ある出逢い
買い取りは概ね順調に終わった。
レッドボアの肉が思った以上に高額で買って貰えたけど、正直今、お金に困っていないんだよな。
バジリスクの素材も高額買い取りだったし、ブルーボアの肉などもそれなりの値段で売れた。
でもお金ばかりあったところで、使う予定がない。
正式な俺の所持金が分からない位だし、今日の稼ぎだけで暫く生活出来る程。
……家でも買うか?
でもこの街に定住するって決めた訳じゃないしな……
他の街や国にも行ってみたいし。
ギルドの上にある宿へ宿泊料金を払った後、ギルドで依頼を慌てて受ける意味もないし、建物から出て街をブラブラしながら考えるけど、良い案は浮かばず。
(お腹が空いたな。)
空腹を感じる事も、匂ってくる色んな臭いも、此処がゲームではない事を示している。
ゲームでは宿に泊まる際、食事付きの値段を取られるだけだった。
それなのに……漂ってくる芳ばしい香りに引き寄せられる。
匂いに釣られて着いた店は屋台のようだ。
ホットドッグのような、肉と野菜を炒めた物を挟んだパンを売っている。
かなりボリュームがあるそれを買い、口へ運ぶ。
(……うまっ!)
肉や野菜に絡んでいるソースが、少し濃いけどそれがまた良い。
スパイスのお陰というより、素材の味が活きているような深い味。
結構時間をかけて作っているんじゃないんだろうか?
……採算は合うのか?
それに、食べきれるか分からない程大きいし、パンも柔らかくないから噛みごたえがあってすぐ満腹になりそうだ。
それなのに、値段は5G。
確実に倍は取っても良い気がする。
美味しいし、何個か買っていこう。
マジックバッグにいれておけば、後日取り出した時にも温かいまま食べる事が出来るだろう。
気分的に魔獣を入れたマジックバッグに食料を入れたくないから、別のに入れよう。
マジックバッグを二つ以上持っている事がバレないようにしないとな。
見た目は同じようにしか見えないだろうし、人前で出し入れはしないように注意しないと。
盗もうと狙われても鬱陶しいし。
……盗まれたところで、マジックバッグは全部使用者特定の魔法陣を刻んでいるから、俺以外で使える人はいないけど。
俺が使用者権限を断たないと、売っても金にもならない使えない古い鞄でしかない。
普通の鞄にすらならないからな。
他の奴が何か入れようとしても、マジックバッグに拒絶される事になる。
飲み物も買って、歩きながら食べる。
何処かに座りたいけど、ベンチが見当たらない。
飲食の屋台が多いんだから作れば良いのに……
皆、歩き食いやそこらに座って食べている。
これがこの街の“日常”なんだろう。
パンを食べながら、ボンヤリと目の前を行き来する人を眺める。
宿に戻ってからイベントリやアイテムボックスを調べるとして……これから何をしよう?
金稼ぎも必要ないし、依頼も慌てて受ける必要もないし……
(暇だ……)
何かないかな?
『ぐうぅぅぅ……』
(ん?何だ?)
音が聞こえた方へ視線を向けると──
細い路地に、痩せ細った4、5才位の子供がいた。
頭に獣耳があるから、獣人だろうけど……
(……あれ?この子……何処かで見たな。……何処だっけ?)
見覚えがある顔を見て、暫し考える。
(……っ、そうだ!悪徳奴隷商人が放置した馬車の荷台にあった、檻に入ったまま衰弱死していた子だ。)
騎士ジョブの時も、商人ジョブの時も、奴隷商人ジョブの時も、毎回助けられなかった子。
あの時はいつも6、7才位だったから、この後捕まるんだろう。
怯えた様子で見上げてくる子供……
(今なら、助けられる……?)
ゲームでは、こんな路地にいるなんて分からなかった。
毎回間に合わなくて、次こそは助けたいと思っていたんだから、ある意味丁度良いのかもしれない。
近付くと何ともいえない異臭が鼻をつくけど、頭に手を置き、清浄をかけてからしゃがむ。
「俺はもう食べないから、これを食べる?それとも、別の物が欲しい?」
「え?……あ、ぅ…………そ、それ……」
おずおずと俺が持っているパンを指差している。
「これで良い?はい。」
「……あいがと。」
(あれ?お礼が言えるんだ?)
