の魔法陣を描き、俺とソフィアの血を垂らす。
これで俺とソフィアにしか使えなくなった。
(食糧を買い溜めして入れておいても良いな。)
時間経過停止の物だから、腐る事もないし。
「ソフィア、お待たせ。ご飯食べに行こうか。」
「ごはん?」
待たせ過ぎて積木で遊ぶのも飽きた様子のソフィアに声をかけ、抱き上げる。
積木はソフィアのマジックバッグへ。
マジックバッグの下から可愛い布を被せているバッグinバッグのような状態で、紐を付けてショルダーバッグ状態にしている。
これで普通の鞄と見分けがつかないだろう。
……色々と出し入れしていたら、すぐバレるだろうけど。
取られたとしても、俺とソフィア以外使えないから、盗んだ奴にとって意味がないだろうし、そこまで気にする事でもない。
個人特定を破棄する事も可能だけど、俺が施したものが解除される心配もなさそうだし。
「……おなか、すいた、ない。」
「そうか?……あまり食べていなかったから、胃が小さくなっているんだろうな。無理はしなくて良いけど、食べられるんだったら食べたらいいよ。まずは一日二食を習慣付けないとね。」
ソフィアは毎日食事にありつける訳ではなかったのだろう。
それなら胃が小さくなっていてもおかしくはない。
少しずつ食べられる量を増やしていかないと、栄養失調で倒れる。
五歳にしては細く小さいのも、それが原因だとすぐに分かる。
階段を下りてギルドの中へ入ると、またもざわめきが起こった。
ソフィアを見ている奴等が多い事を考えると、服のせいだろうか?
一般的な子供に使うような布や皮じゃないからな。
それなりの布と皮とはいえ、それらは超一流店で平均的な物って認識だ。
この世界ではもっと価値があるのかもしれない。
「黒猫族の餓鬼には勿体ねぇ物を着せているじゃねぇか。俺に寄越せよ。売っ払ってやるからよ。」
ニヤニヤといやらしく嗤う男が話しかけてきた。
ギルマスは流石にいないようだ。
他の暴言を吐いていた奴等は、酒場でニヤニヤしながら此方を見ている。
鑑定士は……見える範囲にはいないようだ。
──居ても居なくても、俺には関係ないけど。
「この子の服は、俺が作った物だ。何故お前にあげなきゃいけない?金が欲しいなら自分で稼げ。お前なんかに恵んでやる金はない。」
働けなくて、食べるものもないっていう環境ならともかく、何故働き盛りのおっさんに恵んでやらないといけない?
それに、ソフィアがどんな服を着てようが、他人には関係がない。
「んだと!?てめぇ、調子に乗ってんなよ!」
「調子に乗ってるのはアンタだろう?多少は腕に自信があるのか知らないけど、死にたくなければ俺達に関わるな。今去れば命までは取らない。さっさと去れ。」
今の俺のステータスで攻撃する場合、手加減が出来るのか分からない。
防御だけしていても、いつ反射スキルが発動するのかも分からないんだから、殺さない保証はない。
でも、ソフィアへ暴言を吐くような奴等に、下手に出る必要性は感じられない。
つまり、コイツらが俺に殺されたとしても、自業自得でしかない。
なるべく殺しはしないつもりだけど、それは相手にもよる。
退かずに攻撃してくるんだったら、排除しないと鬱陶しいし。
俺にだって我慢出来る限度というものがある。
「……死にたいらしいな?」
「それはこっちの台詞だ。俺は手加減が出来ないからな。」
ビキビキとおっさんの額に血管が浮いているのがキモい。
他のギルド員の奴等に比べてレベルが高いようだけど、レベル42の重戦士なんてゲーム上、弱いっていう印象しかない。
この世界はゲームとは違って全体的に弱いみたいだから、それ位のレベルでも可笑しくはないんだろうけど……
でも重戦士といえば、重厚な鎧を身に纏い、大剣や斧などの重い武器を振り回しているイメージしかないから、最低でもNPCのレベルは65はないとどうしても“弱い”っていう印象になってしまう。
ゲームのオープニングで重戦士と亜ドラゴンの戦闘シーンがあったからだろうか?
(攻撃してきたら、おっさんの持っている武器を叩き割ったら良いか?)
流石に武器がなくなれば、攻撃を続けようとは思わないだろう。
……どうやら彼のジョブは“重戦士”“闘士”“傭兵”の三つ。
戦闘に特化したジョブを集めたようだけど、それにしてはレベルが低くて、現在のままだとあまり意味がないように見える。
大きな斧を振りかぶっているおっさんのモーションが遅く見えるのは、俺のステータスのせいだろう。
また何かしらのスキルが発動しているんだろうか?
右腕でソフィアを抱き上げているから、左手で斧を殴る。
ズバンッ──と音がしたのは……拳圧か?
ドゴッ……と音を響かせ、砕け散った斧。
シーン……と静まり返るギルド内。
(やっぱり武器への攻撃が一番良いかもしれないな。)
攻撃手段が一つ減るという事になるんだから。
キョトンとした顔をしているおっさんは、何が起こったのか理解が追い付いていないようだ。
そして、何故か青褪めているソフィア。
暴力的なところを見せたからだろうか?
ソフィアの身体には暴力を受けた痕があった。
PTSDがあったとしてもおかしくはない。
「ソフィア、大丈夫?」
「……っ、て!……ち!」
アワアワと何故か泣きそうな顔で俺の手へ手を伸ばす。
「…………??ち、ない?」
首を傾げている様子を見るに……どうやら俺の怪我を心配したのか?
まあ、斧の刃を殴ったからな。
普通なら手が切れているか、骨が砕けている。
「俺はこの程度で怪我なんてしないから、気にしなくて良いよ?でも、心配してくれてありがとう。ソフィアは優しいな。」
まだ知り合って一日も経っていないのに……
俺に対する警戒だってまだ完全になくなった訳じゃないだろうに、そんな相手を心配するなんて。
今までどれだけソフィアの優しさが踏みにじられたのかを思うと腸が煮えくりかえるけど、これから俺が大事に育てていけば良い。
あのボロボロの荷車の中、冷たい檻の中で息絶えていた結末なんかにさせない。
「……その武器と同じ目に遭いたくなければ、これ以上関わるな。まだ攻撃するつもりなら、次は容赦しない。死ぬ覚悟で来い。……ソフィアに対して暴言を吐いていたお前らもだ。ソフィアへ暴言を吐いたら、死ぬ覚悟が出来たものとみなす。例外はない。今この場にいない奴等にも伝えておけ。」
ソフィアへ暴言を吐いた奴等全員が、現在も此処に揃っている訳ではない。
こうして忠告をしたのだから、もし最悪の事態になったとしても何とかなるだろう。
(鋭い刃へ攻撃した時、微塵も躊躇しなかったな。)
やはり精神状態もあのステータスに引っ張られているのだろう。
人を殺したとしても、何も思わなかったりするんだろうか?