ギルド──スクエア支部で
ドタドタと大きな足音が響き、バンッ──と勢い良く開いた扉から姿を現したのは、ゲームと同じ容姿のスクエア支部のギルマス、ブライアンだ。
筋骨隆々な身体、硬そうな金髪、三白眼の目に好戦的だと微塵も隠れていない雰囲気の男。
戦う事しか頭になく、事務職は総て部下に任せっぱなしの戦馬鹿。
部下達が優秀だからこそ、此処のギルドは潰れないと言われている設定だったけど……これはゲーム通りっぽいな。
カルロスの方がまだ知的だ。
「コクミック王国所属のAランク冒険者だって?国王自ら署名捺印した証書を持っているって事だったが……任務も無しに観光で証書を持たされているとか、どんな重要人物かと思ったら、こんな若い優男とはな。拍子抜けだぜ。Aランク冒険者に国王直筆の証書を持たせている事すら珍しいのに。」
勝手に話し出しているギルマス。
挨拶もなしとか……
「──って、ゲェェッ!黒猫族なんか連れて来んなよ。殺されても文句言うなよ?」
俺が抱き上げているソフィアに気付くと、あからさまに嫌悪した顔を向けてくる。
コイツ……殺してやろうか。
「ソフィアに攻撃した時点で殺してやるから、自分の心配でもしてろ。」
コイツは俺の中で敬う対象から外れた。
こんな奴に敬語を使ってやる必要もない。
「……あ゛あ゛!?調子に乗ってんなよ、ガキ。俺に喧嘩売ってんのか?」
すごんでくるけど、怒っているのは此方だ。
「名乗りもせず一人でベラベラと喋り倒して、あげく子供を脅すようなクズがギルマスなんて、このギルドは最悪だな。」
『分不相応に我の主に歯向かうなど、正気を疑うな。我が消し炭にしても良いのだぞ?』
肩にとまっているソドムが翼を広げて威嚇しているけど、如何せん、生まれたての赤ちゃんにしか見えないから可愛くて癒される。
……癒されている場合ではないんだけど。
「ドラゴンとはいえ、そのような子供など恐るるに足りんわ!」
小型化している事で、ソドムを嘗めてかかっているようだ。
愚か過ぎる。
「見た目でしか判断出来ないなんて、馬鹿としか思えないな。ソドムだけでこの街だけでなく、ルードゥブルグ共和国全土が焦土と化すぞ。相手の力量も計れないのか?」
見た目は赤ちゃんに見えようが、ソドムは俺のように気配遮断を完全にしていない。
強者の覇気はだいぶ抑えられているようだけど、見る人が見れば見た目通りの赤ちゃんとは思わないだろう。
「ギルマス、その喧嘩っ早いところはどうにかならないのか?何故私が同行しているのか、少しは考えて言葉を選んで欲しいのだが?」
何か言いかけたブライアンを遮るように言葉を発したのは、シュバルツ。
ブライアンはずっとシュバルツにも声をかけずにいたからな。
──俺のすぐ左斜め前にいたのに。
「彼はコクミック王国、フォール支部所属の冒険者だ。十日に満たない期間で至上最速でAランクになった彼は、ランク以上の実力を持っているようだ。“現時点でAランク”という意味らしいからな。急激にランクを上げる事が出来ないのは知っているだろう?彼と敵対すれば死が待つのみ。特に彼が連れている黒猫族に対しての暴言や暴力は、命が惜しいならばするなとの事だ。……良いか?彼の持つ証書には、コクミック王国の国王が直筆でこの内容が書いてあるんだ。つまり、彼をコクミック王国が抑えきれなかったと捉える事が出来る。……そんな彼を、ギルマスという肩書きしかない貴方が退けられる相手だとは思わない事だ。」
……何やら酷い言われようだ。
でもシュバルツは真顔で話している。
(俺と敵対したくらいで、殺したりするつもりはないのに……)
ソフィアへ攻撃したら死んで貰う可能性は高いけど。
コクミック王国で殺したのは、攻撃をしてきたから増幅反射させた忍達だけだし。
「それから、彼が従魔登録しているのはドラゴンの赤ちゃんではなく、ドラゴンの頂点に立つと言われている幻の“古代竜”だ。きちんと証書とギルドカードを見てから発言してくれ。彼のレベルもジョブも不明だという事は、誰一人として彼を鑑定出来なかったって事でもあるのだから。……彼に代わって謝罪申し上げます。」
ブライアンへ話していたシュバルツは、最後に俺へ頭を下げた。
カルロスもそうだけど、どうして何もしていない奴が謝るんだ。
……暴言を吐いた奴の謝罪を受け入れるつもりがないのがバレバレなんだろうか?