誰が教えたんだろう?
……もしかして、親?
「君のお父さんやお母さんは何処にいるの?」
「……おとさんや……?……それ、なに?」
あ、これは“お父さん”“お母さん”という単語すら知らないって感じだ。
一緒にいないんだろうか?
「君は誰かと一緒にいるの?」
「…………」
フルフルと首を振る子供。
じゃあ、恵んでくれた誰かに教えられたのかな?
「君も一人なの?俺も一人なんだ。君が俺と一緒に居てくれたら嬉しいな。」
「…………」
あれ?怯えた顔になったぞ?
でもこのまま放置して、亡骸を見る事になるのはもっと嫌だし……
「俺はカイト。一人で旅をしていたんだ。君の名前を教えてくれる?」
鑑定で名前やレベルは見えるけど、それはそれで尋ねる。
「……なまえ?」
コテン……と首を傾げられた。
(えー……)
これって、自分の名前を知らないパターン?
この子はいつから一人でいるんだろう?
──言葉も遅いようだし。
「じゃあ、俺が名前をつけても良い?」
「……ん。」
見えている名前を告げるだけになるけど。
「……君の名前は、ソフィア。ソフィアは俺の……そうだなぁ……妹になって欲しいな。」
「いも、と?」
「い・も・う・と。謂わば家族だね。俺の事は“お兄さん”でも“カイト兄”でも好きなように呼んで良いよ。」
「おにい?」
家族という概念すらないんだろうな。
終始キョトンとしている。
「まずはそれを食べようか。色々と話すのは後でも出来るしね。俺と一緒にいると、ソフィアが毎日お腹いっぱいご飯を食べられるって思ってくれれば良いよ。」
「……?……ん。」
まだまだ疑問だらけなんだろうな。
説明がこんなに難しいとは……
ソフィアは5才で、レベルは1。
黒猫族らしく、獣耳や尻尾が真っ黒。
髪も黒く、瞳は綺麗な碧色。
先程までは汚れていて分からなかったけど、結構可愛らしい顔をしている。
だけど必死な様子でパンに食らいついているソフィアは、自分の容姿を気にしていないようだ。
モゴモゴと頬を膨らませながら食べている様子は、猫というより栗鼠っぽい。
小動物って可愛いよな。
飼っていたハムスターを思い出す。
──ある程度家の中では放し飼い状態だったから、床に置いていたお気に入りの鞄に侵入し、中で排泄された時は泣きそうになったけど。
高かったんだよ、あの鞄。
バイトをして金を貯め、やっとの事で手に入れる事が出来た鞄だったから。
「次は服だな。」
満足そうな顔でゲップをしたソフィアを抱き上げると、何やら驚いたようだけど、警戒は幾分解れたようだ。
暴れる事なく、怯える様子も特に見せず、俺の腕の中で大人しくしている。
「……ふく?」
「そう。こんなボロ布なら、汚れが落ちたところで穴だらけだろう?可愛い服を買わないとな。」
「かわい……?」
コテン……コテン……と、首を傾げてばかり。
……というか、その動作可愛いな。
ゲームでは女性アバターを使っていた事もあり、イベントリに女物の服があるけど、それを他人へ渡す事は出来ない。
そうなると買うしかない。
今はお金に困っていないし、服を買うくらい造作もない。
高い服を買っても良いけど、着ていく所もないし、普段着で良いだろう。
そうなると安く済む。
裁縫師ジョブのスキルも持っている事だし、布を買って作るっていうのも出来る。
スキルレベルがExtraなんだから、店で買うよりも良い品だって作れるだろうし。
可愛い小物類なら作った方が良いかな?
服屋に着き、ソフィアを下ろす。
(ソフィアのサイズってどれ位だ?)
今は痩せ細っているし、身長に合わせてもブカブカだろうな。
「いらっしゃいま……」
(あれ?言葉が途中で止まった?)
