閑話─至上最悪な日─
─?side─
ギルドから、二人の男が貴族街で不法侵入未遂を起こしたと連行されてきた。
詰所での聴取後、報告にあがってきたのは、特に珍しいものではなかった。
どの家に侵入しようとしたのかと思えば、冒険者の家だとか。
冒険者は頻繁に国を行き来する。
パーティーを組んでいる者達が殆どの為、月単位で空き家の一軒家を借りる事が多い。
そういう場合、短期で使用人を雇う事もある。
その二人も雇われに行っただけだと言っていたらしいから、きっと直前に募集を締め切ったのだろう。
(一考の猶予を与えて貰うか。)
追加で雇う人を増やす可能性だってあるし、何とかそちらで引き取れないか交渉する事にした。
詰所には今、牢の空きがないのもそう判断した理由の一つ。
聞けば、その二人は元貴族の関係者らしいし、聴取をとった者は二人は罪人でない事を確認済みだとか。
故、ダレル子爵は、生前その人となりを見た事がある。
穏やかで優しい御方だった。
「おい、お前達!これをいつも通りに対処してくれ。」
部下二人にこの件を任せ、俺は他の仕事に手をつける。
……その判断が間違いであった事を知ったのは、顔色を悪くした二人が転がるように駆け込んで来た後だった。
「ふ、副団長っ!どうしましょう!?……あの冒険者、陛下より手出し禁止にされていた者らしいのです!」
「それに、使用人を募集していないとも……人が増えていたのは、奴隷を買ったからだと。……これでは、私達衛兵が身元保証のない使用人を押し付けようとした事になります!」
「どうしましょう!?殺される……!!」
「嫌だ!!まだ死にたくない!!」
「ギャーーー!!!」
「お前ら、落ち着け!」
二人して矢継ぎ早に言葉を発し、狂気に満ちた奇声をあげる始末。
(コイツらは暫く使い物にならないな。)
頭が痛い。
──今回の相手が悪い事も含めて。
「おい、何を騒いでいる?外にまで声が響いていたぞ?」
間の悪い事に、そこへ団長が巡回から戻ってきた。
これは……責任問題にされるな。
ついていない。
「ギルドから送られてきた不法侵入未遂を起こした二人が、使用人として雇われる為に家に行ったと聴取で口にした為、相手へ引き取って貰えないかと部下を向かわせたのですが……どうやら使用人の募集をしていないどころか、陛下から手出し禁止だと通達が来ていた冒険者が相手だったようで。敵に容赦しないという噂もありますし、陛下の命令に背いた事にもなる為、“死にたくない”と騒ぎ立てているのです。」
大まかに全容を報告すると、団長の顔色が変わった。
普段なら、この対応で良かった。
相手が冒険者であっても、貴族であっても……
使用人が要らないなら、断れば良いだけなのだから。
使用人を募集していなくとも、賃金の安い見習いとして雇ってくれる場合もある。
──但し、相手と信頼関係にあるというのが最低条件だが。
今回の場合、その冒険者と顔見知りでもない衛兵が斡旋した事が一番の問題だったようだが……
これは、団長が代表で謝罪にいく案件だ。
相手を確認しなかったのは、私の責任でもある。
……これから団長と共に謝罪に行くしかない。
────
──
「よう!久し振りだな。レオン、ライナ。」
「っ、アレックス様!?」
問題の家の門の前にいた一人の男が声を掛けてきた途端、団長が裏返った声を発した。
“驚いた”では済まない程驚愕したからだろう。
……かくゆう俺も驚きに言葉を失ったが。
アレックス様は前任の騎士団長。
人望に厚く、頼れる兄貴的存在。
普段はおおらかで、鍛練では一切の妥協を許さず、何よりその人となりに惹かれる者が多かった。
どれだけの騎士や衛兵が、アレックス様に憧れていたか……
部下を護って右腕を失って騎士を辞めたと聞き、長年国を護ってきたアレックス様に不便な思いをさせたくなくて、金策に走った人は大勢いた。
それなのに、アレックス様は部下達にも生活があるからと、自ら奴隷になったと聞いた。
騎士達は奴隷商にまで何度か会いに行って、出禁を喰らったとも聞いた。
その出禁を出したのが、商人ではなくアレックス様だったとか……
誰かが代表でアレックス様を買ったとしても、結局は同じ生活が続く。
アレックス様はそれを良しとしなかったらしいが……
そんなアレックス様が外にいるって事は、国で手出し禁止にされている冒険者が買ったのか?
でも──
何故アレックス様の右腕がある!?
腕が失くなったから、騎士団長を辞めたんじゃなかったのか?
腕があるなら、騎士に戻らないのか?
