ルードゥブルグ共和国へ
ソフィアを抱き上げ、ソドムを肩に止まらせた状態で駆けていく。
何台か馬車を追い抜き、御者達から驚愕の表情を向けられたけど、気にする事なく走っていく。
「ソフィア、喉が渇いたり、お腹が空いたら、遠慮せずに言うんだよ?」
「ん。」
風圧を無効にしているから、風を感じない。
かなりのスピードで走っているから、本当なら風圧や揺れでソフィアが話せる事はないし、髪も風に煽られてボサボサになっている事だろう。
だけど、抱き上げて歩いているのと変わらない雰囲気で会話も出来るし、ソフィアも苦しそうな様子を見せない。
「ソドム、寝るんだったら肩じゃなくて、俺の腕の中に移動しろよ?周りへの警戒は、俺がやっておくから。」
『今は眠くないから構わぬ。』
流れていく景色を眺めているソドム。
人族の住処に近寄る事もなかったらしいから、人工的に作られた街道や馬車なんかも興味があるみたいだ。
どれ程走っただろうか?
前方に何台も馬車が停まっていて、そこから降りたであろう人達が集まっていて、通路を塞がれていた。
この道は交易で商人達が多く往き来しているようで、前方にある馬車の殆どは商人のものらしい。
でもその中に乗り合い馬車もあるらしく、急いでいるらしき人の怒号も聞こえる。
近付いていくと、どうやら馬車が擦れ違う際にぶつかって二台の馬車が横転し、積み荷が散乱した為にお互いに確認しあって分けている途中のようだ。
そんな事をしていれば時間がかかって当然。
だからこそ、生活にゆとりのない民達が苛々しているのだろう。
移動時間が長くなれば、それだけ多くの路金がかかる。
飲食代は勿論のこと、一泊が二泊に増えれば宿泊費も多くかかる。
他の商人達も急ぎの仕事があるのか苛々はしているけれど、自身が同じ事が起こったら同じ行動をとると自覚しているからか、何も言わないで見ているだけ。
倒れたままの馬車を起こせば、後続の馬車が通れる場所が出来るだろうに……
何故それをやらないのだろう?
無視して飛び越えて行く事も出来るけど……あまりに人が集まっているから、ジャンプで全員飛び越えられるだろうか?
反対側も同じような人だかりになっている様だし、でもまだ浮遊魔法は練習していないから使うのは躊躇う。
俺一人なら試せるけど、ソフィア達がいるからな。
ソドムは俺が浮遊を失敗しても何とも思わないかも知れないけど、ソフィアがトラウマにでもなったら困るし。
やっと俺がソフィアにとって“安心出来る存在”になってきているのに、危険な目に遇わせたらそれは一瞬で崩壊するだろう。
魔法で馬車を起こす。
中央に横並びにし、荷物も集める。
これで荷物確認も簡単になるだろう。
他の馬車も通れるようになったし、問題は解決したな。
周りの驚いた表情が俺に向けられているのは、俺が魔法を使ったと理解したからだろう。
だけど通れるようにしたかっただけだから、そんな周りに興味はない。
人の合間を駆け抜けていく。
────
──
「ルードゥブルグ共和国に着いたな。」
コクミック王国と同じく、関所を通る人が並んでいる。
「おい、あれって黒猫族じゃないか?」
「俺も初めて見たけど……何でアイツ、抱き上げているんだ?しかも、高そうな服を着せて……」
俺達をチラチラ見ながら嫌悪感丸出しで囁き合っている。
この国でも、黒猫族は酷い扱いとなるようだ。
常時発動している気配遮断を消すと、周りの顔色が悪くなった。
……それはそうだろう。
常時発動型のパッシブスキルには、“勇者覇気”や“魔王覇気”がある。
勇者覇気では周りが敬意を示して傅くような、魔王覇気では周りが恐怖や威圧感に跪くような、そんな覇気が二重になっているんだ。
強者の覇気程度のものではない。
嫌悪感で顔を歪めていた人達は、視線を反らし、震えているのが分かる。
きっと冷や汗を流し、顔色を悪くしているのだろう。
ソフィアへ暴言を吐いた報いだ。
……他の人達はトバッチリだけど。
暫くして、武装した兵達が関所から現れ、走ってきた。
近くに魔獣でも出たのかと思っていたら、何故か俺の数m先で足を止めた。
「……この国に何用か、答えてはくれまいか?」
代表っぽい兵が声をかけてくるけど……何故か剣の柄に手をかけている。
……何もしていないのに、警戒されているようだ。
「観光ですが?」
依頼で来た訳じゃないし、渡国理由は観光になるだろう。
「身分証の提示をお願いしたい。」
「え?提示は関所を通る時ではないのですか?」
何故事前に?