店員らしき人へ視線を向けると、不快そうに顔を顰めている。
店員の視線の先にいるのは、俺──ではなく、ソフィア。
黒猫は縁起が悪いとか、そういう迷信があったりするんだろうか?
こんな小さな子が何をしたって言うんだ?
「お客さん、その黒猫族の服を買いに来たってんなら、売る物はないよ。帰ってくれ。」
挙げ句、販売拒否までするなんて。
「そうか。こんな店、二度と来ないから安心しろ。」
こんな奴に敬語を使う必要はない。
ソフィアをもう一度抱き上げて店を出る。
布は沢山イベントリに入っているし、宿でソフィアの服を縫おう。
(……もしかして宿も宿泊拒否されるのか?)
一応そう考えておかないとな。
魔法やイベントリに入っている物で住む家は確保出来るだろうけど、そうなれば実力を隠すどころじゃなくなる。
……そうなったらなったで構わないけど。
周りが騒がしくなるより、ソフィアの方が大事だからな。
不安そうな顔で見上げてくるソフィアの頭を撫でる。
こんな子供が、大人の顔色を窺うような真似をしなくて良いのだから。
「俺がソフィアの可愛い服を作るから、心配いらないよ。」
「……ん。」
ソフィアはあまり語録がないのだろう。
何か言いたいのに、言えないって感じ。
でも、獣人アバターを選ぶ時、そういった事は注意書になかったな。
暗黙の了解って事か?
ギルドに戻ってきた。
宿へ行くなら、ギルドの中から行った方が良い。
外にも階段があるけどボロいし、踏み外しそうで怖いんだよな。
今はソフィアもいるし、安全な方をとるに決まっている。
ギルドの中へ足を踏み入れると、一瞬大きくざわめき、その後静まり返った。
動きを止めてまで、俺達を凝視する意味があるのか?
「珍しいな。黒猫族じゃねぇか。生きた黒猫族を見たのは数年振りだな。」
カルロスの言葉で、黒猫族への対応の悪さを垣間見る事が出来る。
これはソフィアへ攻撃を防ぐ事が出来る魔道具でも渡しておかないといけないな。
黒猫族とみるや、攻撃してくるような馬鹿がいそうだ。
「一人でいたので、俺が引き取る事にしました。……黒猫族って、何か忌まわれる理由でもあるんですか?先程服屋で販売拒否されたんですけど。」
ギルマスなら何かしらの理由を知っているだろう。
ソフィアと共に居ると決めたのだから、黒猫族の事を詳しく知っておくべきだ。
「……知らなかったのか……まあ、ずっと旅をしていたんだったら、知らなくても当然か。……黒猫族の嬢ちゃんがいる前で言うのもなんだが、遠い昔、人族と獣人の親交を深める事に反対し、色々と妨害していた種族の一族なんだ。現在はこの通り、人族と獣人は共に暮らしているが、昔は住む場所を分けて暮らしていたんだ。……黒猫族と人族は昔から仲が悪くてな。だが人族と獣人の親交が深まっていく度、人族と親しくしたい獣人も黒猫族を忌むようになっていって……結局淘汰される存在になってしまった。今では黒猫族は“災厄を喚ぶ者”とまで言われている。……黒猫族に、そんな力はないのにな。」
「“災厄を喚ぶ者”?……ふざけていますね。大人げない。ソフィアはたった5才の女の子でしかないのに。」
どうやらカルロスは、ソフィアに対して悪い対応をする気はないようだ。
……敵対しなくて済んだな。
もしカルロスがソフィアがいる事で態度を変えていたら、すぐにこの街を出ていただろう。
少しは彼を信用しても良いかも知れない。
……ただ、それはカルロスに限られた事でしかない。
黒猫族を忌む奴の方が多いのだろう。
「ギルマス、忌諱すべきゴミをギルドの中に入れねぇで欲しいんすけど?臭くて堪んねぇや。エールが不味くならぁ。」
「そうだそうだ。鼻が曲がるっての。」
「臭ぇ!ヘドロの方がまだ我慢出来るぜ。」
悪口を言われているというのは理解しているのか、ソフィアの表情が強張る。