「アレックス様、そ、その腕は……!?」
「ああ。御主人様が奇跡を起こされた。」
ブンブンと振っている腕は、以前のままに見えるが……
「その冒険者は、部分欠損まで治せるのですか!?」
「実力がある召喚士と聞いていたのですが、違ったのですか!?」
団長も部分欠損が治っている事に驚いたようで、アレックス様に詰め寄っている。
だが、それ程の事だ。
驚かない人は、この世界にもいないだろう。
だってアレックス様の欠損は、治癒に長けた司祭がいるハニンソ皇国ですら治癒不可能と言われたらしいのだから。
司祭が出来る欠損の治癒は、欠損部分が綺麗に残っている場合のみと言われている。
アレックス様のように、魔物に食われてしまえば、元には戻らない。
アレックス様も、ダメ元で向かったのだろう。
部分欠損を完全に治癒出来たのは、歴史上聖女ただ一人。
(“聖女”の再来!?)
そんな凄い人が“冒険者”!?
……だが、だからこそ陛下は手を出す事を禁じたのか?
「御主人様の事を、奴隷の俺が言い触らす訳がないだろう?……第一、御主人様の力の全てを、俺が知りうる事はない。もし知ったとしても、恩を仇で返すような真似はしない。」
だけど、アレックス様の返事は冷めたもので。
「そんな事より、今回の問題はどう落とし前をつける?ギルドにアイツらを連行したのは俺だ。その時に報告した筈だ。アイツらがこの家へ侵入しようとしたのは二度目だってな。ギルドの職員が衛兵に報告したのを俺も聞いていた。……なのに、そいつらを引き取れとはどういう考えをしているんだ?」
その言葉に、俺達は驚愕した。
そんな話は聞いていない。
「おい、ライナ。どういう事だ!?」
「知りません!そんな報告、あがってきていませんでした!」
団長から問われたけど、俺だってそんな報告があったなら、あんな対応をしなかった。
だが、それは此方の言い分。
相手には関係のない事。
「その冒険者はどちらに?今後、衛兵の中での報告の徹底を強化し、冒険者には誠心誠意謝罪したいのですが。」
此方のミスを認め、謝るしかない。
確かに、一度は見逃した罪人を、使用人として雇えるか一考して貰おうと提案されたら、怒って当然。
きちんと報告していたのに、それが活かされていないのだから。
「御主人様は大層ご立腹だ。詰所を潰すという話も出た位だ。俺が話をつけると言って、一時的に退いて貰ったに過ぎない。……どうやら故意ではなかったようだからまだ良いが、もし違っていたら、俺も剣を振るうところだった。」
その言葉に、団長と二人で青くなるしかなかった。
アレックス様相手に善戦出来る衛兵なんて、いない。
力が全盛期と比べて衰えていたとしても、現在の騎士団長や騎士副団長位しか相手にならない可能性がある。
フォール支部のギルマスなら、アレックス様に勝てるだろうが。
灰狼族の力に、人間の力で太刀打ちなんて出来やしない。
その力は化け物級だ。
だけど、そのギルマスより更に化け物扱いされているカイトという冒険者。
バジリスクをたった一撃で討伐した事も、スタンピードをたった一人で解決した事も、ルードゥブルグで自警団の詰所を壊滅させた事も、耳に入っている。
貴族ですらその標的になりうる。
さぞかしその冒険者に対して戦々恐々としている事だろう。
──今日からは、そのような他人事ではなくなったが。
「……どうか、面会して頂けるように、お伝えして貰えませんか?せめて、私達に敵対する意図はないと、伝えて欲しいのですけど……」
「その言葉は伝えるが、御主人様が面会をなさるとは限らないぞ?」
確かにそうだろう。
総て此方の過失。
……ギルドで話を聞いていた筈の奴等には、罰を与えるつもりだ。
奴等がきちんと報告していたら、こんな事は起きなかったのだから。
この冒険者がコクミック王国から出ていく原因になれば、死罪の可能性が高い。
……結局は、俺達の監督不行き届きで、責任をとらされるのは団長と俺になるだろうが。
────
──
「御主人様は、お前らと会う気はないそうだ。今回の事は不問にするから、あの二人をこの家に近付けるなとの事だ。」
一旦家の中に入っていったアレックス様。
暫くして出て来られたのだが、その言葉に取り敢えずは胸を撫で下ろす。
この国を出ていくと言われなくて良かった。
だが、次はないだろう。
徹底して、この冒険者──カイトに関わらないようにしなければ。
そして原因の罪人二人は、この国から消えて貰う事にしよう。
釈放して、またこの家へ来られては堪らないからな。
不安の種は潰すに限る。
……ただ、これで終わりという訳にはいかない。
彼への心象が悪くなってしまったのだから、どうにかして挽回の機会を探さなくては。
…………頭が痛い。
─?(衛兵団副団長・ライナ)sideエンド─




