閑話─変わっている男─
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─アレックスside─
コクミック王国の元騎士団長。
そんな肩書きを持つとはいえ、今の俺はただの奴隷だ。
右腕を失い、剣を握れなくなった俺にとって、そんな肩書き、何の意味もない。
片腕だけでもそれなりに動ける自信はあったが、左手で剣を振るっても思うように動けない事が、俺には苦痛でしかなかった。
団長を辞するだけでなく、騎士も辞めた俺に待っていたのは、自堕落な生活だけ。
毎日浴びる程酒を飲み、溺れ、腐っていく日常。
金はあっという間に底をつき、借金はみるみる増えていった。
働きもせずに、金を返せる宛がある筈もなく。
元部下達が必死に金の工面をしている間、呑んだくれている自分にほとほと嫌気が差し、自ら奴隷になる事を選んだ。
俺が奴隷になった事で色々思う奴等はいたようだが、いつまでも部下達を頼る訳にはいかない。
部下達には部下達の生活があるのだから。
年齢も一因だろうが、片腕がないという事で、高レベルの割には買う奴がいない。
奴隷になる前に顔を合わせた事のある、俺への恨みを持つ奴に一度買われた事があるが、攻撃された時に防いだのが気に食わなかったのか、すぐに売られた。
(奴隷に理不尽な暴力を振るう奴がいるのは知っていたが、まさか自分がされるなんて思ってもみなかったな。)
まだ俺が騎士であったなら、直ぐ様検挙してやったのに……!
奴隷となった俺には、部下達と連絡がとれない。
初めは面会もあったが、買うつもりもない面会など、するだけ無駄と奴隷商の奴が断じたのだろう。
日に二回あるとはいえ、貧相な食事に、片腕のせいで余計に身体を拭く事すらままならない環境。
──正直、気が滅入りそうだ。
俺ですらそうなんだから、他の奴等なんてもっと心が病んでしまっている事だろう。
すすり泣く声や、奇声をあげている声などが耳に届く事もしばしば。
鼻が可笑しくなったのか、悪臭はあまり感じられなくなったが、いつまで正気でいられるか……
そんな中、俺を買う奴が現れた。
片腕のない壮年奴隷なんて、人壁くらいしか役割がないだろう。
連れていかれた先にいたのは、何故か着飾っている黒猫族の子供を膝の上に乗せ、隣に白狐族の少年を座らせている、見目の良い男。
成人したばかりのように見えるが、身に纏っている物は上物のようだ。
でも、あの顔はコクミック王国の貴族の中に見た事がない。
他国の貴族か?
人壁が欲しいなんて、何処かで戦争でもするつもりなのか?
でも、どうして訳有り奴隷を見ているんだ?
目が見えていない奴もいれば、立つ事さえ出来ない奴もいる。
利用方法なんてあるんだろうか?
……売っているんだから、買う奴がいても可笑しくはないのかも知れないが。
結局、男は借金奴隷から一人、訳有り奴隷から五人を買った。
買うと思っていなかった、目が見えない奴と、立つ事すら出来ない奴もいる。
……どんな使い方をするんだ?
立派な馬車を引く馬が一頭しかいないのも驚きだったが、何もない所から荷車が出てきたのはもっと驚いた。
(魔法袋を持っているのか?)
それでも、荷車のような大きな物が入る容量の物など、陛下が所持されているような物だ。
(何処で手に入れたんだ?)
そんな物が手に入る所の情報なんて、今までに聞いた事がない。
陛下が持っている物ですら、何代も前に進呈された物だという事しか分かっていない。
何でも、魔王を討伐した勇者が献上したらしいが、本当のところは分からないんだとか。
昔、勇者と魔王がいた事は確からしいが、勇者が勝ったという文献もあれば、魔王に負けたという文献もあるからだ。
戦いの最中、情報が錯綜していたのだろうが……どちらが勝ったか位は、後世でも遺せる筈なのに。
現時点で魔族は殆どおらず、人族を初めとする他の種族が栄えているのだから、勇者が勝ったという方の説が正しいのだろうとされているが。
ただ、魔族は魔王が勝ったという説の方を推しているようだ。
今衰退しているのは、戦争で数を減らしたという事になっているらしい。
────
──
馬車が停まった前にあるのは、貴族街にある大きな館。
(容姿に該当する家は分からないが、貴族なのか?)
でも、館には御者をしていた奴隷と、一人のメイドしかいない。
他の人の気配がまるでないから、やはり二人しか使用人がいないのだろう。
(こんな大きな館に、使用人が二人……?)
明らかに人手不足だ。
主となった男はまだ若いから、家を買ったばかりなのかも知れない。
もしかして俺達は使用人として買われたのだろうか?