他の人達はそんな事をしていないのに。
「……その様に威圧されては、事前に身分の確認が必要故。」
「……威圧などしていませんが?」
この人は何を言っているのだろう?
……まさか“覇気”が“威圧”だと感じている、とか?
強者覇気ではなく、勇者覇気や魔王覇気だから、威圧のように感じてしまうのか?
外していた気配遮断を再びかけると、周りにいた人達があからさまにホッとしたのが分かった。
「この子へ暴言を吐こうとしていた方達がいたので、絡まれる前に予防しただけです。お騒がせしました。」
城内で威圧した時、泡を噴いて倒れていた人達がいた位だから、覇気でも気を付けないといけなさそうだ。
ギルドカードとついでにコクミック王国の国王署名の証書も提示すると、見る間に顔色が変わっていくんだけど……どうしたんだろう?
出国規制がかかっていたのを取り消して、何があっても審議にかけないで通すってだけの証書の筈なんだけど……
「……証書を確認致しました。確かにこれはコクミック王国国王の署名と捺印に間違い御座いません。お手を煩わせてしまい、申し訳御座いませんでした。」
……話し方が綺麗な敬語になった。
国王の署名と捺印は、他国でも効果を発揮するんだろうか?
「入国が済んで直ぐ、我が国のギルドへお越し下さい。都合が宜しければ、ルードゥブルグ共和国の代表へ顔合わせをして頂きたく存じます。」
「お断りします。」
観光だって言っているのに、何故代表と顔合わせなんかしないといけないんだ。
ギルドはもしかしたら顔を出すかも知れないけど、俺の中で確定している訳でもないし。
「……その黒猫族への暴言などの言動を阻止する事を徹底する為、何卒お願い申し上げます。」
「ソフィアに何かしらした方は、此方で対処しますよ?何も残さず消えて貰いますが。」
「…………出来ればそれはお止め下さると有り難いのですが……」
どんどん顔色が悪くなっていく兵達。
「こんな子供に暴言を吐き、暴力を振るおうとするようなクズ、生きる価値などないでしょう?黒猫族は過去に起こした事をいつまでも責任をとる必要があると言うなら、人間だってそうでしょう?過去の人達の愚かな言動の責任をとっている人はいますか?」
長い歴史の中で、人族が戦争を起こした事だってあるだろうに、何故、一種族だけが責任を負わないといけないのか。
カルロスの話では黒猫族は現在絶滅危惧種らしく、あまり滞在していなかったとはいえ、フォールでもアーバンでも他の黒猫族を見なかった。
それでも、黒猫族が絶滅したところで、それを嘆く人はいないのだろう。
“悪”を指定する事で他の種族が纏まる事があるんだろうが、“悪”とされた種族にとっては堪ったものじゃない。
コクミック王国だけでなく、他の国でもこのように嫌悪され、忌避されているのなら、絶滅するのは時間の問題だろう。
『矮小なる人族がどれ程束になったとしても、我が主に敵うとでも思うてか。矮小なら矮小らしく、主に逆らわず、隅で震えているが良い。さすれば生き延びられるやも知れぬぞ?』
「こらっ!ソドム。その言い方だと、俺が酷い奴みたいだろ?」
ソドムが放った言葉で、俺を囲んでいる兵達だけでなく、たぶん俺達の声が届く範囲にいた、関所を通る為に並んでいた人達も驚愕を浮かべた後、顔色を失くす。
驚愕の表情をしていたのは、ソドムが人語を話したからだろう。
そして言葉の内容を理解し、青褪めた。
俺に逆らったら殺されるぞって言った事と同じなのだから。
「殺人鬼でもなければ、戦闘狂でもないんだから、何もされないんだったら手を出さないし。」
『……そうなのか?それならば、あの国にいた人族どもは、何故主を恐れておったのだ?』
「ああ、俺に出国規制をかけるのを止めろって言いに行っただけなのに、馬鹿な事ばかり言っていたからな。鑑定してくるし、攻撃してくるしで、街ごと城を消し飛ばすって言っただけだ。……まあ、結局は実行していないけど。ほら、ソドムの背に乗せた男がいただろう?彼が頭を下げたから、彼に免じて今回は許しただけだ。」
そういえば、ソドムはコクミック王国の城であった事を知らないか。
……というより、彼らが怖がっていたの、ソドムが原因の一因のような気がするんだけど。