俺ってそんなに分かりやすいのかな?
……というか、証書にはそんなに色んな情報が書かれているのか?
コクミック王国を出る前に確認していれば良かったな。
「宿はこの上なんですよね?失礼します。」
シュバルツに声をかけ、宿へと向かう。
……ギルドにいる他の奴等?
そんなの、俺の知った事ではない。
身体を休めた後、他の街へ向かった方が良いかも知れない。
……違う国に行った方が良いか?
でも一番近い国はコクミック王国以外ではハニンソ皇国。
全土に定着している宗教が主だけど、色んな協会がある宗教国家だ。
ドラゴンを神と拝めている宗教もあった筈だし、ソドムを連れていくと色々ありそうなんだよな。
でも、ハニンソ皇国では黒を持つ者を大切にしている筈だから、もしかしたら黒猫族が保護されていないか知るのも良いかも知れない。
……手厚く保護されていれば、俺が何かするつもりはないけど。
ソフィアに友達が出来れば良いなって思うくらいで。
でも、その国でも黒猫族を排除しようとする働きがあれば、気が休まる時間がないだろう。
負ける事がなくても、人が過剰に寄ってくるのは鬱陶しい。
……ザザンの森の浅い所を突っ切って、ハニンソ皇国の西にあるラージア王国に行った方が良かったか?
ラージア王国の北にあるトリトニア小国群は内戦が多くて治安が悪いし、子供のソフィアを連れていきたくないし。
島国のジレスタン王国もあるけど、馬車にも慣れていない身体で船での移動に耐えられるか分からないし。
ラージア王国までも遠いから、選択肢から消した位なのに。
今までスラムで満足に寝食出来ていなかったらしいソフィアに、野宿とかさせたくないし。
──いくら家と見間違うようなテントを設置出来るとはいえ。
──マジックバッグに飲食物が沢山入っているとはいえ。
……やっぱり他の街に行こうかな?
コクミック王国とルードゥブルグ共和国の二国以外で裕福な国って、ハニンソ皇国くらいなんだよな。
ソドムの事を考えたら、田舎で長閑な印象のラージア王国でも良いかとも思うんだけど……
元の姿のままで、のんびり過ごせそうだからな。
『……何だ?あの人族を消さないのか?』
「必要ないよ。攻撃してきたら消すけど、ソドムだってアイツが攻撃してきたところで怪我すらしないだろう?……この世界に、ソドムに怪我を負わせられる奴なんていないだろうけど。」
『我に怪我を負わせる事が出来るのは、世界中を探せど主だけであろう。』
「……あー……かもな。」
そんな会話をしながら階段を上っていく。
“NPC最強”と言われているカルロスですら、レベルが58しかないんだ。
そんな彼がレベル316のソドムを攻撃したって、擦り傷すら与えられないだろう。
他の奴等はカルロスより弱いんだから、本来なら警戒もいらない。
……だけど、この世界に飛ばされたプレイヤーが、俺だけだとは限らない。
俺よりこのゲームをやり込んでいた奴等なんていっぱいいる。
つまり、俺より強い奴がいる可能性は0じゃない。
そんな奴がこの世界に紛れ込んでいたら──?