それなら良いが……目が見えない奴は何とかなるかも知れないが、立つ事さえままならない奴は何の仕事も出来ないだろうに。
館の中は絵画などの調度品は少ないが、最高級の家具が置かれていた。
このソファー一つでも、いったい幾らしたのだろう?
陛下が使っていた物より、高価な物に見えるんだが……気のせいか?
黒猫族の子供を膝の上に乗せ、隣に白狐族の少年を座らせた男。
奴隷商の所で見たのと同じ体勢。
余程可愛がっているという事か?
次々と告げられる役割。
やはり、俺達は使用人として買われたらしい。
だが──男の言葉に驚いたのは、俺だけではなかったようだ。
魔物に襲われて眼球を潰されたらしき男の目を治すと言ったのだから。
それだけではない。
俺達の欠損まで治すと言った。
立てない奴は呪われているようなのに、“治せる”と。
呪いは軽いものでも教会に行かなければ治らないし、強い呪いは治せない。
古い傷や欠損は、教会でも無理な筈。
それを……治せるだと!?
欠損を治せるなら、俺は奴隷にならなくて済んだ。
自堕落な生活をする事もなかった。
腕を失くした時、治す手立てを探して教会へ行った。
ハニンソ皇国へも足を伸ばした。
それでも、何処へ行っても“無理”だと言われたんだ。
それなのに……この男が治せるだと!?
文献によれば、過去にいたとされる聖女は欠損の再生も行えるらしい。
勇者がいた頃に存在していたらしいが、それ以降、現れたという話は聞かないけど……まさか、そんな伝説となっている聖女と同等の力を有しているというのか?
(な、何だってんだ……)
骨と皮しかない程痩せ細り、立つ事は勿論、背凭れ無しで座る事すら出来なかった男が、肉付きが良くなって立ち上がっている。
これを“奇跡”と呼ばずに何だというのか……
呪いを解いただけではないのは、一目で分かる。
そして──
男が衝撃的な言葉を発した。
“『逆行』は一年前の状態に戻す魔法”だと。
(そんな魔法、聞いた事がないぞ!?)
聖女に関する文献でも、そんな奇跡が書かれていたと聞いた事がない。
……俺が総て読んだ訳ではないから、本当のところはどうなのか知らないが。
驚き過ぎて、言葉を失う。
それは俺だけではなかったようだ。
呪われていた男の慟哭が響く中、ある意味淡々と治していく男。
そして、俺の番。
掻きむしりたくなる程の痒みが、切断面から突如湧き出す。
でも、初めに“痒みがあるが、動くな”と言われている。
治癒を途中で止められたら困る。
歯を食いしばり、耐えるしかない。
「治ったぞ。」
暫くしてかけられた声に腕へ視線を向けると──
「…………俺の腕が……腕が、ある!」
泣きそうになった。
諦めていた腕が、目の前にある。
これで剣を振れる。
戦える。
俺はまだ……戦える!
「腕の筋力が落ちているから、急に腕を失う前のように動かすなよ?取り敢えず訓練用の木剣と、質がそこそこの剣と大剣を渡しておく。筋力が戻ったら、お前に見合った武器や防具を渡す。」
渡された剣三本を持ち、歓喜に震える。
この気持ちを、この感謝を、どうやって伝えれば良い?
街の中を走り回りたい程興奮している。
視界に入る人総て抱き締めたい程嬉しい。
泣き出したい位、感情が抑えられない。
(この男……いや、御主人様は俺にとって救世主だ!!)
一度は陛下に捧げた身。
だが、これからは御主人様に俺の総てを捧げ、尽くすと誓おう。
「この不肖アレックス、老いた身では御座いますが、御主人様に生涯変わらぬ忠誠を誓います。如何様にもお使い下さい。」
片膝をつき、右の拳を左胸に当て、頭を垂れる。
これが騎士としての上役に対する礼の仕方だ。
俺の残りの人生は、御主人様に尽くす。
──何があろうとも!
「そうか。期待している。暫くは非戦闘員の使用人が外に出る時の護衛に、客が来た時の対応をして貰う。……今はまだ無理だが、この子達が俺と別行動をとれるようになった時の護衛も頼む事になるだろう。」
「御意!」
高揚しているのが自分でも分かる。
(これから鍛え直しだな!全盛期を目指して……いや、それ以上を目指す!この返しきれない恩に報いる為にも!!)
俺にとって、剣を振れない事は耐え難い苦痛だった。
それを取り戻してくれたんだ。
何としても御主人様の役に立たなくては……!
……この時の俺は知らなかった。
筋力が戻り、力を全盛期に近付けられた頃、渡された武具を見て失神しなかった自分を誉めてやりたい。
“筋力が戻ったら、見合った武具を渡す”と仰っていたが、その武具がとんでもない値打ち物だったなんて……