害悪感知スキルで、あの王からは何も感じなかったし、威圧をかけた時は流石に怖がっていたようだけど、それ以外では俺へ話し掛けるタイミングを図っていた気がするし。
……だからといって、話を聞くかといったら別だけど。
「……私達が代表へ報告致します。他国の実力のある冒険者には依頼を受けている間以外は監視がつく事が決まっていますので、それは了承して頂きたいのですが……」
「分かりました。」
他国の実力者が暴れると、抑える人員が必要だからって事なんだろう。
カルロス以外は殆どクズしかいなかったフォールのギルドだけど、この国のギルドがマシだったら、この国に長期滞在しても良いな。
共和国だから、この国は数人の代表で治めているんだろうけど……滞在中、接触して来なければ考えてみるか。
カルロスが、他の国から引き抜きされた場合、渡された証書を見せれば良いって言っていたから、接触してきても簡単に済む可能性もあるけど。
「身分証提示をして頂いたので、関所を通って頂いて構いません。これから宿へご案内致します。監視役は私になるでしょうから、一先ずは自己紹介をさせて頂きます。私はスクエアを任されている国境兵団の部隊長、シュバルツと申します。以後お見知りおきを。」
シュバルツは生真面目そうな人間の男だ。
赤い短髪の髪に、意志の強そうな目。
鎧に隠れていない腕を見るに、筋骨隆々な身体を持っているのだろう。
「俺はカイトです。この子はソフィア。この従魔はソドム。宜しくお願いします。」
ソドムの従魔登録は、フォールで済ませている。
その旨はギルドカードにも書かれているから、咎められる義理はない。
「宿はギルドの上にあるところで良いですか?」
「ええ、構いません。」
スクエアもギルドの上に宿があるらしい。
依頼達成の報告をした後、酒場兼食堂で食事を摂り、すぐ上の宿屋で休むって、無駄がないもんな。
シュバルツ先導で歩いていく。
フォールより長閑な印象のスクエアは、関所を越えてすぐに憩いの場のような広場があった。
街路樹……とまではいかないけど、植えられている木々も多い。
屋台が並んでいるのも、広場の奥側の場所。
関所を越えてすぐに屋台が並んでいたフォールとは、雰囲気からして違う。
シュバルツは自身を“国境兵団の部隊長”と言った。
それなりに有名な人なのか、後ろを歩く俺へも視線が集まる。
犯罪者なら捕縛して連行されている筈だけど、俺は普通に歩いているから、シュバルツと共に歩いている意味が分からないのだろう、皆、不思議そうな顔をしている。
ソドムを見て驚き、ソフィアを見て顔を顰める。
黒猫族を知らないであろう子供は、ソドムを凝視している程度だけど。
スクエアのギルドは、外観は薄いグレー。
茶色いレンガ調だったフォールのギルドの外観は“頑丈そう”って印象だったけど、スクエアのギルドは“少し大きな館”って感じだ。
ギルドの看板が出ていなければ、囲いのない家にしか見えない。
シュバルツの後に入ると、ギルド内の雰囲気はフォールのギルドとあまり変わりなかった。
ソドムに驚き、ソフィアへ嫌悪丸出しの顔を向ける。
鑑定は飛んで来るし……
そういえば、ステータス偽装をしていなかった。
鑑定士には何も読み取れないだろう。
……まあ良いか。
今更偽装したところで意味ないし。
「メリッサ殿、ギルドマスターを呼んで欲しい。フォール支部に登録されているAランク冒険者が来ている。コクミック王国国王が発行の証書も持っておられるんだ。」
シュバルツの言葉に、周りがざわめいた。
……そんなにこの証書は価値のあるものなのか?
あの異様に目をキラキラさせていたオッサンが書いたってだけの証書だぞ?
すぐにイベントリに放り込んだから、内容は見ていないけど……何て書いてあるんだろう?
“フォール支部所属の冒険者で、国が違えど関所で止めるな”って内容じゃないのか?
……宿をとったら確認してみるか。
シュバルツが声をかけた青髪の女は、奥の部屋へと駆けていく。
此処でもギルマス直通の通信機があるようだ。
(でもなぁ……)
確か、此処のギルマスって、かなりの脳筋だった筈。
…………嫌な予感しかしない。