敵対すればソフィアは勿論、ソドムの身すら危ない。
……でも、不思議な事がひとつ。
ソドムのレベルは“316”。
このゲームの最高レベルは、100だった筈。
だからこそ何度もリセットしていたんだけど……
“レベル測定不能”と表記されている俺のステータスと、“レベル316”と表記されているソドムのステータス。
……この違いは何だろう?
他の召喚獣も100超えばかり……
召喚士として育てたレベルを合わせたものなんだろうか?
召喚士のジョブを選んだのは確かに一度じゃないけど……
選ぶジョブ三つ共レベルカンストさせていた訳でもないし、課金ジョブやイベントで得た特殊ジョブは他の二つのジョブを選べなかった。
つまり、特殊ジョブの勇者を選んだ時はそれしかなく、一つのジョブでゲームしていた。
他の特殊ジョブの魔王や天使、神などもそうだ。
全部のレベルを合わせたら単純計算で万は超えているだろうけど、表示されないのは何でだ?
この世界のカンストレベルは四桁とか?
俺が召喚出来る召喚獣の最高レベルはソドムの316。
つまり、それ以上のレベルを持つ者の存在自体把握出来ていない。
他のジョブで喚び出せるのは、もっと低いレベルばかり。
召喚士の下位ジョブだし、仕方ない。
宿は二人部屋をとった。
本当はダブルが良いんだけど、この宿は冒険者をターゲットにしている。
つまり、二人部屋はツイン。
未だにソフィアと一緒に寝ているから、一つは使わない。
……ソドムが使うだろうか?
昨日は俺の枕元で丸まって寝ていたけど。
「これからどうしようか?このギルドは雰囲気が悪そうだし、明日隣街へ行くか?それとも移動してきたばかりだし、身体を休める方が良いか?」
一応部屋を結界で覆ってから、二人へ声をかける。
『我はどちらでも良いぞ。主が決めれば良い。それに、移動中は我は主の肩に乗っていただけで、全く疲れてはおらんからな。身体を休める必要などないが。』
俺の肩からベッドへと移動したソドムだけど、疲れてはいないらしい。
「ん。ソフィアも。」
床へと下ろしたソフィアは、俺のローブを掴んで離れようとしない。
頭を撫でると気持ち良さそうに目を細める。
(ソフィアも疲れていないのか……)
ずっと俺が抱き上げていたから体力的には疲れていないだろうけど、精神的に疲れているかと思ったのに。
──不快そうな視線に曝されていたんだから。
「ご飯食べに行こうか?」
関所で待っている間に軽く飲み食いしようと思っていたけど、すぐにシュバルツ達が来て連れていかれたし、何も口にしていないんだよな。
ソフィアはまだ沢山食べられないけど、ソドムはビックリする程食べる。
元々の大きさを考えると逆に少食なんだけど、現在のソドムの大きさ位の肉を食べる。
……2ポンド位だろうか?
周りで食べているのを見る限り、この世界では平均的な量みたいだけど……
俺は流石に無理かな?
1ポンドなら何とか食べられるかもだけど。
でも俺、肉を食べる時はご飯も食べたい派なんだよな。
この世界、米はあった筈だけど、家畜の餌でしかない物だから、食堂などで見る機会はないと思うけど。
二人とも頷いたし、再びソフィアを抱き上げ、ソドムが肩に止まるのを待つ。
再びギルドの中へ下りていくと、沢山の視線が集まる中、シュバルツが寄ってきた。
監視役として俺につくと言っていたけど、宿の中まではついて来ないようだ。
寝る時は流石に寝に帰るのだろうけど、朝はどうするのだろう?