こんな子供相手に、本当に大人げない。
「ソフィア、こんな腐れ外道達の言葉なんて聞かなくて良いからな?ソフィアには俺が清浄をかけたんだから、臭くないし。身体を拭いてもいなさそうなアイツらの方が臭いよな?臭過ぎて魔獣も逃げ出すんじゃないか?なぁ?」
ソフィアの何倍も生きているおっさん連中に、俺が気にかけてやる必要は皆無。
明らかな罪人ならともかく、ソフィアはただの子供なんだから。
「んだと!?バジリスクを討伐したからって、調子に乗ってんなよ!」
「レベル40なら、驚くような強さじゃねぇってんだよ。」
その言葉を聞いて、目が据わっていくのが自分でも分かった。
何故ならコイツらは、鑑定スキルを持っていないからだ。
「……此処は情報漏洩させるのが決まりなのか?鑑定士は個人情報を他人に吹聴しないのが決まりの筈だよな?……なぁ?鑑定士兼、拳闘士兼、……呪術師のケイリーさん?」
どうやら呪術師というのは隠したいようだ。
鑑定阻害がかけられていた。
……レベルが低くて、俺には関係なかったけど。
結構呪術師としてのレベルもあるようだし、危険人物になりうる存在だと思う。
だからなのか、ギルドにとって最終兵器のような存在なのかもしれない。
レベルの高い呪術師にかけられる呪術は、解く事が難しいからだ。
教会へ高い御布施を払って、教皇に呪いを解いて貰うしかないだろう。
──解ける呪いであればの話だけど。
「──っ、何故俺の本当の名前を知っている!?それに、隠していたジョブまで……お前は何者だ!?」
「お前の情報を露呈させたのは、俺の情報を他人へ流したお前への仕返しだ。……まあ、ステータス偽装をしている事すらも見抜けない欠陥鑑定士のようだけど。……俺が鑑定するの二度目なんだけど……二回とも気付かなかったみたいだな。」
「──っ!?」
驚愕の表情を向けてくるって事は、やっぱり気付きもしていなかったらしい。
鑑定に長けている人って、鑑定される事にも敏感になる筈なのに。
……やっぱりこの世界にいる人達が全体的に弱くなっているからだろうか?
「……ステータス偽装だと!?そんな事は出来る筈がない!俺の事を知っていたのも、俺の昔の知り合いから聞いたとかだろう。」
……完全否定か。
都合が悪くなれば全く信じないで疑う奴っているけど……コイツもそうらしい。
そんな事をしたって、事実は変わらないのにな。
「もう偽る必要もないし、ステータス偽装を解いてやる。……鑑定してみろ。出来るものならな。」
ステータス偽装を解く。
っていっても、鑑定阻害スキルのレベルはExtraだし、鑑定される事はないだろうけど。
「……カルロスさん。俺はカルロスさん以外の言葉は聞かない事にします。……というより、こんな戯れ言、聞けないというのが正直なところですね。俺は聖人君子ではないので、攻撃対象がソフィアだけであっても、攻撃されれば相手に死を以て償って貰う可能性もあると思いますが……その場合、遺体を此処へ持ってきた方が良いです?それとも、骨も残さず消した方が良いですか?」
「……っ、出来れば殺さずに捕らえてくれれば嬉しいんだが?」
……あれ?
笑顔で訊いたのに、何故カルロスは青褪めているのだろう?
「敵に情けをかけてばかりいると、死期が早まりますよ?命を助けてやったところで、そういう奴等は平気で裏切るんですから。助けるだけ無駄だと思いますが。」
そういやこのゲームでもいたな。
敵対していた奴を追い詰めた時、最後にトドメをささなかったばかりに、此方が危険な目に遭った事が何度も。
こういうのは徹底的に潰さないと、そういう奴等に限って姑息な復讐とか画策するんだよ。
今なら何とかなりそうだけど、ソフィアを攻撃されたら困るし。
でも魔道具を沢山着けるのは、ソフィアの動きを邪魔する事にもなるし……
……どうしようか?
次話の更新、期間が空きます。