簡単に撒く事も出来るだろうけど、それをすると犯罪者扱いになる可能性が高い。
正当防衛しかしていないと言えなくなったら、一番危険なのは俺の保護下に置かれているソフィアになる。
ソドムは還せば良いだけだけど、ソフィアはそうはいかない。
これから先もこの世界で生きていかなければいけないのに、ソフィアの味方になりそうな人はいない。
──まだ大人の庇護が必要な子供なのに。
ソフィアのレベルはまだ1。
つまり、誰にも勝てず、暴力を受ければ簡単に死んでしまう。
もう少し大きくなったらレベル上げしようと思っているけど、今は何もしていないのだから俺と離れる可能性を僅かでも出したくない。
「何処か行かれるのですか?」
「食事を摂りに行くだけです。シュバルツさんも一緒に摂られますか?」
監視役としてついてくるなら、一緒に摂った方が視線が鬱陶しくない。
後ろにでも立たれたら気が散るどころじゃないし。
「此処で摂られるのですか?」
そういえば、ギルドは食堂兼酒場が隣接していたっけ?
フォールでは、ギルドで食事を摂らなかったな。
雰囲気が鬱陶しくて、早くギルドから出たかったし。
……此処でも似たようなものだろう。
俺と目が合わないようにヒソヒソと囁きあっているだけ。
ギルマスは……受付の奥でふんぞり返っている。
──仕事しろよ。
「買い物もしたいので、外で食べますよ。それに此処は雰囲気が悪いので。」
ギルマス自身が黒猫族を忌避しているみたいだし、ソフィアに不快そうな顔を向けなかった奴はいなかった事から、暴言を吐かない奴がいないとは言えない。
それは外でも同じ事だけど、毎回顔を合わせる訳でもないし、まだマシだろう。
「此処で食べれば良いだろうが!此処より美味い料理を出す店なんかねぇぞ。」
奥から声をかけてきたギルマス。
……何故、そんな離れたところから声をかけてくるんだ?
キャラと違ってビビっているのか?
……というか、雰囲気が悪いから此処では食べないって言ったの、聞いていなかったのか?
「ソフィア、何を食べたい?沢山食べて、もっと太らないとね。」
まだまだ骨と皮ばかりの身体なソフィアは、もっと健康的に肉をつけないといけない。
「ん。がんばる!」
グッと握り締めた手を胸の前に挙げているソフィア。
「……可愛いなぁ。」
思わず頬擦りしてしまった。
だって可愛過ぎる。
今のところ嫌がっている様子がないから良いけど、嫌われたら困るから出来るだけ自重しているつもりなのに。
構い過ぎて将来“ウザい”とか言われそうだ。
「シュバルツさん、良い店知りませんか?」
「格式高いところではないのですが、宜しいですか?私が良く行く店なのですが。」
「そこで良いです。」
高級料亭に連れていかれても、マナーがヤバいし。
ドレスコードも面倒だし。
……まあ、どう考えても、周りを見る限り今のままではソフィア同伴で入店出来ないだろうけど。
爵位を貰って貴族にでもなれば、何とかなりそうだけど……貴族になるつもりは毛頭ないし。
シュバルツの先導でギルドを出ると、何故か後方が騒がしくなった。
ドタドタと足音を響かせながら駆け寄ってきたのは、ギルマス。
「何故出ていく?此処で食べれば良いだろうが!」
……まだ言っているんだけど。
俺、此処は雰囲気悪いから嫌だって言っただろうが。
無視して歩くも、ついてくるブライアン。
……暇人なのか?
ついてくるブライアンを見ても、シュバルツは特に反応を示さない。
同じ街にいるギルマスを、こんな扱いで良いのか?
……というか、何でついてくるんだ?
“ギルドの食堂に何の不満があると言うんだ?”とか“わざわざ外に行くなんて……”とか、ブツブツ五月蝿い。
何でそんなにギルドの食堂をプッシュしているのか知らないけど、文句があるなら何故ついてくるんだろう?
しかも、俺は勿論、シュバルツも無視しているのか、対応していないのに。




